第109話『恋愛センサービビピコーン!』
第109話『恋愛センサービビピコーン!』
眼鏡を拭くフリをして、頭の中では葛藤を続ける。サマトレの本質を見誤るな。勝つことが全てじゃない。分かってる。それに皆自分のスキルを駆使して挑んでいるんだ。私だけが楽するのは無しだ。分かってる。分かってる。でも・・・。
――ニャルラの協力があれば楽に勝てる。私の価値はうなぎ上り・・・。
「にー」
「・・・あ」
ここで倉嶋さんがトイレに入って来た。これ以上、ニャルラとの会話は望めないだろう。
――ごめんニャルラ。今の話は忘れて。ちゃんと決めるから。
私の心を呼んでか、ニャルラは私を見てにーと鳴いた。眼鏡を装着してついでに用を足す。
「――あの」
「は、はい」
先にトイレから出て手を洗っていた倉嶋さんに話しかけられた時、ビビらなかったのは奇跡だった。どもりはしたけど。
「あ、同い年だから敬語は大丈夫。あちょそぬぉ・・・っ!」
――か、噛んだ!盛大に噛んだ!ひょっとしてこの子・・・。
「・・・」
「わ、私のことも名前で呼んでくれると・・・嬉しい、です」
彼女が羞恥に悶える顔を見て、雷を打たれたような衝撃が走る。何だろう凄いシンパシーを感じる。私と同じ、人見知りコミュ障陰キャの波動が、彼女――倉嶋さんから!
「あ、はい・・・芙由香さん・・・芙由香ちゃん・・・ちょっと慣れるまで時間がかかるんですけど大丈夫でしょうか」
「あっうん。私も、さっちゃん・・・幸生ちゃん・・・幸生ちゃんって呼んでもいいですか?」
――敬語大丈夫って言ってたのに使うんかい。私もだけど。
「だ、大丈夫です。ありがとうございます。ちょっと私の周りにこんな綺麗な女の子いないから・・・滅茶苦茶緊張してて」
脊髄反射でお世辞ワードを並べると、倉嶋さんは慌てて首を振った。でもこの子が可愛いのは事実だ。もう全身から庇護欲をそそられるようなオーラが出てる。少女漫画のヒロインか。
「え!私なんてそんな・・・実はずっと話すタイミング窺ってて。本当は最初の挨拶でもっと話せたら良かったんだけど」
――何という事でしょう!
「そっ、それはごめんなさい。あ、4番勝負って浜辺でやるんでしたよね。一緒に向かいましょうか」
「あ、うん・・・」
「・・・」
「に・・・」
芙由香ちゃんと並んで歩くまでは良かったが、肝心の会話が何一つ出てこない。ニャルラが半目でこちらを見上げている。ちゃんと前見て歩きなさい。
――これはもう正直に言うか。
「その、私友達少なくて・・・というか佐古学に女子が絶望的にいなくて。さっきプレゼンした森本さん・・・ななちゃんも、名前で呼ぶのに3か月かかったんです」
「ええっ!でも、凄く仲良さそうに見えたけど・・・」
「ななちゃんはSIGがなきゃ絶対に友達になっていないタイプの女子なので。普段行動するグループも違いますし」
ななちゃんは割と内弁慶だし、根っからの陽キャパリピ族でもない。それでも安井君や沖谷君と同じで陰キャに片足突っ込んでいるタイプの陽キャだ。私はななちゃんと知り合ってから、1回も2人でご飯や遊びに行ったことがない。必ずその他のSIGメンバーがセットだ。
そして私とななちゃんの距離感は、卒業まで変わらないと確信している。でもそれでいい。悪化しないのなら、それで。
「私も・・・同期の女子は私だけで。他にも何人かいたんだけど、色々あって全員辞めちゃって・・・」
「そうだったんですか・・・なら今結構KGLってお忙しいんですか?」
「あ、でも夏休み入ってから落ち着いてきたの・・・秀悟君が凄く頑張ってくれて」
どうやらあちらさんにも、のっぴきならない事情がありそうだ。どこのサークルでも同じだな。
「その・・・さっき、秀悟君と何話してたの?」
「え?」
何がどうしてKGLの女子メンバーが一気に辞める羽目になったのか。ぼんやりとその理由を推理していると、いつの間にか話の流れが楽村君へと変わっていた。
「楽村君・・・とはぁ」
――あ、駄目だ30文字以内じゃ絶対に収まらない。
どう事実を纏めても、話せば長くなること不可避だった。それに談合の件も、私と安井君の関係を誤解された件も話すのが非常にかったるい。
「・・・多分彼は何でもない。とか言って誤魔化したのかな」
「うん・・・何で分かったの?」
「まぁ、何となく」
私は腕を組んで必死に考える。どう説明したものか・・・そうだ。
「倉嶋さんは楽村君がKGLを辞めようか検討していることはご存知で――」
