第32話『彼女に関わるものは皆』
後半第3者視点です。
第32話『彼女に関わるものは皆』
いよいよ先輩の真の目的が分からず、冷静さを失ってしまう。それほどに、片井先輩の告白は完璧だった。私のやっつけ告白とは違い、どこをとっても私のことが好きそうに見える。先輩は危険という前提がなければ、普通に信じていただろう。やっぱり対面での告白は迫力が桁違いだ。元カレはRICHで告白してきたため、人生初彼氏の告白をはるかに凌ぐ衝撃と混乱が私を襲った。
「あ、ごめんなさい・・・ちょっと、混乱して・・・」
助けを求めるように浦本先輩を見ると、真顔でスマホをいじっていた。
――テメェこの野郎!興味無!いや私だったらどっか行ってるわ!ここに留まってるだけ偉いのか!?
「う、浦本先輩!」
必死に呼びかけるも、綺麗にスルーされた。呪ってやる!不幸になれ!
「――熊本先生から伝言があります」
「は?」
構わず続けると、やっと顔を上げてくれた。
「必ず浦本先輩だけに伝えて欲しいって言われてるんです。だから先輩。この手一旦放してください」
「返事してくれないん?」
「ちょっと心を落ち着かさせてください・・・!」
すぐに済むので、お願いします!と半泣きで言うと、ようやく拘束が解かれた。ホッと胸をなでおろす。私は深呼吸して涙を蒸発させた。
浦本先輩は私がこれだけ必死に頼んでも、顔をしかめるばかりで動いてくれなかった。しかし片井先輩が軽く頷くだけで渋々スマホをポケットにしまった。さ、差がありすぎる・・・。
先輩を階段まで誘導し、もう一度深呼吸する。ここからが、正念場だ。
「何でこんな女が・・・」
「いや、ホットそれですよね・・・ビックリしました」
「・・・そっちじゃねぇよ」
「え?」
思わず聞き返すが、早く話せやとドスの効いた声で睨まれた。何でこんなに嫌われているのか・・・気になるけど、聞くのは今じゃなさそうだ。
「えーと、熊本先生からの伝言で」
「どーせそれも嘘だろ」
「違いますよ。『妹さんのことで大切な話があるから、大至急相談室まで』とのことです!」
「は!?クソッ!」
浦本先輩は私の言葉を聞いた瞬間目をカッと見開き、光の速さで学生相談室がある方向へと走っていった。後から片井先輩の「淳!?」と焦った声が聞こえる。
――これはチャンスでは!?
あえて盛ることで事の重大さを強調し、わざと相談室から離れた場所で伝えたのも功を奏した。よし!逃げよう。
エレベーターを待っている暇はない。5階分上るか、建物を出て外の道から帰るか・・・。どっちが捕まりにくいんだ。
「にー!」
「ニャルラ!」
――タイミング神か!
どこからともなく現れたニャルラは、私を追い越して階段を駆け下りていった。当然私も後に続く。そしてR1号館1階の自動ドアをくぐって外に出た先には――佐古駅の券売機があった。
「へ?」
後ろを向くと、全国コンビニチェーン『セブンマート』の自動ドアが。横には見慣れた改札口があり、そして下には、にーと鳴くニャルラ。
「・・・」
出入口に立ったままでは通行の邪魔になるので、近くの空いているベンチまで移動する。リュックを膝の上に置いて座り、そのままきつく抱きしめたままふさぎ込んだ。
――ふおおおおおおおおおお!しゅっ、瞬間移動―――――――!?えええええ佐古大から!佐古大は!?駅じゃん!ここ何でコンビニいやあああああ!!
ニャルラがプチパニックでガタガタと震えている私を宥めるかのように寄ってきた。いや君の所為なんだけどね!?
