第99話『冠頭大学。マジ感動大学』
第99話『冠頭大学。マジ感動大学』
『また小説読んどる・・・今日は何の本?』
『沖谷!委員会行くぞ』
『この1年、沖谷と同じクラスになれて楽しかった。こうして席も前後とか、隣になる時が多くて・・・ガチで嬉しかったわ』
思い出したくないことの方が多い高校時代の記憶が一気に溢れ出す。目の前の彼は、高校時代の見た目とさほど変わっていなかった。逆に何故思い出せなかったんだ。私・・・。
「あ・・・あーー!」
――そうだそうだ!この人は・・・!
「す・・・すみませんでした!楽村君久しぶり・・・ぐっ!?」
頭を下げて謝罪する。すぐに顔を上げようとするが、何者かに頭を押さえつけられた。
「やっぱさっちゃんの友達じゃねーか!しかも割と接点深めの!すみませんコイツほんと失礼な奴で・・・!」
「いや・・・ええよ。あまりにも沖谷の反応が薄くて一瞬人違いかと思ったけど」
「すっかり忘れてました・・・ごめんなさい。沖谷君謝ったんだから手どけて」
手櫛で髪を整える。すると、騒ぎを聞きつけた島永君と他数名が集まって来た。
「どうしました?幸生さん・・・この人誰」
「おい聞いてや!さっちゃん高校の時のクラスメイトの顔忘れてやがった!しかも委員会も同じ!」
「・・・」
――う・・・マズい。このままじゃ分が悪くなる!
沖谷君の説明に返す言葉もない。周りの目線は徐々に私への失望と、楽村君に対する同情に変わっていった。
「うわ・・・彼可哀想」
「ひでぇ・・・」
「そんなことある?」
「さっちゃんの記憶ガバすぎるじゃろ」
「うう・・・わ、私!に、荷物置きに行かなくちゃー!」
島永君の「あ、逃げた」というコメントを背に、私はダッシュでその場から逃走した。
(=^・・^=)
貴重品などの荷物が入ったトートバックを持って海水浴場に向かう。大型のワンタッチタープテントの中では2人の先生がくつろいでいた。竹村先生はエアーソファーの上に寝転び、タオルを顔にかけたまま寝息を立てている。
――先生寝てる・・・まぁ早朝からここまで私達を乗せて運転してくれたんから仕方ないか。
「――あれ?竹村先生寝ちゃった?」
「はい。お疲れみたいです」
「なら、今日はゆっくりしてもらわないとね」
同じくエアーソファーの上でタブレット端末を操作していた熊本先生がこちらを見て笑う。私はエアソファーを一瞥し、ビーチマットの上に座った。この日のために購入した浮き輪を口で膨らませ始める。
「沖谷さんは海でも眼鏡なの?」
「いや。コンタクト持ってきてて、ここに向かう前からつけてたんですけど・・・やっぱ止めとこうかなー。みたいな」
「ふーん?」
――折角持ってきたのに。何で私がこんな言い訳をしなきゃいけないんだ。
島永君は集合場所に到着した私を見てすぐ、必死の形相で外せと詰め寄ってきた。安井君も同意しだすし・・・何なんだ一体。道中で寄ったサービスエリアで眼鏡に変えた。
――そういえば私がコンタクトで大学来た時も、島永君だけ難色を示していたような・・・。
こうなったのも全部彼の所為だ。一体何が心配なんだろう。
――『何でもするので』って言質取ったのはいいけど・・・どうせなら私の代わりにこれ膨らましてもらえばよかった。
必死に空気を溜めて、ようやく3分の1程膨らんだ。これは空気を抜くときも時間がかかりそうである。調子乗って大きめのサイズ買うんじゃなかった。
「にー」
「ん・・・!?」
鳴き声がした方を見ると、ニャルラが熊本先生の横に座っていた。相変わらず神出鬼没だな!
――ず、ずるい!私もエアーソファー座ったことないのに!
怒りに任せて吹き込み続けると、半分の域に達した。もう少し!
「にー!にー!」
「あはは沖谷さんの浮き輪でかっ。泳げないの?」
「っぷは。そう言う先生は泳げるんですか」
「・・・・・・機能を追加すれば」
電子機器かなにかかな?
