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100万円を置いた猫  作者: 椋木美都


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 第42話『篠木覇弦は敵じゃない?』

第42話『篠木覇弦は敵じゃない?』


――そう返すということは、今篠木は覇弦さんの近くにいなくて、私が篠木の連絡手段を絶ったことは知らない・・・って感じで合ってるよね。


「ただ今夜、食事でもどうかと思いまして」


「はぁ・・・ご飯・・・」


覇弦さんが私をご飯に誘うのは今に始まったことではない。問題は、このタイミングでの誘いは罠である可能性が捨てきれないということだ。


「明日でも構いませんよ」


「明日・・・え。え?」


――もしかして覇弦さん、何も知らない?無関係一般人?


「まさか、味方!?」


「はい?」


考えろ。何もしなくていいと言われた。それは私が、私では――どうせ大したことは出来ないからなのか。


――そうだよ。いつも、やることなすこと空回りで、不幸にしかならなくて。いつも後悔してた。だから・・・。


「・・・」


「もしもし。急に黙って・・・おや、もしかして今、外にいます?珍しいですね」


「はい・・・今日はもしかしたら厳しいかもしれません」


「にー」


足元に何かが置かれる。置かれた。拾ってラベルを見ると、スポーツ飲料『ポカエリアス』だった。略称ポカエはたった今自動販機から出てきましたと言わんばかりの冷たさで。


「そうですか、では明日は・・・」


「待ってください。今ポカエ飲むんで」


このポカエはニャルラが『コレ飲んで前向きに行け』というエールだと勝手に解釈してやる!私は勝手に飲んで、勝手に元気を出す。これがプラシーボ効果だ!


――相談くらい、私にだってできらぁ!


「・・・お待たせしましたっ!」


「急に元気になったり・・・今日は一段と忙しないですね」


「はい・・・覇弦さんに、お伝えしたいことが、あるんです」


――苦しい。今までやろうとしなかったことに挑戦するって、こんなに不快で、違和感が凄くて、怖いんだ。


「どうぞ」


「緊急事態です。エマージェンシーです」


「・・・頭痛が痛くなっていませんか?」


「大事なことなので2回言いました。私このままだと、片井しおんさんって子とお付きの浦本淳っていう先輩にボコボコにされます」


「片井、だと?」


「ご存知ですか」


「当然です。相変わらず貴女は・・・巻き込まれすぎでしょう。説明を」


「分かりました。今日の――」


「にー」


ニャルラの目を見て、力強く頷いた。叶えたいことは沢山ある。私を嫌う人間なんていなくなればいいと思っているけど、話して分かり合えるのならそうしたい。何をやっても思うようにいかない自分が嫌いだ。けれど、やったことを後悔せず、次に活かしていく自分はきっとかっこいいし、好きになれる。でもそれらは、黒猫に叶えてもらう願いではない。


――諦めないで、やれるところまでやってみよう。失敗したら、ニャルラの前で思いっきり泣こう。泣きギレしてやる!


「にー」


「・・・今嫌そうな『えー』の発音で鳴かなかった?」


「にー?」


手をマイクにかぶせてニャルラを睨む。そうか今通話中だから返答できないのか。


「もしもし?電話が遠いようですが、何かありました?」


「あ、すみません大丈夫です」


私はニャルラと小走りで移動しながら、覇弦さんに今日起こったことだけを説明した。当然ボイスレコーダーで会話を録音したことは割愛する。


「――で、現在徒歩で移動中です」


「――今どこにいる」


流石覇弦さん。突飛な話でも瞬時に理解してくれた。


「自然グラウンド沿いを走っています。もうこのまま歩いて大学まで行っちゃおうかなーと」


私達は佐古駅から歩いて15分程度の位置にある、運動施設を備えた都市公園『佐古自然グラウンド』を斜めに横断していた。このルートで行けばショートカットが可能であり、休日の駐車場は大体満車なので車はそう簡単に入ってこれないのだ。


中々良い土地勘をお持ちですねという評価を期待していたが、返答時の声色は沈んでいた。


「・・・間違いなくその前に捕まるでしょうね」


「そうなの!?」


こんな全力疾走ってるのに!?


