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100万円を置いた猫  作者: 椋木美都


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 第94話『100万円アンエクスペクティド』

第94話『100万円アンエクスペクティド』


細かいところは美容師さんにお任せして、眼鏡を外す。数時間後の自分に憧れを秘め、私は目を閉じた。


――そして90分後。


「・・・わ」


「ガラッと印象変わりましたね!」


素敵な美容師のお姉さんに絶賛されたことで更に気分が上がる。肩甲骨まで伸びた髪は前下がりショートボブに切り揃えられ、前髪も軽くすいてもらった。


――凄い。やっぱ人って見た目10割だな・・・!


見た目だけでも明るい印象を目指したいと思い、こげ茶の地毛から綺麗なオレンジブラウンに染めてもらった。ブリーチを入れなくても、十分染めていると分かる印象だった。


自己評価満点の髪をなびかせて街中を歩く。気分は上々だった。折角だから、ダメ押しにコンタクトにしてもいいかもしれない。近場にデラマ福分駅前店があったので、そこでワンデーのコンタクトレンズを購入しトイレでつけた。するとあら不思議。


――変装レベルで別人だ・・・。誰コイツ。


ちょっとあか抜けた若い女性がそこにいた。童顔だけど、高校生には見えない。文学少女に寄せていたイメージからの脱却。私はにやける顔を引き締めてトイレから出た。


――見た目だけはぐんと陽キャ女子に近づいた気がする。これなら知り合いに出会っても大丈夫でしょ!


店の外で日傘を取り出そうとチャックを開けたその時、肩に強い衝撃が走った。


「いっ!?」


偶然にも知らないおじさんとぶつかった拍子に互いの荷物がアスファルトの上にぶちまけられる。


――あーあー。


「ごめん!急いどって前見とらんかった。怪我はなか?」


「あ・・・はい。大丈夫です」


私達はしゃがんでそれぞれの荷物を拾い集める。不幸にも、私の荷物は全て外に出てしまっていた。真っ先に貴重品を回収し、最後に残った日傘はおじさんが拾ってくれた。お礼を言って、改めて中身を確認する。ハンカチにくるんだ眼鏡とスマホのガラスフィルムに傷がつかなくて本当に良かった。


――ん?


100万円が入った封筒を掴むと、明らかに倍となった厚みに瞠目する。不可解な事態にテンパっている内におじさんは謝罪を残し、どこかへと走り去ってしまった。


――やっぱ気の所為じゃない・・・増えてる。


リュックの中に手を突っ込み、札束を指でなぞる。ニャルラから置いた100万円が、さっきぶつかったタイミングで恐らく2倍ほどかさ増しされてしまった。


――いや、多分取り違えたんだ・・・。急いで追いかけなきゃな。


私が封筒を拾った時、おじさんも同じ銀行の封筒を鞄に入れているのが視界の端に映った。荷物が混ざった時、急いでいたおじさんが近くにあった私のお金を誤って回収したと考えるのが妥当だろう。つまり今私の手元にあるのは、おじさんのお金だという説が濃厚なワケで。


――200万円が100万円になったんだよ!?触れた時に違和感抱くでしょ普通!


私はおじさんが進んでいった方角に向かって、炎天下の中走り出した。なんてアンフォーチュネイトなエクスチェンジなんだろう。私って本当にトラブルメーカー。


(=^・・^=)

おじさんの捜索を始めて10分が経過した。見通しの良い道だったので、走れば見つけられるだろうと楽観的に考えていたのが良くなかったのかもしれない。現実は無常だ。私はおじさんの姿すら拝めずに、福分駅から遠く離れた知らない路地を彷徨うことになってしまった。


――駄目だ。諦め・・・いや、警察に届けようにも、何て説明すれば・・・。


「ニャルラ・・・」


割と絶望的な状況に腰が抜けそうになる。『知らないおじさんが私の100万円と自分の200万円を交換しました』なんて誰にも話せない。


――私の分だけ抜き取って残りは警察に持って行ってもいいけど・・・おじさんが交番に訊ねに来た時の説明が困難なことになりそうだな。


「おじさんが気づいたら凄く困るんだろうな・・・ニャルラ・・・」


一縷の望みを託してニャルラを呼んでも、蝉の鳴き声が響くばかりで。俯いて溜息を吐いた。落とした本人を見つけられないんじゃしょうがない。私は諦めて、駅前にある交番におじさんのお金を預けることにした。


「――!――!」


――ん?なんだ?


