第24話『寄り添えることができるなら』
視点は幸生→古米→幸生
第24話『寄り添えることができるなら』
「・・・本当に、死ぬ気なの」
「・・・まぁ、乗り掛かった舟だよ。もう君をぼっちにさせたくない。私もどちらかと言えばぼっちだけど」
ポンと手を古米さんの頭にのせる。
「最後まで、一緒にいさせて」
「・・・正気じゃないよ。どして、僕なんかに」
彼女は泣きそうな顔を腕で隠し、震える声で呟いた。
「味方になりたいんだ。私も君と同じくらいの年の時、周りに信用できる人いなくて寂しかった。誰かに縋りたかったけど、『頼りたい』って思える人がいなくて。友人も、家族も、先生も勝手に心の中で見損なってた。そんな経験してたからこそ、私は、私が欲した存在になりたいんだ」
「でも、全部知ったらアンタは、アンタだってどうせ・・・」
「受け入れるって言ったじゃん」
そっと古米さんを抱き寄せる。
「死にたいって泣き喚いても、首を絞められても――私は君を否定しない」
「・・・ぁ」
「ん?」
「ごめんなさ・・・ごめんなさい。首絞めて、ごめんなさい・・・」
腕時計の針は、私がここに来てから20分が経過していることを教えてくれた。されどその20分で彼女の人生を良い方に変えることができたのなら、こんな有効な時間の使い方はないだろう。まだ首はジグジクと鈍い痛みが残っている。それに構わず、私は彼女の涙が止まるまで背中をさすり続けた。
――所々感じた違和感を消化するのは、もう少し先の話。
(=^・・^=)
「・・・もう、いいよ」
古米さんは平静を取り戻したのか、半ば強引に引き剥がそうとする。
「いーや。まだダメだね」
「あ゙ぁ?」
「凄んでも無駄。私がダメって言ったのは君の精神状態じゃなくて、その態度だよ」
「・・・」
ピタリと抵抗が止まる。思うところはあるようだ。素直で良し。抱きしめる手を緩め、泣きはらして真っ赤になった目に私を映す。
「お仕置きが必要だと思わない?」
私は眼鏡を外して、ニャルラの首にかける。そして、改めて古米さんに抱きついた。変な体勢にならないように。
「下で待ってて」
「え。ちょ、なに」
私は再び抵抗を始めた古米さんごと、重心を空中に倒す。
「待って、ねぇ待って待ってやだやだやだ」
「もう遅い・・・よっ!」
足場を思いきり蹴って、空中に身を投げ出す。
「年上を敬えぇぇぇぇぇ!」
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
某スパイ映画の主人公さながら、私達の体は木々に吸い込まれていった。
(=^・・^=)
ゆっくり目を開けると、そこは森の中だった。風が葉を撫で、木々が揺れる音以外聞こえない完全な自然。都会生まれ都会育ちの僕にとって、ここは中々に居心地が良い。
――このままずっと、ここで・・・。
揺らいでいた意識が徐々に覚醒していく。
「・・・はぁ!?」
――何で、生きて・・・無傷?
体を動かすが、どこも痛みを感じない。目線を下に下げると――。
「・・・マット?」
分厚い緑色のマットが衝撃を殺してくれたみたいだった。
「消防訓練用マット。緑だから下にあること気付かなかったでしょ。さっき話した心理学の先生が設置したんだって」
マットの上に地味眼鏡――沖谷さんの首が乗っかっているように見えた。
「ヒッ!」
反射的に後ずさる。その態度を意に介さず、はい。君の鞄。と、ドスッという音と共に僕の荷物が置かれた。沖谷さんに背を向けて、こっそり鞄の中身を確認する。良かった、中は見られてない。スマホも無事だ。
「どうだった?」
「・・・!!」
ちょうど手に見られては困るものを握っていたため、背中が氷漬けされたかのように固まる。
「飛び降りるのは簡単だけど、ちゃんと怖いよ。実際君が気絶したように」
「・・・」
もし、今ここで、この人を――。
「にー」
「え、ちょっ・・・」
黒猫が爪を立てて僕の背中を上り始めたので、慌てて鞄のチャックを閉める。
「まぁこの問題は今すぐに解決できることじゃないか」
「にー」
登頂を果たして満足したのか、黒猫はすぐに離れてくれた。
「早く下りた方がいいよ。そこそんな綺麗なところじゃないから」
飛び降りなんて何てことないように言う沖谷さんを見て――。・・・なんかどうでもよくなってきた。したいこととしたくないこと、そう思っていることとそうは思っていないこと僕の中で決まっていた答えを勝手に増やしてぐちゃぐちゃに混ぜられて・・・。
