3 都会JKとサイクリング
「じゃあさ、早速だけど、放課後にどこか案内してくれない? この町のこと、全然知らないままでさ……」
教室で滝ノ茶屋さんはそんなことを言ってきた。拝むように俺に向かって両手を合わせている。
「そっか。ちなみに部活に入るつもりはないのか?」
この高校は全員が入部しなきゃいけないって決まりはないが、一応いくつか部活はある。放課後に汗を流してる奴らもいないわけじゃない。
ちなみに俺は面倒だから所属してない。交友関係はすでに構築してあるから、友人を作るためにあえて部活動もやらなきゃまずいということもなかった。
その点は小中高とメンバーチェンジがほぼない田舎は気楽だ。
「それがさ……」
滝ノ茶屋さんは窓のほうに行くと、気まずそうにそうっと指差した。俺も席を立って、窓のほうに少し移動する。
滝ノ茶屋さん指差した先には、バスケ部が練習をしていた。
「せっかくだし、体を動かそうかなって女子バスケ部に体験入部したんだけど、みんな露骨に私のこと、意識して、ぎこちなくなっちゃって……居心地が微妙だなって……」
もう、滝ノ茶屋さんは体を引いている。バスケ部に見られて、のぞいていたと思われたくないからだろう。
「マジか……。この高校全体が転校生への耐性ないんだな……」
これには俺も額を手で押さえた。めまいがしそうになった。二十一世紀なんだし、慣れていってくれ。いきなりフランス語で話しかけられたわけじゃないんだぞ!
「申し訳ない……。本当にここって田舎でさ……部活だって大半が昔からの友達が集まってやってるようなものなんだよ。そこに部外者が来ると、応対の方法がわからなくなるらしい……」
それにしても、運動部まで人見知りみたいな反応になるのか。運動部だから、もっと陽キャな奴が揃ってると思ってたが、甘かった。
「わかった。だったら、今から滝ノ茶屋さんをどこかに案内する。たいしてめぼしい場所もないけど知らないよりはいいだろ」
「あっ、村田君、そんな自虐に徹しなくてもいいよ? のどかなところにはのどかなところなりのいい場所があると思うし」
俺が地元ディスみたいな表現を続けたせいで、滝ノ茶屋さんが気をつかった。
やっぱり、滝ノ茶屋さん、中身はすごく真面目だし、他人のことを思いやる気持ちもある。クラスの女子と一回打ち解けることさえできたら、孤立するなんてこともなくなるだろうな。
しかし、今の俺としてはこの優しさがかえって、つらい。
「滝ノ茶屋さん、気持ちは本当にうれしいんだが、この袿町はとてつもなく何もないんだ。胸を張って言うが、何も、何も、何もない」
この町で十七年ほど生きている俺が言うのだから、間違いない。
リアルに観光名所らしい観光名所すらないのだ。産業らしい産業もないし。
「大丈夫、大丈夫! 私、何でもそれなりに楽しめるタチだし!」
滝ノ茶屋さんのほうも胸を張って、俺に対抗する。
その姿勢のせいで、けっこう滝ノ茶屋さんに胸があるとわかった。
もしかして、着やせするタイプとかだろうか? いや、制服が胸を強調するわけないので、わからないほうが普通だろ。余計なことは考えるな。
「滝ノ茶屋さんも、自転車通学ってことでいいかな?」
「うん。学校裏手の駐輪場に停めてあるよ」
だったら、ある程度離れたところでも案内できるか。これから毎日なんてことになったら、すぐにネタが尽きるが今から放課後回るというぐらいなら、どうとでもなる。
「うん。じゃあ、先に行って裏門のところで待っててくれ。時間差で行く」
よくわからないというふうに、滝ノ茶屋さんは首をかしげた。
「なんで? 一緒に行けばいいんじゃない?」
まだ、田舎の高校のことがわかってないな。
「本当に、それだけで付き合ってるだとか噂になるんだよ。転校したばかりで土地に詳しくないから案内したなんて理由は通じないんだ。滝ノ茶屋さんにも迷惑になる」
