一年目の秋
梓沙とより深い仲になれたのは一年の秋だった。
創作小説の作成期限が迫っていたので大慌てで文章をまとめていた頃だ。
「梓沙ちゃん、俺とカラオケでも行かなーい?こんな奴といるより絶対楽しいぜ?」
「……いや…その…」
和間は俺とつるむようになってからナンパされるようになった。俺なんかよりもいい男だって謎の自信があるんだろう。
事実顔で見れば間違いなく俺よりもイケメンだ。でも、初対面で迫ってくるやつに心を許す女がいるはずない。
それでも、上手く断れないのは和間の人の良さなんだろう。
「和間、そろそろ帰るぞ」
「え?なんで?まだ5時にもなってないよ?」
こいつはなんなんだ全く。助け舟だと思わんのか。親切心を無下にされるとムキになってしまう。
「じゃあまだ読んでるし」
拗ねて構ってもらおうだなんて我ながら女々しい。こんな事をするのは、きっと和間の事を既に無二の友だちだと認めているからだ。
「え〜、なになに。なんで拗ねんの?どうしたのさ〜」
こんな光景はたから見たらバカップルも良いとこだ。結果として追い払えたなら問題ない。
「なんでもない。集中できないだけだ」
「小説書いてるんだよね。手伝えることある?私も部員だし手伝えることあったらなんでも言って欲しい」
「じゃあ、オチってなんだと思う」
「それは、コントの話をしてるの?小説のことにして」
「俺が言いたいのは締めくくり方だ。それが未だに掴めない」
「そんなのなんでもいいんじゃない?おしまいとか」
「それもそうか」
自分でここまで書いてきたからちゃんと終わらせなきゃいけないという使命感があったんだ。でも、そんなのは俺の自己満だし、和間のアホ面見たらこんなので悩むのがなんだかバカらしくなった。
そもそも何か賞をもらおうとしてる訳じゃない。ここを使い続けるために仕方なくやってるんだ。
適当に締めを書き終えると和間がなにか奢ってくれるという話になった。この後はラノベを読むつもりだったから遠慮した。
すると和間は分かった待ってて、と言って部室を出て行った。
何が分かったんだか。
10分くらいして和間が部室に戻ってくると近くのコンビニでスイーツを渡してきた。
「ラノベ読むならこれがいいよね」
「……ありがと…。そういえば紅茶いれてなかった。今出す」
「ふふっ、ありがと!」
和間は部室で本を読んだりはしないが騒がしくせず、こうしてたまに気の利くことをしてくれる。
「秋成、私ね…。部活の時間好きなんだ。静かだけど秋成がいるから寂しくなくてさ」
何の話だ?こんな風に話し出すのは初めてだ。
「秋成は私に彼氏ができたらどう思う?」
「困る質問だな。寂しさは感じるだろうが俺には止める資格なんてない。だから恋人を作るのを止めたりはしないぞ」
「そっか、ぅ、うん。そうだよねっ!」
なんだよもう…。男はそんなに鈍感じゃないんだ。その雰囲気で喋られたら気が狂いそうになる。ただ真意は分からないから下手なこと言えないだけだってのに。
創作小説を先生に提出し、クラスの連中が文化祭準備に追われていても俺たちは部活で二人の時間を過ごした。
そして、文化祭当日。
外部用のパンフレットや周辺地域のポスターの中に俺の創作小説が混ざっていた。
こんなの聞いてない。人生の黒歴史になりかねない。酷い文章にあっさりとしたオチ。こんなのいくら高校生だからといって失笑される。
抗議をしに佐藤先生の所に行った。
「先生っ!なんですかあれっ!聞いてないですよ」
「お前が販売する必要は無いと言ったろ?。高校生の創作小説で金は取れんからな」
「そうじゃなくて俺は大衆に見られるなんて聞いてないって言ってるんです」
「そのつもりで書いてたんじゃないのか?ボリュームや文法に関して問題なかった。誤字や脱字が少々あったからこっちで修正はしておいたが、文化祭の出し物としては十分に成り立っている」
「いや、恥ずかしいじゃないですかあんなの」
「私が問題ないと言っている。お前が一生懸命書いた小説なんだ、発表しないのはもったいない。お前もなにか感想が欲しいだろう?」
「それは先生から貰えれば充分です」
「分かった、お前と情報共有できていなかったのは謝る。悪かった。だからこの事は忘れて文化祭を楽しめ」
どう思われるか心配で楽しめないっての。
話は終わりだとはねられてしまい、とりあえず教室に戻った。
「はぁ、クラスの笑いものになるだけじゃん」
俺のクラスの前では和間が待っていた。
「秋成っ、なんでそっちから来るの?」
「佐藤先生に文句言いにいってた。あんなの聞いてないし」
「そうなの?!私もう読んじゃった。秋成恥ずかしがって見せてくれなかったし、佐藤先生も気が利くね」
「俺からしたら最悪だ」
「まあまあ、いいじゃん。それより一緒に文化祭回ろうよ。友だちいない同士さ」
和間は俺といたせいかまだクラスに馴染めていない。移動教室の時に一人だったのを何度も見ている。
「秋成はまずどこに行きたい?私はぶっちゃけ行きたいとこない」
「同感。あそこで体育館のLIVEで時間潰すか」
「部室って空いてないの?」
「空いてるわけないだろ。部活の時間じゃないっつの。でも、ゆったりできる場所にいくのはいいな」
「話は聞かせてもらったっ!」
誰だと思って振り返るとやっぱり誰か分からなかった。
「誰…」
「私は三年の新宮有紗だっ!ゆったりしたいだって?だったらうちのクラスにおいで!暇すぎて客寄せさせられてるくらいだからちょうどいいでしょ」
なんだこのハイテンションな先輩は。怖ぇよ。
「あっ…、やっぱり忙しいから来ない方がいい。うん、忙しいからね!あのあれ!私いっぱい声かけたからさ!それじゃあね〜!」
和間の顔を見てぎょっとした表情をして態度を変えていた。失礼じゃないか?
