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100万円を置いた猫  作者: 椋木美都


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 第39話『本日は曇天なり』

第39話『本日は曇天なり』


空は厚い雲で覆われ、本日の佐古はどんよりとした天気だった。ついこの前梅雨が明けたばかりだというのに。


――暑い。くもりなのに蒸し暑い。焼けるー。


細い通りを歩いていると、目の前に見覚えのある酒屋が見えた。そこはつい先日、篠木に贈る酒を購入したお店である。この通りはこの場所に繋がっていたのか。


ふと目線を下に向けると、アスファルトに黒い染みがついていた。微かに香る鉄の匂いに顔をしかめるが、そう感じたのは一瞬だけだった。


「ニャルラ」


黒い染みが黒猫に変わり、にゃーと鳴いた。


「今朝ぶり・・・のハズなのに、凄く久しぶりな感凄い」


辺りに人の気配はない。私は、昼なのに薄暗いこの場所にもう少しだけいたいと思った。湿度を含んだ風が、汗が背中に伝う不快感をさらってくれる。


「やっぱり私、最低だ」


ニャルラが私の言葉に反応したかのように身じろぎをする。詳しくは知らないけど、と言いながら、左手で自分の右腕を掴んだ。


「篠木は一部の界隈で有名らしくて。強くて容赦がないっていう悪い意味でね。だから、特定の人達に凄く恐れられてるらしいんだ。篠木はgroovyを知ってたってことは、片井先輩も篠木を知っている。そして私はそんな篠木のお気に入り。表では認めたくないって態度取ってるけど、今回は・・・その立場を利用して片井先輩を脅した」


――本当に、虫がいいったらありゃしない。


「今更後悔しても遅いけど、私が誰の気持ちも考えずに生きてきたお陰で、沢山の人の未来を狂わせた」


篠木のことが好きな人の気持ちを考えず、彼の誘いを強く断らなかった。


その結果、年下の女の子を傷つけ怒らせた。


その怒りに片井先輩や浦本先輩、西村って人やその他仲間達が巻き込まれた。


汗でぬるつく右腕に爪を立てる。こうなったのも全部、私の所為。


「そのしっぺ返しを今、喰らっているんだ。なら私はそれを大人しく受け止めなければならない・・・って、ちょっと前の私ならそう言い聞かせて、自身に降りかかる不幸を甘んじて受け入れてた」


さっきの話し合い、私は殴られる又は紅茶をかけられる覚悟で臨んでいた。それがなかったのは、私がそうならないよう言葉を飲み込み、嘘を選んで、思ってもいないことを思っている風に取り繕い、しおさんの望む言葉を誠心誠意伝えたからだ。


『絶対に、幸生さん1人で危険な道を選ばないで下さい』


後輩の不安げな顔を思い出す。


――言うこと聞けない先輩でごめんね。島永君。


「私にとってしおさんと話をすることは、今後平和に暮らしていくためにとても大切で、必要なことだと思ったんだ。危険な賭けだったけど、無事に終わってよかった。奥の手も使わずに済んだよ」


「にゃー」


「もう、自分から死にたいと思う状況を作るのは止めにしたからね。これからは、他人のことも考えて生きるようにする!頑張る!」


ニャルラは瞬きをせずにじっと、私だけを見つめている。黒い毛でで覆われた身体が闇に溶け込んで、まるで金の瞳だけが浮いているみたいだ。


――あれ?闇?


いつの間にか、背景が黒一色になっていた。足元には淡いピンク色の花が転々と咲いていた。


「にゃー」


「アザミの花・・・実物で見たのは始めてた。『サンソニ』の表紙にも描かれてたんだよ」


私は以前読了した小説の表紙デザインを思い出す。この物語の最後のシーンにもこの花が植えられていたんだっけ。


「綺麗。君と一緒なら、ここにずっといてもいい・・・」


――あれ。私、前にもこんなこと思って口に出した気が・・・でも、いつ?


急に立ちくらみがして、ニャルラの前に体育座りする。


「にゃー」


「・・・私はどうしたいのかな。篠木と離れたいのかな。一緒にいたいのかな・・・どっちでもいいんだ。多分。どっちになっても、きっと私は順応する。やかましくて、おっかなくて、いじわるで、でも優しくて、頼もしくて、面白くて。好きなところもあるけど、止めて欲しいところもあって、消えて欲しいけど、一緒にいて楽しいと思うところもあって。両方あるから、分からないんだ」


