第25話『古米さんは染まりたい』
第25話『古米さんは染まりたい』
「あれいない!?」
古米さんと別れた場所に戻っても、彼女の姿はなかった。野生の野田君が通りかかったので捕まえると、「さっき菜々緒さん達が男子高生をよろずやに連れ込んでましたよ」と、運よく私が欲しかった情報を引き出すことができた。
――シフト表では、私は今の時間昼休憩になってるけど・・・。
「いやさせませんよ?俺の仕事代わって下さいね」
目が笑っていない島永君に肩を掴まれる。
「ハイ・・・。とりあえず古米さんの様子だけ見させて!」
――ニャルラもどっか行っちゃったな。また、会いに来てくれるよね。
(=^・・^=)
よろずやからは複数人の声がした。中に古米さんがいることを確認してから声をかける。
「ごめん古米さん。お待たせ・・・」
「神京!?」
その場にいた私以外のメンバーがハモった。
「え?ガチ?神京から来たん!?」
「どうやって?」
「何で佐古!?」
一遍に聞かれて狼狽える古米さんは一個一個丁寧に答えている。
「そうだったんや」
「シティーガールやん」
皆は古米さんの話に夢中になりすぎて、私が部屋に入って来たことすら気づいていない。他の高校生が来たらどうするんだ。
――よし。ここは2人に任せよう。
私は心の中で合掌し、静かにドアを閉めた。
(=^・・^=)
来場者の誘導をするため8階エレベーター前で待機していたら、古米さんがやってきた。少し疲れた顔をしている。
「どうだった?」
「変な人しかいないってのが分かりました」
それってまさか私も含まれているんだろうか。
「でも、いい人達だったでしょ」
古米さんは小さく舌打ちをする。肯定ってことでいいのかな。
「下まで送るよ。もう、帰らなきゃなんでしょう?」
「・・・」
彼女は何も言わない。そりゃそうだ。恐らく彼女は地元ではない場所で死ぬためにここまで来たのだから。しかし、彼女はここにいるべきではない。
私はちょっと話そうかと言い、古米さんをSIG部屋へ連れ込んだ。
「逃げたっていい。けど、逃げた先で自分がどうしたいのかもちゃんと考えなきゃいけないんだ」
「だから、死ににって・・・」
「それは無理だって、身をもって知ったでしょ?少なくともここに来て、死ぬのが怖いことが分かっただけでも一歩前進じゃん。古米さん。次は、どうしたい?」
彼女は直立不動のまま微動だにしない。私だけ座るのもアレなので、たったまま机に寄りかかった。
「・・・先輩は、僕のことどこまで知ってんの」
「質問に質問で返しにきたな・・・一文程度しか知らないよ。古米さんが伸びている間、ニャルラがき、貴女の鞄に・・・って、言い訳になっちゃうからはっきり言うね」
右手で鞄を指さし、左手は後ろに回してスマホをいじる。まさか大学に入ってもこれをするハメになるとは。何故ノールックで文字を打ち、操作できるようになったのか。経緯を説明するのが面倒なので他人に言ったことはないし、これからも誰かに見せて自慢する気はない。
「中身・・・見たんだ」
「うん。ホット偶然なんだけど、私今『人殺しの目』ってタイトルの小説読んでて。その主人公もきっと、今の古米さんみたいな瞳をしているんだろうね」
この偶然がいつもの不幸体質が引き寄せたものかは分からない。ニャルラが勝手に古米さんの鞄の中身をぶちまけ、慌てて荷物を戻そうとしていた時、不可抗力で微かに異臭を放つそれを見てしまった。ニャルラはあえて私にそれを見せたかったのかもしれない。私は、ついさっき読み進めていたミステリー小説――衝動的に人を殺めてしまった主人公と、横で目を閉じている彼女を重ねてしまった。
「・・・さぁ。ニュースに映っている殺人犯と比べたらいいじゃん」
彼女は鞄を手近な机に置き、中から真っ赤に染まったアイスピックを取り出した。一気に場の緊張感が高まる。私は人差し指を『通話』の位置にセットした。
「いや、ごめんカマかけただけなんだけど、殺っちゃったんだ?」
「はい」
「ガチかぁ・・・何人?」
「一人だけ。その、ただ、血が飲みたかっただけで。ナイフで首を切ると死んじゃうから、これを使っただけで、殺そうとしてやったんじゃない」
吸血鬼かおどれは。
「それって昨日の話?昨日殺してすぐにこっちに来たの」
「うん・・・昨日の夜。ここには始発の新幹線で」
「へー。ニュースに乗ってるかね」
