私が殿下を一人前の“女装男子“にしてみせますッ!
「カイル様ぁ、今日のお召し物もよくお似合いですわ」
「そうかい? どうもありがとう」
「カイル様ぁ、今夜は私をダンスのパートナーにしていただけませんか?」
「あっ! ズルいわよアナタ! 抜け駆けはなしって言ったじゃない!」
「ア、アハハハ……」
あらあら、今夜もカイル様には無数の令嬢が群がってらっしゃるわね。
まあそれも無理もない。
流れるようなサラサラの御髪。
女性よりも長いシャープなまつ毛。
そして男女問わず魅了する中性的で美しい顔。
そんな方がこの国の王太子殿下なうえ、まだ婚約者がいらっしゃらないのだ。
そりゃ令嬢も群がろうというものだろう。
さながらこの夜会は、令嬢達の蠱毒といったところか。
とはいえ、私のようなしがない男爵令嬢には所詮関係のない話。
私はカナッペでも摘まみながら、カイル様のイケ顔を遠目に眺めているだけで十分だ。
ハァ~、それにしても今日のカイル様のフェイスもドイケだな!
きっとアレもよくお似合いだろうに……。
「あ、ゴメンねみんな、僕はちょっと用事を思い出したから、少し外させてもらうよ」
「えー、そんなぁ、カイル様ぁ」
「カイル様ぁ、寂しいですわぁ」
おや?
カイル様が途中で退席するとは珍しい。
いつもは何だかんだ令嬢に付き合ってあげるお優しい方なのに。
流石に嫌気が差したのかな?
ふぅ、カイル様がいないんじゃ、何も楽しいことがないな。
まだ夜会の終わりまでは大分時間があるし、こうなったらカナッペ全種類食べてやるぜ!
「ん?」
そして私が最後のブルーチーズが乗ったカナッペを手に取ろうとした、その時だった。
会場の隅に、ポツンと一人の令嬢が佇んでいるのが目に入った。
はて、あんな人いたっけ?
しかも思わず吸い込まれそうになるくらいの絶世の美女だ。
あんな超絶美人、見逃すはずがないと思うんだけど……。
……あれ? でもなんか、あの人異様に違和感がある。
それにあの顔、どこかで……。
「――!」
「――!」
その瞬間、私と美人令嬢の目がバッチリと合った。
「……あ!」
そして私は全てを察した。
「――くっ!」
美人令嬢も私が察したのを察したのか、回れ右をしてこの場から逃げ出した。
――ま、待ってッ!!!
私はドレスの裾をたくし上げ、全速力で駆け出した。
「ハァ……ハァ……ハァ……!」
普段ろくに歩くことさえしない超インドア派な私は、強烈な脇腹の痛みに耐えつつも、必死で美人令嬢の背中を追った。
そんな私とは裏腹に、美人令嬢はとても女性とは思えない程の軽快な走りを見せている。
やはり私の考えは間違いないようだ。
そうこうしている内に私達は人気のない薄暗い中庭に出た。
よし、ここなら!
「お、お待ちくださいカイル様!!」
「――!!」
途端、美人令嬢はピタリとその場で足を止めた。
そしてギギギギという擬音を立てながら、ゆっくりとこちらを振り返る。
ああ、やっぱり……。
「……どうして僕だとわかったんだい」
カイル様は憂いを帯びた表情でそう呟いた。
「そうですね、何となくでしょうか」
「何となく、ね」
カイル様はふうと一つ溜め息をつくと、目を伏せた。
たったそれだけの所作なのに、まるで絵画でも眺めてるかのような錯覚さえするのだからイケメンはズルい。
いや、今はイケメンというよりは美女、か。
「絶対にバレないという自負があったんだけどね。自信を無くしてしまうよ」
「いえ、カイル様の女装は大分堂に入ってましたよ。私でなければそうそうバレることはなかったと思われます」
そう、私はちょっと特別だから。
「でも君にはバレてしまったのは事実さ。……僕の女装もまだまだということだね」
カイル様は中庭の何もない空間を見つめながら、拳をグッと握り締めた。
「……カイル様、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
「僕が何故女装をしてるのか、だね?」
「はい」
カイル様は目線をこちらに向け、少しだけ逡巡した素振りを見せたのち、おもむろに口を開いた。
「先ず前提として言っておきたいんだが、僕は別に同性愛者だとか、心が女性だとかではないんだ。……恋愛対象は女性だし」
「ええ、ええ、わかりますよ」
女装をする方にもいろんなタイプがいることは、私が一番よくわかっております。
「僕が女装をするのは――ただ単に昔から女装に興味があったからさ」
「……なるほど」
――逸材だわ。
「僕は子供の頃から、何故か剣や鎧といった男が興味を持つものにはあまり関心がなくてね。むしろ令嬢達が着ている煌びやかなドレスや、美麗なメイクに強い憧れを抱いていた」
嗚呼、見付けた。
遂に見付けたわ。
「僕はきっと『美しさ』に魅せられていたんだと思う。――僕も美しくなりたい。自分も華やかな令嬢として人前に立ってみたい。その思いは年を重ねるごとに強くなっていった。だからこそ陰でコッソリとメイクの練習もした。――そして満を持して今日、女装して初めて人前に立ったという訳さ。それがまさか、こうして一瞬で男だとバレるとは夢にも思わなかったけれどね」
「――カイル様」
「え? ――!」
私はツカツカとカイル様に歩み寄り、その手をがっしと掴んだ。
「ご安心ください。私がカイル様を、一人前の“女装男子“にしてみせますッ!」
「っ!?!?」
そう、何を隠そう私は生粋の『女装男子萌え』なのだ。
女装男子を心の底から愛し、日々女装男子をガン見することを生き甲斐とする女。
両親に内緒で、月刊女装男子特集誌『ポインセチア』を定期購読してるくらいだ。
そんな女装男子マエストロの私と、女装男子のダイヤの原石であるカイル様。
この出会いは運命に違いないわッ!!
