失敗だらけの僕
【完結】婚約者の浮気現場を見た悪役令嬢は、逃亡中にジャージを着た魔王に拾われる
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本編のIFエンディング【ルイス元サヤ編】になります。
『あの頃、貴方はユリカに恋していたのよ───』
あの時、レティシアから魅了の話を聞いて咄嗟に嘘をついた。
やっと会えたレティシアを失いたくなくて、もう一度やり直したくて、全てをユリカのせいにした。
あの頃の自分は、なんて情けない男だったのだろう。
あんな女に恋をした自分を認めたくなかった。魅了でそれが増幅され、彼女に触れ、妻に望む程に気持ちが育ってしまったとしても、最初のきっかけは他ならない僕に芽生えた心。
僕がユリカに、ほのかな恋心を抱いたせいだ。
初めて会った時から、居心地が良かった。ユリカは僕の欲しい言葉をいつもくれるから。次第にユリカの前では王太子ではなく、ただの1人の男としていられた。
あの時は癒されていると思っていたんだ。
それがユリカの演技だったとも知らずに。
今ならわかる。僕は王太子の重圧から逃げていただけだと。父が臣下に慕われる王ではない事は知っていた。
だから母上は僕に『決して父のようになってはいけない。民や臣下を苦しめる王になってはいけない』と、何度も何度も言われていた。
父は狡猾で、自分に逆らう者はどんな手を使っても潰す。
自分以外は全て駒であり、僕もレティシアも、その駒の一つに過ぎない。
常に完璧を求められる僕は、疲れていたんだと思う。その隙間に、ユリカが入り込んできた。
重圧を背負っているのは僕だけじゃなかったのに。
王族の僕以上に、レティシアの方が王家に入るに相応しい完璧さを求められていたのに、僕はそこに気づかなかった。
いや、レティシアが寝る間も惜しんで努力していたのは知っていた。でもあの頃の僕は、それを当たり前に思っていたんだ。
僕を愛し、王太子妃として、そしてゆくゆくは王妃として僕とずっと一緒にいるなら、当然の努力だと。
自分が完璧を求められるのが辛くてユリカに癒しを求めたクセに、レティシアには完璧を求めた。なんて愚かで、傲慢だったのだろう。
レティシアの方が、王太子としてではなく、僕自身を見てくれていたのに。
『ルイス様が王子でも、王子じゃなくても、レティシアはルイス様のお嫁さんになりたいです。私が辛い妃教育を頑張れるのは、ルイス様が大好きだからです。もし、ルイス様が辛くて王子を辞めたくなってしまった時は、私も一緒に連れていって下さいね』
幼い頃、王太子教育が辛くて泣いてしまった時、王子じゃなくても民の為に働く道はあると言ってくれた。臣下に降れば良いと。
それでも自分は、僕の側にいたいと言ってくれた。
子供の戯言だ。僕達が求められている役目から逃げるなんて、到底無理な話だ。
でも僕は嬉しかった。
頬を赤く染めて恥ずかしそうにしながらも、自分が頑張れる理由を教えてくれたレティシアが可愛くて、僕はその時レティシアに恋をしたんだ。
初恋だった。
でも、他の誰でもない、この僕が、
レティシアの頑張れる理由を奪ってしまった。
僕の前から、消えてしまった。
全部・・・、全てなかった事にして、愛した女はレティシアだけだと思い込みたかった。
レティシアを失ったのはユリカのせいじゃなく、二人を同時に手に入れようとした浅ましい自分のせいなのに。
王族なら許される権利だと、レティシアが僕から離れるわけがないと、そんな傲慢さが招いた事だったのに。
あの頃の僕は、それを受け止めきれず、全てをユリカのせいにして逃げた。
当時の僕の側にレティシアとアレクを引き止めることがどれだけ危険な事なのかも考えずに、みっともなく縋り、そしてレティシアに失望されてしまった。
母親としてアレクを守ろうとしているレティシアと、窮地に立たされて自分の保身と我儘を押し付けている僕とでは、釣り合いようがなかったのだ。
それでも、レティシアは父親としての道を残してくれた。
僕に瓜二つで、レティシアの髪の色を受け継いだ可愛い息子。純粋に僕を慕ってくれるのが嬉しかった。愛しかった。
でもその裏で、本当の自分を知られて嫌われるのが怖くて仕方なかった。レティシアだけでなく、アレクまで失ったら、僕はどうやって生きていけばいいのだろう。
いつか起こり得るかもしれない終わりの日に怯え、父として恥ずかしくない人間になろうとがむしゃらに働いた。僕に出来る事は国を立て直して、繋ぎの王として恥じない功績を残すことだけだった。
