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100万円を置いた猫  作者: 椋木美都


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 第20話『何も起きないハズもなく』

第20話『何も起きないハズもなく』


カシャ。眼鏡がフローリングの上を滑る。ぼやけた視界に逆光も相まって、彼の感情が読み取れない。


「眼鏡・・・」


「煽ってんのかテメェ」


「え」


「えじゃねぇ。分かってんのか?」


怒ってる?と疑問形で返すと、両手を篠木の片手でひとまとめにされた。


「ちょっ!」


「首傾げてんじゃねーよ・・・」


互いの足が絡み、体重をかけられる。怒気を孕んだ彼によって、私は完全に囚われてしまった。


「こんな脱がしやすい服着て」


服の中に手が侵入し、腰に触れた。直接の感触に、いきなりすぎて体がビクッと跳ねる。私の反応を見て何を思ったのか、手がゆっくりと下がる。


「いつもこんな足出るモン着ねーくせに」


ふくらはぎを大きな手がなぞる。


「ひっ」


「俺以外の野郎が来ても、そのまま出たんじゃねぇだろうなぁ・・・?」


地を這うような声が鼓膜を揺さぶる。


「だってこれフード被んなきゃただの部屋着だよ!?何もおかしくないじゃん!」――は、100%篠木の逆鱗に触れるから駄目だ。本当は言いたいけど。


かといって、空気を読んで「出ないよー出るワケないじゃーん」と言ったとする。仮に私の演技力が高かったとしても、その場しのぎの発言だと捉えられることを本能で察知していた。


「う、いや、その」


結果、目を泳がせることしかできないわけで。


「身をもって知ったほうがいいんじゃねーの?幸生はそれが一番効くだろ」


「いっ!?」


ガリ。と首を強く噛まれた。これは、まずい。


「だから着替えるって言ってんじゃん!うう、ぐっ・・・」


腕や足に力を入れるが1ミリも動かせない。鍵のかかった部屋に男と女。この後の展開は・・・と、冷静に考えてしまう自分がいた。


「にゃーにゃーうるせぇな。軽率に男誘う雌猫には躾が必要だよなぁ」


「待っ――」


――その台詞今考えた!絶対今思いついたでしょ!


顔を背けるという抵抗も封じられ、唇が触れ合おうとしたその時。


――ベキ。


「・・・あ?」


「ん?」


何かが壊れたような、嫌な音がした。


(=^・・^=)

普段着に着替え、篠木を部屋の中に入れる。無言で渡された袋には、何か色々入っていた。よく見えないけど。


「ありがとう。これは・・・プリンと、シュークリーム?」


「どっちもお前のだよ。冷蔵庫入れてやるから貸せ」


ふんだくられた。せめてお茶を入れようとキッチンに行くが、自分で継ぐからいいと一喝される。


――落ち着かないな。


私は大人しく座ってスミックマのぬいぐるみを抱きしめる。いつもとは逆の立場なので違和感が凄い。コップを置いた篠木が、私の隣にラウンドクッションを置いてその上に座った。


「・・・」


「・・・」


「・・・スペアは」


「ない・・・」


左のテンプルが折れ、フレームが歪んだ眼鏡をいじる。このままじゃさっきとは違う意味で危険だ。


「・・・まぁ、今日が休みで良かった。この後作りに行くよ」


お金ならある。これを機に、今の流行に合ったデザインに新調しよう。だから気にしないでと言った。しっかり届けたつもりだったのに――


「1人で行けるもん!自転車の鍵返して!」


「オメー今の視力園児以下だってこと分かってんのか!」


――私達は付添人の有無で揉めていた。別に大丈夫だなんけどな。


これ何本。と立てられた指を見るために眉間に皺をよせ、小さく笑う。


――甘いね。この程度の距離だったら裸眼でも分かるよ。


「3本!」


「は?指は5本あるに決まってんだろ」


「な!」


自信満々に答えると、篠木が呆れた声で私の手を引いた。


「横暴だ!ズルい!卑怯者―!」


好き勝手に喚くと、突然顎をすくわれる。


「幸生、分かるだろ。1人で行かせられねぇことくらい。0.02がどれだけ不自由なのは知らねーけど」


――よく私の視力覚えてたな。えーと、記憶が確かなら・・・。


「篠木は裸眼なんだっけ」


「両目2.0」


「や、野生児・・・」


「あ゙?」


「いえなんでも」


首が疲れてきたので、解放してもらえるよう顎にかかった手を引っ張るもビクともしない。何でだ。


「・・・責任取らねぇと気持ちわりーんだよ」


――これは、同行を許可するまでこの体勢のままってことなのかな。


また、逆光だ。どれだけ近づいても、篠木が何考えているかなんて分からないと思う。怯えが顔に出る前に、私は両手で彼の頬を挟むつもりが距離感を誤ってしまい、指先が耳に触れた。予想外の行動に驚いたのか、篠木の肩が跳ねる。


「・・・コンタクトレンズ」


「は」


「眼鏡ってすぐできるわけじゃないから、受け取るまで視力を補正してくれるものが必要なんだよね。前に使ってた眼鏡はもう捨てちゃったし」


「・・・即日渡し出来るところもあるやろ」


「安いやつはね。私の場合、数年単位で毎日使うから、しっかりしたものが欲しい。勿論、私が使うものだから私も出すし!」


「俺が払うっつってんだろ」


「凄まれても怖くないもんねー!見えないから!」


へーんだ!と舌を出すと、篠木に腰を掴まれ俵担ぎされた。


「うわっ!高っ!」


「声でけーよ。このまま行くぞ」


「待てぃ!」


靴履けないじゃん!


