表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

代表作 エッセイ

私が『ざまぁ』された話

 人間には大きく分けて、社長タイプ、芸術家タイプ、雑魚タイプがいるように思う(私見)。


 型にはまった考え方をする人、穿った見方をしたがる人、考えすぎて結論を出せない人、である。


 たとえば交通事故があった時、追い越し車線を走っていた車が中央分離帯にぶつかったと聞けば、


 社長タイプはこう考える。

「スピード出しすぎてたんだろう」



 芸術家タイプはこう考える。

「走行車線の車が急に幅寄せでもして来たんじゃないか?」



 そして私のような雑魚タイプは、こう考えるのである。

「何があったんだろう? ドラレコ映像あるのかな? あった!(見てみて)うーん。これ、どういうことなんだろう。スピードは出てるっちゃ、出てる。走行車線の車が右に動いたっちゃ、動いてる。どっちとも言える。うーん……。どう判断すればいいのか……。よし、みんなに聞いてみよう!」



 社長タイプは判断決断が早い。ゆえに仕事が出来る。


 芸術家タイプは発想の転換に長けている。ゆえに創造力がある。


 雑魚タイプはずっと考えているだけで、そのうち面倒臭くなって結局何もしない。



☆ ☆ ☆ ☆



 私は他人に自慢できるものなど何も持っていないが、唯一、これだけは自慢だというものがある。


 車の運転である。


 私は自称車の運転のプロだ。


 とはいえ、サーキットを走ったことがあるわけではない。

 メカに強いわけでもない。むしろ、弱い。と、いうより、弱すぎる。

 車種に詳しいわけでもない。


 公道を車を走らせることに特化した運転のプロなのである。

 私が走っている周りの交通は、私が走っていることにより『安全』と『円滑』が約束される。

 周囲の交通に悪影響を及ぼさず、いい影響しか与えない。

 まるで澱んでいる川の水をすっと通す神の手のごとき運転の出来る運転のプロなのである。

 私は自分のことなど考えない。交通全体にとって得なことしか、しない。




 以前、仕事で新車の小型トラックを引き取りに行ったことがある。

 マニュアルミッションだ。プロである私には何てことはない。

 燃料が入っていなかった。セルフのスタンドで給油した。ガソリンを入れてしまったなどというアマチュアのごとき失敗は私はしない。ちゃんと軽油を入れる。

 しかし、慣れないトラックへの給油で緊張でもしていたのであろうか。給油を終え、忘れないようにレシートを取ると、燃料タンクのキャップを閉めずに、私は走り出してしまったのである。


 弘法も筆の誤り……などという言い訳はしない。私はプロである。私は車の運転のプロなのである。セルフスタンドで給油するプロでも、給油キャップを閉めるプロでもないのだ!(←ここツッコむとこ)


 トラックの燃料タンクは平べったいのがついていて、その上にキャップを乗せることが出来る。普通は新車のトラックにそんなことをしたら怒られる。お店がキャップ置き場をちゃんと設置してくれている。しかし私は面倒臭さについ、そこにキャップを置いていた。


 つるっつるのアルミのタンクだ。よくすべる。キャップはころころ転がらないようにはなっている。灯油のポリタンクのキャップを逆さまにしてぽんとタンクの上に置いてあるような状態だ。まあ、カーブを曲がったら遠心力で飛んで行くのが普通だろう。


 会社に着いた。社長が迎えに出て来てくれた。

 うちの会社は小さいので、社長との距離が近い。


 私が乗って帰った新車を社長が隅々までチェックする。

 そしてすぐにそれは見つかった。


「おい……。燃料キャップがないぞ」


「ええっ!?」

 そんなバカな!? プロは声を上げた。


 ちょうどその時車で外出する人がいて、私が帰って来た道をちょうど辿るということで、探してもらった。


 それはすぐに見つかった。


 会社を出てわずか数分、3kmも行かないうちに、道路脇に転がっている燃料キャップが発見された。


 引き取り先から会社まで約30km。燃料キャップをタンクの上に乗せたまま、約27kmもの距離を、私は落とさずに帰って来たのである。運転したのは町のど真ん中。直角カーブも、目の前で赤に変わる信号もあった。それでも私は会社のすぐ直前まで、たとえるならつるつるすべるテーブルを車の上に乗せて、その上にコップを乗せて、そんなすべりやすいものを落とさずに、結局はもう少しのところで落としてしまったが、帰って来たのである。さすがはプロだ。(←ここツッコむとこ)


