執愛じみた想い
「久しぶりね、ルイス」
久しぶりに会ったレティシアは、以前別れを告げた時から変わらず若々しくて綺麗なままだった。
どうやら神聖魔法を継承した関係で魔力量が増え、老化のスピードが緩やかになっているらしい。
目の前にレティシアがいる。
夢みたいだ。
「陛下にはこれから会えるのかしら?」
「あ・・・ああ、非公式だから王宮図書館の禁書保管室で面会する予定だ。そこに目的の書もあるよ」
「わかった。でも、王族しか見られない禁書を私が読んでもいいの?あとで罰せられたりしないよね?」
「レティシアを罰するのは女神を冒涜するようなものだ。そんな真似するわけないだろう」
それに、レティシアに手を出せばガウデンツィオ国王が黙ってないだろうからね。
以前見た彼の瞳には、レティシアへの愛が灯っていた。
レティシアは、彼の想いをどう思っているのだろう。
隣を歩くレティシアが、もう既に彼のものかもしれないと思うと、胸に黒い感情が渦巻く。
自分でも呆れるほど、重症だなと乾いた笑みが浮かんだ。
どんなに手を伸ばしても、
レティシアには届かないのに――――。
◇◇◇◇
「オレガリオの太陽、国王陛下にご挨拶申し上げます。この度はご招待いただき恐悦至極にございます」
「レティシア嬢、面を上げよ」
国王に即位した弟は、成人したばかりゆえ、まだ幼さが残っている。貴族達に侮られないよう、まだまだ僕が補佐しなければならない。
「既に巫女に関する歴史書は机の上に揃えている。貴女が実際に会った女神との会話とこの歴史書に齟齬があるかどうか確認してほしい。事実が分かり次第、この歴史書は私の代で処分する」
「わかりました」
レティシアがオレガリオに戻ってきたのは、アレクを正式に僕の実子として届け出を出し、公爵家の後継者としてオレガリオで暮らす事が決まったからだ。
その手続きと準備のためにこの国に滞在している。
といっても、転移魔法で飛んできているだけなので、用事が済んだらすぐガウデンツィオに帰ってしまうのだが―――。
アレクから僕の後を継ぎたいと言われた時は驚いたけど、それ以上に嬉しくて、またアレクの前で泣いてしまった。
アレクと暮らせる日がくるなんて思わなかったから。
最初レティシアは反対していたようで、どういうことなのかと怒った手紙が届いた。
そこは僕が強要したわけではないと全力で誤解を解き、最終的にはアレクがレティシアを説得したらしい。
『僕は土魔法が使える。王宮魔法士になってオレガリオの土壌が食物を育てるのに適した土地になるよう、魔法を開発しようと思うんだ。それなら父上の仕事の役に立てるし、この国の為にもなるでしょう?僕はガウデンツィオで皆に鍛えられたから魔法には自信あるんだ。だから実現してみせるよ』
まだ幼い少年が、目を輝かせて将来の夢を語る。
その姿はかつて婚約者だった頃のレティシアの面影を思わせた。
僕らが民の暮らしを少しでも良くする為に、お茶の時間の時に2人で沢山意見を交わした。
僕の治世を実り豊かなものにするために、僕を支える為に、誰よりも努力して、愛を示してくれた。
失って初めて、彼女の想いにあぐらをかいて傷つけていた事に気づく。魅了にかかってユリカへの想いが増幅されていたとはいえ、記憶はあるのだ。
もっと早く気づいても良かったのに、なぜ当時、一番に愛しているのはレティシアなのだから大丈夫だと思えていたのだろう。
一番とか二番とか、そんなものは関係ない。他に心を寄せればそれだけで裏切りだったのに。
現に今、レティシアがガウデンツィオ国王のモノかもしれないと想像するだけで胸が引きちぎられるように痛い。
それをレティシアは当時ずっと味わっていたのだ。
愛する人を傷つけていたのだ。
ユリカに気持ちを寄せなければ。
魅了にさえかからなければ。
ユリカがこの世界に来なければ。
何度繰り返し思ったかわからない。
何度、レティシアとアレクに背を向けられ、置いていかれる夢を見たかわからない。
目覚めた時の体と震えと嗚咽を1人でやり過ごす時間は、あまりにも孤独だった。
それでも無理なんだ。
他の誰かを・・・なんて、どうしても思えなかった。
もう10年以上も時が経っているのに、姿を目の当たりにしてしまってはどうしても自覚せざるを得ない。
レティシア…、僕は今でも君が好きだ。
その未練たらしく、執愛じみた想いを、
どうやったら消せるのだろう。
「この、200年ごとに魔王を討伐し、平和をもたらしたと明記されている部分ですが、実際はちょっと事情が違います」
「どういうことだ?」
「当時から、魔族の国であるガウデンツィオはオレガリオ王国に対して一切の手出しはしていません。おかしいと思いませんか?国との距離は大陸の両端ほどの距離があるというのに、なぜガウデンツィオが間の国々を跨いで国交のないオレガリオに手を出す必要が?」
「───それは・・・魔法技術を狙ってか・・・?」
「魔法技術に関しても、国の歴史も、昔から寿命の長い魔族の方が格上ですよ。だから彼らは竜族やエルフ族に並ぶと評されているのです。魔族が多種族で人型ではない者もいるからと、それだけの理由で人間は魔族を蔑んできたのです。はっきり言いましょう。この歴史書はほとんど作り話です。ガウデンツィオにとっては歴史の浅い新興国が言いがかりをつけて喧嘩を売ってきただけにすぎません。陛下も留学なさってる間、他国から見たオレガリオの歪さに気づいたのではないですか?」
