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100万円を置いた猫  作者: 椋木美都


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 第26話『黒くて汚い、裏の側』

視点は幸生→三人称→幸生

暴力描写有り

第26話『黒くて汚い、裏の側』 


古米さんは異常者なんだなとか、報われない恋をしてしまったんだなと思うより先に、自分だったらどうなるのかと変換することに呆れてしまう。


――共感するためじゃない。これは事情聴取の真似事みたいなものだ。


真面目な顔して聞いてても、それだけ。本当は無関心でしかなく、成り行きで片足を突っ込んでいる状態だ。


「っだから、最後に私が染まりたくても出来なかった。ももちゃんの血肉を食べたら、ももちゃんは私のものになるって、思って・・・」


「ももちゃんと一緒のご飯食べたら同じになるんじゃないの」


「根本から違うんですよ。私がO型じゃなければ・・・!ももちゃんはA型なのに!」


古米さんが机を叩く。私は腕を組み、ふむふむと頷いた。


「だから生き血を啜ろうとしたんだね。話してくれて、ありがとう。辛かったよね」


そんな月並みな言葉で、彼女の涙腺はいともたやすく決壊した。私は椅子に座ったままキャスターを転がして、彼女の隣に移動する。冷めた目をしているのがバレないように。


――駄目だ。私の世界の外にある不幸話なんて一ミリも興味出ない。けど、気を抜いちゃだめだ。さっきみたいに、貴女を受け入れまスタイルを徹底しないと。


「誰にも理解されないって分かってても、孤独感や悲しみは消えない。その感情と付き合っていくかないって絶望するだけだよね」


「自分のことなんて一番知ってる!知ってるのが・・・嫌だけど、何で私はこうなんだろうって!自分がどういう人間なのか・・・何で・・・!」


「ももちゃんに受け入れて欲しかったよね。そのために頑張ったのに・・・」


――抱きしめるべきなのかな。けど、服汚れるんだよなぁ。古米さんさっきより泣いてるし。さっきは死から遠ざけるためにやったけど。今やったらあの子私に依存しそうだし・・・どうしたものか。


S5号館で、私は私のために彼女に寄り添うことを選択した。けどこれ以上は、正直警察の人に任せてこの件から手を引きたい。


――良かったね。私より頭イカれてる癖に、形だけでも優しくしてくれる人がいて。古米さんは幸せ者だ。


私は彼女が泣き止むまで、背中をさすり続けた。胸を貸すと余計止まる時間が長引くと予想して。


(=^・・^=)

「トイレ、行ってきます」


古米は鼻をかんだティッシュを捨て、フードを被った。泣き腫らした目を隠すためだろう。無人となったSIG部屋で、幸生はアイスピックを雑紙で厳重に包む。こんな危険なもの叩き折ってしまいたいが、証拠品なので嫌々断念する。


――よし。もうあの子の鞄も一緒に持って行って、トイレから出たらそのまま佐古大を出てもらおう。


紙の塊を鞄の中に入れ、チャックを閉めた。一息つく間もなくにーという鳴き声が背後から聞こえ、肩が盛大に跳ねる。


「び・・・ったぁ。ニャルラ・・・」


「にー」


ニャルラは机の上に尻尾を巻いた状態で座り、感情の読めない目で幸生を見つめる。幸生は眉間に皺を寄せ、体をニャルラに向けた。


「オーキャンが終わったら、話があるんだ。私の自己満だから、気分が乗らなかったらいなくても・・・」


――違う。止めろ。何で私はまた逃げ道を作っちゃうんだろう。


幸生は腕に爪を立てる。余分な本音を抑え込むように。


「ニャルラに、話したい・・・伝えたいことがあるの。時間が欲しいから・・・聞いて、くれませんか」


幸生は何かに耐えるような面持ちでニャルラの反応を伺う。そして瞬きで、ニャルラが一枚の紙になった。


「・・・っはぁあああ」


――何でニャルラの行動一つ一つに、こんな神経使っちゃうんだ・・・。


幸生は椅子に体を預け、『〇』の紙にそっと触れた。


時を同じくして、古米もパーカーのポケットに入っていたものにそっと触れた。彼女は、S1という名の高い建物に向かっている間にした会話を思い出す。


――その髪についてるやつ・・・。


――ん?これのこと?可愛いでしょ。


――まぁ。ですね。


――ありがとう。貰い物なんだ。ポニーフックって言うんだって。


――へぇ・・・私も先輩くらい髪が長かったら・・・つけれたかな。


――絶対似合うよ。もし君の髪が結べるくらいまで伸びたら、その記念にプレゼントするっていうのもいいかもね。私の好みで選んだポニーフックで良ければだけど。


――何だよ、それ。


「・・・本当に、ここに来てよかった」


古米は隙をついて手を伸ばした。無意識のうちに、その選択を望んでいたのかもしれない。幸生にとっては運のツキだが、古米悠乃(ゆの)にとってはもう――。


――これが運命なんだ。あの猫のついでで出会ったっていうのは不快だけど。やっぱあの時、幸生さんの目の前で握り潰しとけば良かった。幸生さんが来る前、私が首根っこ掴んで森の中に投げ落としたのに、一瞬で戻ってきた化け猫。あんなやつより、私が隣にいた方がいい。