娯楽が少ないと、人間はすぐに色恋のことで穴埋めをしようとする。それは実際に恋愛することだけじゃなくて、噂話も含まれるのだ。
「ああ、なるほど。じゃあ、駐輪場に行ってくるね」
このあたりのところは地元民じゃないせいで鈍いが、話をすれば、ちゃんと理解してくれる。滝ノ茶屋さんは廊下のほうへ歩いていく。
「私だったら、別に誤解されてもいいけどな」
えっ? なんか今、妙なことを言われたような気がしたが……もう彼女は廊下に出ていってしまっていた。
俺は戒めの意味を込めて、自分のほっぺたをつねった。誤解されてもいいってことは、別に付き合ってもいいという意味じゃない。俺がびくっとする必要はないんだ。
心配しなくても、彼女はこんな田舎の町で十七年くすぶってる俺が釣り合う人間じゃない。むしろ、滝ノ茶屋さんにときめいてたりしたら、こうして助け舟を出すことだってできなかった。そこはフラットにいこう。
「まあ、文句なくかわいいのはたしかだけどさ」
今後も気を付けないとな。彼女に注目してる生徒自体はたくさんいそうだ。
●
俺は一分三十秒ほど教室で待機してから、ゆっくりと廊下に出て、校舎裏手の駐輪場に向かった。
もう、放課後になってしばらく経っているせいもあって、駐輪場はけっこう空きが目立つ。そこから自分の一台を引っ張り出す。カゴに脱いだブレザーとカバンを押し込んだ。
裏門までゆるゆるとこいでいくと、門の横に滝ノ茶屋さんがいた。
周囲に知ってる生徒がいないか確認するが、問題ない。大丈夫なようだ。
「じゃあ、村田君のおすすめの場所でも教えて」
笑顔で滝ノ茶屋さんは言った。これはそれなりに期待している顔だ。
「わかった。でも、勝手にハードル上げて失望するのは禁止な」
「しない、しない♪ そういう理不尽なことはやらないから安心してよ」
「そしたら、個人的に一番マシなところに行くか。片道三キロぐらいだけど、自転車なら楽勝だろ」
「うん。レンタサイクルのつもりで行くよ」
完全に観光気分で滝ノ茶屋さんは言った。
俺は自転車でただでさえ何もない袿町のさらに郊外へと走っていった。
高校があるあたりは、町では一番栄えている通りである。当然ながら、「町では」だ。店の数も知れているし、そんな店も俺が幼い頃と比べて、数が減っている気がする……。
「のどかだね~」
郊外に出たあたりで、滝ノ茶屋さんが自転車で横に並んできた。
「『のどか』か。『田舎』の人を傷つけない表現だな」
「ほら、なんでもマイナスにとらえるし~」
滝ノ茶屋さんに笑われた。まあ、俺の性格がシニカルだっていうのは、小学校からの友人にも言われたりしてるから、本当なんだろう。
「私、田舎の郊外って、ロードサイドにずらっとチェーン店が並んで、そこに車が走りまくって、雰囲気も最悪だと思ってたけど、ここは田んぼが広がってるし、風情もあるよね」
なるほど……。東京から来た人間にとっての認識がよくわかる。
「この町は広い幹線道路も通ってないんだ。だから、ロードサイドに大型チェーン店が並ぶ光景すらない。多分、大型チェーン店がどんどん出店してくれたら、地元民は無茶苦茶喜ぶと思う」
俺もチェーンの回転寿司とか焼肉とか行きたい。味はチープでもいい。そんなものを楽しむのが都会化なのだ。
「でも、そういう道って排気ガスがきついよ」
「大人になったら、100パーセント免許をとって、車で行くから問題ない」
おそらく、免許返納をした老人を除けば、大人で免許を持ってない町民はいないのではないだろうか。
それにしても、何の変哲もない田舎道でも美少女と走ると、少し楽しいものだな。
かすかに滝ノ茶屋さんのほうからいい香りがする。
これって、都会の香りなのだろうか。
次回は本日夕方ぐらいに更新予定です!