「逃げたいとは思ったけど・・・ここまで連れてかなくてもいいじゃん。というか君、瞬間移動も出来たんだね・・・」
「にー」
「ってか・・・自転車どうすんの。明日私にバスで行けと?」
「に・・・」
「にーずぁないよおおぉぉ・・・噛んだ・・・でもまぁ、助けてくれてありがとね」
ぶっ飛んだ方法ではあったけど、結果的に得体のしれない先輩方から逃げることが出来た。熊本先生の頼みもクリアしたし、もうこれであの人達に関わることはないだろう。危害を被ることがあれば篠木か熊本先生にチクればいいし。見返りは怖いけど。
100万円を取りに行くため一旦家に戻ると、アパートの駐輪場に私の自転車があった。アポートも出来るのかこの猫は・・・ちょっとした超能力猫じゃん。
(=^・・^=)
幸生は札束風呂に使われたお金を仕舞うべく、近所にあるATMを周りまくった。ようやくリュックの中に入れた紙袋の中身が空になり、幸生は息を吐く。
――今日は何か色々大変だったな・・・。
でもこれで一先ず落ち着いただろう。そう思ってスマホを見ると、篠木から不在着信が入っていた。う゛。と渋面をつくり、折り返す。幸生は嫌そうな声をしながらも、飲みの誘いを了承した。
――折角なら、いつも何かしらくれるお礼でも買いに行こう。
「篠木にはお酒をプレゼントしておけば間違いないんだよ・・・っていないし」
ニャルラが突然姿を消したことに驚き、呆れた表情でイヤホンを外す。
――まぁいいか。いつものことだし。
今日こそは私が奢るぞ。そう意気込み、幸生は酒屋へと入っていった。幸生は所謂ひとり家吞みが一番好きなタイプだが、彼女が好むカクテルは夜に吞むと太りやすくなる上に(幸生にとって)値段が高く、空き瓶の処分が面倒だ。アルコールの耐性が低い方ではないが、幸生は滅多に酒を家に持ち込まなかった。
日本酒のコーナーで腕を組んで悩んでいる様子は、彼女を知る人なら誰かに贈るためのものを真剣に選んでいるのかと判断するだろう。
しかし、たった一人、幸生がこの後誰と会うのか、誰にお酒を贈るのかまで把握している男がいた。酒屋の向かいにある建物の影に身を隠すようにして、幸生の行動を見張っている。その男の顔は恐怖で歪み、足は小刻みに震えていた。
(=^・・^=)
女子大生にしては地味。男が最初に抱いた印象だった。
男は上に命じられ、今月から幸生の動向を探っていた。尾行や経歴を調べることは俺の仕事の一部だ。しかし、今回の命令に対して男が戸惑いを隠せなかったのは事実だ。
大学、アルバイト先、図書館、スーパー、コンビニ、本屋・・・。19歳にしては行動範囲が狭く、それ以外は基本家から出てこない。外食は殆どせず、稀に友達や篠木威弦と居酒屋に行くくらいだった。基本食事は外でとる男にとって、幸生の生活は信じられなかった。
――こいつ、水までスーパーの調理水汲んどる・・・!
2Lの水をリュックに入れたまま値引きされた菓子パンを真顔で吟味している姿は、男の同情心を掴むには十分すぎた。
――こんな子、2、3包めばあっさり手ぇ引いてくれそうやけどな。
尾行を続けて早一週間が経ち、男は報告書の内容を埋めるのに苦労した。今日は終日雨の予報で、バイトもない。彼女は恐らく大学から帰った後、そのまま家にいるだろう。
――また片井さんに『コピペか』って蹴られるやつや・・・。クソが!たまにはどっか行けや!
豪雨がアスファルトを殴りつける夕方、雨合羽を身にまとった幸生がアパートに到着した。ビニール袋に入れたリュックを胸に抱き、猫背で階段を上がっていく彼女を車内越しに眺める。監視を続ければ続けるほど、ただの貧乏女子大生にしか見えなかった。
しかし。と男は口に溜まっていた紫煙を吐く。沖谷幸生のような子こそ、あの方が脅威を感じてしまうのかもしれない。
活発だった梅雨も次第に落ち着きを見せ、夏の兆しが見え始めたある日、男はとうとう見てしまった。
――これは、どういうことや。
沖谷幸生が自転車に乗って帰宅後、すぐに徒歩でどこかへ向かおうとしていたので、男は静かにその後を尾行していた。
幸生は人が少ないATMに寄っては入金を繰り返していた。1件目は6回、2件目は8回、3件目では8回。男は1件目の時点で違和感を感じた。気配を殺して幸生の後ろに立つと、札束を一気に投入口の中に突っ込む様子が、背中越しに一瞬見えた。数十万・・・いや、恐らく限度額一杯。手続きの短さから推理すると、その大金は彼女の通帳の中に預金額として刻まれているだろう。
スマホで隠し取りした写真を確認し、男はにやける口を手で隠す。
――あんな大金どこで手に入れたんやろ。俺が見とった限り、闇バイトに手を出してたこともないし、実家も金持ちやない。誰かから金を貰った様子も・・・。まさか、篠木か?
この情報を、上に報告するか、もしくは――。男は指で写真を拡大し、かろうじて写っている札束を凝視する。
――何でかは知らんけど、金は金や。こんな秘密、利用しない手はない。
男はカサついた唇を舐め、内ポケットに手を入れた。
「にー」
「うおっ!何や、猫か」
急に目の前に黒猫が現れ、男の肩が跳ねる。毛並みの良さと首輪を見る限り、近所で飼われている猫だろうと推測する。脱走中だろうか。
「悪いけど、君に構ってる暇はないんよ。金でも入ったらおやつくらいやってもええんやけどな。また今・・・」
言い切らないうちに、男はアスファルトの上に倒れた。
幸生「いつもありがとう。これいつものお礼」
篠木「・・・急にどうしたんだよ。(銘柄を見る)幸生にしてはセンスいいな」
幸生「でっしょう!!(ドヤ)」
篠木「これで宅飲みしようって魂胆だな。しょーがねぇ・・・乗ってやるよ(ニヤ)」
幸生「(肩を掴まれて引きずられる)違う違う違う!自分の家で吞みなよ!私以外の誰かと!」