「・・・染まりたいな。幸生さんの、全部に」


古米は恍惚とした表情で、手の中にあるポニーフックを弄んだ。


「古米さん」


「ぁ・・・幸生さん」


古米は慌ててポニーフックを握りしめる。このまま自分のものにしたい。しかし、落ちていたと適当な理由を述べて返すなら今だ。


「最後に連れていきたい所があるんだよね。ほら、これ持って。錐は中に戻しといたから」


「・・・最後じゃないです」


幸生は挙動不審な古米に構わず、鞄を渡した。古米は不満げな表情で呟く。


「・・・そうだよね。でも、案内したい場所があるのは本当なんだ。行こう?」


「!!」


幸生にそっと手を握られ、古米の思考が真っ白になる。今まで彼女からのボディタッチはあったが、想いを自覚した今となっては感情の起爆剤でしかない。


「7階にあるから、エレベーター待つより階段使った方が楽なんだよね」


「そうですか・・・っ!?」


古米が一段目に足を置きかけたその時、背中に強い衝撃を受け、古米の体が宙に浮いた。咄嗟に伸ばした手は空を切る。古米は幸生がいた位置の向こうにある白い壁に触れることすら叶わず、階段を転げ落ちて頭部を強打した。


「やー危なかった。全く、あいつより先に手を打って正解だったね」


古米は力を振り絞って頭を声のした方に向ける。霞んだ視界に、階段の前でヤンキー座りをした幸生が映る。その口元は三日月型に曲がっていた。


――な、んで。さっきまで、手、繋いで横にいた・・・。


先程の発言と態度から、古米を突き落としたのが幸生であることは明白だった。だが、突然起きた超常現象に破壊された脳では処理が追いつかない。


――頭が回ってても、理解なんてしたくないよ・・・死にたくない。


じわ。血と涙が目の下で混ざり、白い踊り場を紅く塗りつぶしてゆく。


「泣くなよ。汚い涙しか流せない君に泣く資格なんてない。そして死ぬ資格もない。私のお陰で君は命を落とさずに済んだ。ま、その先の保証はできないけど」


――なに、を言、って。


彼女の意志に反して、霞が濃くなり始める。五感の全てが遮断される寸前、幸生は笑顔で手を振った。


――幸生さん、じゃ、ない・・・?


彼女が最後に見た幸生――それはまるで、古米が過去に何度も来園した、あのテーマパークにいるスタッフのようだった。


「刑務所よりも、地獄よりも相応しい更生施設――へ。いってらっしゃ~い」


(=^・・^=)

割と重めの鞄を手に下げて歩く。すると向こうからななちゃんと沖谷君が歩いているのが見えた。


「やっほー」


「ちゃんと働いとるかー?」


「やってるやってる」


私は一旦鞄を足元に置いた。重すぎ。


「2人共、古米さん見なかった?」


「ふるまい・・・?誰それ?」


「え?」


「ななお知っとる?」


「ううん。知らん。どの子?」


仲良く首を振る二人が冗談を言っているようには見えない。私は汗ばんだ手を固く握りしめる。


「あれ?さっきまでよろず屋で話した・・・シティーガールって盛り上がってた・・・」


「何の話?」


「あれ・・・?」


沖谷君とななちゃんの顔が曇っていくのを見て、余計に狼狽える。いつものように、取り繕うことが出来ない。


――どうして?忘れてる?おかしい。


「私今、古米さんの鞄届けよう、と・・・」


「どこにあるん」


汚れ一つない白い床を見て絶望する。これでおかしいのは私の方になってしまった。彼女の存在を証明するものは、もう何もない。


――仮に連絡先を交換したとしても、今みたいに消えちゃってたのかな。


それに、と沖谷君は続ける。


「さっちゃん先生に呼ばれて、今島永とアンケートの集計やっとるんじゃないん?」

今更ですが、幸生の髪は首が隠れるくらいの長さです。基本ハーフアップにして、気分でポニーフックを着けています。

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