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100万円を置いた猫  作者: 椋木美都


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 第93話『そして2日目の幕が開く』

第93話『そして2日目の幕が開く』

 

傍にニャルラがいてくれていたら、少しは気が楽になれたのだろうか。荷物整理をしながら思考に耽る。もし彼と恋愛が絡むことになったら、私は――。と、あと何回他の男性で考えればいいのだろう。


全部ただの自意識過剰。都合のいい妄想であると信じたい。例外は篠木と元カレと・・・いつも通り逃げの思考に走り始めた心にブレーキをかける。


――また向き合わなくちゃならない人が増えた・・・溜めすぎでしょ。でもいい機会だ。今年で全て決着をつける・・・ように努力するんだ。


次またさっきみたいな雰囲気になったら、私からアクションを起こしてみよう。大丈夫。冗談交じりに私の事好きなんですかー?とでも聞いて反応を探ればいい。簡単なことじゃないか。私のキャラではないけど。


蓋をして見て見ぬフリをする罪悪感も、そろそろ片付けるかと重い腰を上げる億劫さも、綺麗に整理されたときの達成感も。私は全部知っている。


――だから人間って面倒臭いんだ・・・いやこの場合、面倒臭いのは私自身かも・・・。


ふかふかの枕に頭を預け、布団を肩までかけた。1時間でも深く、睡眠の底へ潜れますようにと願って。


(=^・・^=)

手に持っていたスマホが音を立てて振動する。画面を見ると『警察』と表示されていた。私は震える指で通話に出る。すると、耳から聞こえてきた声はよく知っている者だった。


「もしもし・・・」


「今何してる」


――あれ?篠木?何だ。良かった・・・。


「おい。聞いてんのか」


「え、あぁ。あーごめん。ちょっと安心して・・・」


私は一瞬で思考を巡らせ、大学・・・と答えかけて止めた。その後会いたいと言われたら、更に嘘の理由をでっちあげなければならないからだ。「福分いまーす」は論外である。


「実家・・・」


「はぁ!?」


「そ、そんな驚かなくても」


「実家にいる声のトーンじゃね・・・あぁ。そうだったな」


――そうだったなじゃねーよ。


思わずイヤホンを引きちぎりたい衝動に駆られる。色々と察せられるのもまたムカつくんだよねー。


「ええっと、どうかしたの?」


「いや。今日夜飯連れてこーとしたけど、急遽福分に出張が決まった」


――あ、危な・・・ってええ!?


「福分!?」


驚いて立ち止まる。ここが街中じゃなくて良かった。環境音から佐古にいないと悟られたら一巻の終わりだ。この電話が終わるまで駅に向かうのは止めておこう。私は声の震えをどうにか抑えて労いの言葉をかける。


「そ、そうなんだ・・・行ってらっしゃい。暑いけど気をつけてね」


――来んな来んな来んなああああ・・・。


「・・・意外だな」


「何が」


「もっと嬉しそうにするかと思った」


「いやそんな・・・」


ことないよと言いかけて周囲を見渡す。あれ。ここ・・・どこだ?ニャルラもいないし・・・。


「――土産はまた前と同じでいいのか」


「うえっ?」


現状を把握している隙に会話が進んでしまっていた。お任せでと伝えたのかが曖昧な境で――ゆっくりと目を開ける。


――今何時だ・・。


スマホの時計を見ると、時刻は6時を過ぎたばかりだった。ついでに大量のRICHの通知もロック画面に表示される。


「・・・」


私は無言でスマホを充電器に繋ぎ、今日の着替えと化粧道具を持ってスパへと向かった。


(=^・・^=)

窓際にあるテーブルでアメリカンブレックファーストを食す。神京での朝食バイキングも捨てがたいが、ホテリエが運んできてくれた朝食を食べるのもいい。


――ニャルラめ・・・ルームサービスの素晴らしさを知っちゃったじゃないか。


上機嫌でチーズ入りオムレツを頬張りながらスマホで今日の天気を見ていたのがいけなかった。突然着信画面に切り替わったそれを見ても、私は対して動じずに指をスライドする。


「もしもし」


「・・・既読もつけねーで何してたんだよ」


――あ、やべ。そういえば電話の約束・・・。


地の底を這うような声にひゅっと息が詰まると同時に、口内にあったものが嚥下した。今食べてるのがトロトロのオムレツで本当に良かったと安心する間もなく、電話越しに篠木から呪詛に近い言葉が流れ続ける。私はイヤホンマイクを装着して、スマホをテーブルの端に置いた。


――結局覇弦さんと別れた後、歯磨きしてすぐに寝ちゃったから・・・私が最後にスマホを見たのは、昨日の17時頃か・・・。


それなのにRICHの通知は公式アカウントと篠木からしかなかった。つまり今日は運が悪かったということになる。


「すっかり忘れて読書してたら眠くなって、スマホ見ずに寝ました・・・」


「へぇ」


「ご・・・ごめ。篠木と電話する夢見てたから。それで満足してた」


「テメェ・・・」


嘘くさいが本当の言い訳を話すと、大きな舌打ちが聞こえた。私は音を立てずにクロワッサンを一口大にちぎって口に放り込む。


――!?うんま!ちゃんとした所のクロワッサンうんま!


