第Y話『The magician tells her the future』
第?話『あったかもしれない未来』
高校の制服に身を包み、首にマフラーを巻いた幸生が『想宮』に向かう途中、彼女の前に1人の男性が現れた。虚ろな目をした彼女を見て、熊本は努めて明るく話しかける。
「やぁ沖谷さん。ここはもうすぐ閉門してしまうよ」
「・・・誰ですか?」
「お茶濁しに自己紹介でもしとくー?」
「結構です・・・」
幸生は己の名を知る男性に警戒心を抱くが、すぐにどうでもよくなってしまう。何故なら彼女はこれから――命を落としに行くからだ。
「・・・死ぬな。君は自分の死がどれだけの未来を確定させると思っている」
急に訳の分からないことを言い出した男を見て、一瞬だけ幸生の瞳に正気の光が灯る。
――いや本当に誰・・・。それに何でこの人、今から私が死にに行くことを知っている・・・?
「・・・言うのだけなら簡単ですよね。私はそれだけじゃ救われない。それでも、そう言ってくれてありがとうございます」
幸生はこれで満足でしょ?と言わんばかりの棒読みで言い放つ。熊本に見えているのはそれだけじゃなかった。彼女の周りを取り囲む黒い瘴気。それは意志をもって蠢き――魅惑に堕とすような香りを漂わせていた。
――本当に見せても大丈夫なのかよ。情に厚く流されやすい彼女ならあるいは・・・とか、可能性の低いこと言いやがって。
感情を隠すのが上手いこの顔にしたお陰で、彼女が自分の焦りを悟ることはなかった。もう今の彼女は、何に対しても興味を抱かない状態に陥っているということもあるが。
「僕がこうやって止めるのには理由がある。それを知りたくはない?」
「・・・さようなら」
――クソが!俺が迷っている暇くらい作れよ!
幸生の目に敵意が宿る前に、熊本は足元に巨大魔法陣を展開する。
「・・・メビウスの輪?」
「いや、注目するところそこ?相変わらず感性が独特だなー」
熊本は苦笑して指を鳴らす。それを合図に無限大の記号を模した魔法陣が赤く煌めき、2人を包み込んでゆく。
「・・・僕じゃ君を救えない。本物の『熊本』なら簡単にやってくれるかもしれないけど・・・君と彼の運命が交わることはない」
だから。と熊本は糸目を開き、しっかりと幸生の目を見る。彼女はこの状況に理解が追いついておらず、呆然としていた。
「――『始まり』を見せるよ。僕はその可能性に賭ける」
そして、次に幸生が目を覚ました時――辺りには瓦礫が散乱していた。
「・・・」
――???
「さーさーやってまーりました。魔術師の『沖谷さんがいなくなった未来で起こりえる事ツアー!』でっす!」
「・・・」
口を開けて棒立ちしている幸生に構わず、熊本はガイドを始める。
「沖谷さんの死から1か月後、佐古を震源とした地域で大規模な地震が発生する。それによる大津波に火災・・・見せてもらったところ、二次災害も半端なかったよ。被害額は兆を超え、今の内閣総理大臣も辞任しちゃうんだ」
360度見渡しても、約10年前に起きた『北日本大震災』を想起させるような情景だった。幸生が小学生の頃、学校帰りに自宅のテレビで観た映像がそのまま彼女の瞳の中に広がっている。
「大量の死者と行方不明者の中には、沖谷さんがこれまで関わってきた人も多く含まれている。歴史に名を遺す程の災害を、ここ佐古が受けることになったのは――果たして偶然かな?」
「・・・」
見覚えのある景色や建物があったので少し歩くと、それは幸生が通っている高校だった。数十分前にいた場所が見事に倒壊している。数少ない居場所の一つが崩れている様を見て、幸生は静かに息を吐いた。
――本当に来月、こんなことが・・・?
「お次はこちら!」
「!」
――え!?え?ここどこ?ってか周り・・・!
急に景色が一変し、幸生は瓦屋根の上に立っていた。それだけでも有り得ない状況だが、この民家は――現在進行形で浸水している。住宅街を思しき地域は、一面濁った水で浸されていた。熊本は石像のように固まる幸生とは対照的に、不安定な足場でも構わず多動する。
「沖谷さんの死から2か月後。福分全域を豪雨が襲い、10か所の堤防が決壊した。福分を中心に多くの地域で浸水害や土砂災害が発生し、死者数が300人を超えてしまう。これは後に『大日本帝国至上最悪の水害』と報道されるんだ。この『福分豪雨』を皮切りに洪水や土砂崩れ、落雷による山火事、台風など数々の自然災害が各地で一気に起こる」
「・・・」
――なにそれ・・・。ワケ分かんない。
「自然災害なんて・・・私が生きていても、起こりえることじゃないですか」
「気になるなら、あと2か月生きてみて。自分の目で確かめるのが一番いい」
唇を噛んで黙る幸生に、熊本は最後の未来を見せる。
――もう一息か。
「は・・・」
――ここは・・・病院?