「知り合い?」
「ううん。知らない人」
ならなんか噂でもあんのか?ちょっとムカつくし、さっきの話が本当ならちょうどいい。
「じゃ、さっきの先輩のとこのクラスいくか」
「え、忙しいって言ってたよ?」
「あんなの嘘だって。暇なのが本当」
「なんで分かるの?」
「まああれだけあからさまなら分かる」
三年はほとんど自教室での出し物はせず他の教室だったり体育館で演劇をやっていたから、三年の廊下には一つしかなかった。
中はいかにもな喫茶店というわけではなく机を並べて上からシートをかけただけだった。ま、文化祭だしそんなもんかと納得した。なんで人がいないのか不思議だ。
と疑問に思ったのも束の間、その理由はすぐに分かった。
「何頼むんだ?」
いかにもヤンキーといった風貌のギャルの先輩が接客をしていた。
教室を見渡すと他に誰もいないし一人で回しているんだろう。
「他には誰もいないんですか?」
「あぁ?ガラガラで悪かったな」
「そっちじゃなくて、他にスタッフいないなって思いまして」
「そっちか。他の奴らは体育館でLIVEとかやってる」
「え、全員ですか?」
「んなわけねえだろ。押し付けられたんだよ」
「うわぁ…。先輩もしかしていじめられてるんすか?」
「あ?生意気言ってんじゃねえぞ。カップルできやがってうぜぇ」
「こいつは友だちです」
「んな隣に座ってるくせに何言ってんだ。まあいい、暇してたしなんか作ってやる。任せてくれていいな?」
「あ、はい」
オムライスをチンしてケチャップを机にどんと強めに置かれた。
「これでなんか描いてもらえ」
付き合ってないって言ってるのに。まあ、面倒みのいい先輩なのかな。悪い人じゃないみたいだ。
「秋成っ、なに描けばいいかなっ!?」
「和間の好きなの描けばいい。描きたいのがありそうだけど」
「そうなのっ。でも描きたいのがありすぎてどれにしようか悩み中。う〜んどうしようかな」
悩んでいる言葉を吐いているのに手をスムーズに動き、オムライスに傘を描いた。
「ここに私たちの名前描いてもいい?」
「相合傘って…、恋人じゃないっての。それに随分古風な事するんだな」
「え〜、そうかな〜。あきなりだと長いからあきにしよっか。私はあずで」
「好きにしてくれ。食べれば同じだ」
「む〜」
こんなのもう好きだろ。付き合えるだろ。いやでも…、付き合うのはな…。
「おいお前」
急に声かけられたら怖ぇよ。いちいちどんって音たてるし。
「なんで付き合わねえんだ。こいつからこんなアプローチされてんじゃねえか。告白されるまで気付かないふりすんのか?」
「余計なお世話です」
俺も今までそういう経験がなければ和間のアプローチを素直に受け取り、俺から好きだと伝えていただろう。でももう俺はそうはなれない。恋愛とはそう簡単にはいかない。付き合えば関係は大きく変容する。だから、この居心地のいい関係を変えるつもりはない。
「秋成?」
和間はオムライスに字を書くのに集中していて聞いてなかったみたいだった。聞かれて幻滅されなかっただけいいか。明らかに俺に対して好意的な感情を持ってるんだ、それを裏切りたくはない。
「なんでもない。和間が梓沙って名前だったの忘れてたわ」
「なにそれひどーい。だったら私も秋成の名字忘れよ」
「はは、なんだよそれ」
和間といるのは楽しい。俺はずっとそう思っていた。梓沙のコロコロ変わる表情を見るのも、冗談を言い合うのも何気ないことだけどその一つ一つが楽しいと思えた。
出会ってから半年も経たないうちに俺たちは両想いになっていた。告白して付き合わねないと関係を保てない訳でもなく、今の関係に互いに満足していた。
だから、俺達が恋人になるのはまだ少し先の話。
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私と秋成はなんとなく互いの想いに気づいていたんじゃないかって思ってる。
私も恋人にやるような事を秋成にたくさんやったし、秋成もそれに私が満足できるくらいには応えてくれた。
高校の同級生達は私たちが付き合っているっていう前提で噂話をしてたらしい。
それで私はいい。だって大好きだったから、全然不快じゃなかった。
私と秋成は家の方角も違うし、秋成の家は遠いから登下校は別々だった。
ある日、秋成と一緒に帰るという流れになった。喫茶店で読む文庫本の良さを教える、そういう流れ。
雰囲気があり、落ち着いたBGMの流れる漫画で見たことのあるようなお店が秋成の好きなお店で私も大満足。
「俺は飲み物とデザート一つずつなら奢るけどどうする?俺はミルクレープにする」
わざとかどうか分からないけど秋成は私が遠慮しなくていいようにしてくれる。奢るなんて得ないのに。
「じゃあショートケーキっ!」
「しー、うるさい。ここでは声のボリューム落として」
「あ、ごめん」
秋成は雰囲気を大切にするから注意された。
秋成が私に注意すること自体珍しい。出会って最初だけうるさくしないでと言われた時だけ。基本的に秋成はどんな私でも受け入れてくれる。私の想像だけどイヤイヤじゃないと思う。
お茶をしてる間も基本は読書を優先しながらも私と話してくれた。
本当は秋成に告白して欲しい。好き同士なんだからそれくらい願ってもいいよね。
秋成にそのつもりはないみたいだけど、私はただ待つだけ。
ただ、その時を。