「「・・・・・・・・・」」
不敬とも取られかねない容赦ないレティシアの問いかけに、弟は苦い表情をして視線を逸らした。
レティシアは試しているのだろう。
自分達を手酷く裏切ったこの国にアレクを預けていいのか、本当に王家は変わろうとしているのか、その真意を確かめている。
今のレティシアは神聖魔法を継承し、神の巫女だったユリカよりもはるかに強い力を得ており、魔法士としては恐らく現在の筆頭王宮魔法士では足元にも及ばないだろう。更に後ろ盾にはガウデンツィオがついている。
レティシアは言外に、オレガリオの今までの悪しき慣習を本気で捨てる覚悟を見せろと言っているのだ。
そうでない限り、ガウデンツィオで育ったアレクに牙を向ける輩がいつまでたっても湧き続ける。
そしてそれはまた、王族派と貴族派の派閥争いに拍車をかけ、内乱の元となる。その争いにアレクを巻き込めばどうなるか───、
僕も弟も、レティシアの言わんとすることを理解し、顔が青ざめた。
レティシアはまだ、オレガリオを信用していない。
それは当然の事だろう。
アーレンス一族が国から消えるまで追い込み、挙句にレティシアを国際指名手配犯に仕立て上げた。
為政者として僕を認めてくれていたとしても、自分達が受けた仕打ちを忘れたわけではないと訴えている。
「各国で罪を犯していたのは人種差別で迫害された魔族の報復によるもので、そのほとんどは人間と魔族のハーフである混血魔族によるものです。彼らは昔、クーデターを起こしてガウデンツィオを追放されています。オレガリオの魔王討伐は、魔族による被害に対して調べもせず一方的にガウデンツィオの責とし、王家の権威を示す為に作られたお伽噺です。それに、魔王が討伐された事はありませんよ。政治的な懸念から、倒されたように偽造していただけです」
「偽造!?では魔王は一度も倒していないということか!?」
「魔王軍が人間に幻影を見せたり、洗脳する事など容易い事です。それくらい力の差があるのですよ。それに最初から邪悪な魔族は存在しません。人間からの迫害により報復した魔族・・・が、正しい情報です。前国王のような人間が過去に何人もいたという事ですよ。それでもこの国を滅ぼさなかったのは、それが元で更に魔族が危険視され、差別被害が多種族に飛び火しないよう戦略的撤退を選択したに過ぎません。現にガウデンツィオの周辺諸国や獣人国、竜族、エルフ族などは真実を知っています」
知らぬはオレガリオだけ───。
いや、人間が他種族に劣ると認めなかっただけ・・・か。
父の名前を出され、弟と僕は再び顔を歪ませる。
父の犯した罪は、証拠品から僕も確認した。同じ人間とは思えない残虐さに驚き、その男の血を自分も継いでいるのかと思った時には恐怖を感じた。
そして国王に即位した弟にも見せ、母と三人で二度と繰り返してはいけないと誓ったのだ。
弟は幼い頃から人質のように他国に留学させられ、監視され、辛い思いを沢山したことだろう。だが他国からオレガリオ王国を見て、どれだけ視野が狭く、世界の流れから隔離されているか気づいたと言う。
もう魔法だけで栄華を極めるのは無理なのだ。
世界を見渡せば、魔法に優れた人間や多種族などいくらでもいる。それを見ようとせず、認めもせず、民を縛り付けている王家に対して疑問を持ったのだと言っていた。
己の力を過信し、誇示し続けた結果、歪んだ王家の血を残す事になった。
そんな歴史はもう自分達の代で終わらせる為、この巫女に纏わる禁書を処分することにしたのだ。この通りにしても国が荒れるだけだった。
この中の記録が真実なのか、もう信じられなくなったからだ。
「巫女の召喚は、確かに女神により行われていました。ですが本来巫女の役目とは、この歴史書にあるような魔王討伐ではなく、女神の力である愛と豊穣の加護を巫女を通してオレガリオの地に根付かせる役目を持って召喚されているのです。土地に加護が与えられることで実り豊かになり、命ある者は活力に溢れ、愛を育み新たな命を産み落とし、国の繁栄を次代に繋げる。神の巫女とは、女神の加護を国にもたらす為の依代なのです。だからこそ、祈りと神力を扱う修行が必要になるのです」
知らなかった・・・。レティシアの話が本当なら、神の巫女の存在理由が王家によって歪められた事になる。
手っ取り早く権威を示す為に悪役を立て、退治する事で自国の民や他国に力を誇示したという事か。なんと浅はかな事を・・・。
「ああ、なんということだ・・・。兄上、やはりこの書は後世に残してはいけない。次の巫女が召喚された時に正しい扱いをするよう新しく記しておかなければ」
「そうだね」
「お待ち下さい陛下。恐れながら、もうその必要はありません」
「「?」」
「今後、女神様が神の巫女を召喚される事はありません」
「───どういうことだ・・・?」
「正確には、女神様にはもう、そのお力がないのです」
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