「・・・!!」
「――は、なかったんですね。すみませんここだけの話にしてください」
彼女の顔色を伺いながら話して正解だった。私はすぐに話を切り上げて口止めを図る。
「――SIG全員集合!」
「あ・・・すみません。じゃあ私はこれで」
「・・・」
丁度両チームのリーダーが点呼を始める。彼女との会話は夜までお預けになりそうだ。
――楽村君のこと名前呼びしているのは置いといて。友達なら普通のことだしね。
これは乙女の勘だ。乙女じゃないだろってツッコミは沖谷君ごと海に投げ捨てるとして、私は『楽村君と何話してたの?』と聞いてきた時の倉嶋さんの表情を思い出す。そこから読み取れる感情は――不安と嫉妬だった。
――倉嶋さん、楽村君のこと好きそーだなー。いやでもどうかな・・・流石に今の段階で決めつけるのも良くないか。
彼女は割と感情が表に出るタイプだろう。そして、思い返せば1番勝負の時も2番勝負の時も昼休憩や3番勝負の時も、楽村君の隣にはいつも――倉嶋さんがいた・・・ような気がする。
自分以外の女子と接触することに敏感になっている?だから私に聞いてきた?依存?独占欲?客観的に見て並み以上の容姿をしているのに、自分に自信を持っていないようだ。
「また何か考え事っすか?」
「うん・・・勝ちたいなって」
急に割り込んできた島永君に涼しい顔で嘘をつく。まぁ嘘ではないけど。
「幸生さんが勝つ気なら、俺も頑張るんで」
「えっもしかして自分が負けた時の言い訳に私使おうとしてた?」
「・・・なわけ」
ニヤけた面しやがってこの野郎!
「クソ後輩じゃないか・・・」
「あざーす」
「褒めてないよ!」
もしもあの時、私と島永君の掛け合いを刺すような目つきで睨んでいる楽村君と、そんな彼を悲しそうな顔で見つめている倉嶋さんに気づけたら。そんな風に考えても、『倉嶋芙由香』の物語の歯車は――とうの昔に狂ってしまっていた。
(=^・・^=)
「本日最後!4番勝負は・・・『クイズ!ビーチフラッグ対決ー!』」
ルール説明!と熊本先生が腹から声を出す。
「あそこの線からうつ伏せになってよーいドンで走って、先に旗を取ったほうが勝ち!までは普通のビーチフラッグだけど、今回やるのは『クイズ!ビーチフラッグ』旗を取った人は、竹村先生が出したクイズに正解しなければなりません」
――成程。旗を取るための力走だけじゃなくて、クイズに答える頭脳も必要ってことか・・・。
4番勝負の代表者は島永君と楽村君。よっぽど信頼されているのか、KGLの皆さんは彼が勝つと信じて疑わないようだ。私は隣にいる穂奈美ちゃんと話す。
「島永君って足速いの?」
「さぁ・・・。でもわざわざ立候補するってことは自身アリなんじゃないですか?」
「いやー正味厳ぃじゃろ。ラーク俺より足速いで」
――でも・・・あの島永君だからなぁ。きっとあっと驚く何かが起こる気がする。
「あの1年、ラークんに挑むなんて命知らずやなー」
「勝負見えたな」
「ラークはKGL一番の駿足・・・2番勝負みてーなパワープレイで勝てると思うなよSIGぅ!」
「ふっ・・・言ってろ」
「カンガルーはいつも元気じゃなー」
先輩達も余裕の笑みで構えていた。ということは、2人は島永君の実力を知っているのだろうか。
「俺が芹生を数に入れたんは、あいつが煽りストだからだけじゃねぇで」
「はぁ」
まぁ見てみと肩を叩かれる。向こうではうつ伏せになった2人が何か話しているように見えた。
「――位置についてー。よーい、ドン!」
熊本先生の声を合図に、2人が即座に走り出す。私達は一瞬、驚きで声が出なかった。
――え、島永君・・・!
「は、速えぇ!」
「何だアイツ!」
砂浜の上を走っているとは思えない程綺麗なフォームで、楽村君との距離をグングン離していった。そしてそのまま旗を取ってゴール。驚く事に、島永君は全く息を荒らげていなかった。いやヤバくない!?
「よし。えーでは島永に問題です。『セルフセレクションとは何かを説明してください』」
「「普通の問題・・・!」」
要のクイズはゴリゴリのマーケティング用語問題。情報量が多すぎて、皆あんぐりと口を開けていた。そんな空気感でも平然としている彼は、「あ、もう答えていいんすか?」と悩む素振りも見せずに答えを述べ始めようとする。
「不正解だった場合は、回答権は楽村君に移るからねー」
島永君は熊本先生の忠告に鼻で笑って返す。これで外したら恥ずかしいぞ。というか外して欲しいまである。




