第50話『物事には必ず理由がある』
全て第3者視点です。
第50話『物事には必ず理由がある』
幸生は日常会話をするかのような調子で話し出す。彼女の顔に焦りは見受けられなかった。
「宝くじが当たったんですよ。なな・・・森本さんと一緒に買ったんですけど」
「・・・初耳だが」
「言い忘れてたんです。まさか当たるとは思わなかったし。高額当選者って狙われるらしいじゃないですか。だからチマチマこっそりと」
「筋は通っているな」
「でしょ」
覇弦は言葉が素に戻るのも構わず、幸生を睨みつける。一般人なら震えあがる程の迫力だが、彼女は臆する素振りすら見せない。
「筋が通っているからこそ――」
覇弦は強めに頭をかく。セットが崩れ、前髪が額にかかる。理知的な印象から野性味が顔を出した。
「何故、ここにいるのが沖谷幸生じゃねぇんだ」
覇弦にとって、幸生は自分に靡かない希少な女性だった。くりっとした奥二重の瞳はいつも光を宿しておらず、自分を見ているようで見ていない。そんな彼女に興味を抱き、独占欲の強い弟に邪魔されないよう逢瀬を続けてきた。
――幸生さんとはもう1年以上の付き合いになるが、未だに彼女は俺を警戒している。雰囲気は大分柔らかくなったが・・・いつになったら、俺を無害な人間という立ち位置に置いてくれるんだろうな。
幸生は警戒心の強い猫・・・というイメージとは少し違う。彼女の魅力は、自分の弱さや他人とは違う視点を隠さないところだ。と覇弦は思っている。誰にも頼らず、ただ黙って不幸を受け入れる彼女を見ていると、覇弦の中に無いはずだった庇護欲を掻き立てられる。彼女の理解不能な行動や、偶に出るズレた発言も聞いていて飽きない。それらは全て無意識でやっていることなので、とんだ悪女である。
――俺を下手に刺激しないようあえて気を許している風に振る舞っているが、嘘で本音を隠すことで、必死に自分を守っている・・・。
そんな幸生がいじらしく、ついからかってしまう訳だが――今自分の目の前に座っている彼女は違う。
「え?いや、私ですけど・・・偽物に見えます?」
幸生は小首を傾げ、皿の上にある刺身を次々と口に入れている。
「そうだな。お前は幸生さんの姿をしている別人だ。もう少し似せる努力を・・・いや、私といる時の幸生さんを観察し直してみては?」
「・・・仮に私が偽物だったとしたら、覇弦さんにとって何の問題があるんでしょう」
「黙れ。本物は――」
言い終わらぬうちに、ゴンッと覇弦が勢いよくテーブルに頭を打ち付けた。幸生は最期の一切れをゆっくりと味わい、刺身を嚥下する。
「・・・いつから気づいたんだろ。最初からだったら悔しいな」
幸生はカシスウーロンを手に取り、匂いを嗅いでからほんの少しだけ飲む。
「・・・甘っ。しかも氷抜きとか」
水で口直しした後、覇弦の頭に手を伸ばした。
「・・・いいじゃないですか」
顔を横に向け眼鏡を外す。
「知ってほしくないことの10個や20個あったって」
部屋を出る寸前、眠っている覇弦を見て幸生は—―
「大切にしたい人ほど、綺麗なところだけを見ててほしいんです」
――泣きそうな顔をしていた。
(=^・・^=)
店を出た後、幸生はすぐに電話をかけた。2コール目で相手につながる。
「――終わったよ。これで100万円のことを知っている人間はいない。この調子で守っていけばいいんでしょう?分かってるよ。正しい位置に戻して、この世界をいいように回さなきゃなんでしょ?西村ってストーカー男は――に送っちゃったけど、篠木覇弦は明日になれば綺麗さっぱり忘れて元の日常に戻るようにしてる・・・本当は消した方が楽だけど。あぁ聞こえてた?ふふっ――確かに、そうだね。慎重に動くよ――って、そっか今は『ニャルラ』って名前だっけ。お前はちゃんとした名前で呼んでもらえていいね・・・いや?こっちの話。また何かあったら教えて」
それじゃあ。と通話を終え、幸生は細い路地に入る。
「にゃー」
そこから犬と猫が混じりあったような化け物が、闇夜に紛れるように走っていった。
(=^・・^=)
ニャルラが己の肉球で通話終了のボタンを押すと同時に、幸生がトイレから戻って来た。そして唐突にこう一言。
「札束ビンタって・・・痛いのかな」
「・・・」
ニャルラは半目で幸生を見る。自分の主は平凡な見た目の裏で、内面はかなり癖が強い。本人は断じて認めていないが、そろそろ諦めた方が良いと思う。
幸生は100万円の束で顔を仰いだ。
「私がされたいわけじゃなくて、したい派なんだけど、出来る人なんていないじゃん。ニャルラにやったら色々と問題だし、スミックマのぬいぐるみなんて論外・・・あーあ。100万円の秘密だけでも、共有できる相手がいればなぁ・・・今後も現れる気がしないし、絶対に隠し通すけど」
幸生はスミックマがプリントされた布バックにお金をしまう。100万円を置き続ける猫に最初の頃は怯えていたものの、今やすっかり日常の一部となってしまった。
増えてゆく100万円、猫ではないニャルラ、そしてもう一匹の猫、幸生の周りで急に発生した――奇怪な現象。
常人なら理解に苦しみ、狂気に陥ってしまうだろう。しかし、既に正しく狂っていた彼女はこの現状に順応している。これは僥倖だとニャルラは思った。このまま自分が彼女の側で守り続ければ――いいように変えられる。一日でも早く、幸生があれに呑みこまれてしまうのを阻止しなければならない。彼女に憑りつきし――暗い感情を食すことで力をつけている、悪魔のような概念に。
PWの時はあと一歩の所で逃がしてしまった。次こそ必ず決着をつけるとニャルラは心に誓う。
彼女は拒絶したい気持ちを抑え、自分と暮らしていくことを受け入れた。幸生は順調に、正位置の思考から抜け出そうとしている。他でもない。ニャルラの不思議な力によって。
「宅飲みの時に酔いつぶれた誰かにやってみようか・・・でも反応が見たいしなぁ。やっぱ・・・」
「にー」
未だに札束ビンタについてあれこれと案を巡らせる彼女に向けて、ニャルラは『〇』も『×』も選ばず、ただ鳴いた。
この先、幸生が不幸のどん底に落ちたとしても、運命の輪は回る。世界を守り、好転へと導いてゆく。それが真理だ。それでも。と、ニャルラは彼女に甘えだした。まだ間に合う。まだ、変えられる。
「相変わらず君の体温は熱いな」
「にー」
――願わくば、この物語が幸せで終わりますように。
幸生によって運ばれたベッドの上で、ニャルラは深い眠りについた。
その後、幸生は枕にビンタしていました。これで予行練習はバッチリ!




