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100万円を置いた猫  作者: 椋木美都


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 第27話『重要な選択』

第27話『重要な選択』 


手ぶらで島永君の元へと向かう。集計は7階でやっているので、私は階段を使うことにした。今は何より、足を動かしたい気分だったからだ。


「ん?」


――何で、ここにこれが?


踊り場には、私がつけていたポニーフックが転がっていた。頭の後ろに手を置くも、ヘアゴムの感触しかない。これは私のモノで間違いないみたいだ。


「ちょっと今日は、変なことが起こりすぎでしょ・・・」


震える手を懸命に動かして、ようやくヘアゴムに装着することに成功した。


古米さん――彼女は、何処へ行ってしまったのだろう。


――私が、私の知らない外側で、何が起こっている?何かが、動いてる・・・?気持ち悪い。怖い。何で、私だけ。分かんない分かんない分かんない。教えて・・・助けて。


「ニャルラ・・・」


私の呟きが誰にも拾われることのないまま、真っ白く綺麗な床の上で艱難辛苦(かんなんしんく)に苛まれる。一瞬血の匂いがしたのは、鼻の錯覚だろうか。


(=^・・^=)

普段なら参加する打ち上げと称した飲み会を、私は初めて断った。自転車置き場までの急勾配な坂道を一歩一歩慎重に歩く。心も体も疲れきっているので、油断すると足がもつれて坂道を転がり落ちそうだ。


――ニャルラ、待っててくれるかな。場所の指定はしてなかったから、自転車に乗ってないかもしれない。


坂を下るにつれ、不安がどんどん大きくなる。乾いた喉を潤すために水筒のお茶を飲んでも、『もしニャルラが私に会ってくれなかったら』という恐怖が体内の水分を奪ってゆく。


――いなくても、話聞いてくれるってサインくれたし。流石に家で待っててくれるよね。戸締まりしてある家の中で待ってるっていうのもおかしな話だけど。


入り口から近くに停めたので、距離が離れていても様子が窺える。私の自転車には――。


「にー」


サドルの上に黒い物体が乗っかっていた。ニャルラは小さく鳴いて、爛々と金色の瞳を光らせている。私が小走りで近づくと香箱座りからエジプト座りに変えた。


――ちゃんと、いた。警戒してるっいぽいけど、ちゃんと来てくれた。


「待ってくれてありがとう。この時期、この辺は虫多いから、歩きながらでもいいかな」


足でスタンドを引き、押して歩く。依然ニャルラはサドルを占領したままだった。


「あの時はごめん。私・・・」


『ブーッ!』


「は?」


急にサイドポケットのスマホが音を立てて振動する。また遠隔で私のスマホを操作してこの猫は・・・。イヤホンを片耳に着けて、仕切り直す。


「・・・謝んなくてもいいってこと?」


『ピポピポーン!』


「なら、ありがとう。あの時は混乱してて・・・何も考えずに叫ぶところだった。あのまま『願い』を言ったらどうなったのかは分からないけど、ニャルラが止めてくれて良かったって思ってる。多分ね」


PW1日目の夜、渋宿の高級ホテルで起こった出来事。私が目で見たことは全部しっかりと記憶に残っている。


――もしそれら全て現実に起こったことだったら、私は・・・。


(にゃん)んでも一つ、願いを(かにゃ)えるにゃー』


『お母さんなんて・・・死んでしまえばいいんだ!』


動揺していたとはいえ、軽率に行動しすぎた。きっと縋ってはいけないモノに私は身を委ねかけたんだ。


「・・・私、お母さんと上手くいっていないんだ。中学、高校時代が一番酷くて、毎日泣いて、呪ってた」


はやる気持ちを抑え、慎重に言葉を選ぶ。


「でも、一番悪いのは私。お母さんがヒステリックになったのも、妹が失望して話しかけてくれなくなったのも・・・全部、私が至らなかったからなんだ。暴力を振るわれる度、お母さんを呪ってたよ。成績が思うように伸びなくて、部活も休みがちになって、漫画も捨てられて、スマホも一回壊されたっけな・・・。けれど、全部理不尽に怒られてきたワケじゃないんだ。成績表を隠したとか、勉強サボって小説読んでたのがバレたとか、自業自得なのもちゃんとあったよ。小説に至っては学校の図書館から借りた本。簡単に捨てられないやつをわざわざ選んで、悪知恵働かせてさ。ガチで捨てられそうになった時もあったけど。しかもあてつけるためにあえて『自殺』とか『虐待』がタイトルに含まれてる書籍ばっか家で読んでた」