――いてもいいけど、いなくなっても大丈夫なんて・・・。訳が分からない。


黒くなっていくアザミの花はまるで私の心模様を映しているようで、これ以上見ていられず額を膝につけた。


「やっぱり人間は駄目だよ・・・君みたいな猫だからこそ、ちゃんと一緒にいたいって思えたんだ。どうしてその思いを、人に向けられないんだろう」


しおさんが篠木のことを好きなのは凄く伝わって来た。これが『恋』なら、私は同じ土俵にすら立てない。


――誰かに好かれたい。でも、自分から好きになるのは、怖い・・・。


私の選択で、篠木と縁を切れる。これは絶好のチャンスだ。単純接触効果で上がったパラメーターなんて幻だ。自覚すればすぐに消えてしまう。今しかないと言うのなら――。


「もう、全部終わりにした方が・・・」


(にゃん)んでも一つ、願いを(かにゃ)えるにゃー』


急に光を浴びたことに驚いて顔を上げると、目の前に光る文字が現れた。


――大丈夫だよね。私は、幸せになれるよね。それともここで、不穏分子は・・・。


「にゃー」


私の想いに呼応するかのように、黒猫が大きくなる。どこから力を得て成長しているんだ。立ち上がって、既に私の2周りも3周りも拡大した黒猫を見た。瞳が家の窓くらいある。


「ありがとう。まだ、こんな私の願いを聞いてくれるんだね」


不思議と恐怖は感じなかった。意識が現実と夢の境でふわふわしている。私は一種の酩酊気分に浸っていた。


「にゃー」


「・・・でも、今はまだ願わないでおくよ。君にしか叶えられない願いを望む時が必ず来るはずだから」


黒猫は耳をピンと立てて瞳孔を開いた。私は薄く笑って手を伸ばす。汗はもう感じなかった。


「報復したい。私の繊細な気持ちに触れないでほしい。けど、その前にまだ伝えられてないことが沢山あるんだ。それをやり遂げてからじゃないときっと――私は独り立ち出来ない」


「・・・ァ」


「え」


直後、怒号が耳を直撃した。反射的に耳を抑える。黒猫は毛を逆立て、大きな口を開いて――全身で激怒を表現していた。


――何で、どうして。これも、私が・・・?


「にー」


耳を抑えたままでも、別の鳴き声が聞こえた。振り向くと、日光に照らされたニャルラの姿があった。両手を離すと、車が走る音が微かに聞こえる。


「ニャルラ・・・」


「にーにー」


舗装されたアスファルトの通りには花おろか雑草すら生える隙間もなくて。私はニャルラに構わず、細い通りを抜けた。


――君は、ニャルラじゃなかったんだね。


どうやら私は神出鬼没の猫2匹に目を付けられてしまったらしい。


「ニャルラはあの猫知って・・・って見てすらいないか」


『ピポピポーン』


――ん?


自分にしか聞こえない声量で呟くと、メインポケットの中に入れたままのスマホが何故かサイドポケットで振動していた。


『ピポピポーンピポピポーンピポピポーン』


「あれ。何で移動して・・・ってマナーモード勝手に切るな!」


右の肩紐を外し、リュックを前に持ってくる。スマホを勢いよく引き抜くと、カシャーンと音を立てて何かがアスファルトの上で跳ねた。先に音を止め、スマホを持ったまま小さくて長方形の黒い物体をつまんだ。


――何コレ。私のじゃない。


「ニャルラ知ってる?」


「にー」


『グローバル・ポジショニング・システム の 結果を表示します』


ニャルラの一鳴きで、画面に現在位置特定システムーーGPSと呼ばれているものについてのサイトが表示された。


唾を飲み込む。『画像』をタップすると、様々な形のGPSがあった。その中に、今私の手の中にあるものと酷似したそれを見た瞬間――心の中で奇声を上げた。


――ふぁぎゃああああ!いつ!?えっいつ!?誰!?えこれホットにGPS!?


『ピポピポーンピポピポーン』


「うるっさいなもう!!」


逆のサイドポケットからイヤホンマイクを取り出して装着する。耳につけたままだと走る時邪魔になりそうだな・・・他の音も聞こえにくくなるし。


リュックを両肩に背負い、スマホはイヤホンをつけたままサイドポケットにしまう。左耳だけイヤホンでふさぐと、横を自転車が通過した。その自転車は荷台の上にカゴが乗っかっており、運転しているおばあちゃんは近くの横断歩道の前で停車した。


「・・・」


GPSと自転車を交互に見る。後ろカゴにはスーパーの袋からはみ出したトウモロコシ。欠伸をするおばあちゃん。黄色信号に変わり停車する車。間もなく歩行者側の信号が青に変わってしまう。


――やばい!


私は急いでおばあちゃんの横をキープする。自転車が走り出した瞬間、己の倫理観とGPSをカゴの中に入れ、私は左に曲がる。後ろを見ると、おばあちゃんは道なりを真っ直ぐ進んでいった。

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