走って来た道を引き返そうとすると、路地の向こうから複数人の怒号が聞こえた。抜き足差し足で忍び寄りそっと顔を出すと、いかにもチンピラの出で立ちをした男達がオヤジ狩りをしていた。


――そういや、福分って治安悪いところ多いんだっけ・・・暑いのに外でご苦労なことだ。


いつでも通報できるようにスマホを手に持って、もう1度現場を観察する。すると、被害者のオヤジは件のおじさんであることが判明した。


――み、見つけた・・・!けど、これは・・・。


私は今何とも言えない顔をしていると思う。おじさんの鞄の中には、私のお金が入っているワケで――チンピラに狩られるということは、実質私が被害に遭うと同義である。


「オウ早う残りん金出しぇコラぁ!」


「蹲うとっても何も始まらんぞ!」


現在もおじさんは2人のチンピラに足蹴にされている。亀のように丸まって鞄を守る姿はまさしく浦島太郎の亀のようで。


――って、のんきにナレーションしてる場合じゃないな。私は浦島太郎にはなれないけど、せめて物語を進めることくらいなら・・・。


「――おい。お前等何しよーと」


『110』へ通話しようとする手が止まる。新たに割り込んできた人物は低く、よく通る声でチンピラ達に問うた。その刹那、ピリついた空気が肌に突き刺さる。向こうの様子を見たいけど、声の主に気づかれるのが怖くて。私は静かに呼吸するのがやっとの状態だった。


――今来た人、ガチでやばい人かもしれない・・・。


「俺はコイツに、残りん金ば回収して来いって言うたんやぞ」


「ヤノさんお疲れ様です。それが・・・」


私よりやや年上のチンピラ達はしどろもどろで自分たちの主張をヤノさんという方に話していた。

私は暑さも忘れて事の次第を聞く。チンピラ達がおじさんの金を奪おうとしていた経緯がざっくりとだが理解できた。


――成程。この現場はただのオヤジ狩りじゃなくて、強盗だったってこと?


おじさんこと松尾(恐らくこの漢字)さんはヤノさんに渡すお金を届けに来た。けれど偶然私のお金と交換してしまったため、持ってきた時には半分しかなかった。


松尾おじは元からヤノさんの信用を得ていたことから横領を疑わず、彼は松尾おじに残りの金を探してこいと命じた。ここまでは双方の意見が合致していたようで、問題はその後のようだった。


松尾おじは満身創痍の声で、自分らの話を聞いたチンピラ構成員が『残りの金も俺等が奪って、全部コイツの所為にしよう』と画策し、自分を襲いに来たと主張する。


勿論チンピラ2人組はその逆を主張する。あくまで自分達がしているのは正義の行いだと。私から見れば、どうしても声で分かるくらい焦りを見せているチンピラに怪しさが傾いてしまう。だが、上司?であるヤノさんはどう考えているんだろう。


「――言いたかことは分かった。コイツは俺にすらごとはゆわん。俺はお前らんことば信頼しとー。ばってん、松尾んことは信用しとー。こん意味が分かるか」


「・・・」


――おぉ。ヤノさんマジかっけぇっす!


ちょっと感動してしまった。私が松尾さんだったら感動に打ち震えていると思う。私も相手の話を最後まで聞いたうえで、スパっと言ってくれる上司の元で働きたいものだ。


チンピラは言い訳もせずに押し黙る。こりゃ完全にヤノさんのオーラに飲まれているな。私はスマホをしまい、代わりに松尾おじが持っていた封筒を握りしめた。


――多分、私が間に入れるタイミングはここしかない。ヤノさんは怖そうだけど、多分ただ怖いだけの人じゃない・・・と信じよう。


私は鼻で息を吸って、陽向の道へ1歩踏み出した。ヤノさんのドスの効いた声にビリビリと空気が震える。たんだんと涙声になってくるチンピラ達。松尾おじは落ち着いたのか、呼吸を整えてゆっくりと体を起こす。私はそんな中日傘を持ったまま――松尾おじの目の前でしゃがんだ。


「――立てますか?アスファルトの上って痛いですよね。それにここは日が照ってるから熱そうです」


「あ、ありがとう・・・いてて・・・え?」


松尾おじは私が差し伸べた手を握って立ち上がる。彼は私を見て、苦痛の表情に一瞬別の感情が混ざる。ふと横を見ると、全員の視線が一点集中していた。


「だっ、誰やコラぁ!」


「見しぇもんやなかぞ!」


チンピラの1人が大きな声を出して私に掴みかかろうとしたが、黒のワイシャツを着た大柄な男がそれを阻止する。この人がヤノさんだろう。


「自分がビビったけんってすぐ手ば出すな」


「・・・っ。すみませんでした」


私は部下を目で威圧しているヤノさんを素早く値踏みする。黒の長袖ワイシャツにダークグレーのスラックス。夏だというのに派手な柄のネクタイをキッチリ締めた彼は、どこからどう見ても裏社会の人間だった。こんなビジネスマンおらんわ。

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