「実は私、こう見えて女装には一家言ありまして。僭越ながら、カイル様のお役に立てるかと存じますわ」
「ほ、本当かいッ!?」
途端、暗雲に光が射したかの如く、カイル様の表情がぱあっと輝いた。
おおう、鼻血出そう。
さっきまでの憂いを帯びた美顔もアリよりのアリだったけど、やっぱこのキラキラした笑顔は最の高だわ。
――我が生涯に一片の悔い無しッ!
い、いやいや、まだダメだ。
私の人生はこれからだ。
カイル様を女装男子の中の女装男子――クイーンオブクイーンズにするまでは絶対に死ねないッ!
「それでは今日からよろしくお願いいたします、カイル様」
「あ、ああ、よろしく頼むよ、レイラ」
私はカイル様の自室で、先日と同じドレスとカツラを装備したカイル様と対峙していた。
本来なら王太子殿下と自室に二人きりなんて半端なく気後れしそうなものだけれど、今の私はアドレナリンが出まくっているせいかまったくそんなことはない。
むしろ心の中で沢山の小人達が「ラッセーラー、ラッセーラー」と謎の掛け声を上げながら、意味不明な踊りを踊っているくらいだ。
「私の指導は厳しいですよ。カイル様が王太子殿下だからといって手心を加えるつもりはございませんので、そのおつもりで」
「ああ、望むところさ」
因みに今の私は、表向きはカイル様の家庭教師という位置付けになっているらしい。
まああながち間違ってもいないので気にしないことにしよう。
「先ず最初に聞いておきたいのですが、カイル様は女装に一番大事なことは何だと思われますか?」
「一番大事なこと、ねえ」
カイル様は顎に手を当てて小首をかしげた。
萌ッッッえッッッ。
超絶美しいなオイ。
この画だけでご飯何杯でもイケるなオイ。
「……女性になりきるということかな」
「ふむ、まあ悪くない答えですが、より具体的に言うなら、『曲線を意識する』ということです」
「曲線?」
「ええ、全体的に、男性はフォルムや動作が直線的で、女性は曲線的なんです」
「ああ」
今の一言だけでカイル様は腑に落ちたらしい。
流石ダイヤの原石。
察しがいい。
「男性は歩く際も、カツカツカツと最短距離を直線的なフォームで歩きますよね」
私は男性の真似をし、足を伸ばして風を切るようにカイル様の前を横切ってみせた。
「うん、そうだね」
「それに対して女性の場合はあくまでたおやかに、全身が流れる小川かのように曲線的に歩くのです」
今度は普段歩いている時と同じく、ふんわりと柔らかさを意識しながら先程と同様にカイル様の前を横切った。
「なるほど、こうして見ると一目瞭然だね」
「はい、こうした細かな所作の積み重ねがその人から溢れ出るオーラとなり、男性的に見えたり女性的に見えたりするのです。……あの夜会の日のカイル様は、何というか、容姿はとても女性的で美しかったのですが、オーラが男性的でした」
「ふむ、やはり見た目を着飾っただけでは不十分ということだね」
「左様でございます。むしろ見た目以外の部分にこそ、女装の真髄があるということを肝に銘じておいてください」
「ああ、わかったよ」
「では早速カイル様も曲線を意識して歩くところから始めましょう!」
「うん!」
――こうして私とカイル様の、めくるめく地獄の特訓の日々が幕を開けた。
「違うッ! 何度言ったらおわかりになるのですかッ!! もっと重心を低く! 且つスマートに足を出すのです!」
「イ、イエス、マアム!」
「ああ違う違うッ!! 扇子を広げる際はもっと優美さを意識してッ!! 母なる海を想像するのです! むしろ『私が海だ!!』くらいの気持ちで!!」
「イエス、マアム!!」
「あーーー違うッッ!!! 上目遣いは女の奥義なのですよッッ!!! そんな気の抜けた上目遣いで相手を落とせるとお思いですかッ!!? いいですか、目で落とすのですッ!! むしろ上目遣いを極めれば、目だけで森羅万象が落とせるようになります!!!」