「・・・手、貸してください」
佐古で命を絶つ気は、すっかり霧消してしまった。沖谷さんの『狂気』に当てられて・・・この大学にいる間は、彼女についていくことにした。先程抱いたものとは真逆――似ているようで、似ていない。かつて――に向けた想いと同じだ。
私はこの人を――。
「古米さんは文系?理系?」
「どちらかと言えば・・・文系です」
「私と一緒じゃん!まぁ、今から向かうところはそんなの関係ないんだけど」
なら何で聞いたんだよ。心の中で舌打ちする。
「どこに行く・・・んですか」
「そらー勿論」
沖谷さんは一拍置いて、ドヤ顔でこう言い切った。
「私の学部まで。絶対後悔させないから」
沖谷さんの学部・・・ポロシャツに描かれている英文を読み上げる。
「Business Administration・・・エスアイジー?シグ?」
「うん。この建物」
自動ドアをくぐると、沖谷さんが来ているのよりもダサいTシャツを着た大学生たちが沢山いた。
「8階でやってるんだ」
「・・・いい加減何学部か教えてよ」
「え?」
「・・・教えて、ください」
「いや、敬語じゃないから聞き返した訳じゃなくて、というか、慣れないことしなくていいよ。一緒に飛び降りた仲じゃん」
何でこういうこと平気な顔して言うんだコイツ。やっぱちょっと苦手かも。
「だって、『年上を敬え』って」
「言ったけど、私にならいいよ。普通に喋って」
ただし、と沖谷さんはニヤッと気持ち悪い顔をしてこう言った。
「今から会うメンバーには、ちゃんとしてね」
『8階です』と機械的な声と共に扉が開く。
「さっきの質問答えてなかったね。発音完璧だったから、てっきり分かっているものだと」
沖谷さんは巨大ポスターに向かって、大仰に両手を開いた。
「ようこそ。経営学部へ」
「経営学部・・・」
汚れ一つない真っ白な壁には、経営学部の実績やカリキュラムについてのポスターが扉の間に貼られていた。
「ちょっと待ってて」
沖谷さんはお仲間と合流し、何か話している。僕のことを何て説明するつもりだろうか。変に構われるのもウザいしな・・・。
「にー」
鳴き声をした方を見ると、黒猫が立札の上にバランスよく乗っていた。
「・・・なぁ、お前ただの猫じゃないだろ」
黒猫は首を傾げる。その仕草ですらわざとらしく見えてしまう。
「僕や沖谷さんの言葉分かってるぽいし・・・それに、沖谷さんが来る直前」
「あれーもう来とるやん!」
「ごめんな!スマホ取り行ってて・・・SIGに興味あるん?」
「え?え!?」
急にツーブロックの太ったお兄さんとブリーチのお姉さんに話しかけられた。黒猫は僕が一瞬目を離した隙に忽然と姿を消していて再度驚いてしまう。
「あ、いや、そこに猫が」
「今開けるけーな!」
「その制服見たことないんじゃけどどこ校?」
――ここの学生は話を聞かねぇな!
(=^・・^=)
私は島永君に適当にでっち上げた事情を説明し、頭を下げた。
「島永君ありがとう。君のお陰で助かったよ」
「チッ」
「舌打ち!?」
私の仕事を黙って肩代わりしてくれたしごでき後輩に感謝の気持ちを込める。
「・・・その、『君』って言うの止めて下さい。マジ腹立つんで。他の奴にも言わない方が良いっすよ」
「ええっ!ごめん。上から目線に聞こえてた?そういうつもりでは・・・」
「そう感じる人は少なからずいますよ。俺とか。どうせその古米って子にも『君』って呼んでたんでしょ」
「何で分かったの!?」
――無意識に下に見ていたのか・・・いや決してそんなことは。
うぬぬと悔やんでいると、林君がこちらにやって来た。
「幸生先輩!体調平気ですか」
「うん。大丈夫だけど・・・」
「しっかり説明しときましたから!全員に!」
何故私はそう思われているんだろう。内心首を傾げていると、島永君は親指を立てた。
「何でよりによってOCの日に刺身食べちゃうんですか」
「まぁ幸生さんだから」
「それもそうか」
やっぱり島永君に任せるんじゃなかった。また皆にいじられる・・・。
「皆私がいなくなってることに気づいてたんだ」
彼を空き教室に連れ込んで問いただした。
「幸生さんは今日、賞味期限が過ぎた刺身を食べてポンポンペインだってことにしました」
「まさかそれ先生にも言ったんじゃ・・・」
「いやそれはダルいんで止めました。でも気持ちいくらい皆信じてくれましたよ」
私って・・・。
「そういえば、連れてきた子ずっと放置してていいんすか?」
「あ」
ヤバ古米さんのこと忘れてた。




