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100万円を置いた猫  作者: 椋木美都


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 第22話『思うままに動け』

視点は幸生→島永→幸生

第22話『思うままに動け』


よろずやにお菓子を置いて、私はお釣りを渡すために竹村先生の元へ、島永君は持ち場に戻った。


――ななちゃんが来るまで、待機室で待ってようかな。


受付の仕事までまだ時間がある。私は階段を下りて、7階の待機室に向かうことにした。本来は先生方が会議をする時に使われる部屋だが、今日だけ私達の荷物置き場になっていた。ざっと見渡してもななちゃんの荷物はない。まだ来ていないみたいだ。


「ふぅ」


――つかの間の休息だ。


皆がオープンキャンパスの準備に勤しんでいる中、無人の会議室で優雅に読書している人間は私だけだろう。


――カリカリ。


「・・・?」


何かを引っ掻いている音が聞こえた。最初は無視していたその音は、今も鳴り続けている。ふと横を見ると窓の1匹の黒猫がいた。その黒猫がつけている首輪は忘れもしない。


「・・・ニャル、ラ・・・」


「にー!」


突如、突風がニャルラをさらう。一瞬宙に浮いたその体はバランスを崩し、私の視界からフェードアウトした。


「にーーーー!?」


窓にへばりつくと、ニャルラは絶賛落下中だった。私は身を乗り出そうと窓枠に足をかける。何階だと思ってんの!?いくら猫でも落ちたら死んじゃう!


「さっちゃん!?え!?え!?え!?え!?」


振り向くと安井君が口をあんぐりと開けてドアの前で佇んでいた。


「や、ごめん。櫛落としちゃって、地上7階から物落としたことなんてなかったからパニクっちゃった」


正気に戻った私は窓から離れ、淀みなく嘘を述べる。


「ビビった・・・さっちゃんなら隙間からいくと思った」


すぐに視線を戻すが、それらしき猫は見当たらない。どれどれ。と安井君も窓から下をのぞく。もっと開いてほしかったが、事故防止のため全開できなかった。


「んーあれじゃね?」


「うーん・・・あ・・・」


――あれだ!


黒い塊がSブロックに続く道へ駆けていっているのが見えた。


「いや、よく見ると鍵みたいな・・・あれ?落としたのって櫛だっけ。もう壊れ」


「ごめん!私ちょっと・・・あれ、取ってくる!」


「は?さっちゃん!?」


安井君の静止を無視してエレベーターに飛び込む。


――今なら、まだ間に合う。引き返せる。


――本当に間に合う?本当に・・・引き返したい?


一階まで下りる数十秒の間、私の中に迷いが生じていた。つい衝動的になって持ち場を抜け出してしまったけれど・・・果たしてニャルラと再会することができるのだろうか。


かご室が静止し、ゆっくりと扉が開く。


「おわっ!何でいんの。今度こそブッチっすか?」


「・・・島永君?」


よりによって身内とエンカウントするなんて。これで傾きかけていた天秤が反対側に動いてしまった。


「えーーっと、その・・・」


拳を固く握る。混乱して言葉が何も出てこない。何でもいい。この場を切り抜ける言い訳を・・・。


「『お願い』ですか?」


「え?」


いつの間にか扉は閉まり、『行先ボタンを押してください』と機械的な音声が流れる。私が思考を巡らせている間、島永君は中に入り『閉』ボタンだけを押したようだ。私は誰にも出会わないよう、敢えて今日のイベントで使われない荷物運び用のエレベーターに乗った。外にいる誰かがボタンを押さない限り、私と島永君は二人っきりだ。


――その『誰か』が、私たち以外にいるとは思えないけど。


「話聞きますよ。もう誤魔化さないでくださいね」


彼が小首をかしげると、照明が反射してメガネレンズに映る。


「あーーいや、ちょっと用事があって降りただけで・・・」


「用事?仕事放棄してまでの?それは幸生さんにとって本当に大事なことなんですか?」


淡々と問いかける彼の声に怒りと不満が感じられた。出会って3か月しか経っていないくせに、察しのいい彼は私が嘘をついてはぐらかそうとしていることに気づいている。


眉間に皺を寄せる。本音を嘘でぼかすことの何が悪いんだろうか。


これも全部、ニャルラの――。


「見なかったことにしてもよかった。忘れて、もう関わらないという選択肢を選ぶことだってできたんだ。けど、今1階にいる時点で、本当はどうしたいのかなんて決まってた」


「・・・」


「ごめん島永君!私会わなきゃいけない――んだ!すぐ戻るから、皆には上手く言っておいて欲しい」


危な今猫って言いかけた。


「よくわかんねーっすけど、知り合いでもいたんですか?」


島永君も眉間に皺を寄せる。咀嚼出来ない本音ぶちまけちゃってごめん。


「うん。気のせいかもしれないけど、会えるのなら、会いたいんだ」


『開』のボタンを押して、全開するのを待たずに駆けだした。


「絶対に帰ってきてくださいよ!」


返事の代わりに何回も頷いた。彼の声に不安と悲しみを感じたのは――気のせいだろうか?