「ルイス様───いえ、これからは父上・・・と、呼んでいいですか?」
弟に王位を譲り、公爵を賜って2年くらい経った頃、遊びに来てくれたアレクに突然そんな事を言われた。
狼狽えすぎて、なんと返していいか分からず返事に詰まる。
「母から全て聞きました。俺の父親が貴方だという事も、母がこの国を出た経緯も」
──────ああ。
ついにアレクは知ってしまったのか。
僕の愚かさを・・・。浅ましさを・・・。
「ルイス様が俺の父親なんだろうなって事はだいぶ前から気づいてましたけどね」
「え?」
驚いている僕を見てアレクがクスクスと笑う。
「そりゃ気づくでしょう。こんなに顔がそっくりなんですから。親子以外になんて説明するんです?」
「そ、そうか・・・。それもそうだね」
「それに貴方は、まだ母上のこと好きでしょう?」
「・・・・・・・・・」
「俺によく母の事を聞くし、その話を聞いている時の貴方は、母に焦がれている男の顔をしていましたよ」
息子に気持ちを見抜かれ、言い当てられてしまった事に羞恥を覚えた。居た堪れなくて片手で顔を覆い隠す。
「もう10年以上母に会ってないのに、誰とも結婚しなかったのはまだ母上のことが好きだからでしょう?」
「それは……」
繋ぎの王でいる間は、結婚しなかったというより、できなかった。退位が決まっている王が結婚し、実子などもうけようものなら権力争いの元になる。
愛妾希望の貴族令嬢はいつも湧いていたが、仕事が忙しすぎて疲れていたので、令嬢を相手する暇があったら休みたかった。
それに、僕は女性問題で一番大事なものを失ったから、権力を欲した貴族に何度女を送り込まれても、誰にも手を出す気にはなれなかった。
レティシアとアレクを失った事が、完全にトラウマになっている。
継承権を放棄して公爵になってからも、縁談話は結構な数で来ていた。でも誰とも会う気になれず全て断った。
社交界でどんなに美しい女性に出会っても、誰にも惹かれない。
僕の心は、今もずっとレティシアに囚われたままだ。
「レティシアから全てを聞いて、幻滅したかい?」
思わず自嘲して尋ねると、アレクは困ったような笑みを浮かべた。
「若気の至りって怖いな。とは思いました。その点に関しては反面教師にさせてもらいますよ」
「…ああ。そうした方がいい。一瞬で全てを失くす事もある。そして失ってから気づいても、取り返しがつかないこともあるからね」
情けなさをごまかすように、お茶を喉に押し込む。自分の存在が息子の反面教師になるのは流石に堪えた。
だが次のアレクの言葉で思考が止まる。
「でも、幻滅はしていませんよ」
「………え?」
「だって父上は、その事をものすごく後悔したんでしょう?だから今度は間違えないように国の為に力を尽くしてきたのでしょう?風当たりが強かったのに、自分の役目から逃げずにやり遂げたじゃないですか。俺、そこはすごい尊敬してますし、かっこいいと思ってますよ」
反面教師にすると言った僕の事を、アレクが父上と呼ぶ。それが嬉しすぎて、鼻の奥がじんわりと痛みだした。
僕が死に物狂いで頑張ってきたことを、この子はちゃんと見てくれていたのか。理解してくれていたのか。
「母上が、父上は尊敬すべき為政者だって言っていました。だから僕に全てを打ち明けることにしたって。貴方の父は逆境に負けず、それを乗り越えて民の為に頑張れる人だから、父親として誇りに思いなさいって」
───ダメだ。
その言葉に、僕の涙腺は決壊した。
レティシアは、ちゃんと見てくれていた。
遠い地のガウデンツィオから、ずっと見守ってくれていたのか。
アレクに僕への恨み言を言っても許される立場なのに、僕の父親としての立場を尊重してくれた。
「失敗だらけの僕でも、父だと言ってくれるのか」
「人間誰しも間違いはあるでしょう。見るべきはその後の行動です。その間違いを見なかった事にするか、間違いを正すか。まあ、母上の受け売りですけどね。―――少なくとも、俺が小さい頃から見ていた父上は、俺にとっては良い父親でしたよ」
「………っ」
もう言葉にならず、ただひたすらに涙を流した。
ずっと、僕が父親なんだと言いたかった。
君は僕と愛するレティシアとの間に生まれた子なんだと。
僕が君に初めて会った時、どんなに嬉しかったかわかるかい?あの時からずっと、君は僕の大切な息子で、生きる希望だった。
「アレク、僕を父親にしてくれてありがとう」
泣きすぎて腫れぼったい目をした顔で感謝を述べると、
アレクは照れたように笑った。
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