表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
100万円を置いた猫  作者: 椋木美都


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

45/414

 第41話『今すぐ浴びようマイナスイオン』

序盤片井しお視点

第41話『今すぐ浴びようマイナスイオン』


独り言と共に熱を帯びた溜息が零れる。西村の調べによると、今日威弦は友達と隣県までツーリングに行っとるらしい。暑いのによーやるわ。今頃ラーメンでも食べとるんじゃろか・・・電話してみ・・・。


「変じゃな・・・西村が電話に出ん」


「知らんわ!しお威弦のこと考えるので忙しいんよ!」


テーブルの脚を蹴る。しおが物にあたる癖があるのを見越してか、テーブルの上には書類しか置かれとらんかった。しおは足を組み、幸沖谷幸生の身元調査報告書を読む。


沖谷幸生――調べれば調べるほど平凡でおもんない女じゃった。過去に威弦を好きになった女は皆お兄ちゃんか淳に惚れさせて振ってもらった。それでもしつこい女は人数使って襲わせた。


――今回もお兄ちゃんに惚れさせればえかったのに、保留にした挙句威弦とご飯に行くなんてありえん。意味わからん。しかも威弦も威弦でその日、しおの誘いを断ってあの女に会いに行った。あの女・・・沖谷幸生なんてホンマ消えたらええのに。


本当はずっと怒っとった。威弦から貰ったらしい眼鏡とポニーフックが視界に映る度、殺意で目の前が真っ赤になりかけとった。殺してやりたい。ぐちゃぐちゃにしてやりたいって、話しとる間、ずっとそう思っとった。


――威弦も可哀想。あの女、威弦がいるのに他の男とも仲良さそうに話しとるんよ。一緒に服屋とかタピオカ屋とか行っとったんよ。信じられんよな。


こんな女威弦の前にいたらいけん。幸生ちゃんには報いを受けてもらおうと思っとった。


――それなのに・・・。


「・・・普通に良い子じゃったな。自分の立場をよく分かっとった」


「・・・そうじゃな。空気は読めとった・・・怖いくらいに」


幸生ちゃんといざ対面したら、不思議とその気が失せていった。


報告通り金であっさり解決できた。


自分の非を認めて、すんなり謝罪ももらえた。毅然とした態度が鼻についたけど。


それでも幸生ちゃんは、しおに対して、最後まで真摯な態度を崩さんかった。


他に相手した女はしおを子供の分際でと馬鹿にして見下してきたり、彼女発言を信じずに鼻で笑われたりした。幸生ちゃんはしおが煽っても下手の体勢を崩さんかった。おまけに初めて謝られた。一番憎んでた相手やのに。こんなことされたら怒れん。もしかしてこういうところを威弦が・・・?


しおの爪が、幸生ちゃんの胴体を貫いた。


淳が大きなため息をついて、穴の開いた写真を取り上げる。


「そんな恨んどるんじゃったら、連れてけば良かったやろ」


――うざっ。そんなのしおが一番分かっとる。


しおは唇を尖らせてそっぽを向いた。


「・・・しおの話聞きたいって言ってくれた女の子、久しぶりじゃったから」


「俺がいつも聞いとるが」


「話半分にしか聞-とらんじゃろ!こればっかりは幸生ちゃんを見習えや!いつも聞いとるフリして麻雀やっとる癖に!」


「・・・分かった。ほら、機嫌直せ」


意外そうな顔でしおを見る淳にイラッときて睨むと、頭を優しい手つきで撫でられた。しおがむくれると淳はいつもそうする。しおの頭を撫でええのはお兄ちゃんと淳と――威弦だけ。


「・・・幸生ちゃんにつけたん?」


GPSと盗聴器の意を込めて問いかけると、淳は全て汲み取ったかのように頷いた。


「どっちもちゃんと反応しとる。今のところ、沖谷幸生が誰かに連絡を・・・」


淳が顔をしかめて片耳につけとったイヤホンを外した。


「どしたん?」


「や・・・何じゃろ。盗聴器にノイズが・・・。さっきまで良好じゃったのに」


淳の仕事用のスマホを勝手に取り、幸生ちゃんの現在位置を確認する。


――進むの早くね?ずっと走っとるんかな。


「直ったー?しおにも聞かせてや」


「おい」


地図を見るのに飽きたしおは、淳の胸のあたりにぶら下がっとるもう片方のイヤホンを右耳にさした。


『――あ、あとで探してお詫びするから・・・手伝って、ください』


「・・・は?あいつ何言っとん」


「ただの独り言じゃろ」


そう言って淳は左耳に同じイヤホンをつけたまましおの隣に座る。


そこから先は――感情に任せて思いっきりテーブルを蹴り倒したこと以外、何も思い出せんかった。


(=^・・^=)

