第110話『マジでしんどいちょっとタンマで!』
第110話『マジでしんどいちょっとタンマで!』
――おっといけない。一旦最低か。
全員、島永君の回答を固唾を飲んで見守っていた。こんなこと考えている味方は絶対に私だけだ。反省しよう。
「――小売店における販売方法の1つで、顧客が陳列されている商品を自由に選択して購入することができる・・・コンビニやスーパーなどがこれに当てはまりますよね」
「・・・」
周囲の人達の顔色を窺うと、楽村君を含め悔しそうな顔をしている者が数名、答えを知ってか知らずか、固唾を飲んで結果を見守っている者が数名、「え?何それ初めて聞いた」と顔に書いてある者が数名・・・というか私と藤脇先輩以外のSIGメンバーだった。嘘でしょ・・・。
「――正解!4番勝負はチームSIGの勝利!」
「うおおおおおおおーっ!」「島永ー!」「ヤバすぎ!」
――ええっ!
竹村先生の言葉を聞いた瞬間、SIGは島永君の元へと駆けだした。胴上げでもするかの勢いで彼を取り囲み、賞賛の嵐を送る。私は完全に出遅れてしまい、後からてくてくと皆の輪へと向かった。
――ノリが陽キャで体育会系すぎる・・・私も運動部だったけど、未だにこのノリは冷めるんだよなぁ。円陣とかも好きじゃなかったし。
島永君と目が合ったので、私は珍しく賞賛という名の本心を口に出す。
「アスリートみたいに速かったね。フォームも凄く綺麗だった!」
いつもならニヒルな笑みを浮かべて「当然ですよ」とか、「この程度大したことないです」とか言うところなのに、この時だけは彼の反応がいつもと少し違った。
「・・・」
――え。無視・・・無視!?
至近距離で言ったにもかかわらず、島永君は華麗にスルーして他の人と話し始めた。ここまであからさまに無視されたことがなかった私は、心に深くダメージを負う。シャボン玉メンタルで悪かったな。
――いや、島永君に限ってそんな・・・え、今のコメントどこかマズかったかなぁ。やだやだ後輩には慕われたい!「うん」とか「どうも」くらい言ってくれてもいいじゃん!
感情をリセットするため、私は竹村先生から塩飴をごうだ・・・もらう。4つももらったのでSIGの誰かに適当に――と考えたところで素敵な考えが閃いた。
――芙由香ちゃんにあげてみようかな・・・さっきは緊張して全然名前呼べなかったし。
色々悩んでいる間に、ビーチフラッグのエキシビションマッチが行われていた。ただ今解答権を手にした東リーダーが問題に取り組んでいる。芙由香ちゃんを探すと、楽村君と一緒に先輩の正答を祈っていた。ついでに楽村君にも飴ちゃんあげるか。
私は芙由香ちゃんの背中に熱い視線を送る。深呼吸をしても全然徐脈にならなくて。目を閉じて心を落ち着かせることに集中する。
――芙由香ちゃん。芙由香ちゃん・・・芙由香ちゃん竹村先生から塩飴もらったんだけど食べる?いやその前にお疲れ!とか・・・何かワンクッション置いた方がいいか・・・?
「――どうしました?」
「ふわーー!」
「わあっ!びっくりした・・・」
「す、すみません!ビビリ癖が治らなくて・・・」
慌てて驚かせてしまった相手――KGL1年生の万君に頭を下げる。
――留学生なんだっけ。でも日本語力は私達以上にあるんだとか・・・。
万君は私が手に持っているものに気づき、KGLの集団を指差した。
「もしかして、その塩飴ラーク先輩に渡すんですか?」
「いや?ふ・・・く、倉嶋さんに。万君もいる?」
「・・・へぇ」
彼は意外そうに目を見開き、口角を上げて私の好意をやんわりと断った。
「さっちゃん先輩って残酷ですね」
「え」
――それはどういう・・・。
「沖谷さーん。次は君だー!」
問いただす前に、熊本先生からのお呼び出しがかかる。私は後ろ髪を引かれる思いで先生の元へと向かった。
「さー次の対決は沖谷さん対倉嶋さん!2人共準備はいいかな?」
――え?
「はい」
「ん?どうしたの?」
状況が分からず、挙手して説明を求む。すると熊本先生は呆れたように笑った。
「もう3回目だよ?全員1回ずつやるに決まってるじゃないか。総当たり戦じゃないから安心して」
――な、何だって・・・。
てっきり希望者だけが参加するとばかり思っていた私は、ショックで目の前が真っ暗になる。私がビーチフラッグをしたくない理由は、走るのが疲れるとかじゃない。
――砂浜の上でうつぶせにならないといけないのー!?やだーー!熱いし砂つくしー!