(=^・・^=)

人目を気にせずに猛ダッシュで走っていく。ニャルラはどこにいるのかな。ここSブロックにはS4号館、そのすぐ横にはテラスと食堂、更に奥にはS5号館がある。


どの選択肢もまぁまぁの広さなので、全ての場所をしらみつぶしに探すという手は取れない。


「ここからどうすれば・・・」


サァ、と風が新緑と札束を撫でていく。


「わーーーー!?」


光の速さで札束を掴み背中に隠す。人っ子一人居ないことを確認し息を吐いた。今日Sブロックはどの学部も使用しない。だが、S4号館1階のコンビニは開いているので誰も通らないというわけではない。現に私と島永君が来た時にはこんなもの落ちていなかった。こんな――誰かが目印として意図的に落としたかのように、一定の間隔で札束が置かれているなんて。


「どこのブルジョワお猫様だよ・・・」


パンが食べられてしまうなら札束を置けばいいじゃないってか!色々混じってるし!


札束ロードはS5号館へと続いていた。S5号館は山の端っこに無理やり建てたような構造である。入り口は4階にしかなく、私はまだ上の階でしか授業を受けたことがない。建物が特定されたのは良いが、7階建て1フロア4教室あるS5号館を隅から隅まで探す時間はない。


いやしかし、この600万円どうしよう・・・100万円ですらポケットからはみ出るっていうのに。両手で抱えたまま中に入ると、5階へと続く階段に100万が置かれていた。


「まだあるんかい!」


7階に続く階段まであった目印を全て回収し、6階のトイレにお金を隠した。オーキャンの帰り絶対忘れて帰らないようにしないと・・・!


(=^・・^=)

ガイダンス開始直後に戻った俺は、先生に軽く事情を説明してデジカメを受け取った。今日のメイン会場となる教室にはかなりの数の高校生と付き添いの保護者が着席しており、とりあえずその様子を撮影した。


本来なら誘導が完了した後ガイダンスと学部説明諸々が終わるまで自由時間の筈だったが・・・なんで俺仕事放棄した幸生さんの仕事、黙って代わりにやってんだろ。SIGに入って早2か月、幸生さん達の奇行に巻き込まれるのは一度や二度ではない。ま、俺が察して付き合っているのもあるけど。


芹生(せりお)芹生」


デジカメから目を離すと、安井さんが俺の方に近寄ってきた。


「はい」


できるだけ距離を詰め、声を最小限に抑える。


「さっちゃんなんでおらんの?」


「や、俺もよく知らないです。他の待機組からは何か聞いてないんですか?」


「俺さっき会議室でさっちゃんが落し物探してて、見つけたとか言って飛び出したまま見てないんよ」


「あー。俺エレベーターで幸生さんと鉢合わせて、仕事押し付けられましたね」


「そっか。ありがと」


一連の行動の流れが読めたのか、安井さんが納得したようにうなずく。


「すぐに帰ってくると思いますけど」


こっそり溜息を吐きつつ司会進行役のリーダーをパシャリ。藤脇(ふじわき)さんは司会の仕事に集中しすぎて、撮影役が俺に変わったことに気づいていないようだった。だが、流石に安井さん以外にも俺が別の仕事をしていることと、幸生さんがいないことに気づくだろう。


安井さんは学部長の話が終わったタイミングで離れていった。


――他の奴らには幸生さんが消えた理由をどう説明しようか。いや、意外と普段の影の薄さが露呈して誰にも気づかれない。なんてこともあり得る。それはそれで面白いけど。


適当なタイミングで写真を撮りつつ、幸生さんの品性が下がるような事情を考え続けた。


(=^・・^=)

「ニャルラ!」


S5号館は佐古大の一番端にあるため、最上階まで行けばベランダ廊下から佐古の街を一望できる。夜景も中々ムードがあるらしく、隠れた告白スポットだとか。


――私をここまで誘導してくれたってことは、想いを告白させてくれるチャンスを与えてくれたってことなんじゃないかな。走り疲れて頭が回らないけど、伝えたいこと全部伝えよう。


ベランダ廊下の奥にはニャルラと――外付けされた非常階段の手すりに、一人の少年が腰掛けていた。


「・・・にゃるら?」

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