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100万円を置いた猫  作者: 椋木美都


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 第23話『その少年は』

視点は幸生→少年→幸生

暴力描写有りです。

第23話『その少年は』


少年は肩越しに振り返る。


「ふぁ!?あ、うん。こ、こんにちは。人がいるとは・・・ごめんねニャルラのこと探してたんだ」


まさか人――しかもフードを目深にかぶった高校生がいると思わず挙動不審になってしまう。グレーのスラックスに臙脂色のネクタイ。そして明らかに学校指定ではない黒のジップアップタイプのパーカーを羽織った少年は、慣れた手つきでニャルラの顎をくすぐる。


「この猫、大学で買っているんですか?」


「や、私の・・・私と一緒に住んでる・・・住んでる?いや住んでた?猫?」


「は?」


「・・・また、会えてよかった。実は1か月ぶりの再会なんだよね」


冷静に考えるとこの状況は異様であるが、今は安心感の方が勝ってしまい目に涙が浮かぶ。


――嬉しい。やっぱり、私はまだニャルラと――。


1歩前へ進むと、低めの声で命令された。


「僕これから死ぬところなんで、猫連れて帰ってもらえますか」


「え」


強めの風が吹き、少年の頭からフードが外れる。少年の顔を改めてちゃんと見たことにより、私の思考は別のことで埋め尽くされた。スラックスを履いていたことから勝手に男子高校生だと思い込んでいたけど、思いのほか女性とも捉えられる顔立ちをしていた。え?女の子?けどさっき『僕』って。


「無理だよ」


「・・・は?」


しまった。明らかに言葉足らずだった。この子の性別問題は会話を進めつつ推理していこう。


「ここから飛び降りても最良が全身複雑骨折で、最悪が後遺症やらで一生車椅子or植物人間って心理学の先生が言ってた。ここは7階だけどただの7階じゃない。山の傾斜部分を最低限を切り取って無理やり建てたみたいなものだから、見て分かるように下は木の枝とふかふかの土だよ。それを差し引いたら、実質3階程度のダメージなんだって」


「なにそれ。3階でも人は死ねるでしょ」


「地面がコンクリートで、上手に頭から落ちればそうかもね」


高校生は険しい表情のまま、下を睨んでいた。自分が落下し、その後の状態を想像しているのだろうか。その隙に3、4歩近づく。これも心理学の先生の受け売りなんだけど、と話を続ける。


「昔ここから飛び降りた生徒がいたらしいんだ。その人は下半身不随になってしまったけど、今も元気に生きてるらしいよ。だから」


ここで一度言葉を切って、息を吸った。


(=^・・^=)

ここに来たのは偶然だった。


――『僕』を知る人が増えて縛られる前に、『僕』という怪物について面白おかしく考察、決めつけをして暇をつぶす人が湧く前に。『僕』のことを誰も知らない場所で、さっさと死にたかった。


適当に乗った新幹線に座ってぼーっとしていたら、あっという間に終点まで来てしまった。『佐古』と書かれた駅で降りるのは当然初めてで、時計を見ると4時間も新幹線に乗っていたことを知った。


ホームから見える佐古の街並みは新幹線が停車する駅にしては閑静で、はっきり言って僕の地元と比べると『ド田舎』だった。出口も東と西の2方向しかなく、地下鉄もない。それだけでこの年の規模というものが分かる。やっぱり梅坂より西の地方は全部こんな感じなのか。


コンコースには土曜日の早朝にも拘らず、サラリーマンに交じって多くの高校生が移動していた。土曜授業か何かだろうか。


人の流れが多い方とは逆の方向に進んでいると、『佐古大学OC参加者用 無料市営バスはこちら』という看板を掲げたお兄さんが立っていた。


――そういえば、さっき壁に同じ大学のポスターが貼られていたような・・・。


僕は来た道を引き返して、横長ポスターの前に立つ。人は写っておらず、ダサいキャッチコピーと俯瞰から撮影された沢山の建物だけのシンプルなポスター。絶対どの学部も人気なさそう。


オープンキャンパスなんて今の僕には必要ない。だけど、他に行く当てもなかった。今の服なら進路に悩む高校生の一人として、違和感なく紛れられる。山の上にある大学っていうのもどんな感じか気になるし。


――タダだし、時間つぶしにはちょうどいいか。


バス待ちの列に並び始めて数分。僕はあっと声を出しかける。


――てきとーな在来線のホームに飛び込めばよかったじゃん。


こんな簡単な方法を忘れてたなんて。知らない土地に浮かれていたんだろうか。バスの窓から景色を眺めていると、山から沢山の建物が生えているのが見えた。


――どの建物も高そう・・・。あの建物が一番新しいやつかな。あの建物は大分古そうだけど、景色よさそう。


佐古大に到着した僕は『全体ガイダンスはこちら』という看板には目もくれず、ひっそりと死に集中できる場所を探し求めて歩き出した。


――やっと死ねると思ったのに、邪魔が入った。地味な眼鏡以外何の特徴もない存在感ゼロの女子大生。邪魔だな。邪魔。クソが。邪魔がいなくなれば死ねる。あぁ目障りだ。視界から消えて欲しい。――せば静かになる。地味眼鏡のことなんて無視してさっさと――。