 無惨に汚れ、へしゃげて曲がっている姿で見つかった。どうやら素人の運転する車に轢かれたのだろう。かわいそうなことをするやつがいるものだ。(←


 社長には怒られたが、それ以上に褒められた。感動しているような表情で、社長は私に言った。


「凄いな、あそこからここまで落とさずに帰って来るとは……。事故は事故で、給料から引かせて貰うが、しかし君が安全運転をしていることの証明だな、これは。安心した!」


 ぺこぺこ謝りながら、いつもは無表情な私の顔が、にっかにかで笑った。

 給料が減るのは自分のせいだから仕方ないとして、プロとして認められたのが嬉しかった。



★ ★ ★ ★



 私は先月、事故を起こした。


 プロとして恥ずかしいことこの上ないのだが、自戒のためにもここに記す。


 明け方だった。

 私は会社の商用バンに商品を積み、130kmほど先の町まで向かっていた。


 私の住んでいるところは田舎なので、車のペースが速い。


 そこそこ長い登り坂だった。登坂車線が設けてある。


 私は登坂車線があるところでは必ずそこを走る。速度が低下するわけでなくても、登坂車線を使う。左抜きされたくないのと、煽られるのを避けるためだ。プロとして安全と円滑を重んじるがための社会的行為でもある。


 案の定、後ろから3台、乗用車がブッ飛んで来た。


 私は登坂車線を先行する大型トレーラーに追いついた。


 3台の乗用車は余裕でトレーラーを追い越して行ける。

 トレーラーはのろのろだったが私は抜かず、後ろの3台が追い越して行くのを待つことにした。私はプロだから、素人を優先するのである。あと10kmほど行ったところでまた短い2車線区間があるので、私はそこで追い越せばいいと思っていた。


 しかし、何を考えたか、トレーラーがいきなりウィンカーを出し、本線へ車線変更したのである。


 後ろから来た3台はブレーキを踏まされ、車間がめっちゃ詰まった。

 登坂車線はまだあと1km以上あった。3台を先に追いやってからでもトレーラーは余裕で本線に戻れるのに、プロとしては何を考えているのかさっぱりわからない。安全にも円滑にも支障をきたす、プロドライバーにあるまじき行為である。自称の私と違って本物のプロなくせに。


 何より困ったのは私である。


 本線に戻ろうにも、隣で乗用車3台がギッチギチに詰まってしまっていて、入る隙間がない。


 速度を落として3台目の後ろにつこうかと考えたが、トレーラーがあまりにも遅いので、相当の減速をしなければならない。重いものを積んでいるので、登り坂で速度を緩めたくなくもあった。


 スピードメーターを見ると40km/h弱。

 それでもトレーラーより私のほうがやや速い。


 よし

 このまま登坂車線から追い抜こう


 私はアクセルを踏んだ。

 荷物を積んだ車は鈍いながらも加速し、坂を登って行った。

 トレーラーは長かった。

 しかし登坂車線はまだまだある。余裕でこのまま抜けるはずだった。


 しかしトレーラーが明らかに加速した。

 さっきまで35km/hぐらいだったのが、どんどんスピードが上がっている。

 勾配は変わっていない。坂が緩くなったから速度が上がっているのではなく、明らかにアクセルを踏み増している。

 私が自車のメーターを見ると約60km/h。制限速度は50だ。

 トレーラーはそんな私の車と併走をはじめた。


 あっ

 これ

 やばい人だ


 私は気づくなり、アクセルを抜いた。

 ぐんぐんとトレーラーの長さを後ろ向きに旅し、国境の長いトンネルを抜けるように、先に追いやると、出口が見えた。乗用車3台組の先頭が前を空けてくれていた。あるいはトレーラーが加速したので空いていた。私はそこにお邪魔し、トレーラーの後ろをついて、ちゃんと車間距離を空けて走った。その途端にまたトレーラーはのろのろになった。


 左抜きされるのが腹立つのだろうか。

 それなら左側を走っていればいいのに。

 私はべつにムカついたわけではない。

 車の運転に感情は不要だと考えている。

 ただ、プロを名乗るくせに中身は素人だな、と呆れただけだ。プロとして。


 しばらく約10kmほど走ると短い2車線区間がある。そこまでトレーラーの後ろをついて走った。走っているうちに私の後続もだんだん車が増える。

 2車線になったらすぐに追い越そうと決めていた。後続が10台ぐらいに増えていて、2車線区間はとにかく短いので、譲っていたら私がトレーラーを追い越せない。2車線区間を越えたらすぐに登り坂のきつい峠である。私も仕事だ。あんまりのろのろやっていたら朝ご飯が食べられなくなってしまう。


 まだ夜の明けない暗い道を私の車の黄色いライトが照らした。2車線区間の手前のセンターラインは黄色である。はみ出し禁止である。それが切れるのを私は待った。


 センターラインが切れるのが見えた。そこへ向かって私はゆっくりながらアクセルを踏み足して行った。予め5回、ウィンカーを点灯させながら、始まりたての右車線へ出る。あれほどブッ飛ばしていた後ろの車がついて来れない。当たり前だ。プロの運転に素人がついて来れてたまるか。