彼女は首を振る。見てないので分からないということらしい。現在時刻12時17分。ざっと見積もって、死後半日が経過している。
――場所によっては、そろそろ発見されてもおかしくないかもだけど。
「ってごめん。私が質問してばかりだったね。古米さんの方から、何か私に聞きたいことってある?」
私に出来ることは一つしかない。罪を犯した彼女を刺激せずに、自首してくれるよう導くことだ。これ以上犠牲を増やさず、自殺もさせないように。
――きっとこれはニャルラが無理矢理繋げた縁だ。自分の身を挺してでも、古米さんを止めてみせる。
「先輩は何で・・・信じてくれんの。僕が、怖くないわけ」
最初のころと比べて、表情も素に近く言葉にとげはない。多少なりとも、私に心を開いてくれたということだろうか。
「ここで冗談を言う意味が分からない。私達の始まりは、S5棟の最上階。しかもてすりの向こうだよ?」
「・・・それもそっか」
「それにね、君なんて怖くないよ。その席はもう・・・とっくの昔に埋まっているんだ」
その言葉を聞いた瞬間、古米さんは地を蹴った。私は親指でスマホを上にスワイプし、そのまま古米さんの右手を狙って投擲した。
「っ!」
突然目の前を飛んできたものに目を奪われ、彼女の動きが止まる。私はその隙に彼女を抱きしめた。
――アイスピックを手放してくれたら完璧だったけど、そんな上手くいかないか。
足元に落ちたスマホを踵の後ろに追いやる。
「・・・なんでわかったの」
「私ならそうするから。あんなこと言われちゃあ、安い挑発だって分かってても乗りたくなる。殺す気で自分を視界に入れてやるって思うよね」
私は身体を離して彼女の右手を取る。
「ごめんね。痛かったでしょ」
「何で!」
急に突き飛ばされてよろめく。私がスマホを回収している中、古米さんは怒りに全身を震わせていた。
「古米さん・・・」
「私は!あんたにこれを突き立てようとした!何で・・・何で、そのままなの。おかしいでしょ?意味分かんない!怖いでしょ!?化け物だって思わないわけ!?」
「思わないよ」
アイスピックを向ける彼女に怯まず、一歩一歩距離を詰める。私が近づいた分、彼女は後退し、とうとう背中が壁に触れてしまった。
「嘘!嘘・・・こっち来ないでよ!来んな!」
「私と貴女は違う人間だ。古米さんの全部を共感してあげることはできない。けど、私が古米さんに対して、他の人か抱くであろう恐怖や不快感をさほど感じないのはきっと――」
私は彼女にある画像を見せた。彼女の目が驚愕に見開かれ、震えだした。怒りとはまた違う戦慄だ。そしてとうとう、彼女の手からアイスピックが落ちる。
「――私も、心のどこかが壊れたままだからじゃないかな」
彼女を安心させようと笑顔を作る。だが彼女の瞳には、泣きそうな笑みを浮かべた私が映っていた。
(=^・・^=)
アイスピックを拾おうとするが、私の指紋がついたら後々厄介なことになる。何か覆うもの・・・とSIG部屋と見渡しても紙類しかない。
「・・・自分で拾うから」
「あっ」
「もうしない」
彼女は近くの椅子――普段私が座っている席に腰掛けた。私もそれに倣ってななちゃんの席に座る。
古米さんはアイスピックを置き、滔々と話しだした。
同じクラスのあの子になりたいと思っていたこと。
そのためにあらゆる手段を使ってその子――ももちゃんに関する全ての情報を手に入れ、頭からつま先まで真似ていったこと。
毎日毎日ももちゃんのことを考えて生活していくにつれ、彼女に抱いていた感情が憧れから恋心へと発展してしまったこと。
当然ももちゃんは古米さんを危険人物扱いにして、距離を置かれたこと。
進級し、クラスが別になっても懲りずに真似ていた古米さんは、ももちゃんがとある男子のことを好きになったという情報を掴んだこと。
古米さんは、その男子になれば、ももちゃんが彼に向ける感情を自分にも見せてくれると考え、『対象』を変えたこと。
「あいつに染まれば、私のことを好きになってくれるかもって・・・でも、ももちゃんは、っき、キモイって。なんかいつの間にか嫌われてて。折角、ももちゃんが好きな人になろうと頑張ったのに!」
「だから外見が男子に近かったのか。ももちゃんのために、あえて寄せてたんだね
「ももちゃんって勝手に呼ぶな」
ヤバ地雷踏んだわ。
「すみませんでした」
すぐに頭を下げる。恋って怖いな・・・。自己中で、歪んでて。私も本気で恋したら輪をかけて狂ってしまうのだろうか。




