プロローグ・第一話 一年目の春
人が死んだ後、輪廻転生によってもう一度生が始まる。
本来の意味とは違うが日本では誰もが知る仏教の教えだ。
生まれ変わったらこうしたいこうなりたい。こんな話を友人とした人が大半だろう。
本当に生まれ変わってくれるのなら人じゃなくてもいいからもう一度会いたいやつがいる。向こうは覚えてなくてもいいから会いたい。
俺の最愛の人に…。
俺は瀬戸秋成、24歳。しがないサラリーマンだ。特別な技能がある訳でもない。
趣味は私小説を書き過去を振り返る事だ。いや、こんなの趣味とは言えないか。
振り返るのは3年前に死んだ亡き妻との思い出。
たった6年の付き合いだったけど一つ一つ思い出せる。
その一つ一つを文章に起こして妻との思い出を忘れないように、忘れても思い出せるように書き留めている。
だが、あまりにも早く書きすぎた。予定では仕事もあるし5年くらいかかるだろうと思っていたのにその約半分であらかた書き終えてしまった。
理由は単純明快、休日は一日中パソコンでこの小説を書き続けているからだ。食事も忘れ、ただ妻の事だけを考えた。
あとは最後だけだ。そう、最期だけ。
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俺と妻が出会ったのは9年前、高校一年の時だった。
俺の通っていた高校は一年の最初は必ず部活動に所属しなくてはならない決まりでバイトをしたい生徒や部活に興味のない生徒はやる気がなかったり活動頻度の低い部活に所属していた。
俺はオタクで部活なんかせずに部屋でラノベを読みたかったので俺もその一人だった。
俺が選んだ部活は文芸部。エアコンのある部室だったらそこでラノベでも読めたらいいかくらいの気持ちで行った。
部活動集会に来たのは部長を押し付けられた先輩と同じように部活に興味のない一年生達。
簡単に入部手続きを済ませると意欲的に活動する人がいるかを聞かれた。
空調や放課後のルールを聞いてから俺は手を挙げた。その結果何故か部長にさせられ、部室の鍵の取り扱い方を教えられた。
そうして、たった一人の文芸部が始まった。
意欲的に活動するとはいいつつもやる事はラノベを読むだけだ。
部活用のロッカーの中に私物のポッドとカップ、紅茶パックを入れ、放課後に優雅にラノベを読む。
最初こそ居心地悪かったが一人だし誰も来ないので2週間もした頃にはこの時間が日々の楽しみになった。
入部してから1ヶ月くらい経った頃、部活の顧問になっている科学教師佐藤が部室にやってきた。
佐藤は気だるげな女教師で授業も受け持っているから全く知らない教師ではない。
「あー、瀬戸。お前いつもそうしてるのか?」
「お疲れ様です、はい。いつもこうしてます」
「そうかそうか、意欲的に活動していると聞いていたが、なにか執筆はしていないのか?」
「読むのが好きなだけで執筆の方はからっきしです」
「なら一つでいいから書いてくれ。一応部活としてここを使わせてるから活動したという証拠がいるんだ。文化祭までに頼む」
「え、販売とかしないといけない感じですか」
「いや、そんなことをする必要は無い。単に文化祭の後に部活動の活動の報告をしなきゃいけないんだ。文芸部だからな」
良かった。俺は人様に見せられるようなものは書けないし、例え暇だからといって一日中座りっぱなしは苦痛だ。
「ま、そういう訳で頼むわ。出来がいいと私にボーナスがでるから高い飯くらい奢ってやるよ」
了承すると原稿用紙を束で渡され、4枚分くらいはかかないと認められないことを去り際に言われた。
「4枚くらいなら俺でも書けるか」
文化祭は11月の中旬にある。時間はたっぷりあるし、ゆっくり書き進めよう。
この時間が大幅に奪われる事じゃなくて良かった。
それから俺の放課後ライフにたまに執筆をするというのが加わった。
それから二ヶ月が経った7月12日。