「イエス、マアアァム!!!!」
何だか軍隊みたいになってしまった。
――そしてあっという間に、一ヶ月が過ぎた。
「よし、そろそろ実践に移りましょう」
「……いよいよだね」
この一ヶ月、私は持ち得る限りの女装スキルをカイル様に授けた。
その甲斐あって、今や私でさえカイル様を本物の女性だと錯覚してしまうレベルにまで、カイル様の女装は昇華された。
後カイル様に足りないのは、本番での経験だけ。
そう、女装というのはやはり人前で披露してこそ、その真価を発揮すると私は考えている。
今のカイル様ならきっと、誰も男性だとは見破れないはず。
そして見事女性を演じ切れた時こそ、女装男子の中の女装男子――クイーンオブクイーンズへの道が開けるのだ。
「明日私の実家で、懇意にしている令嬢達を集めたお茶会をセッティングしてあります。そこでカイル様は一人の令嬢として、彼女達の前に立つのです」
「……ああ、僕の女装魂を、みんなに見せつけてやるさ!」
「ふふ、その意気です。期待していますよ」
「うん、君がいてくれるだけで、僕は無限に頑張る気力が湧いてくるよ、レイラ」
私はカイル様に差し出された手と、固い握手を交わした。
おおふ……。
こんな超絶美女にそんな凛々しい顔で見つめられながら握手してもらえるとは……。
生まれてきてよかった、この世界に……!!(倒置法)
「みんな、今日はよく集まってくれたわね」
「あらレイラ、久しぶりじゃない!」
「ホントよ! ここ最近付き合い悪いんだから!」
「アハハ、ごめんなさい。ちょっといろいろあって」
「ふーん。あら? そちらの方は?」
「ああ紹介するわね、こちらは私の友人のカティアよ」
「は、はじめましてみなさん、カティアと申します」
私は実家の庭園での茶会の席で、友人達にカティアこと、女装したカイル様を紹介した。
うんうん、女性らしい裏声もバッチリ決まってるわ。
元々カイル様は地声も男性にしては高いテノールだし、この点はあまり心配はしてなかったけどね。
「まあ何て綺麗な方なのかしら!」
「ホントね! さあさあカティアさん、こっちに来て一緒にお茶しましょう!」
「私クッキー焼いてきたのよ! よかったら食べて!」
「あ、はい、ありがとうございます」
あらあら早速大人気ね。
まあ無理もないわよね。
これだけ美しかったら、そりゃ男女問わずイチコロよ。
――カイル様はわしが育てた(ドヤ顔)。
こうして茶会はつつがなく進んだ。
カイル様を男性だと疑う者は誰一人いなかった。
私とカイル様はそっとアイコンタクトをし、お互い勝利を確信してほくそ笑んだ。
――が、その時だった。
「おやおやこれはお美しいお嬢さん方がお揃いで。とても華やかだね」
「「――!!」」
突如バリトンのイケボが降ってきたので振り返ると、そこには目元のほくろがセクシーなイケオジが佇んでいた。
こ、この方は――!!
我が国の国王陛下にして、カイル様のお父様でもあらせられる、オイゲン様ッ!!!
何で我が家にオイゲン様が!?!?
「ああ驚かせて悪かったなレイラ」
「お、お父様!?」
そしてオイゲン様の後ろから、私のお父様も顔を覗かせた。
「実は私とオイゲン様は学生時代の同期でね。竹馬の友ってやつなのさ」
「ふふふ、当時はよく二人で悪さをして、担任教師から叱られたものだな」
「ははは、お互い若かったですなぁ」
なんてことでしょう!!!
そんな偶然ある!? いや、ない!!(反語)
「今日は久しぶりに二人で昔話に花を咲かせようと思ってね。こうしてお邪魔したという訳だよ。という訳で年寄りはさっさと引っ込むので、どうかみなさんはそのまま茶会を楽しんでください」
「「「は、はーい」」」
あわわわわわわ。
どうしよう、さっきから怖くてカイル様の方が見れない……!!