「つまり私と同じカナヅチですか。奇遇ですね」
「にーにー!」
――ニャルラが水NGなのは知ってるよ。
泳げる泳げないの定義は人によって異なるが、私は『25メートルを最後まで泳げる人』は自分は泳ぎが得意だと誇っていいと思う。私は無理。半分で限界がきて足ついちゃう。
根気よく吹き続け、ようやく浮き輪が完成した。私はスミックマがプリントされたシンプルなデザインの浮き輪をうっとりと見つめる。なんて可愛いんだろう。
「なるべく泳ぎが得意な子と一緒にいなね」
「いやそこは『沖谷さんが溺れたらすぐ助けに行くよ!』くらい言ってくださいよ・・・」
行ってきます。とニャルラに声をかけて、私は煌めく砂浜の上を歩き出した。
(=^・・^=)
偶然見つけた海蝕洞の下で、私は浮き輪の上で仰向けになって浮いていた。影で覆われた、1人きりの空間。聞こえるのは海が作り出す環境音だけ。皆と合流して泳いだり、潜ったりするのも楽しいと思う。
――でも・・・これから嫌でも団体行動するんだから。独りになれるチャンスは逃さない方がいいよね。
「ふぃー。極楽・・・誰もいない海ってこんなにいいんだ・・・しかも海水の透明度パない」
今回のサマトレの舞台は、佐古から車で1時間半程の距離にある冠頭内海だ。佐古に住む人々が海に行こうと思ったら、大半がここの海水浴場に集う。実は私、今日が人生初の冠頭内海デビューだった。家族全員泳げなかったら海なんて行かないよね。
そして一緒にサマトレを行う冠頭大学経営学部の皆さん。彼らも私達と同様、経営学部生のみで構成された組織に所属している。その名も『KGL』――冠頭グローバルリーダーシップだ。活動の歴史はSIGより古く、一部の冠頭大学生からはSIGはKGLのパクリだと揶揄されているらしい。
この情報は水着に着替えている時ななちゃんと穂奈美ちゃんから聞いた。KGLの愛称はカンガルー。だから島永君はKGLをカンガルーと呼んでいたのか。情報通すぎない?私が知らなすぎるだけ?
――そろそろ戻ろうかな。
時計がないので、時間の間隔が分からないことに一抹の不安を覚えた私は泳ぐ体勢に変える。
――足がつかないから気をつけなきゃ。壁に手をついて・・・。
――ゴゴゴ・・・。
「へ?」
たまたま手を伸ばしたところにあった岩の壁に触れたら、急に扉が出現した。
――えぇ・・・。
私は逡巡し、浮き輪を岩場に引っ掛けて扉の前に立つ。少し力を入れて引くと、扉は重い音を立てて開いた。中には上へと続く梯子が続いており、天井までの距離が高すぎて上を見ても何があるのか分からなかった。
――おわー。これは・・・登っ・・・ちゃおうかな。
完全に好奇心が勝ってしまい、高所恐怖症であるにも拘らず上まで登る。上まで到達すると、そこはルーバータイプのクローゼットの中だった。どうやら今私がいるところはクローゼットで隠した通路のようで。
――どうしよう。何かの建物の中に入っちゃった。このままクローゼットの中から出てその先に進んだら不法侵入だよね・・・。
これ以上の深追いはよそう。という選択を後押しするかのように、中から誰かが入ってきた。
――蛍光ピンクの作業着に、〇の仮面を被った怪しい作業員・・・・・・。
私はその作業員が退出するまで待って、半ば飛び降りるかの勢いで梯子を降りた。急いで扉を閉め海に入り、先程触れた岩壁の辺りを必死に触る。すると、幸運にも再び扉が岩壁に覆われた。
「ふー。危ない危ない。」
――私は何も見なかった。私は何も見なかった・・・。うん。よし完璧。
「沖谷!」
「はうわぁっ!」
突然名前を呼ばれ、肩がビクッと跳ねる。声のした方を見ると、髪までびしょ濡れの楽村君が海蝕洞の中に入って来た。
「楽村君」
「また1人で行動して・・・相変わらずじゃな」
「・・・楽村君こそ。よく見つけられたね」
「それは、まぁ・・・探しとったから」
突然現れた旧友に目をしばたたかせると、彼は気恥ずかしそうに頭をかいた。
「――どうやって見つけたん。こんな洞窟」
「日影ないかなーって探してたらあった」
楽村君は両腕の力だけで岩場に上がり、ふうと一息つく。その姿に思わず見入ってしまった。
――凄いな。私は両腕だけじゃ上がれなくて、浮力を利用して足からよじ登ったのに。
ぱちゃぱちゃと拙いバタ足で彼の近くまで泳ぐ。ここまで浮き輪無しで泳ぐなんて、彼の前世は魚なのかもしれない。
「あれ。まさかもう集合時間?」
「いや。まだ大丈夫」
そう言って彼は私に完全防水のスマートウォッチを見せびらかす。海水でも平気だなんて凄いな。
「・・・上がらんの?」
「あー。じゃあ私も上がろうかな・・・ふんっ!」
私は恐る恐る岩場に両手を乗せ、勢いをつけて体を持ち上げる。ピンと張った両腕がプルプル震えるも耐える。しかし、あと一歩のところで足をかけるのに失敗してしまった。
「・・・」
無言で頭上を睨むと、楽村君は手で口を押えて明後日の方向を向いていた。
「・・・自力で上がれんならそう言えや」
「うぐぐぐぐぐ」
結局、彼の手を掴んで上がりましたとさ。
冠頭大学。マジ感動大学・・・冠頭大学のキャッチコピー。
海蝕洞・・・海上にある、岩でできたトンネル。