「たかが小娘1人の所在を割り出すことなど造作もない・・・そうは思いませんか?」


「・・・デスヨネ」


いくら敵が年下だからといえ、完全に甘く見てた。まぁ、心のどこかで分かっていたことだから、こうして覇弦さんに話したんだけど。


「なら、もうここで待つことにします」


木陰下のベンチに腰を下ろした。上を見ると葉が邪魔で空の様子が窺えない。今日の天気は曇りのち晴れ。予報の通りならそろそろ雲が腫れてもいい頃だ。このまま私の心模様も腫れてくれたらいいのだが――お天道様の気まぐれで雨が降るなんてことも十分に起こりえる。


「迎えを寄こしますから。じっと隠れててくださいよ?」


「えっ。ホットですか」


「私がそこまで薄情に見えますか」


「いや、まさか助けてくれるなんて・・・覇弦さんのことだから、刑事事件に発展するまで待つんだとばかり」


「合理的ですね。普段ならそうしていますが・・・初めて私に相談してくれたでしょう。幸生さんが、私に」


「まぁ・・・そうですね。見返りが怖くて。いつも事後報告でした」


相手に借りを作ったら返さなくてはならない。相手が自分に貸しを作ったらその分返して欲しい。昔からそういった感情があった。何もかも劣っている私では、借りに見合ったものを返せる自信がない。他人のことを信じられない私が、気軽に頼るなんて厚かましいにも程がある。だからいつも、大事な場面で一人ぼっちのまま打つ手なしで諦めていた。


貸し借りなんて存在しない。そこにあるのは善意だけだ。という人がいるのは知っている。安井君とかはまさにそのタイプだ。しかし、私はその思考を理解することはできても、彼のように生きるのは――絶対に無理だ。


――私は心が弱くて、性悪で、汚い人間だから。


覇弦さんは優しい大人だ。頼ればきっと、力になってくれる。と頭では分かっているけど・・・まだ心に不信のブレーキがかかっている。それでも・・・。


「最近、『今までの私だったら絶対にやらなかったこと』に挑戦中なんです。ほら、私今年で20歳ですし。節目で良い機会かなーって」


「幸生さんがそこまで私を頼ることが嫌だったなんて・・・悲しいです」


「そうやってわざと負い目を感じさせるところが嫌だったんですよ!」


――電話で良かった。多分対面だったら覇弦さんの良いようにマインドコントロールされていただろうな。


「状況分かってます?今片井の手に落ちれば最悪幸生さんの人生が終わりますよ。妹同然に思っている人がそんな目に合うのは、流石に見過ごせません。今まで起こったトラブルだって、1人で背負いこみ過ぎです。威弦は放っといても大丈夫ですが、幸生さんの場合、無事なのは単純に運が良いだけですからね。弱い癖に危ない橋ばかり渡りやがって・・・」


あ、ヤベこれお決まりの流れだ。説教は嫌だ聞きたくないつまんない。パターンに入る前に慌てて口を挟む。


「わ、分かってます分かってます。お手数をおかけしてすみません。ありがとうございます」


「・・・いえ。全て私の愚弟が引き起こしたことです。お気になさらず・・・というか、貴女はもっと怒った方が良い」


「まぁそれは全部終わってから・・・え。まさかその向かわせる人って篠木じゃないですよね」


「私達の関係をお忘れですか。確かに今回の件は威弦に言うのが一番手っ取り早い。ですが、俺からアイツに伝えることは出来ません。幸生さんが窓口にならなければ、本来私は蚊帳の外でしたからね」


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。覇弦さんも『その方が面白いから』と弟に隠して時たま私をご飯に誘っている。篠木兄弟は一目で身内だと分かる程度には似ているが、本人等は認めていないそうだ。その気持ち凄く分かる。


覇弦さんとは篠木とほぼ同時期に出会った。覇弦さんの職場は私のバイト先と同じ5階建てのビルにある。会社名は『篠木覇弦税理士事務所』何と所長さんだ。コールセンターが最上階で、覇弦さんはその1階下に事務所を構えている。


彼と初めて会話した際、最初の質問が『何で会計事務所じゃなくて税理士事務所って名前なんですか?』だった。そう彼に聞いた時の反応は一生忘れられない。何も爆笑しなくても良かったじゃないか。会計事務所という言葉が俗称だと知れたのもこの人のお陰である。これでまた一つ賢くなった。


「それを承知の上で、覇弦さんにお伝えしたいことがあったんです」


「言ってる途中で見つかりそうですね」


フラグ立てられた。もう終わりだ。


「にー」


ニャルラを見て何とか立ち直るが、さっきから日影にいるのに汗が止まらない。心身ともに限界がきている証拠だ。ただえさえ昨日は見えない陰に怯えて全然眠れていないっていうのに。


「にー!」


「・・・え?ふおっ!」


急にニャルラが威嚇の姿勢をとる。目を動かすと、何かが凄い速さでこちらに向かってきていることが分かった。すぐ地面を蹴って日向に出る。


いや、見つかるの早くないか?

飲みかけのポカエは普通に置いて行ってます。果たして忘れずに回収するのか。

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