超絶不機嫌な篠木に構わず、バターの豊潤な香りとサクサクとした軽い食感に身悶えする。


「夢で何話したんだ」


「えーっと、もうほぼ忘れかけてるんだけど・・・安心したのは覚えてる。着信相手が、篠木で良かったーって。ホッとしたんだ」


「・・・」


無言になったことで環境音がはっきりと聞こえ出す。どうやら彼は、駅構内を移動中のようだ。覇弦さんも近くにいるかもしれない。まだ7時なのに大変だな。マイク部分を遠ざけてクロワッサンを食べ、林檎ジュースを飲む。


――ジュースもおいしーい。特別なやつー。


幸福指数が現在進行形で爆上がりしている私は、一種の無敵状態に突入していた。幸せで甘くなった声を隠さずに、脳死で喋り始める。


「あと、いってらっしゃいって言った気がする。暑いけど気をつけてーって。そういえば今通勤中?なんか正夢みたいだね。早朝からお疲れ様。今日もお仕事頑張って」


「・・・」


無言になった隙にマイクミュートする。ナイフでベーコンを切り分け、ミュート節制を解除した。朝ご飯でナイフの音が聞こえるなんて早々ない。でもこの肉厚なベーコンを食べたいという欲求を抑えることが出来なかった。


「お前・・・ふざけんなよ」


「んぐ。ごめん食べながらで。でも謝罪の気持ちは凄くあるから!同じこと何回もやっちゃってごめんなさい・・・」


恐る恐る白状すると、そっちじゃねぇ。と吐き捨てられた。じゃあどっちだよ。


「電話出れなくてごめんなさい。心配かけました、よね・・・」


「――もういい。今に始まったことじゃねーしな」


私の殊勝な態度に絆されたのか、篠木の声は普段通りに戻っていた。これで私も安心して野菜を咀嚼できる。


「昨日から福分にいんだけど、土産は前と同じでいいのか」


「え!そうだったの」


さも初めて聞きましたという演技の後、お任せします的なことを伝える。何かこれもデジャブだな。


「幸生の夢に俺が出てたのか・・・電話越し・・・場所は?他に何話した?」


「えぇ?うーんうーん」


向こうの電車が来るまで、私は今日見た夢の詳細について必死に思い出すハメになった。


(=^・・^=)

ゆっくりと支度して、ホテルを後にする。果たしてニャルラは、私が佐古に帰る前に会ってくれるだろうか。仮にお別れするにしても、顔くらい見てからバイバイしたいものだ。駅のコインロッカーに荷物を預け、鍵代わりのレシートをしまおうとリュックを開ける。


――ふおわっ!


すると札束が視界に飛び込んできた。そっと指でなぞると、毎朝ニャルラが置いてくれる100万円とほぼ同じ厚みだと感じた。勿論、部屋を出る前にはなかったものである。


――ニャルラああああああ!荷物コインロッカーん中入れちゃったじゃん!


周囲を見渡しても、黒猫の姿はおろかにーと鳴く声も聞こえない。これだけ残されても・・・嬉しくないよ。


グッと眉間にシワを寄せて、100万円をリュックの底に隠す。近くのATMに入り、配置されている現金封筒を1枚抜き取ってそこにしまい直した。剥き出しよりはいだろう。


――って、やば。早く行かないと。


私はスマホの地図アプリを開いて、足早に予約してある美容院へと向かった。髪を切ることにしたのは完全に気分だ。夏だし。福分旅行を決めたはいいものの、スミックマストア福分店以外行きたいところが見つからなかった。ニャルラに神社や動物園、タワーなどをおススメされたが、正直どれもそそられなかった。外気温が高すぎるのも、移動が億劫になる原因の一つだと思う。


妥協して博物館にでも行くかと最低な理由で目的地を設定しかけたが、半目のニャルラがにーと鳴いてタブレット端末に美容院のサイトを表示させた。


――やっぱニャルラは私のことがよく分かってる。大都会福分にある美容院でカットとカラーしてきましたなんて超お洒落じゃん!


衝動的にカットとカラーとトリートメントのメニューで駅前にある美容院を予約し、無事遅れることなく店の前まで来ることができた。


――少し緊張するけど・・・大丈夫。佐古で切るのと同じだ。


緊張を胸に抱え、ガラスの扉を開けた。ひと夏の変身作戦、開始である。

メールの内容。

覇弦『威弦が気持ち悪いほど浮かれているんですが、貴女何言ったんです』

幸生『いや・・・?行ってらっしゃい頑張ってって言ったくらいですけど』

覇弦『は?それだけであんな頬緩めてんのかキモ。ちょっと私にも言ってみてください』

幸生『口調崩れてますよ。あと嫌です(笑顔の絵文字)』

(覇弦さんから電話)

幸生『この兄弟ホット面倒臭いな!』

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