きっと口から内臓が全部飛び出そうなくらい緊張してらっしゃるはずだわ……!
だって私が正にそうだから!!
お願いだからこのままバレずに事なきを得てちょうだい……!
「おや? こちらのお嬢さんは――」
「「――!!」」
が、私の祈りは届かず、オイゲン様はカイル様を見てはっとした表情をした。
ノオオオオオオオオウ!!!!
カイル様は蛇に睨まれた蛙かの如く、全身から脂汗を流している。
カ、カイル様あああああああ!!!!!
「……ふっ、血は争えんな」
「「――!!?」」
オ、オイゲン様……!?
オイゲン様はカイル様の肩にポンと優しく手を乗せると、慈愛に満ちた笑みを浮かべた。
ど、どういうこと……??
「ほら」
「「?」」
オイゲン様は懐から小さなロケットペンダントを取り出すと、その中身を私とカイル様に見せてくれた。
そこにはこれぞ美魔女という、麗しいご婦人の写真が収められていた。
はて? この美魔女、どこかで……。
特にこの目元のセクシーなほくろとか……。
――目元のセクシーなほくろ!?!?
ま、まさかッ!!!
「精々頑張りたまえ」
オイゲン様はロケットペンダントを仕舞うと、そう言い残してお父様と二人で屋敷の中に消えていった。
……オ、オオウ。
蛙の子は蛙とは、正にこのこと――!(迫真)
「……父上」
カイル様はそんなオイゲン様の背中を、得も言われぬ表情で見つめていた。
「ハァ~」
「ふぅ」
あれ以降は特にこれといったトラブルもなく無事茶会を終えた私とカイル様は、私の自室で深い溜め息を吐いた。
つ、疲れた……。
マジでオイゲン様が現れた時は人生オワタかと思った……。
それにしても――。
「まさか父上も僕と同じ趣味を持っていたとはね」
「――!」
カイル様も同じことをお考えでしたか。
「いや、僕が父上と同じ趣味を持ったと言った方が正しいか」
「カイル様」
カイル様は憑き物が落ちたかのような、晴れやかな表情をしている。
そうですね、これである意味最強の味方が出来た訳ですから、今後は親子で切磋琢磨して、このはてしなく遠い女装坂をのぼり続けられますね。
……あれ? 待って。
それってシチュエーション的に最の高じゃない!?
二人の美人男子がキャッキャウフフしてる光景なんて、無形文化遺産に登録されて然るべきじゃない!?!?
「――ありがとう、レイラ」
「え? カ、カイル様ッ!?」
いつの間にか私の目の前に立っていたカイル様は、その場で片膝をついた。
オオウ……!
ドレスを身に纏った美人男子の片膝とか、ドチャクソ尊いんですけど……!!
「君のお陰で、僕は自分に自信を持つことが出来たよ」
「い、いえそんな……。私は大したことはしておりませんわ」
「そんなことはない。君には心から深く感謝している」
「カイル様……」
ヤバい……、泣きそう……。
「……そして、これはある意味僕の我儘なんだが」
「――?」
我儘?
「これから先も、君にはずっと僕の側にいてほしいと思っている」
「――!!」
え、ええええええええええええ!?!?!?
そ、そそそそそそそれは、いったいどういう……!?!?
「あ、ああ! 女装のコーチとしてという意味ですね!」
危ない危ない!
危うく勘違いするところだった!
「いや、それもあるけど、一番は僕の妻としてという意味さ」
「――!!!!」
つ、妻ああああああああああ!?!?!?!?
「……嫌かい?」
「っ!?!?」
――カイル様の上目遣いが私に炸裂した。
ウボァー。
まさか私自らが授けた奥義を、自分自身の身で喰らうことになるとは……!!
これで落ちない女がいるだろうか!? いや、いないッ!!(反語)
「……い、嫌じゃ、ない、です……」
「ふふ、本当かい? では、これから末永くよろしくね」
「は、はい……、こちらこ――そ!?」
途端、カイル様に肩を掴まれた。
そしてカイル様のド美人フェイスが鼻先が付きそうなくらいの位置に――。
はわわわわわわわわわわわわわわわ。
そしてカイル様の唇が、徐々に私の唇に――。
「ふふふ、若いっていいねえ」
「カイル様、うちのレイラをよろしくお願いいたしますね」
「「――!!!!」」
オイゲン様とお父様が、ドアをちょっとだけ開けてその隙間からこちらを見ていた。
ノオオオオオオオオウ!!!!!