第51話『社会人って大変ですね』
第51話『社会人って大変ですね』
しおさん事件(適当に考えた)から1週間がたった。篠木からの連絡はまだない。きっと今も、私の安寧のため奔走しているのだろう。
安寧と言えば、置き場所に困っていたお金が1つの口座にまとめられていた。最新のページに印字されていた金額は余裕で預金限度額を突破していたが、その通帳を使っての操作も問題なく行え、数日たった今でも銀行からの葉書や連絡もない。
――またニャルラがSFパワーで何とかしてくれたのかな。
これで、ニャルラが置いた諭吉の総額が一目で把握できるようになった。どうせならこれまで使った分も、私が稼いだお金から戻そうか。幸い元の貯金で払える範囲内だ。時間をかけて戻していこう。
ニャルラは自分が置いたお金を私に使ってほしそうだったけど、それが手元から離れる度、大事な何かが減っている気がしてならなかった。ただの本能?かもしれないけど。
――ニャルラが私に100万円をくれる理由が分かるまで、過度に使うのは止めておこう。
とにかく。時間が来たのでPCの電源を落とした。この件は一旦放置で大丈夫そうだな。
「お先に失礼します。お疲れ様です」
「お疲れー」
「ありがとう。お疲れ様!」
タイムカードを切って退勤する。階段で下に降りると、19時過ぎだというのに覇弦さんの事務所にはまだ明かりがついていた。こっそり中の様子を伺うと、どうやら覇弦さん一人しかいないようだった。
――今日休日だよね。それは川田さんや社長も同じだけど・・・皆働きすぎだぁ。
私はエレベーターホールにある椅子に腰かけ、読みかけの小説を開いた。これを読み終わるまでに覇弦さんが出てこなかったら帰ろう。そう決めて、活字の世界へと潜っていった。
(=^・・^=)
――ギイィ・・・。
顔を上げると、覇弦さんが私を見て目を丸くさせていた。
「・・・おや」
「こんばんは。遅くまでお疲れ様です」
私は栞を挟み、小説をリュックの中にしまった。ぶっちゃけ残り20ページくらいだから読み切ってしまいたかったけど・・・まぁいっか。
「こんな所で待つくらいなら声をかけてください」
暑かったでしょう。と言って彼は事務所の鍵を閉める。私的には、ブラックストライプスーツにネクタイをしっかりと締めている覇弦さんの方が見てて暑いんだけど、そんなこと本人には言えない。
「いえ、これくらいだったら平気です。汗もかいてないですし・・・その、良ければ一緒にご飯どうですか?リュック回収のお礼も兼ねてご馳走しますよ!」
「幸生さんの手料理ですか。それは楽しみだ」
「ちゃうわ!いや、違いますよ。外です。お店の人が作る美味しいご飯です」
うっかり言葉が乱れてしまった。すぐに言い直すと彼はニヤッと笑い、私の頭を撫でる。
「面白いですね。財布はあるんですか?」
「ありますよ!」
「それはなにより・・・では行きますか」
財布を普段持ち歩かない認定されていることには目を瞑ろう。私は覇弦さんが見えない位置で、こっそり財布を持ってきているかどうか確認した。
「大丈夫ですか?ちゃんとお金入ってます?」
「う・・・入ってるに決まってるじゃないですか」
――何でバレたんだ。
私はくそぅと悪態をつき、堂々と財布を開いた。
「今日は忙しい日だったんですか?」
「いえ。そうでもなかったんですが・・・何故か仕事が溜まっていたので、片付けていたんです。ここ数日、片井の件以外でイレギュラーな案件はなかったはずなんだが・・・まるで、他のことに夢中になっていたツケが最近帰ってきたような」
覇弦さんの声には若干の疲労が混じっていた。でも見る人が見れば『お疲れ様です』よりも『溜息も色っぽいですね』が出てくるんだろうな・・・。お色気キャラって不憫。
「今、私が幸生さんを山に捨てたくなるようなことを考えていませんか」
「そんな訳ないじゃないですかそれでずっと残業続きなんですか?」
瞬時に彼から距離を取る。別に悪い事考えてないし!心配しただけだし!
「・・・そうですね。とはいってもほんの2、3時間ですが・・・心配してくれます?」
「そりゃあ、まあ。社会人って大変ですよね。私のところの社員さんも凄いですけど。もっと休んでほしいって思います」
「自分のことは棚に上げてよくそんなこと言えるな」
覇弦さんの口調と雰囲気がガラリと変わる。この人は私の反応を見て面白がりたいがために、仕事モードから素に変わるタイミングをわざと教えない。まぁ大分慣れてきたからもう平気だけどね!
「!・・・わ、私はあくまでアルバイトなので・・・別に」
慣れてきたったら慣れてきた!