「はっ、はっ・・・」


どうして私はここまでされなくてはならない?勝手に命令されたのにも拘らず、素直に従った人間に対する返しがコレか。人を簡単に信用しないのは分かるけど・・・ならあの念書は何のために用意した?私の署名に、押印に意味はあったのか。


「はああああまじかぁぁぁぁ」


監視されていた事実を明かされた時も思ったけど、プライバシーの侵害に対する嫌悪感がヤバい。吐き気がする。


――今頃、あっちではどうなっているのかな。これ、私捕まったら人生終了だよね・・・。


走った先にあったコインパーキングに入り、駐車中のワンボックスカーの影に身を隠す。


「体熱っ・・・こんな走ったの部活ぶりだ」


「にー」


さっきは怒りに感情が支配され、人生で一番の暴言を羅列してしまった。


「走るのも怒るのも同じだ・・・すぐ疲れるね」


『ピンポーン』


「私、怒鳴るの嫌いなんだ。実家にいた頃は毎日怒鳴られてきたから。あの人が怒鳴るのを見て、『私はどんなに腹が立つことがあっても、怒鳴るのだけは絶対にしないでおこう』って誓ったんだよね。反面教師ってやつかな。別に怒鳴らなくても、言い聞かすことは可能じゃん。大きな声を出して暴言を吐くのは、単なる自己満足だよね・・・自分が言いたいこと言ってるだけみたいな。あくまで主観だけど」


やっぱり私は、何かを怒るのに向いてない。地下道でやってみて分かった。怒るよ発言は脅しのためによく使うけど、実際キレたことは殆どない。怒鳴った時はアドレナリンがドバドバ分泌されて、終わった後凄いスカッとしたけど・・・自分の為にも、もうあんな熱くなることはしない方がいい。


――さて、これからどうすればいいんだろう。


何となく、私が無事佐古大に辿り着く未来が見えなかった。警察に言っても意味ないし、家には怖くて帰れない。


水も飲み干して、体力も限界に近い・・・まぁ、それはさっきのコンビニまで戻れば解決するんだけど。


「ここから佐古大まで歩きだと1時間。賭けで家まで戻って自転車で行くか、2000円払ってタクシーで行くか、歩くか・・・どれも嫌すぎる!!」


「にー」


――究極の選択しかない!こんなことなら熊本先生の連絡先教えてもらえばよかったか?いや、あの先生には頼っちゃ駄目だ。


「そういえば、熊本先生に、『何もしなくていい』って言われたんだっけ・・・」


「にー」


片井先輩から教えてもらった情報は、あえて誰にも言っていない。先生に報告しても『何もしなくていいって言ったじゃん』と言われるのが嫌だったからだ。


――先輩との会話を盾に交渉・・・できるかな・・・多分無理な気がする・・・この状況を無事に切り抜けられるきっかけにはなりそうにないなー。


「この展開は予想してなかったって・・・ホットに大丈夫なのかな。はぁ・・・不幸だ」


「にー」


私とニャルラはそろって脱力する。あまり人様の車の横に居座るのも良くない。そろそろここを離れないと。


そう心では分かっているのに体が動かない。上昇する外気温、遠ざかってゆく私の平穏・・・忍び寄る気配は不穏・・・胸の鼓動まるで警告音。


「『ひとたび戦いを決意したならば、その決意を持続しなければならない』と言ったのはナポレオン・・・」


「にー」


「その花の名はヒメジョオン・・・」


「ニーーー」


「それ合成音・・・ってもういいよ」


駄目だ暑さで思考がまともに動かない。ニャルラも辛そうだ。せめて冷房の効いた場所に移動しようとしたその時、イヤホンから着信音が流れた。


――このタイミングで・・・誰だろう。


「う゛わ」


私は『はる』と表示された画面を見て、体が硬直した。すぐに尻ポケットにしまい、マイクに内蔵されているマルチファンクションボタンを押した。このボタン一つで電話に出ることも切ることも可能なので非常に便利である。


「はい・・・」


――敵じゃありませんように。敵じゃ・・・。


「どうしました。そんな怯えた声を出して」


「・・・だって休日の真昼間に電話なんて、今までしてきたことなかったじゃないですか。ビビるのは当然ですよ・・・覇弦(はづる)さん」


「ええ。貴女が恐怖に身構えると思って電話しました。予想通りの反応、ありがとうございます」


「ぐ・・・」


お礼を言われても全く嬉しくない。相変わらずこの人は私より性根が腐っている。


「はぁそうですか。篠木ならいませんよ」


「私がいちいち弟の所在を気にする筈ないでしょう。」


努めて平常運転装って返答すると、篠木の実兄である覇弦さんはフッと鼻で笑った。

片井しおとエンカウントする10時間前。自宅にて。


幸生「夜な夜な聞こえるラップ音、に眠れず開くスマートフォン。RICHのアイコンマーライオン、スタ連で送る通知音!」

ニャルラ「にー(アイロンがけしてないで早よ寝ろ)」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