 みんながトレーラーを追い越せるよう速度差をつけ、制限速度+○○km/hで私は追い越しにかかった。じゅうぶんに自分の存在をトレーラーにアピールし、「追い越しますよ」と伺いを立ててから、横に並んだ。すると突然、トレーラーが右ウィンカーを出した。ゆっくり、私の車を押し潰しに来た。


 クラクションを鳴らすことが出来なかった。ドラレコにどんな私の悲鳴が録音されていたのかも知らない。ただ必死でブレーキを踏み、後ろへ下がった。逃げ場がなくなって中央分離帯に車の横をひきずっている私にとどめを刺すように、トレーラーのお尻がぶつかった。


 死んだと思ったが、生きていた。トレーラーはそのまま逃げて行こうとする。そこでようやくクラクションを鳴らした。


 道路脇の広いところでトレーラーが停まったので、その後ろに車をつけ、私は降りた。

 自分の車は走れはするが、左ドアミラーがもげ、バンパーがめくれ上がり、右も左もぐしゃぐしゃで、このまま走ったらみんなが振り返るレベルだ。


 近づいて来る私に反応して、トレーラーの窓が開き、頭の薄いおじさんが顔を出した。

 その顔は気持ちよさそうに笑っていて、すっきりしたようなその表情の上に、明らかに『ざまぁ』と書いてあった。


 やはりさっき登坂車線から私が追い抜こうとしたのを根に持っていて、わざと押し潰しに来たのに違いないと思えた。




 事故の後処理は会社にお任せした。


 ネットで見ると、直進妨害はよほどのことがない限り、直進していたほうが勝つと書いてあった。


 甚だしい速度超過をしていたとかでなければ、追い越しをかけた直進車に横からぶつかった場合、9:1から10:0でぶつかられた側、つまりはこちらが勝つらしい。


 私は安心して、判決を待った。




 しかし、私は負けた。




 事故責任の割合がいくらになったのかは教えてもらってないが、うちの会社が40万いくらの賠償金を支払うことで決着がついたそうだ。

 会社に損害を与えることはないだろうと高をくくっていた私は驚いた。


 敗因はドラレコ動画だった。

 私が黄色線を踏んでいると言うのだ。

 確かにあの時、私はセンターラインが切れてから車線変更をした記憶がある。間違いない。いつも気をつけているからだ。

 しかしドラレコ動画を写真にしたものが簡易裁判所から送られて来た書類に添付されていて、それを見ると確かに私は黄色線を踏んでいた。


 後になって、事故現場を昼間に通った時に、わかった。

 現場のセンターラインはくたびれていて、ほぼ消えかかっている。実際に途中で一度、完全にかすれて見えなくなっていて、その後にまた10メートルぐらい間をおいて、黄色線が復活しているのだ。

 つまり私はそれをセンターラインが切れたものと勘違いして車線変更し、明け方でまだ暗かったこともあり、その先で黄色線が復活していることにも気づかなかったのだ。




 社長からはお小言を貰っただけで済んだ。

 しかしそのお小言が悲しかった。


「遅い車がいたからってあんまりイライラしたらダメだぞ」


 私は誓ってイライラなんてしていない。


 私はプロだ。運転に感情は持ち込まない。


 しかし社長はもちろん社長タイプの考え方をする。判断が早い。黄色線を踏んで遅いトレーラーを追い越しにかかったと聞けば、イライラしてブッ飛ばしたものとしか思わない。


 前には「安全運転してるんだな」と褒めてくれたのに……。



 私は何も言えなかった。

「はい、すみませんでした」と答えるばかりだった。


 雑魚タイプの私は、倍返しであのトレーラーの運ちゃんに『ざまぁ』返ししてやろうなどと考えることも出来ず、黄色線がかすれていたことを訴えようだとかする気もなく、ただあの時、止まってもいいから登坂車線で減速して列の一番後ろについていたらなぁ、とか、悔しいはずなのに『たられば』ばっかり考えて、結局は悔しさも忘れて、鬱憤晴らしに『なろう』で『ざまぁ系』を書こうなんて気も起こらないまま、何もしなくなった。


 ただ、社長に「イライラしていた」と決めつけられたことが悲しかった。


 しかし何もせず、悲しさのままに、こんな文章を書いただけである。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 人付き合いもあるので、「はい。すみません。」と返事することも重要だとは思いますが、人命にも関わりますし、再発防止の観点からも、過程も含めて報告する事が大切だと個人的には思いました。
[良い点] なんとも気の毒な話です。 (ーωー)
[良い点] たらこ様の推しエッセイからお邪魔します。 めちゃくちゃ怖かったです。 実体験だからリアルに決まってるんだけど、トレーラーが幅寄せしてきたところがリアルでひょえってなりました。 [一言] …
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