第48話『Have a break have…』
第48話『Have a break have…』
――今日は、嫌な目にあったり、嫌なことを思い出したりした日だったな・・・。
私が小中高で一番使ってきた言葉は『ごめんなさい』と『もうしません』と『反省します』だったと思う。流石に高校生にもなると、そのワードだけじゃ許してもらえなくなったけど。
もしも、しおさんが私に謝罪してきたら絶対に『反省します。もうしません』と言うだろう。これも言うだけで許してもらえる魔法の言葉だ。私も呆れるほど使ってきた。だからこそ、私は――人の言葉を簡単に信じることが出来ないでいる。
もう数学のテストを隠したりしませんと言って、次のテストでは化学のテストを隠した。
塾に行くと嘘をついてはるまと遊びに行ったこと反省してます。今度のテストはその分頑張るからと言って、結局全ての科目が平均点をちょっと上回っただけだった。
許してほしい。呆れないでほしい。怒らないでほしい。『次気をつければいい』と言って頭を撫でてほしい・・・。
――私がそうだったから。だから私は、相手にも、今後生むかもしれない子供にも、そうするって決めたんだ。
私はドライヤーのスイッチを切り、ブラシで髪を整える。リビングに戻ると、ニャルラがスマホの前で鳴いていた。画面には不在着信1件と表示されている。
「あぁごめん。気づかなかった」
ニャルラは自分の寝床へと潜っていった。私も今日は早めに寝よう。そう思いながら通話ボタンを押して、イヤホンマイクを接続した。
「もしもし」
「お疲れーす」
「電話出れなくてごめん。島永君今大丈夫?」
「OKっす。いや今日ヤバかったっすね!」
彼の興奮冷めやらぬ口調に若干引くが、笑ってごまかす。
「まさか島永君が動いてるとは思わなかったよ」
――危な。島永君もって言いかけた。
「自分もよく分かってないんですよね。テディ先生から、ここに来れば草だよってRICHが」
舐めてんのかあの熊。
「はぁ」
「言われた時間に来て待機してたら、パトカーが来るわ来るわ。何か見覚えある客が出てくるわー渦中の人物、片井しおがお姉さんの美しい肌に傷をつけてるわで」
「草生えたの?」
「それはもう。野次馬もいましたよ。非日常って感じがして楽しかったです」
「そっか・・・」
――島永君の倫理観もかなりバグってるな・・・。
スマホをテーブルの上に置き、洗濯ばさみに挟んだ衣類やタオルを外していく。
「片井先輩というか・・・groovy大丈夫かな」
「じゃーないっぽいみたいですね。コンプラ違反や汚職の摘発、他企業にM&Aされる話とか、色々出てるらしいっすよ。幸生さんの方は大丈夫だったんですか」
「うん。何もなかったよ。ありがとね」
嘘じゃない。大きい意味で何もなかった。
「なら後はテディ先生に任せましょう。多分片井グループの埃を外に出したのはあの人だと思います」
「だよね・・・というかテディ読みはちょっと・・・好きなゲーム実況者と同じ名前だからさぁ・・・何か嫌というか・・・個人の意見だけど」
私は前から不満に思っていたことを口に出した。
――どう呼ぼうが島永君の自由だし、熊本先生と『テディ』は全っ然違うからいいんだけど・・・複雑というか。それを後輩に押し付けるのは自分勝手って分かってるけど。
「あぁ。幸生さんが最近見てるあの『これプロ』?リーダーが『テディ』ってHNでしたよね」
私は去年から『諸君!これがプロである!(これプロ)』のゲーム実況動画を見ることにハマっている。きっかけは梅ちゃんに布教されたことから。彼女に勧められるままに見始め、気づけば投稿されている動画や生放送のアーカイブを見るのが日課になってしまった。すっかりこれプロの面白さに魅了されてしまい、現在有料動画のサブスクリプション登録も検討中である。
沼に沈めた本人は「まさかこんなにハマってくれるとは思わんかった」と私の追っかけっぷりに若干引き気味である。『スミックマ』然り『これプロ』然り私は一度好きになったものはずっと好きでい続けるタイプだ。これプロの熱が冷めるのは一体いつになることやら・・・彼らが解散しない限り、仮に結婚した後でも見続ける気がするな。
「覚えてたんだ」
「友達にもこれプロリスナーいたんで。幸生さんがハマる前から知ってましたよ」
「にわか古参アピ止めてください」
「でも何となく似てません?」
「全っ然違う!似てない!100違う!」
――テディはもっと思いやりがあって、紳士で、癒し系で・・・!
