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100万円を置いた猫  作者: 椋木美都


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 第43話『彼にはどう見えているのか』

後半第3者視点

閲覧注意?

第43話『彼にはどう見えているのか』 


どう見てもあの速さはジョギングで出すスピードじゃない。待つとは言ったけど、このままだと伝えきる前に組み伏せられそうだ。そう判断するよりも先に、体は逃げの態勢をとっていた。だってやっぱ怖いわ!


「覇弦さんがフラグなんか立てるからあああ!」


「ほう、責任転嫁とはいい度胸ですね」


退路はまだ塞がれていないが、仮に背を向けて逃げたとしても、この距離はどう頑張っても無理だと悟る。まるで某ゲームバラエティ番組の逃走者になったみたいだ。小学生の頃欠かさず観てたなぁ・・・特にミニドラマが好きで・・・って違う!


――まだ全然回復してないのに・・・。これが最後の言葉になるのか。


私は手足と口を懸命に動かす。


「篠木、このことを知ったら絶対に・・・暴れます。だから、っ覇弦さん」


痛む肺を抑え、息を大きく吸った。


「私の代わりに暴走した篠木を、後ろから力の限り抱きしめて『お願い!もうやめて!正気に戻って落ち着いて!』と悲痛な叫びで彼の心にっ、訴えかけることは・・・可能でしょうか」


数秒の間の後、フッと小さく笑う声が聞こえ――『ティロン』という音を最後に、通話が終了した。


え?


「に・・・」


「あれ。もしかして私、間違えた?」


耳からゲームオーバーっぽいBGMが流れた。


(=^・・^=)

浦本淳が武道館の裏手に回ると、沖谷幸生は駐輪場の前で佇んでいた。浦本は彼女を見た途端、眉間に皺を寄せる。別れてから約1時間しか経っていないにも拘らず、カフェで会った時の幸生と今自分の目の前にいる彼女とでは、何ヶ所か違う点があったからだ。


「・・・何で眼鏡外してるん。それに、荷物どこやったん」


――変装にしてはお粗末過ぎじゃろ。


幸生は目深に被っていた帽子を左手で少し上げて、焦点の合っていない目を彼に向ける。


「私、大事なモノは作らないようにしてるんです。無くなったり、壊れたりするのが嫌だから。ですが、変わりがあるモノであっても、奪われたら困ることってあるじゃないですか」


「隠したんか」


「はい。スマホも一緒に隠したかったんですけど・・・ギリギリまで使ってたんで。とりあえず簡単にロック解除されないような設定にだけしました」


悪足掻きかもしれませんが。と言い、幸生は陰鬱な顔で笑う。


「浦本先輩にもあるでしょう?取られたら困るモノくらい。大丈夫ですか?先輩にとって大事なモノはちゃんと――安全な所にありますか?」


幸生の挑発に、浦本は一気に血の巡りが早くなっていくのを感じる。軸足に力を込めようとした瞬間、幸生が浦本の顔面目掛けて何かを投擲した。反射的にキャッチしたそれは、幸生のリュックの中に入れたGPSだった。


「それお返しします。盗聴器の方はゴミ箱に捨てたんですけど・・・はぁ。私ホットに不運・・・いや、これに関しては因果応報かな・・・何でこんなもの仕掛けたんですか」


幸生は荷台にカゴがついている自転車に寄りかかって溜息を吐いた。武道館の方から、微かにインドを連想させるような音楽が聴こえる。


「何で・・・そりゃ、お前が信用ならんから・・・」


「ならあの念書は何だったんですか」


「そう、じゃな・・・じゃけど、盗聴器も、GPSも・・・つけとかんとって・・・あれ。何で、俺・・・」


幸生は急に返答の歯切れが悪くなったことに違和感を覚えるが、浦本が僅かに動揺している隙をついてじりじりと距離を離す。


「しおが、もうあの念書は無効じゃって。とにかくお前に会いたがっとる。大人しくついてこいや」


浦本は我に返り、再び幸生との距離を詰める。


「いや無理ですけど」


「それはお前の都合じゃろ」


「どのくらい嫌かと言いますと――」


浦本は、手を伸ばして彼女を捕まえられる距離まであと数歩という所で――足を止めた。


「今すぐ死んでもいいくらい無理なんです」


幸生は浦本と対峙した時から後ろに回していた右手を自分の首筋に持っていく。その手には、銀色に光るペティナイフが握られていた。


「な・・・!」


――いや、落ち着け。コイツにそんな度胸ないじゃろ。それに、あのナイフもどうせおもちゃ・・・。


そう自分に言いきかせるも、足が動かない。彼女の瞳は黒く、淀んていた。瞳だけではない。幸生がナイフを首に当てたその刹那、禍々しいオーラが彼女の身を纏いだした。木々が反応するようにざわめく。浦本は彼女の周りに人間ではない何かがいるような感覚に囚われた。


