第44話『こんなヒーローは嫌だ』
第44話『こんなヒーローは嫌だ』
私は目を凝らしてお兄さん――救世主を見る。すると悪い方に捉えたのか、裏声の謝罪と共に体を離された。今度はしっかりと立つ。まだ膝は痛いけど・・・擦りむいただけだ。歩けない程じゃない。
「にー!」
「だ、大丈夫・・・いや、違うんです。実は今裸眼で・・・殆ど見えてないんですよ」
「ソウナノ?」
――いや何でこの人裏声?まさかの外国人とか?
「そうです!全部この不審者の所為です」
ビシッ!とカッコ良く指さしたいが、先輩がどこにいるか見えないので諦める。
「キミが、ハヅルのユッテタコ?」
「はづる・・・覇弦!?そうです!初めまして沖谷と申します!」
「ぅ・・・何で、アンタが」
浦本先輩そっちのけで自己紹介していると、離れたところから苦しげな声が聞こえた。
「ドウスル?」
「え?」
聞き返すと、どうやら救世主さんは覇弦さんに『写真の女性が今運動公園で追われている。敵をブッ殺してヒーローになってやれ』と言われたらしい。
「いや野蛮だな!」
「コロス?」
「片言も相まって殺戮マシーンみたいになってますよ!」
「ニニー!ニニー!」
ニャルラまで『いけー!殺っちまえー』的な発音で囃し立てる。君まで裏声にならんでいい!
「・・・っ、そいつ・・・血・・・はや」
「ウルセエ」
他の人がいる手前そのツッコミを言い出せないでいると、救世主が浦本先輩を拳や蹴りで一方的に痛めつけ始めた。
「ちょーー!?」
――もういいもういいもういい!
怪我の痛みを忘れて駆け出し、救世主の背中に抱きつく。
――うわこの人硬っ!筋肉マンじゃん!あと背ぇ高っ!
心ではそんなことを思いつつ、私は覇弦さんに頼んだことを自分で言うハメになってしまった。
「もういいです!止めましょう!おぬぇ、お願いですから殴るのを止めて落ち着いて下さい!」
暴力の音に負けないよう力の限り叫ぶと、彼の動きが止まった。何で私がこんなヒロインじみたこと・・・。しかも噛んだし。
「このまま・・・おぶってって下さい。増援が来る前に逃げましょう。もう一歩も動けまでん」
大声を出したことで、体力が底をついた。筋肉マンの体を借りて立つのがやっとである。注文通り背負ってもらい、筋肉マンは何も言わず走り出した。去り際、後ろを振り返ると先輩は苦しそうに咳き込んでいた。生きてるなら良し!
「ゴメンネ」
「いえ・・・こちらこそです」
私は遠慮なく筋肉マンにもたれかかる。胸も当たってるけど・・・さっきも抱き着いちゃったし、まぁいいか。何かこの人男性というか、人間味ないんだよなぁ。だって・・・。
「その被り物暑くないんですか」
私はこげ茶色のマスクに頬をつける。最初に見た時は逆光と低視力で彼が顔を隠していることが分からなかった。通りで茶色の面積が多かったワケだ。めっちゃアフロの人だと思ってた。
「慣レテル」
「あっ。それつけてるの、今だけじゃなかったんですか」
「冬用モアルヨ」
待ってツッコミが追いつかない。
「ハヅルからモラッタノ」
「ちょ・・・ホットに待って・・・とりあえず私の荷物を・・・荷物が・・・木の上に・・・」
敵らしき人達に会わないまま自然公園を抜けると、急に眠気が押し寄せてきた。――リョウカイと言う声が聞こえたような・・・大丈夫かな。私ちゃんと言えてる?そうだ、ニャルラからもらったスポドリとナイフも・・・持って帰ら、ない、と・・・。
にーと鳴く声に安心して、私の意識は途切れた。
(=^・・^=)
意識がゆっくりと浮上する。久しぶりにクリアになった視界に感動していると、私の足元に、私が土下寝していた。
「わっ」
「うぅ・・・」
驚いて後ずさる。どうやら私はまだ覚醒していないみたいだ。もう一人の私がゆっくりと起き上がった。しかし目が合った瞬間、相手がもう一人の私から古米さんに変わった。
「・・・先輩!?」
「え!?あれ。久しぶり」
「会いたかったです・・・!」
古米さんは感極まった表情で駆け寄り、私の胸に飛び込んできた。しっかりと抱きとめて頭を撫でる。
「おーよしよし。これはまた随分・・・リアルな夢だなぁ」
「夢なんて嫌だ!ここに先輩とずっといる!」
古米さんが叫んだ途端、白一色だった空間に火がついた。瞬きの間に火と火が重なり、私達を囲う。
「熱っつ!」