「分かりました。幸生さんの前では控えますよ」
「う・・・いや、ごめん。やっぱ今の無し。呼び名は自由で・・・」
「何なんですか」
強制するのは違うと我に返り、発言を撤回する。島永君は半ば呆れた声で会話を締めた。
「視聴者提供の謝礼もらえたらご飯行きましょう。それでは」
「はーい。ありがとう。またね」
洗濯物を畳み終えからイヤホンを外す。ニャルラのご飯を用意し、ベッドを覗くと規則正しい寝息が聞こえた。
――これはしばらく起きないかもな。
私も何か食べよう。うどんかそうめん、どっちにしようかなとキッチンに立ったその時、来客を告げるチャイムが鳴った。
「・・・」
息を殺してドアスコープに目を近づけると、篠木らしき人物が立っていた。
――うえぇ。
渋々鍵を開けると、ドアが勢いよく開かれ――ドアチェーンロックが引っ張られた時の音がした。
「・・・開けろ」
「ね、念のためかけといて良かった・・・いや常時かけとかなきゃ駄目なんだけど」
――うっかり忘れちゃう時の方が多いんだよね。良くない良くない。
「・・・」
「どうしたの」
「・・・」
「・・・まさかもう清算できたの」
「・・・」
――篠木って、黙ってる時が一番怖いんだよな。絶対よからぬこと考えてるから。
困った。最悪このドアが破壊されるかもしれない。彼のことだ。合鍵を作っている可能性だってある。
「ちょっと待ってて」
私は冷蔵庫からチョコレート菓子『Kit Crisp』を1個取り出して簡単なメッセージを書く。
玄関に戻ると、ドアチェーン分の隙間が空いたままだった。虫と熱気が入るから早く閉めてもらわないと・・・!
「これ食べて頑張って」
人差し指と中指でキットクリスプをドアの外に出す。篠木は私の指ごと強く握りしめた。驚きで指からキットクリスプが離れる。
「ちょっ!」
――キットクリスプが潰れちゃうでしょーがー!
「他の誰かの所に行くのか・・・?」
「ん?」
「・・・俺以外にも、頼りにしている奴がいるんだろ」
篠木も頼りにしているかと言われると怪しいが、そこは一旦置いておく。
「そんなことないよ。あれはただのハッタリで・・・」
「・・・」
「・・・待ってるから。ちゃんと一人で待ってる。安心して」
「信用ならねぇな」
やっぱ繋ぐか・・・と小声で言ったのを聞き逃さなかったぞ私は!ヤンデレ監禁バットエンドはごめんだ!というか篠木がそのルートに導いてどうする!
――折角その流れにならないよう『一人だと私、すぐ不幸な目にあっちゃうから』って台詞を飲み込んだのに。
「ならどうしたらいいの・・・篠木が暴走しないよう、今こうやって話してるんだよ?口きかないって宣言したのに」
未来の私のことを考えて、篠木に気を使ってやっている。この状況は私的に大変気に食わない。空腹でイライラする。折角シャワー浴びたばかりなのにまた汗かいてきた。
――私は、家族との関係を修復したい。その目標を乗り越えるまで、お前に壊されるワケにはいかないんだよ・・・!今まさに壊れた心を直そうとしてるんだから、邪魔しないで!
「・・・分かった」
先に折れたのは、篠木の方だった。自分の顔をドアに近づけたのか、彼の声が近い。
――もし、この隔たりがなかったら・・・。
互いの指を絡ませて篠木の胸の中にいるイメージが浮かび、顔が熱くなった。
「せめて、顔見せろ」
「え無理」
――すっぴんだし、寝間着だし。
「あ゙ぁ?」
ガシャッ!とドアが勢いよく引っ張られた。
「だ、だってだって前科あるじゃん!私今黒猫の部屋着着てるんだよ!」
絶対前と同じになる!と叫ぶと、ドアが閉まった。篠木が手を離したんだろう。まぁ嘘なんだけど。私は視線を下げて、スミックマがプリントされたTシャツに水色のステテコを見る。そしてまたすぐにドアが開いた。いい加減近所迷惑になるから帰ってほしい・・・。
「明日からバイト6連勤だから、顔はその時見てよ。じゃあね。閉めるよ?」
「・・・幸生。キットクリスプ、もう一個くれ」
やっぱり潰れたのか。
「りょーかい」
もう一つ渡すと、さっき書いたメッセージを要求された。面倒くさっ!やっぱ縁切った方が良かったかな・・・。