俺にとっての運命の人との出会いの日だ。
いつも通りラノベを読んでいると後に妻となる女性、和間梓沙が部室にやってきた。
その頃は梓沙の事なんて知らなかったから入ってきた時に思いっきり睨んでしまった。
だが、梓沙は気にもしていないように話しかけてきた。
「ここ、文芸部の部室ですよね?」
「そうだけど」
敵視しているように素っ気ない返しをした。
「私も文芸部入りたいんだけど、顧問の先生って誰か知ってる?」
「え、入りたいの?なんで」
「私転校してきて部活は強制参加って聞いたから」
ああ、よくある入部理由か。この子も部活はやる気ないんだと思った。
顧問の名前を伝えると部室を出ていった。もう会うこともないだろうとまたラノベを読み始めたのだが、
「部長っ!入部してきたよっ!ネクタイの色が一年生だったから部長だとは思わなかったよー。ねえねえ、どんな活動してるの!?」
「……え?」
活発なギャルのような見た目だし入部手続きしたらもう来ないと思っていたからかなり驚いた。
「うちはやる気ない部だからいつ帰ってもいいんだよ?」
「えー、ちゃんとやるよ〜。ていうか、文芸部ってなに?私バカだから名前の響きがカッコよかったからここにしたんだよね」
今の発言でバカなのはよくわかった。たまたま入った部活が幽霊部員ばかりの部活だったという感じなのか。
「文芸ってのはなんというか、本とかそういうの。だから文芸部は本を書く部活ってのが一般的なイメージ」
「へぇー、なんか頭良さそうだねっ。あ、そうだ部長。名前教えて、私は和間梓沙だよ」
「俺は瀬戸だ」
「…。下の名前は?」
ギャルはフルネームを聞いてくるのか。流石はコミュ力の塊。
「秋成。瀬戸って呼んで」
「分かった、秋成っ!」
人の話聞いてないのか?こいつ。
「秋成はなに読んでるの?私も本読めばいい?」
「ラノベ、別に無理に来なくていい部活だって言ったでしょ。好きにすればいい」
「ラノベ!聞いたことあるよ。隣座るね、秋成、写真撮ろ」
俺が拒んだのも聞かず勝手に隣に座ってツーショ写真を撮りSNSに投稿した。
強引で人の話を聞かない俺の苦手なタイプ。第一印象はそんな印象だった。
梓沙はその後も帰らずに隣に座ったまま携帯を黙ったまま弄り、6時半頃に俺が帰るのと同時に帰った。
何か話した方がいいのかというのが常に頭の隅にあり落ち着いてラノベの世界に没頭できなかった。
そんな一日目だった。
翌日、俺はいつものようにイヤホンをして、ぼっち飯をしていると急に顔を掴まれ視線をあげさせられた。
なにごとかパニックになったが目の前には和間がいた。
クールに何か言ってやりたかったが、急に顔を上げたので盛大にむせた。
水を飲んで落ち着いた後にイヤホンを外して和間と向かい合った。
「わあっ!?秋成汚いっ」
「うっせ…。急にやめろよ」
「秋成が無視するからでしょ。昼休みにイヤホン禁止ね」
「ぼっち飯にはイヤホンが必要なんだよ。ほっとけよ」
「ぼっちならちょうど良かった。一緒にご飯食べよ。私転校したてでまだ全然友だちいなくてさ。秋成は友だちだしいいよね」
勝手に友達にしやがって。
でも、悪い気はしない。校内に友だちのいない俺からしたら嬉しいとすら思える。
たまたま空いていた隣の席に座り俺の机の上にお弁当を広げて食べ始めた。
梓沙はギャルっぽい見た目に反してマナーがしっかりしていて、箸の持ち方は正しいし口にものを入れて喋らない。
初歩的なことだが不快感なく食事ができる女性だ。食後にはマシンガントークをしていたが。
「秋成、本持ってきた。お父さんの書斎にあったやつだけどいいよね?」
書斎にある本はなんだか難しい本なイメージだが、どんな本かと気になって見せられた本を見ると英語の本で俺には読めないということだけは分かった。
「英語分かんの?」
「え?あっ、英語の本じゃんっ!読めないっ」
バカだ。背表紙でも分かることなのに気づかないって事は急いで持ってきたのか。