(=^・・^=)

「階段下りれんのか。手くらい繋いでやってもいいけど?」


「手すりの方が安心できるからいい」


「・・・また担がれたいようだな」


「補助ありがとう!助かるぅー」


――別に失明したワケじゃないのに。心配する気持ちは分かるけど。


手を繋いでアパートの外に出ると、照りつける日差しが肌を直撃した。強がって上げていたテンションが一気に下落する。


「暑くね?とっとと駅行こうぜ」


「わわ!早い早い!」


私は咄嗟に篠木の腕を掴む。すると、彼が突然停止した。


「ん?もう進んで大丈夫だよ?」


「・・・いいのかよ」


「うん。こっちの方が転びにくいし。あ、あぁ・・・暑いよね。あまり触らないように・・・」


「うるせぇ!」


「急にキレるじゃん!」


――マジでこの男の説明書があったら読みたい。


外の世界は水を混ぜたようで、いつも見ている景色が滲み一色の塊に見える。近視は不便だけど、こう見える世界も嫌いじゃない。


篠木の熱い視線に気づかないまま、私は0.02の世界に没頭した。


(=^・・^=)

――やられたぁぁぁぁ!


百貨店に入った時点で大暴れすればよかったと後悔する。視界が悪いのに甘えて、まんまと高級眼鏡店に連れてこられてしまった。ひたすら「違うここじゃない」と小声で連呼しても、彼は無視して店員さんと話し始めた。


お店から漂う高級感に怯え、陳列されている商品の値札を見て私の頭がショートしている間に、あれよあれよとお買い上げが決定していた。


――上流階級の人達が行くような眼鏡店って、顔の形に合わせてフレームの調整してくれるんだ・・・。


店員さんが候補を絞り、おすすめのフレーム選んでくれたのであまり時間をかけずに決めることができた。


――眼鏡の受け取りは篠木いなくてよかった。何故か写真は撮られたけど。


一生懸命頼み込んだら、その様子を撮影された。篠木はよく謎のタイミングで私にカメラを向けることがある。何のためにやっているかは分からない。怖くて聞けないから。店員さんが見えなくなるところまで歩き、彼の上着をつまむ。急に立ち止まった篠木に構わず、私は恐る恐る訊ねた。


「あの、ちなみにおいくら万円・・・」


「・・・言ってもいいけど、お前今後それかけて生活できんのか」


「うえぇ」


――支障をきたす程高額なのか・・・。


聞かないでおくという旨を伝えると、それがいいと鼻で笑われた。


「これが3代目になるのか・・・覚悟してかけなきゃ」


「で、幸生はいつまで俺の服引っ張ってんだ」


「ピッ!」


急に手を掴まれて変な声が出る。いつものことだけど。事前に一言欲しいかな!


「これはこれでいいけど、やっぱ手のがい・・・安全だね」


結局手をつないだままコンタクトショップに向かう。私のガードが緩いのをいいことに大胆すぎやしないか。胸の奥が熱いのは、単純に恐怖でビックリしたからなのか。それとも――。


――家でも押し倒されたしなぁ・・・どさくさで顎クイだって。


今更思い出して青くなったって遅い。遅すぎで馬鹿にされるどころか嘲笑される。


――落ち着け、落ち着いて。平常心平常心。


「・・・知ってるか?目ぇ開けねーとコンタクトって入らねんだぞ」


「今集中してるんだから入ってこないで・・・!


瞬きをしてようやく心が落ち着いた頃、過去一で視界がクリアになっていた。


「違和感が凄い・・・」


「こっち向けよ」


上を向くと、篠木が目元を赤くして笑う。


「やっと目に光っつーか感情?戻ってきたな」


「え。私今まで目死んでたの」


「いや、なんつーか人形みたいな?俺がこんだけ近づいても無反応だったしな」


彼はそう言って互いの額をくっつけた。


「ウ゛ァッ!」


 店 の 人 いる !


「っふ。やっぱ見えてる方がいいわ。草」


おでこを抑えて俯く。また胸の圧迫感が再発しそうだ。


――裸眼の時もおでここっつんこはしてなかったよ!


私はこの甘い雰囲気に流されないよう、必死に頬の内側を噛んで耐えた。


(=^・・^=)

一緒に昼ご飯を食べに行こうとしたタイミングで、彼に仕事の電話がかかってきた。正直ホッとする。それを悟られないよう、悪態をつく篠木をなだめるのには骨が折れた。


「じゃぁ、またお互い暇なときに」


「あぁ」


私は篠木がバイクを発進させるまで待つ。彼がヘルメットを被る直前、絞り出したような声で悪かった。と言った。言葉の意味を理解するのに数秒固まってしまう。私は慌てて首をふった。


「大丈夫だよ。私にも非はあったし」


「幸生はさっき・・・」


「――良かったね。壊れなくて」


私は目を閉じる。新緑の風が心地良い。


「・・・れたら、幸生も・・・からな」


「え?」


再び目を開けた時、バイクは今にも走り出そうとしていた。


――手遅れな程に黒く淀んだ執着を残して。

幸生「取りに行くくらい私だけで行けるから!お願いします!」(両手組み上目遣い)

篠木「・・・そのまま目閉じて3数えたら開けろ」

幸生「え・・・はい」

篠木「(シャッター音)」

幸生「連写!?」

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