なのに。なのになのになのに。僕のこと何も知らないくせに。なんなんだよマジ笑えねぇんだけど。


死ねない?そんなの分からない。でたらめ言って引き留めようとしてるだけ。どうせ全部嘘だ。早く手すりから手を離して、前に体を倒せば――。


『昔ここから飛び降りた生徒がいたらしいんだ。その人は下半身不随になってしまったけど、今も元気に生きてるらしいよ。だから』


そう思えば思うほど、体が石のように固くなり、動かせなくなってしまう。何でさっき、あんなもの――。


もう、勢いに身を任せて!目を瞑ったその時。


『ちゃんと死にたいのなら、君の死に場所はここじゃない』


――何で僕は、この教唆とも捉えられてしまう先輩の言葉を聞いた途端、力が抜けてしまったんだろう。


(=^・・^=)

「にー!」


「わっ!」


「うわっ!」


ニャルラが素早く高校生の横に回り、勢いよく突き飛ばした。私は腕を伸ばし少年を受けとめるが――。


「わ、わ、わ」


バランスが崩れたまま数歩後退し、床に倒れてしまった。


「ちょっ・・・!」


「わぁ」


「にー」


しばらくそのままの状態で無言が続く。


「・・・離せよ」


「やだ。女の子同士だしいいじゃん。ニャルラも、貴女の気が変わるまで動かないって言ってるよ」


「にー」


幸運なことに、高校生――彼女と密着した感触のそれは、男性のものではなかった。いくら自殺念慮に囚われているからといって、年の近い男性を抱きしめるのは・・・ちょっとなぁ。


「キモ・・・」


「辛辣!あぁ、体勢が気に入らない?全然重くないけど、こっちのほうがいいか」


彼女の体を無理やり反転させて、正面からしっかりと抱きしめる。


「そういう問題じゃ」


「時間なら沢山あるから」


私は彼女の頭を撫でる。


「貴女のこと、もっと理解した上で受け入れたいから――教えて欲しい」


(=^・・^=)

「ふるまいさん・・・純粋な興味なんだけどなんて書くの?」


聞けば、古米と書くそうだ。仕事柄、あらゆる顧客の苗字を目にしているが彼女も中々に光るものを持っている。ぱっと見読めないこともないけど、いそうでいない苗字って憧れちゃう。そう伝えると、彼女の体が軟化した。この体勢に慣れてきたのだろうか。


「いつまでここにいんの」


「んー。そうだね。あまり長い時間ここにいるわけにもいかないし」


私は拘束を解き、古米さんの手首を取った。


「行こうか。ここにいても死ねないから、意味ないよ」


「・・・んで、勝手に決めつけんだよ」


「ここに足を踏み入れたからには、いろんな場所見てって欲しいから。ここより高い建物沢山あるよ」


「1人で行け」


「えぇ。1人じゃビビって死ねない癖に、そんな態度とっても逆に可愛いだけ――」


視界が反転し、首に圧がかかる。


「ぐっ」


「うるさい!僕は悪くない!全部全部全部・・・お前のせいだ!」


古米さんが自重を私の首にかけてくる。親指のせいで息が・・・こ、れは・・・まず。


「にー!」


「ぎゃっ!」


「げほっ!げご、っうええええ」


涙目で見ると、ニャルラが古米さんの頭に張りついていた。噛むか引っ掻くかして止めてくれたんだろうか。


「マジ、死にたい・・・死なせてよ」


「わ゙、私を先に殺してどうするのさ」


「じゃあアンタが殺してくれるの。僕より弱いくせに」


すー。はー。呼吸を落ち着かせ、首をさすりながら答える。


「ごめん。君を悲しませるつもりはなかった。私なりの方法で、心を開いて欲しかったんだ」


彼女はニャルラを頭にのせたまま、膝を抱えてうずくまっている。彼女の心の方が、よっぽど弱って見えた。とっくに限界かもしれないけど、私の言葉で救えるのなら。


 ――彼女が望む存在になりたい。


「チッ。もうアンタと」「そのお詫びに」


拒絶の言葉を遮って続ける。


「一緒に飛び降りようか」


「・・・は」


予想外だったのか、間抜けな顔で見つめられる。それはそうだろう。私だって、こんなこと言われたら同じ反応しちゃうよ。


「ほらこっちこっち」


「・・・」


古米さんは言われるがまま、私に倣って手すりを乗り越えた。

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