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4 都会女子と田舎の川

 田んぼの道を自転車をさほど速度も出さずに進んでいると、二十分ほどで目的地の河原に到着した。




 ゆるやかに水が流れている。川幅はそれなりに広い。奥のほうではカモが呑気に川を進んでいた。



 そう、ただ、川が広がっているだけ。



「これがこのへんでまだ名所と言えなくもない鮭谷川さけだにがわ。名前の由来は文字通り、鮭が上がってくるから」




 俺は自転車を置いて、必要最低限の説明をした。

 自転車のカギはしなくていいだろう。盗む奴なんていない。




 これで失望されたらその時はその時だ。どうせ、滝ノ茶屋さんもいずれはこの町が何もないところだと自覚することになるのだ。それが早いか遅いかの問題でしかない。



 しばらく、滝ノ茶屋さんは無言で立ち尽くしていた。



 何もなさすぎて、絶句したかな。

 実際、そこそこ清流ですというぐらいしか言うべきことがない。



 ちなみにわざとしょぼいところに案内したわけではない。景色のいい川。これが自転車で行ける範囲では限界なのだ。




 なお、ほかの候補は……シーズンにはキノコが激安で買えるキノコ産直センター。高校生が行くところではない。そこにJKを連れていったら、逆に伝説になる。




 あとは、谷筋に向かって片道十キロ近く自転車をこげば、超巨大な杉がある。一応、地元のパンフレットには書いてあるが、たかが「木」だからな……。付近の景色はなかなかのものだが、それでも仲がいいわけでもないJKを連れていけるものではない。



 あと、なぜか知らんが、巨大な杉があるところは、住所だと「小杉地区」にあたる。昔の人間は控えめだったのか、地名がフェイクみたいになってややこしくなっている。



 杉の近くには、温泉がある。旅館の数は三軒しかないから、温泉街とは言えないが。

 それも放課後にJKを連れていく場所じゃない。あと、ずっと坂道が続くから、電動自転車とかじゃないと、相当疲れる……。




 この国で温泉なんてさほど珍しくもないし、木もあれば、川もあるだろう。キノコだって生えるだろう。



 つまり、こんなものが観光地という扱いになってる時点で、袿町うちきちょうに何もない証拠だと言っていい。




 滝ノ茶屋さんはまだ川の流れをぼうっと見つめていた。

 その背中に西日が当たる。美少女は得だと思う。川を見てるだけで、それなりに絵になる。微風で、髪がよそぐのもかっこよく見える。




 だが、この様子だと、あまりにも空しいので、反応に苦慮しているっぽいな。

 連れてこられた手前、もっとマシなところに案内しろと言うこともできないだろうし、感想でも考えているのだろうか?




 俺は彼女の横に並んだ。川が近いから、少しぬかるんでいる。



「何もないだろ。滝ノ茶屋さん、これがこの町の精一杯なんだ」

 ここに住む以上は、この何もなさに慣れていってもらうしかない。



 でも、俺のほうを向いた滝ノ茶屋さんの顔は俺の予想に反して、輝いていた。



「村田君のチョイスって斬新だね! こういうの、嫌いじゃないよ!」



「それ、マジで言ってる!? 何の変哲もない川だぞ?」

 変に気をつかわれるとかえって傷つくので本当のことを言ってほしい。



「そこがいいのかな。本当を言うとね、私は何かの施設に案内されるのかなって思ってたの。ほら、田舎にも道の駅とかあって、そこだけは店があったりするじゃん。あとは店がいくつもくっついてる大型スーパーとか」



「ああ、そういうところも多いな」



「それで、この町でもここはまあまあ栄えてますって言われるのかなと思ったんだけど、まさか川だとは考えてなかったから! いい意味で裏切られたんだよ」



「本当に、本当に『いい意味で』だな? 裏切られてがっかりしてないな?」



「ウソじゃないって」

 滝ノ茶屋さんが声を出して笑う。教室では見たことのない笑顔だと思った。

 教室だと、自然に笑うのも、ハードルがあるんだな。友達がいないということは、守ってくれる奴がいないということだ。



「放課後に、川に連れていってもらうって、こんなこと経験したの、私ぐらいなものでしょ。それってある意味、超レアなことでしょ」

「まあ、レアではあるのか」



「いいよ、これこそ引っ越してきた醍醐味だし。道の駅に行ったって、特産品が売ってるな~って感想しか出てこなかったはずだもん。絶対、こっちのほうがいい。それにこのチョイスは村田君しかできないから」



