第38話『佐古には魔王がいる』
第38話『佐古には魔王がいる』
片井先輩は困ったように笑う。この人は・・・どんな状況でもとりあえず笑うタイプか。
「女子にそんな顔で見られたの初めてなんじゃけど。ホンマは俺に興味ないじゃろ」
――かーっ!はいはいモテ自慢ですかそーですか!
「いやーそんなわけないじゃないですか。天下のgroovy相手にそんなそんな」
「・・・」
「・・・」
沈黙が流れる。話をするためにここに来たつもりなのに、色々事実が発覚したので何から話せばいいのか分からない。大きく息を吸って、吐く。こうなったら、もう気を遣わずに素でいこう。
「まず私から言わせて下さい。好きだって嘘をついてすみませんでした。お気づきかもしれませんが、片井先輩のこと好きどころか顔も覚えてなかったんです。先輩と会った時、私の中にあったのは熊本先生の『片井先輩には気をつけて』って助言だけでした。少しでも危険性のある人と友達を繋げたくなかったんです」
「テディせんせーが?そっか・・・だからずっと相談室におったんか」
言いたいことを言ってスッキリした私は、さっきとは違う机の上に座る。
「はい。何であの先生がそんなこと教えてくれたのかはともかく」
「そうやったんか・・・ごめんな。俺も嘘ついた。幸生ちゃんに対抗して・・・幸生ちゃんの告白の演技、めっちゃ下手やったから」
「う・・・」
笑われた。ひどい。その顔、すぐに歪ませてやる!自分が上位に立っていると思うな。
「篠木ですよね」
後ろに手を伸ばすと、指先に細くて固い何かが当たる感触がした。私は迷わずそれを握り、声に出すと同時に先端についているキャップを軽く押し込む。普通のボールペンの見た目をしているそれは、思っていたよりノック音が小さかった。
「全部聞きました。先輩の妹さんは、私が篠木と一緒にいることを良く思っていないんですよね」
「・・・誰に?」
「それは内緒です。この結論は篠木ではない誰かから貰った情報と、私の推理から導きました」
片井先輩は驚いた表情のまま、口を開いては閉じてを繰り返している。
「先輩?」
「・・・っ、それ、威弦さんに言ったん」
「・・・まだです。でも私は――自分の身を守るためなら、私に危害を加えようとしている人達を不幸な目に遭わすと、たった今決めました」
先輩の目に敵意が宿る前にですが、と言葉を続ける。
「今ならまだ間に合うかもしれません。多分ですけど。私の意志と行動次第で、被害を最小限に抑えられるはずです。その為にも・・・妹さんと浦本先輩の為にも、先輩が持っている情報を、私に下さい」
軽く頭を下げる。私は戦いたいワケじゃない。ただこの事態を看過できないだけだ。
「・・・幸生ちゃんが悪いんよ。しおを怒らせるような真似するから。折角、俺が幸生ちゃん堕としたって言ってしおを安心させたのに・・・すぐ威弦さんと会って楽しそうに飯食うから」
「う゛」
まさか見られてたとは。顔を明後日の方向に向ける。3限開始まで残り約10分ちょい。そろそろ戻らないとマズいが、話はまだまだ続きそうだ。授業間に合うかな。
「俺だって止めようとしたんじゃけど・・・ああなったしおんは止められん。幸生ちゃんは今までの女の子達とは違う。闇や裏に染まってない普通の子やから、迂闊に手を出せん。しかも同じ学部の後輩やしさ・・・俺だってやりたくないんよ!幸生ちゃんが知らない奴等にレイプされんのが分かってて連れていくのは・・・流石に無理じゃろ」
――成程。カタギには手を出さない的な?というか妹さんヤバいな。お兄さんと下僕使って気に入らない奴を片っ端から排除していたのか。
先輩は葛藤に苦しんでいるようだった。あともう一息できっと、味方に引き込める。
「妹さんが、今まで女の子達にしてきたことを――その手口を、場所も含めて教えて下さい」
「それを言ったらしおは、淳はどうなるん。淳は俺としおんの従弟で、淳はしおんを実の妹みたいに可愛がっとる。昨日のあの態度から見て、絶対幸生ちゃんを痛い目に合わせる気やと思う」
「そうならないようにするための情報収集なんです。片井先輩の様子から見て、近い内私の身に何かが起こるんですよね」
「・・・」
――早く教えてよ!先輩も次授業あるでしょ!