佐古にある病院に飛ばされた幸生は、すぐ異変に気がついた。
――患者が多すぎない?それに、看護師さんやお医者さんが皆手術着みたいな恰好で仕事してる・・・。
幸生が横を見ると、熊本は待合室の椅子に座っていつのまにかマスクをつけていた。
「沖谷さんの死から3か月後、他国から流れてきた新種のウイルスが大流行しだすんだ。このパンデミックは世界中で起こり、多くの人間の命を奪った。そして疫病によって人生を狂わされた者達が続出する――災害の復興もままならない状況下で、だよ」
「・・・私が死ぬだけで、そんなことが起こるって言うんですか」
幸生が虚ろな目を向けると、熊本は肩をすくめ――フィールドを佐古神社に戻した。彼女は元の場所に戻ってきたことに驚き、微かに安堵する。
「バタフライエフェクトってやつなのさ!僕の主は随分前からこの未来を予知していてね・・・最近までずっと、この国が崩壊する未来を潰すために動いていたんだ。ようやく見つけたよ・・・沖谷さん。全ての根源は君だ」
心当たりなーい?と笑顔で詰められ、幸生は思わず目を伏せる。それは肯定の意と同義だった。
――確かに。私は、神様と願いに近い約束をして・・・人知を超えた力に縋ってしまったんだ。
「それでも、私は・・・願ったから・・・神様との約束をま、守らなきゃいけなくて・・・」
「――望めば何でも生み出せるのに、誰かの人生に干渉ができないなんて・・・迷走しそうだ」
「・・・!」
赤い薔薇と白い百合が咲き乱れた花畑の中で熊本は幸生の手を取る。
「――沖谷幸生さん。君の死が全てを確定させる為の引き金となるんだ。引いた瞬間、ある存在が力を取り戻してしまう。世界が混沌に包まれてしまう。それを止めるために僕が来た。僕達と言えないのは、個人的に少し心もとなさを感じるんだけど」
――つまり、つまり・・・駄目だよく分かんない。兎に角この人の目的は『私が自殺するのを阻止すること』だ。それだけはハッキリしてる。
「でも、私はどうすれば・・・私にはもう、死ぬことしか・・・私の中には・・・」
じわじわと暗い瞳が潤んでゆく。熊本は幸生の頭を優しく撫でた。
「沖谷さんの意志で進むんだ。君の物語はいつでも始まっているし、いつでも始められる。スタート地点にはいつでも僕がいるから・・・準備は僕にまーかせて」
「進むって、言ったって・・・私の人生は、あの人が全部決めてて・・・ぁ」
幸生はふと思い出し、肩にかけていた合皮スクールバックを開けると、一番上に今日返却された数学のテスト用紙があった。
『数学Ⅲ 26点』
『数学ⅢC 19点』
赤色のペンで大きく書かれた数字を見て、幸生の脳に冷や水がかけられる。
「は、はは・・・そうだよ。そうだったよね・・・」
「っ!?」
バッ。と熊本は一瞬で幸生から距離を取る。場所は三度佐古神社――ではなく、佐古神社の境内社である『想宮』になっていた。
――ここは・・・何故ここに転移した!?それに、アイツの様子が・・・黒い。
「3年の期末で・・・こんな点数を取った私に、生きる価値なんてない」
幸生は首に巻いていたマフラーをほどき、首元を露わにする。彼女の首には濃い赤紫色の痣が横長に広がるように残っていた。
「私に死んでほしくないなら、どうしてもっと早く助けてくれなかったの。自分の事マジシャンって言うなら・・・本当に魔法が使えるなら、どうしてもっと早く・・・遅すぎんだよ!私も・・・私だって、他の人達と同じように死なせてよ!」
「ぐアッ!?」
突如、熊本の体に負荷がかかる。その負荷は四方から迫っており――下、上、右、左と順番にプレスされ、対象は四角い塊となった。
「・・・・・・あっぶな」
熊本は正方形ブロックになった石灯篭を見て背筋が凍る。圧縮される寸前、近くに設置してあった石灯篭と自分の位置を魔術で入れ替えたのだ。
――おいおいどうなってんだよ・・・彼女の感情を糧にした力が、これ程まで強大なのは聞いてねーぞ!
「さよなら」
熊本のイリュージョンには目もくれず、幸生は鳥居に向かって一目散に駆けだした。
「待て!」
すぐに体勢を立て直して彼女の後を追う。幸生が鳥居を出た直後、熊本が伸ばした手は空を掴み――幸生の姿が消えた。
鳥居の外は66段の石階段があり、幸生はその1番下で倒れていた――後頭部から鮮血を流して。
「――くそっ!」
――まだ間に合うか!?すぐ病院に連れていけば・・・!
熊本は、ここで改めて自分が治癒は専門外であることを悔やんだ。
「いど・・・うッ!?」
「にゃー」
――この鎖・・・あの野郎!
熊本が幸生の元へ駆け下りようとしたその時、どこからともなく現れた『黒猫』が一瞬で熊本を鎖で拘束し鳥居に磔た、そしてゆっくりと己の姿を変形する。
「出たな・・・『悪魔』!相も変わらず誰かに寄生しねーと生きらんないのか。哀れだねぇー」
「沖谷、幸生は、死の、誘惑に、負け、ちゃった、ね」
『ツチノコの形をした化け物』は細い舌を出して熊本に語りかけた。バキン。と熊本は鎖の拘束を解き、足元に巨大魔法陣を展開する。
「チッ・・・『有無創生』!」
魔法陣から出現したのは、巨大な画者髑髏だった。『ツチノコの形をした化け物』の体長をはるかに超える妖は、骨でできた手を勢いよく叩きつける。『ツチノコの形をした化け物』目がけて――ではなく、召喚主である熊本の身体に多大な損傷を与えてしまった。
「ぐああっ!」
――はぁ!?何で操れない!俺の魔術で召喚したんだぞ・・・しかも消せねぇし!
「――もう止めてよ。折角楽にしてあげようとしているのに」
この最悪な状況を打破するために動き続けていた思考が中断する。反射的に顔を上げると、右手に松明を持った『幸生』が熊本に微笑みかけた。
「死ぬことで『沖谷幸生』という人間は――救われたのだから」
『幸生』はギザギザの歯を見せて嗤う。画者髑髏に圧し潰された状態でもなお抗おうとする熊本に――『幸生』は松明の火を当てた。
『幸生』「よわ~ww」
熊本「僕は本来後衛ポジなの!」