「嫌・・・戻りたくない・・・だってあそこには」
「あの時、急にいなくなっちゃってびっくりしたよ。あれから逐一ニュースを確認してるんだけど、ももって名前の子が神京で殺されたって情報も、古米って名前の子が行方不明っていう情報も見つけられなかったんだ。普通の自殺じゃニュースには乗らないし、私以外の皆は古米さんのこと忘れてるし・・・もう何が何だか。とにかく、古米さんは今生きてる、のかな・・・?」
熱が肌を焼いていくのを感じる。夢の中まで汗みどろになるってどういうことだ。古米さんはビクッと肩を震わせ、静かに泣き始めた。
「そうだ・・・私は・・・あの時、死んで・・・でも生きてて・・・けどさっき・・・にうたれて」
古米さんが涙すると同時に、上から雨が降ってきた。そうか、ここはきっと――古米さんの心の中だ。彼女の気持ちに比例してるかのように、段々と雨脚が強くなっていく。
「許さない・・・あの野郎、絶対に・・・!」
一体彼女の身に何があったのか。今どこで何をしているのか。きっと断片的に話してくれているんだろうけど、雨音で殆ど聞き取れなかった。恐らく、私が理解できないような、理解してはいけないような――そういった範囲外の事象が古米さんの情緒を荒らしているんだろう。
「私、先輩になりたくて、でも、全然染まれなくぁっ、ああああぁぁ」
「泣き虫なところはちゃんと『私』っぽいけどね」
雨が止む。古米さんはもう泣いていなかった。最初からそうだったように涼し顔をしている。
「でも、何か違う気がするんです。先輩が私に見せてくれた優しさや、悲しみや、ちょっと暗い部分を再現しようとしても、しっくりこなくて」
「はぁ」
突然照明が落ちて、曇り空の早朝並みの暗さになる。電気がなくても平気なくらいには明るいけど、テレビを観るにはちょっと暗い。外に出ても、朝日が拝めずもどかしさを感じてしまうような。そんな感覚に陥った。
「綺麗すぎるよ」
「え」
「私を真似ようとしてるんだったら、も少し光量落として。この部屋は明るすぎるし、私はそもそも怒らない」
「今よりも、もっと?それに、怒るななんて・・・」
「そうだよね。私も、実は今日生まれて初めてかってくらい怒ったんだ。こんな風に」
地下道での怒りを思い出すと、古米さんの体が爆発四散した。
「わぁーーー!」
密着していたのにも拘らず、私は無傷だ。後ろから呻き声が聞こえたので振り向くと、五体満足の古米さんが土下寝していた。
「また死んだ・・・?」
「ごめんごめん死んでないよっ!大丈夫!」
慌てて駆け寄ると古米さんは床に突っ伏したまま続ける。
「先輩が怒る時は一瞬なんですか」
「多分・・・そういうことになるのかな。自覚はないけど」
「ずっと怒ったっていいと思います。すぐに消えちゃうのは勿体ないって・・・思います」
「でも疲れない?あと、消えた後の名残を見ると悲しい気持ちになるんだ」
「それでも、スッキリしません?」
古米さんが起き上がる。私は彼女の横で体育座りをした。
「した。でも私なら、他の人を巻き込む怒り方はしたくない。さっき見せてくれた広範囲の炎は絶対に出さないよ」
古米さんは無言のまま私の背中に寄りかかる。景色は変わっていない。きっと彼女は迷っているんだ。この先自分がどう生きたらいいのか。私も数年前までそうだった。
「怒るのは悪いことじゃない。私もよく知り合いに言われるんだ。怒りの沸点高すぎって。でも、初めて叫んだことでようやく分かった気がする」
手をかざすと、空間が闇に飲まれた。あぁ。やっぱりこの暗さが一番いい。
「せ、せんぱ・・・」
「怖い?それじゃあまたすぐに潰されちゃうよ。君が一体何と戦っているのかは分からないけど・・・まずは自分が有利になるような場所を作らないと」
ゴポッ。と私達の周りからマグマが噴き出始めた。何でかな。このマグマは全然熱さを感じない。もしかしてこれは、私の中にある・・・怒り?
「熱、熱い、熱い・・・たすけっ、助けて・・・先輩」
そりゃそうだ。マグマの温度は1000を超える。そんなものの近くにいたら、普通は熱いなんて言う余裕さえないんじゃないかな。
「そういや、私、君に首絞められたよなぁ・・・それに、アイスピックで刺されそうにもなった」
低い声で呟くと、古米さんの顔から血の気が失せた。




