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9 都会女子と駅前

「ねえ、この道、おかしくない?」



 自転車で順調に目的地に向かっていると、沙月に声をかけられた。



「何がだ? たしかに農道みたいだけど、ちゃんとした公道だぞ。自転車で走ってもOKだ」



「違うよ。そういうことじゃない」

 珍しく、沙月が不安そうな顔を見せた。何か懸念があるようだ。



「私たち、駅に向かってるんだよね?」



「そうだ。とくに寄り道しようとなんてしてないし。割と駅まで近づいてきた」



「そのはずなのに、さっきからどんどん周囲の景色が辺鄙になってる気がするんだよね……。とてもじゃないけど、駅があるように思えないよ。それどころか、人すらいないし」



 周囲は広大な田園風景だった。あと、右奥に山並みも見えるが、近場はだいたい田んぼだけだ。



 それから、言いづらそうに沙月はこう尋ねてきた。



「ねえ……大智、本当に、本当に駅に向かってるよね……? 大智のこと、信じていいよね?」



「うん、正真正銘、駅に向かってる――――あっ、そうか、そういうことか……」



 俺はやっと沙月の不安げな顔の意味がわかった。

 ここは、あまりにも誰もいない空間だ。

 まるで俺と沙月以外この世から消え去ってしまったぐらい、人の気配もない。車のエンジン音すらない。



 たとえばの話だが……俺がいかがわしいことをしようとしたら、逃げ場はないわけだ。

 無論、そんな意図はない。言うまでもないことだ。



 だが、まともに会話をして二日目の男子にまったく人気のない場所に連れてこられたら、落ち着かなくなるのは仕方がない。

 まして、駅というと、にぎわってるところという固定観念が沙月にはあるのだ。余計に違和感を抱くことになる。



 俺は自転車を止めた。

「沙月、信じてくれ! つーか、駅に向かってるって証拠を見せたほうが早いよな」


 すぐにスマホで現在位置の地図を出す。本当に四方は田んぼばっかりだ。企業名や店名みたいなのすら表示されない。


 その地図を縮小していくと、やがて端っこのほうに下赤松しもあかまつ駅という表示が出た。この道をまっすぐ進むと、線路にぶつかるのは明らかだった。



 沙月は俺のスマホを覗き込んで、安堵の表情を浮かべた。

「ほ、本当だ……。この先に駅があるや……」



「わかってくれたみたいだな。けど、あまりにも何もなくて、怖くなるのはわかる。正直なところ、俺の説明不足だった」


 俺は頭を下げる。沙月のあわてた様子が伝わってきた。



「ううん! 大智が悪いことしたわけじゃないから謝らないで! 私が変に思っただけだから……」

「いや、俺のほうにデリカシーがなかった。だよな、人目に触れないって点だと、ある意味、ここって密室みたいなもんだもんな……」



 田舎で、同じ高校の奴に見つからないような場所をチョイスした結果、どうなったかというと――



 人間自体がいない場所になってしまっていた!



 これ、土地勘すらない女子高生にとったら、気味悪いよな……。

 あと、俺が年頃の女子とどこかに行くって経験がなくて、そのあたりの意識が足りてなかった。今後、気をつけよう。



「ごめん、なんか疑ったみたいになっちゃって……。もう、ゴールがこの先ってわかったから、どんどん行くね!」

 沙月は自転車をどんどんこぎ出していく。


 スカートがふわっとひるがえった。

 ……気にするな、気にするな。スカートはスカートだ。卑猥なものでも何でもない……。



 どうも、沙月の言動に意識が過剰になってるところがある。

 いや……沙月が特別なんじゃなくて、こんなふうに女子と行動を共にすることに慣れてないだけだ。そういうことだ。



 俺がじっと止まっていたせいで、沙月が前のほうで自転車を止めて、振り返っていた。

「ほら、早く、早く! 行っちゃうよ~!」



「わかった、わかった」

 俺も促されて、目的地を見つけた。



 しかし、沙月のやつ、駅に変な期待をしてる気がするけど、大丈夫かな……。








 俺たちが一度自転車を止めてから五分後。

 無事に俺たちは下赤松駅に到着した。



「どうだ、沙月。これが文句なしの田舎の駅だ」



 俺は自信満々に言って、駅前というか、駅の入り口の前に自転車を止めた。



「うん、そうだね、着いたね」



 沙月も自転車を止めて、ぽかんとしていた。



「ちなみに、第一印象はどんな感じだ」



「うん、率直に言うとね――」

 いい笑顔になってから、沙月は大きな声で言った。





「マジで、マジで何もないよ!」





 うん。その言葉のとおり。屁理屈で「いいや、駅がある」とか答える以外、否定する術がない。



 下赤松駅のステータスを具体的に書くと以下のとおり。



 ホームは一本の線路に対して片面だけ。上りも下りも同じホームに着く。


 ホームには屋根すらない。ふきっさらし。


 かろうじて、物置みたいな待合室がある。狭いから四人も入ったらいっぱいだと思うが。


 駅前はすぐ田んぼ。線路の奥も田んぼ。


 駅を出ても自動販売機すらない。道しかない。



「ねえ、これって廃線じゃないよね? 電車来るよね?」

 沙月が信じられないという顔で聞いてきた。まだ都会の価値観がぬぐいきれてないな。



「失礼な。ちゃんと現役バリバリだぞ。発売してる時刻表にも乗ってるはずだ」



「なんで駅前に一切のお店がないわけ?」



「端的に言って、利用者が少ないからだろ。広い道路に面してるわけでもないから、利便性は極めて悪いし」


 

「いや~、一時間に一本ぐらいしか来ない田舎がたくさんあるって思ってたけど、想像を軽く超えてきたよ~」

 沙月が聞き捨てのならないことを言った。



「おいおい、一時間に一本も来るわけないだろ。時刻表を確認してくれ」


===

時刻表 下り

 6:26

 8:35

13:14

17:16

18:21

19:47

===



「一日に六本しかないじゃん! しかも、お昼は一本だけじゃん!」

 沙月がこれまでで最も大きい声を出した。

 もっとも、周囲は田んぼしかないし、人家もとくにないので、迷惑にはならない。



 ていうか、誰もいないと思ったから、ここを目的地に選んだのだ。誰もいないなら、噂を立てられる危険もない。



「うんうん、都会出身者にはなかなかインパクトのある時刻表だよな。俺もそう思う」

 改めてみると、これ、何のために営業してるのか不安になるような時刻表である。



「ねえ、この駅、使う人、いるの?」

 沙月に聞かれたので、俺はスマホで下赤松駅のウィキペディアを調べてみた。



「乗車人員は一日七人らしい」

「バス停じゃん!」



 沙月って、こんな元気にツッコミ入れられるんだな。

「ちなみに、沙月の地元の駅って利用者何人ぐらいなんだ?」



 沙月に言われた駅名を俺は検索してみた。

「乗車人員二万二千人以上いるな……。ていうか、余裕でうちき町の人口より多いんだけど……」



「あれ、なんか落ち込んでる? 気にしなくていいよ。利用者の多さが駅の価値じゃないよ!」

 沙月にフォローを入れられたけど、あまり納得がいかなかった。



「いやいや! 利用者の多さで駅の価値も決まるから!」


 誰もいない(厳密には俺と沙月だけがいる)駅前で、俺たちはけっこうはしゃいでいた。


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