右手でバランスを取り、左手でスマホを手に持つ。液晶には、先程古米さんに見せた画像――首に手形の痣をつけた私が映っていた。鏡越しの自撮り写真は、いつ見ても酷い顔をしている。


「性根が腐っている私が幸せになる資格なんてない。分かってるんだけど、どうしても・・・死ぬのも、殺されるのも怖かった。何故そう思うのか。その理由も汚い要素が詰まっているかもしれない。さっきも怖かったんだ。ニャルラは話を聞いてくれるって言ってくれたけど、100%信じたワケじゃなかった。気紛れで、会ってくれないんじゃないかって・・・。私ね、勝手に期待して裏切られるばかりの人生だったから。私が良いように思いこんで、結果思い通りにいかなかったら勝手にショック受けて泣いてたの。期待した私が悪かったんだって。ニャルラに対しても、ブレーキをかけて接してた」


スマホををしまい、立ち止まった。街灯が私達を鈍く照らしている。


「皆凄いよ・・・いなくなって困るものなんて、作らない方が良いのに。どんなものでも簡単に消えるし、消されちゃうし、消せるんだよ」


私は両手でしっかりとハンドルを握りしめる。まだ、ニャルラには触れられない。


「それでも、ニャルラと過ごした1か月は結構楽しかったと思う。叫んでツッコむ割合の方が多かった気がするけど」


「にー」


「戻って来てよ・・・色々終わってる私だけど、まだ、ニャルラと過ごし足りない。手足が伸びても、スマホ操作出来ても、壁すり抜けられてもいい。悲しいことや、このクソ猫!って思うことがあったとしても、それすらも綺麗な思い出にしたいんだ。それって結構大切なことなんでしょう?」


『ピポピポピポポポーン!』


「連打すな。お金も要らないから。本当の別れまで、ニャルッ!」


突然、空中から札束が降ってきた。ドサッと自転車のカゴに収まった総額1000万円の諭吉様は、私がS5号館のトイレに隠したものだった。


「にー」


「今かよ!私がお金って言ったから思い出したでしょ!」


――いや回収すんの忘れてたけども!


スタンドを立て、背負っていたリュックにお金を詰める。このために灯りの下で止まったワケじゃなかったんだけどな。


「分からないんだ。ニャルラと一緒にいたい気持ちと、別にニャルラがいなくてもいいって気持ちがどっちもあって、片方を膨らませることはできても、もう片方を破裂させることはできない。親だって、関わりたくないって思う自分と、仲良くなりたいって思う自分がいて・・・失くせないんだ。自分に嘘をつきすぎて、気持ちに蓋をして隠す時間が長すぎて、本当の私はどうしたいかが分かんなくなっちゃった」


素早くチャックを閉めて、見られて困るものを隠す。私が常にしていることだ。


「・・・けど、変わりたい。私は私が嫌いだから。いなくなればいいって思ってる。でも自分の手で消せなかったから今ものうのうと生きてるんだ。いつの間にか成人して環境を変えて、自分でお金を稼げるようになって、やりたいことを自由にできるようになったのに、全然前に進めてない。私はまだ――汚くて、弱虫で、縛られたままの、大嫌いな自分だ」


「にー」


「その状態から脱却するためには。今は、ニャルラと一緒にいたいって気持ちを大きくしたい。ポジティブな選択をすることがきっと、今までの私がやらなかった・・・つまり、大嫌いな自分を、好きに変えることに繋がると思うから」


異物を吐き出すかのような感覚が不快だ。けれど、話せば話すほど、体温が上がり、体が軽くなるのを感じる。


「私と一緒にいて欲しい・・・です。私とニャルラで、このコンビでしか生せない幸せを沢山残」『わぁぁぁーーーーっっ!!(拍手)』


「早いよ!人生初!一世一代の告白だったのに!フルでかっこよく言わせてよ!あとOKの返事も早いわ!返事を待つ緊張感も美味しいのに!」


「にー!」


イヤホンを乱暴に外してシャウトする。ニャルラの一鳴きで、自転車のスタンドが勝手に下りた。私は大きな溜息を吐いて、帰ろうか。と、憑き物が落ちたような笑みを浮かべた。

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