「そうか」
ビビったことを言及されない代わりに、ぐりぐりと頭を撫でられる。か、髪が・・・。
そうこうしているうちに、飲み屋街に着いた。迫りくるキャッチを覇弦盾で躱し、行きつけの居酒屋に入る。いつも通り、見知った女性店員さんが何も聞かず個室に通してくれた――ハズだったのだが。
「・・・あの店員さん、新人の子押しのけて接客してくれましたね」
「・・・・・・」
あれ?無視?この距離で?
「覇弦さん?」
「・・・あぁ、悪い。最近ここに来た気がして・・・」
気のせいか・・・?と覇弦さんは口元に手を当てて悩みだした。
「デジャブってやつですか?それとも本当にこの前来たとか?」
「幸生と来たのが最後の筈だったんだが・・・で、店員がなんだって?」
聞こえてはいたんだ。
「えーと、覇弦さんモテモテだなーって話です」
「そろそろここも潮時か・・・割と気に入っていたんだが」
失礼しますとさっきのお姉さんがお通しを運んできてくれた。今日は鶏皮ポン酢だ!辛くない!美味しそう!
いつもと同じ飲み物と料理を注文し、お姉さんが去って暫くしてから会話を再開する。
「お姉さん、お通し置く手震えてました」
「そうか」
我関せずといった態度でメニューに目を通している。私生活も大変そうだな・・・早く相手作ればいいのに。
「罪深き人だ・・・」
「それは威弦だろ」
「・・・それは、そうですね。篠木の調子はどうですか」
「遅くても帰ってはきてる。警察の世話になってない限り問題ない」
飲みものが来た。私はカシスウーロンの氷抜きで、覇弦さんは烏龍茶。すぐに酔うのが嫌なんだそう。
「あの調子だと、もう暫くかかるだろうな」
「ちゃんと清算してとは言いましたけど、そんなにですか」
お互い乾杯せずに飲む。やっぱ氷ない方がいいや。今日も美味しい。お通しも美味しい!
じっくりと鶏皮ポン酢を味わっていると、覇弦さんがジッと見つめてきた・・・怖いなぁ。私もジト目で見つめ返す。
「・・・何ですか」
「いや・・・そういや、この前変な夢?みたいなのを見てな」
「へぇ。覚えているってことは、よっぽど強烈だったんですね」
「今と全く状況が同じ夢なんだ。けど、お前が普段絶対やらない行動ばっかとっていてきしょかった」
「普段やらない行動・・・?」
何だろう。覇弦さんの前ではしないことが多すぎて分からない。うかつに喋ったらぼろが出そうだ。私は最初に来た大根サラダを取り分け、覇弦さんは小皿に醤油をさしてくれる。
「――何故か乾杯から始まった」
「それは変だ!」
「・・・そうだな。初めて吞み行ったとき、酒がきた途端即飲みやがった奴が乾杯を促すなんて可笑しいよなァ」
「あの時はまだ作法もなにも知らなかったんですよ・・・」
そのことがきっかけで、私達の間では乾杯をしないことになった。どんだけ擦る気なんだ。早く忘れて欲しい。
「んでその後、お前は一口もそのキモい酒を飲まなかった」
「キモいとはなんですかキモいとは!」
氷入ってると体冷えるし薄まってまずくなるから抜いてもらってるだけなのに。
「いつも頼んでる料理を物珍しそうに見て」
「何で・・・」
「お通しには手をつけずに刺身ばっか食ってて、しかも醤油つけずに」
「そんな・・・有り得ない。私じゃなさすぎる」
口に手を当ててわなわなと震えた。
「あと・・・夢の中のお前は左手に箸を持ってたな」
「え・・・へぇー」
覇弦さんの前では右利きを演じているので、ここの矛盾に気づいたのは流石だ。
「カシウロとお通しには目もくれず、一心不乱に刺身を醤油つけずにひでゅ、左手に持った箸で食べまくる私・・・変ですね。偽物が過ぎます」
「な。輪をかけてキモかった」
元からキモいのにという言葉が透けて見えた気がしたが、一旦スルーする。
「・・・覇弦さんは疲れているんです。ゆっくり休んでください。明日も仕事ですか?」
「流石に休むつもりだ」
「そうなんですか!じゃあゆっくりできますね」
「幸生は・・・予定なんてあるわけないか」
失礼な。覇弦さんの嘲笑にドヤ顔で応戦する。
「ふっ・・・実はあるんですよ。明日は友達と映画を観に行くという予定がね!」
「そうか。これ食べたら行くぞ」
「え?」
――早ない?
予定自慢をスルーされたショックを忘れて、私は時間を見た。まだ入って30分も経ってないんだけど・・・。
Q「何で右利きのフリしてるの?」
幸生「行儀悪いって思われそうだからです。そういうの気にしそうな人の前では、出来るだけ右を使うようにしています」
覇弦「そうですか、私が頭の固い、時代遅れな人間だと・・・へぇ」(目ぇギラッ)
幸生「まだカミングアウトしてないんで出てこないで下さい!!いやマジで!」
幸生は左利きですが、箸とペンは右左両方使えます。それでも本人的には左の方がしっくりくるそう。