「――って顔しても無駄だよ。倉嶋さんを見習いなー?」
下を見ると、彼女は既に手足を砂浜にべっとりとつけてスタンバイしていた。嘘だぁ。
「・・・負けないから!」
――な、なんという闘志・・・これは私も腹をくくるしかないか。
倉嶋さんの目はやる気に満ち溢れていた。彼女は本気でこのエキシビションマッチに挑もうとしている・・・それを感じ取ってしまったらもう諦めるしかなくて。
「さっちゃんはよせぇ!」
「我慢せーや!」
「わーかったって!うぅ・・・」
渋々倉嶋さんの横に膝をつき、うつぶせの状態になる。砂が日光を吸収してとんでもない温度になっていた。は、早くスタートって言って・・・!
「位置に着いて、よーい」
「・・・秀悟君を振り回さないであげて」
「え?」
「――ドン!」
――しまった!スタートダッシュ遅れっ・・・!
私は見事に倉嶋さんの手に引っかかってしまった。足の速さは平均並みだったが、それは恐らく彼女も同じだろう。初手で離された距離は抜けることなく――倉嶋さんは頭からスライディングして旗を手にした。
「ふーちゃーん!」「ナイス!」「かっけぇー!」
皆が芙由香ちゃんのガチプレーを讃えている中、私は顔を引きつらせてドン引きしていた。この勝負に対する熱量の差がヤバすぎる。
――が、顔面砂まみれなんだけど・・・この子見た目に反して大胆だな!
「えー問題。『私は経営学部の生徒です』を英訳しなさい」
「・・・」
――超簡単じゃないか。これは黒星だな・・・言い訳と謝罪の準備しないと。
塩飴を口の中に入れ、体中に付着した砂を払いながら芙由香ちゃんの回答を待つ。しかし、待てども答えが返ってこない。不思議に思って彼女の方を見ると――目を泳がせて武者震いしていた。
「ああああああ」
「芙由香ちゃん!?」
――まさかの芙由香ちゃん、英語苦手ー!?どの単語が分からないんだ!?『経営学部』か?でも経営学部生なのに分からないとかある?
「ふーちゃん先輩落ち着いてー!」「ゆっくりでええから!」「自分の考えを信じて!」「答えるだけ答えてみよ!」
KGLとSIGの暖かい応援が彼女の動揺を鎮めていく。なんて優しい世界なんだ・・・これが芙由香ちゃんの人徳によるものか。私だったら8割野次が飛び交うだろうな。
「大丈夫か?一旦解答権譲る?」
「いえ。大丈夫です・・・いきます」
芙由香ちゃんは大きく息を吸って英訳を始めた。
「あ・・・I am global student!」
「「・・・」」
「ブッ・・・す、すみません」
沈黙に耐え切れずに笑ってしまう。一度我慢の堤防が決壊してしまったら、修復は不可能だった。私は背中を向けて静かに笑う。
「ふっ、あはははははは!み、短・・・経営学部なのに!倉嶋さん天下の冠頭大学の経営学部生なのに!倉嶋さっ・・・KGL!グローバルなリーダーシップどこ行ったの!」
「うううううう」
「さっちゃん止めたれや!」「お宅のさっちゃんって子言い過ぎやぞ!」「しょうがないでしょ幸生さんは事実陳列のプロなんです!」「罪作りやなー」
皆が騒いでいる内に思いっきり笑うことにした。こ、国際学生て・・・ってやばいまた笑いの波が来る。来ちゃう。
「はぁ、は・・・おなかいたい・・・ふっ、ふふ・・・」
「さっちゃん容赦ないなー。あぁ倉嶋。勿論今の答えじゃ正解とは言えんな」
「・・・はい」
私は息を整え、回答の準備をする。その前に向こうで蹲っている熊本先生を指差した。
「す、すみません。熊本先生も笑っているのでお咎めなしってことになりますかね」
「なんか巻き込まれた挙句非を押し付けられたんだけど!」
因みに、ここで私が不正解だった場合引き分け扱いになるそうだ。死ぬほど笑ったんだから絶対に正解しないと私は両チームから袋叩きにされてしまう。
「えーと、I'm a student of the College of Business Administration.」
「――えー正」「ちょっと待った!」
竹村先生が誇らしげに正解と言おうとしたのを遮って、熊本先生が割って入る。
「ついでにこれも英訳してよ。『竹村先生は国際経営を研究しています』」
「ええーっ!」
どうしてと文句を言うと、倉嶋さんに対しての失礼な行いによるペナルティだそうだ。いや意味分かんない。珍解答した方が悪くない?って言い出せる雰囲気じゃないから言わないけど。
「分かりました。やりますよ・・・『国際経営を研究しています』ですよね?えーと、
Professor Takemura is studying international management.」
「さっちゃん・・・」
「はい」
竹村先生は数秒溜め――笑顔で大きな拍手を送った。
「素晴らしい!2問とも正解!」
やったー。でもおかしいな。皆全然喜んでくれてないぞ?
今回参加しているKGLメンバー(冠頭グローバルリーダーシップ。通称カンガルー)
3年…東リーダー(男) 小田副リーダー(男) 岸野(男)
2年…楽村(男) 倉嶋(女) 金子(男)
1年…牧内(女) 万(男)