――俺の目の前にいるのは・・・ただの地味でビビリな陰キャ女子や。それに、自分の身が一番可愛いのは皆同じ・・・。


幸生に対して恐怖と言う感情が芽生えることを認めたくない。浦本は歯を食いしばり、1歩、また1歩と前進する。幸生は同じ分後退するが、歩幅の大きさが違いすぎる。幸生は両手でナイフを持ち、少しだけ力を込める。浦本は、その細い肌色の首筋から血が流れていくのをこの目ではっきりと見た。


そこでようやく、この女は自分等に壊されるくらいだったら、自らの手で命を絶つ覚悟があることを認識した。


「・・・ハッタリとかじゃないです」


「待てや!お前・・・!自分の血はもっと大切にしろ!」


「止まってほしいんなら、下がってください」


幸生はここで裸眼になったことを後悔する。浦本の顔色を――狼狽ぶりを見れてれば、交渉に持ち込めたかもしれないのに。彼の感情を読む手が声しかない以上ここはニャルラから授かりし()()()()()()()()()()()で切り抜けるしかない。


――ここで浦本先輩を撒いて、覇弦さんが派遣した味方と合流するも良し。先輩がいるなら大人の人捕まえて、『襲われてるんです助けてください』が成立するからその手を使うも良し。


元々ぼやけて見えた浦本の姿形が、自分から遠ざかることで更に景色と一体化していく。完全に見えなくなったのを見計らって、幸生は背を向けて疾走した。


――う、っ・・・。


しかし、角を曲がったところで盛大に転んだ。蓄積された疲労ものしかかり、すぐに立ち上がることが出来ない。背中に浦本の気配を感じつつ、幸生はゆっくりと膝をついた。


「にー!」


ニャルラが幸生の手に固い何かを押し付ける。それは転んだ拍子に手放してしまった玩具のナイフだった。まるでそれの役目はまだ終わっていないと言うかのように、ニャルラは執拗にそれを持つよう促してくる。


――こんな玩具・・・持っててもすぐバレるよ。けど、さっきは遠目だったからなのか本物だって信じてくれてたな。


「ありがとう。もうちょっと、頑張ってみる」


ニャルラがくれたものだ。きっと不思議な力が宿っている。そう信じて幸生は左手にナイフを握りしめ、立ち上がった。威嚇するように、後ろ――浦本がいるであろう場所を睨みつける。これが負傷した幸生に出来る最後の抵抗だった。


――くそが・・・!


浦本は視界から沖谷が消えてすぐ、その後を追った。


――俺の目の前で死なれるのだけは困る。そういう意味でも見逃せれん。沖谷は必ず連れていく。しおの頼みは絶対じゃ。


浦本が角を曲がると、信じられない光景が広がっていた。


沖谷が腹を押さえてよろよろと立ち上がる。その地面には、大きな赤黒い水溜まりが出来ていた。


「お前・・・!」


幸生はナイフを持ったまま浦本を見る。肩越しに振り返っているので傷口は見えないが、ナイフにも血のようなものがべったりとついているのを見て、浦本は愕然とする。


沖谷が腹を刺して倒れた。そう認識した瞬間、血の匂いが鼻腔をくすぐる。


「うっ・・・」


思わず鼻を押さえる。血なんて喧嘩で何回も流してきた。掃除の経験だってある。それなのに。


――この不快感は一体・・・?


浦本は彼女の黒く、何も映していない瞳に釘付けになる。浦本にはその姿が――死に抗おうとする精一杯の虚勢に見えた。


先に視線を外したのは幸生だった。痛む足に無理やり力を入れ、歩き出そうとした瞬間、ナイフを持った手を掴まれる。


「っ」


「動くな。とにかく急いで手当を――」


「助けて!」


浦本が幸生のナイフを持った手ごと掴んですぐ、彼女の左手だけが離れる。そして間髪入れず、幸生は大声で叫んだ――視界の端で動いた人影に向かって。


第3者が見れば、今の状況は『刃物のようなものを持った男が女性に襲い掛かろうとしている』だと解釈するだろう。幸生はそれを見越して、自分からナイフを渡した。幸生はあの人影が救世主になってくれることを藁にも縋る思いで祈る。そしてその願いは――。


「は?このナイフ――」


「・・・離レロ」


浦本がナイフを空にかざし、偽物だと言い切る前に体が横に飛んだ。幸生は反動でバランスを崩す。倒れかけた身体は、その第3者によってしっかりと支えられた。


「ダイジョウブ?」


「いや・・・全く」


「にー」


――裏切られることなく、しかと叶えられたのだった。

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