「かっこいいタイトルだったから持ってきちゃった。秋成は本1冊しか持ってきてないの?何冊かあるなら一つ貸してほしいなあ?」
あるにはあるがタダで貸すのはなぁ…。和間が悪い奴ではないのはなんとなくだが分かる。でも、分からないことの方が圧倒的に多い。そんな相手に大事な本を貸していいのだろうか。
「図書室にもラノベはあるからそれを借りたらどうだ?」
「秋成が好きなのもある?」
「図書室にあるのなんて人気作ばっかりだしそんなハズレはないはずだ。」
「ん、分かった。借り方分かんないし付いてきてね」
「分かった」
それくらいならいいか。すぐにでも読みたいというほど今読んでるのにハマってるわけじゃないし。
俺は以前読んだラノベでギャルっぽい女の子がオタク仲間になってくれるというのがあった。状況的にまさにそのラノベの様だとワクワクしていた。そのラノベではその女の子と最後恋仲に発展していたが、そこまで望むほど二次元と現実を混同はしていない。
ただ、和間って良い奴だし分かってくれるかもな。なんてそんな淡い期待をしていた。
「なにこれ、全っ然意味わかんない。なんでこんな簡単に人を好きになるの。女はこんなちょろくないっての」
ピンチを助けてもらって惚れる。そのテンプレパターンに和間は納得いってなかった。
「こんなにチョロいなら私はもう秋成に惚れてるし、有り得ない。ねえ?秋成」
「俺はお前を助けたことないぞ」
「いや…、うん、まあ…そう…だけど」
「でも、気持ちは分からなくもない。簡単に惚れすぎだよな。テンプレを実践したイタイやつがモテてるなんて聞いたことないし」
「じゃあ秋成は何が好きなの?」
俺がラノベを好きな理由か。そんなのは明白だ。ただ、気持ち悪いと思われても仕方ないし、それを昨日知り合ったばかりのこいつに話してもいいのか?
「秋成?話しにくい?」
ま、いいか。別に長い付き合いになるようなやつじゃないだろうし。口は硬そうだ。
「俺は俺が嫌いだ。だから変身願望がある。強くてイケメンでモテる。そんな男に憧れてるんだ。実際の俺がそうなれないのは分かっているからラノベの主人公に感情移入してその欲求を満たしてるんだ。誰にも言わないでくれよ?」
「言わないで欲しいなら言わないけどなんで?」
「だってキモいだろ?」
「あー、なるほど。確かにちょっと気持ち悪いかも。私は秋成はモテるようになれると思うし」
「そんな言葉で調子には乗らねえよ」
「なんだ、秋成ちょろそうなのに」
「実際ちょろいぞ。だからこんなキモい自分の話をお前にしたんだろうし」
一度考えてそれで話したって事は和間を信用してるってことだ。我ながらちょろい。色仕掛けのちょっかい出されたら好きなんじゃないかって勘違いするだろう。
残念ながら梓沙はラノベにはハマってくれず、部活中はスマホでSNSを見たり、ゲームをしていた。
男女二人の部活になったからといってすぐに仲良くなれるなんて保証はどこにもないからな。
でも梓沙はそれ以降も昼休みになれば俺のところまで来ていたし、少しづつではあるが仲良くなっていっていた。
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秋成は私が死んだ後、すごく虚ろな表情をするようになった。
ぼーっとしてるとかじゃない心がなくなったかのような恐ろしさすら感じてしまう目。
でも、仕方ないんだ。私は後悔はしてない。
未練がましいがために狭間で寂しく夫を見守ることになっていても。
秋成が生きてくれているのが何よりも大事だから。
私と秋成はどんな時も一緒にいた。秋成はいさせてくれた。
高校の頃からずっと。私の嘘を分かっていても。
私は秋成の優しさに救われた。ピンチだった私を助けてくれたんだ。
その事は秋成は分かってなかったけど。
評価等、特に評価をしてもらえるとうれしいです