「……そこまで褒められると、ほっとするというより恐縮するな」

 俺がやれる範囲がここまでだったのだが。



 ただ、どうも俺の考えは普通とはズレていたらしい。

 けど、それが成功につながったのか。



 滝ノ茶屋さんは大股で河原を歩いている。

 後ろ姿からでも生き生きしているように見えた。


 クラスの奴の目がないからリラックスしてるってこともあるんだろう。

 転校してきた側のつらさを俺も改めて感じた。



 くるっと、滝ノ茶屋さんがこちらに振り返る。

「こんなのんびりした川、見たことないかもしれない。私の知ってる川は、住宅地をちょろちょろと流れてるやつか、メジャーな観光地で見る渓谷の清流ぐらいだから」



「だったら、山の中を流れてる、マイナスイオン出てそうな清流のほうがよくないか?」



 滝ノ茶屋さんは首を横に振った。

「清流とはまた違うよさがあるよ。この川、すごくマイペースに流れてるじゃん。大きな川だけど、河川敷でサッカーの練習してるわけでもないし、なんていうのかな、ぜいたくな川の使い方って感じがある」




 滝ノ茶屋さんが無理をして褒めているわけではないことは、だいたいわかった。

 俺も地元が褒められれば、少しはうれしい。俺は川の友達でも家族でも何でもないが、すごく広い意味では身内みたいなものだろう。



「あと、この景色を放課後に見てるっていうのがポイント高いな。こんな放課後、東京だと絶対にないからさ。それだけですっごく特別だし、一種の青春って感じ?」

 滝ノ茶屋さんはどこかはしゃいでいるように見えた。



「滝ノ茶屋さんって、ものすごく感受性が豊かだよな」

 感心半分、あきれ半分で俺は言った。



 都会人が誰でも彼でも田舎の光景に感動するわけじゃないはずだ。滝ノ茶屋さんは感受性のスペックが高いのだ。



 そういえば、なんで滝ノ茶屋さんは転校してきたんだ?

 この町に、お世辞にもまともな産業はないぞ。大企業の工場などない。キノコの会社はあるが、その会社の東京営業所があるなんて話は聞いたことがないし。



 親が田舎の生活にあこがれたりしたとか?

 でも、もし地元にいられなくなって引っ越してきたとかだったらまずいし、あんまりこっちから根掘り葉掘り聞かないほうがいいか。



 田舎の人間の悪い癖で、地元じゃなさそうな奴にすぐに「どこから来たの?」って聞くというのがある。あれ、中には監視されてるみたいに感じる奴もいるらしい。



 そりゃ、露骨な不審人物に尋ねるならわかるが、明らかな観光客が北海道から来ようが九州から来ようが、本来関係ないことである。「何の目的で来たの?」ならまだわかるが、どこから来たかを聞くのは変だ。



 ただ、ニュースらしいニュースがない田舎だと部外者が来るだけで、ちょっとした話題なのだ。その日の夜の食事に「今日、九州から来た観光客がいた」とかいう話題として登場したりするのだ。



 俺も滝ノ茶屋さんにならって、川をぼうっと見た。

 とくに感動はなかった。



 そりゃ、そうだろう。ただの川だしな。



「あっ! あそこに大きい鳥がいる!」

 滝ノ茶屋さんが声を上げた。俺も視線を滝ノ茶屋さんが見ているほうに向ける。



「ああ、アオサギか。よくいる奴だな」

 鳥が一羽、浅い流れのところで突っ立っていた。



「え、よくいるの?」

「うん、カモよりはちょっとレアリティが高い程度。まあ、ゲームの出現率で言うと、ノーマルだな。家の庭にいたこともある」



「それは、かなりすごいって! そんな野生動物、近くにいないって!」

 今日一番、滝ノ茶屋さんのテンションが高い。もしや動物好きなのか?



 アオサギもよかったな。町民はまったく見向きもしないからな……。まだコハクチョウだと、もうちょっと反応を示してもくれるんだけど、アオサギはたかがアオサギだからな……。



 滝ノ茶屋さんはもっとアオサギを観察したいのか、前に乗り出すような姿勢になる。



 直感的にまずいと思った。

 このあたり、ぬかるんでいるところもあるし、ずるっといくぞ。



「滝ノ茶屋さん、危ないからあまり乗り出さないほうが――」

 俺が注意したのと、滝ノ茶屋さんの体が沈んだのが同時だった。




「きゃっ!」

 ヤバい!

 俺はすぐに手を伸ばす。



 反射的に滝ノ茶屋さんも俺の手をとった。



 しかし、人間の体重って一キロや二キロではないから、とっさに手を出しても引っ張り上げられない――そのことを後になって俺は知った。

 あっさり引っ張り上げられるのはフィクションの世界だけだ。





 俺は滝ノ茶屋さんと一緒に、川にダイブした。





 思いっきり水しぶきが上がる。




 不幸中の幸いなのは、そこが浅くて、流れもゆるやかで、服が濡れる以上の被害はなかったってことか。


次回は夜に更新予定です!

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