先輩の優柔不断さに痺れを切らしたので、私はスマホを操作し、音量を上げた。
「あまりこの手は使いたくなかったんですけど・・・」
「・・・?」
「あと3秒以内で白状してくれなかった場合、たまたま録れたこれを篠木に渡します」
私は再生ボタンを押した。
そしてその2秒後、先輩はあっさり私の知りたかった情報をうたってくれた。録音を止めてシャツの胸ポケットに戻す。先輩は気づかずに、手で顔を覆っていた。
「俺は何もできんけど・・頑張ってな」
「はい。どうもありがとうございました」
丁度3限目開始のチャイムが鳴る。お互いお礼もそこそこに先輩はスチュコモ、私はエレベーターホールに向かった。もう階段を使うのはごめんである。SIG部屋は島永君が使うらしいので、エアコンと照明は切らなくても平気だろう。
エレベーターで下降中、じわじわと罪悪感が私の心を侵食する。
――片井先輩めっちゃ可哀想・・・良い人だった分、申し訳なかったな。
勿論、告白された方も悪い、隙を見せるな。などの理由で私もタダでは済まない。熊本先生も、とんだ爆弾を作ってくれたものだ。エレベーターが開き、小走りで教室へと向かう。
――それにしても・・・篠木の名前出した時、片井先輩の怯え方が尋常じゃなかったな。流石佐古を代表する魔王なだけある。浦本先輩が篠木と雰囲気が似てるのは憧れ?それとも、篠木のことを好きな妹さんが喜ぶから?
教室にはちょっと遅れて到着した。まぁ許容範囲だろう。
(=^・・^=)
「はぁ、はっ、はっ・・・もう、無理だ」
走って、走って・・・バイト先の近くまで来た。焼き肉屋と居酒屋の間にある狭い通りに身を隠し、息を整える。
――しかし、片井先輩の妹さん・・・目の保養だったな。
確か島永君が『私より年下』って言ってたから、実年齢は19か18・・・まさかの17?ワンチャン今年18歳の成愛より下の可能性も出てきたぞ。
――いや大人びてんな最近の女子高校生!もし17歳なら未成年だぞ!青少年なんちゃら条例法違反で補導されろ!
この国では、18歳以上かつ高校卒業証明書を取得している者が成人という扱いである。しおさんの年齢は(推測ではあるが)彼女がケーキを撮っている時に思い出した。違和感がないように振る舞えただろうか。
――しおさんのこと、『年上のお姉さんだと思ってる』って演技、本人にバレてなくて良かった。多分浦本先輩にも。
しおさんは、私が『何も知らないまま交渉の場に連れてこられたクソアマ』だと思っているかもしれないが、実は『全て把握した上で相手のフィールドに来た挑戦者』だったのだ!
――年下にやられっぱなしなのは癪だから、ついカウンターパンチをお見舞いしちゃったけど・・・。
100均のクリアボトルに入れた水を飲む。いつ接触されてもいいように、片井先輩と話した次の日から、私の警戒心は常にMAXの状態だった。
脅・・・交渉して手に入れた情報が信憑性の高いものだとしても、頼りすぎるのは危険である。敵側が想定外の行動を取るという展開を、様々なバトル漫画で読んできた。
――まさか最初に向かったATMコーナーで声かけられるとは思わなかったけど。
西村なる人物にストーキングされていたことは初耳だった。全く気づかなかった・・・流石プロ。しかし、バレたら困る秘密は守られているようだった。準備は万全。休日もなるべく人の多い場所にいて、動きやすい服に荷物は最小限軽くして・・・録音も怖いくらいスムーズにできた。
ちゃんと録れているかだけが不安だが、あとはこのペンを熊本先生に渡せば大人の力で何とかしてくれるだろう。巨大マット然り、大量のボイレコ然り・・・あの先生は一体何者なのか。
おまけ『告白事件後の夜ご飯』
篠木に酒をプレゼントしたら私の家で宅飲みする流れになりかけた。「次!次は宅飲みにしようね!」と無駄な先延ばしをして、私達は居酒屋に入る。
『篠木はgroovyってクラブ知ってる?最近友達がよく行ってるらしくて(嘘)』
『あ゙?友達って誰だ』
『女の子。今度一緒に行こうって誘』『ぜってー行くなよ!?(急に大声)』
『ピッ!な、なん。あ、あそこそんなにヤバいの。チャラ箱とは聞いてたけど』
『スクワッシュよりやべぇ・・・。幸生にとってはな。入っただけで人生終わると思え』
『そんなに!?』
『そのダチも今すぐ距離を置け。一生話すな近寄んな』
『わ、分かった・・・。篠木は行ったことあるの』
『・・・・・・・・・・・・・・あぁ』
『何その間。あ、チャラ箱・・・あっ、ふーん(察し)』
『もう行ってねーよ!ここ数年!ダリィ奴もいるしな』
『はぁ。会いたくない人でもいるの。喧嘩したとか?敵対チームのボスの根城になってるとか?』
『俺をチンピラ扱いすんじゃねーよ。手羽先に七味かけるぞ』
『すんませんでした。だって篠木が苦手な人っていったらその筋の人かなって・・・』
『そういう奴等のほうがまだマシだ。殴れるからな』
『成程。暴力で解決できない人・・・女子供か権力者ってことね。どんな人?篠木の苦手な人ってどんな人?(ニヤ)』
『は?言うわけねーだろ。やんのかお前!』
『あ゙―――!手羽唐っ、手羽唐が手羽辛にーーー!』
今日の幸生’s 服
トップス…七分丈の花柄刺繍ブラウス(胸ポケット付き)
ボトム…ひざ丈のデニムスカート(シャツインして茶色のベルト)
ソックス&シューズ…赤のくるぶしソックス&黒のローカットスニーカー




