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2 転校生担当係をやることに

 俺は滝ノ茶屋さんに、袿町うちきちょうは人の流入がほぼないこと、小中高とずっと顔見知りの生徒も多いこと、だから外部から来た都会の生徒に恐れを抱いている奴が多いことを伝えた。



「いや、極端すぎるでしょ。私、犯罪者でも、モンスターでもないよ」



「それも滝ノ茶屋さんの言うとおりなんだけど、都会から来た時点で、女子生徒の一部にはモンスターも同然なんだ。もう、何をしゃべっていいかわかってない」



「いや、別に私、六本木や歌舞伎町を仕切ってるわけじゃないし……。前に住んでたのも東京二十三区ですらなかったよ」



「でも、東京の中心地に近くはあっただろ?」



「え~と、新宿までは急行で二十分ぐらい?」



「あっ、それはもう袿町民にとっては完璧に都会人だ。新宿まで二十分ってことは、できれば女子には言わないであげてほしい。本当に泣き出すかもしれんし、さらに距離が開いてしまうおそれが高い……」



「なんで、そんなマフィアってカミングアウトしたみたいな反応になるわけ?」



 そりゃ、滝ノ茶屋さんもあきれもすると思う。しかし、それがこの町の現実なのだ。



「それほどまでに都会人に免疫がないんだ。小動物のように慎重に扱ってやってほしい」



 話が長引いてきたからか、滝ノ茶屋さんは完全に俺のほうに席の向きを変えた。



「でもさ、村田君は標準語でしゃべってるし、ほかの生徒も標準語がけっこう多いよね。そんなとんでもない田舎なの?」



 これはいい質問だ。

「高校は町のいろんなエリアから来てるからな。町の違うエリア出身だと方言が通じないことがあるから、標準語でしゃべってるんだ」



「方言にバラエティありすぎでしょ!」



 滝ノ茶屋さんがツッコミを入れてきた。

 けっこう、会話が成立している。やはり、滝ノ茶屋さん側がおかしいのではなく、ほかの女子生徒が彼女を避けまくっていたのが問題だったようだ。



「あと、単純に俺たちの世代は標準語をテレビとかで聞いて育ってるから、標準語はしゃべれる」



「いやいや……私たちの親の世代でもテレビ見て育ってない? むしろ、私たちより、親世代のほうがテレビ見てた気がする」



「うん、それはそうなんだけど……親世代のほうは方言がきついな。あれは、なんでなんだろう……? 上達するのか……? むしろ、どっちかというと、標準語が下手になるのか……?」



「標準語って下手になったりとかってあるの……?」

「いや、でも、そうぐらいしか表現しようがないんだよな。あっ、それと、もう一つ女子が距離をおいてる理由があった」



 これは本人に向かって言うのがためらわれる。

 だから、変な間ができる。



 けど、言わないわけにはいかない。



「何? 気になるんだけど……。そんな嫌われるようなことしたかな……?」

 早く伝えないと、滝ノ茶屋さんも不安になるよな。



「滝ノ茶屋さんが女子の中に衝撃を起こすぐらいに、か、かわいいから、女子が引いてる……」



 相手に対してかわいいというのは、かなり緊張した。



 ただ、滝ノ茶屋さんはすぐに声を出して笑いはじめた。



「ははははっ! どんな理由なの? 私、そんな自意識過剰じゃないって! それにかわいい子だったら、女子にもいるしさ!」



 まあ、こんな理由を言われたら、まともに受け止められないほうが自然だよなあ。

 そうだと思ってたって反応する奴がいたら、ちょっと怖い。

 けど、これは割と事実なのだ。町民として保証する。



「これは転校してきた側だとわかりにくいだろうけど、かわいさの質が違うんだ。ずっと町で育ってきた高校生と別の質のかわいさを君は持ってる。だから……町民の女子は距離の取り方がわかってないんだ……」



 ゆっくりと、滝ノ茶屋さんはうなずいた。

「わかった。感覚的にはまだ信じづらいんだけど、村田君がウソを言ってないってことはわかるよ」



 とにかく、俺は滝ノ茶屋さんにこのクラスの現状を伝え、別に滝ノ茶屋さんが嫌われているわけではないということを話すことができた。これで、滝ノ茶屋さんの誤解が多少でも解ければ、俺も肩の荷が下りるというものだ。



「ありがと、村田君のおかげで気持ちが楽になったよ」

 笑顔を作って、滝ノ茶屋さんは右手でサムズアップしてみせた。



 人のために貢献できてよかったと言うと偽善的っぽいが、隣の席の生徒がずっとつまらなそうだと、どうしても気になるからな。



 ただ、そこでまた滝ノ茶屋さんの表情が曇った。表情の変化がけっこう激しいタイプのようだ。



「もっとも、今後もほかの女子に避けられるのは変わらないみたいだけどね……。新宿まで二十分ってそんな特別なことなの?」



「くれぐれも新宿まで二十分ってことは言わないでやってほしい! あと、列車本数のことも地雷だから避けてくれ! マジでショックで倒れる奴が出るかもしれない!」



 袿町を走る路線はあまりにも本数がないので、大人になっても地元の鉄道に乗ったことのない奴が普通に存在する。車で移動するのが当たり前だからな。



「ところでさ――」



 滝ノ茶屋さんが体をこちらに乗り出してきた。

 顔が自然と近づく。ちょっと、どきりとした。こんなところも、この町の生徒の距離感とは異質だ。こんなにぐいぐい近づいてくることは、この町だとない。



「――どうして、村田君は都会のことに詳しいわけ?」



 純粋な疑問という表情で滝ノ茶屋さんは聞いているようだ。

 考えてみれば、俺がやけに俯瞰的な視点で語ってるのも変と言えば変だよな。



「親戚が都市部のほうにいて、行ったことがあるんだ」



「ふうん」

 なんだ、この生返事みたいな反応は。別にウソはついてないぞ。



 何か、滝ノ茶屋さんは考えているようだった。右の人差し指を自分の頬に当てて、「そっか、そっか」とつぶやいた。そんなしぐさ一つが、やけに洗練されて見える。



「あのさ、村田君、お願いがあるんだけど」



 それから、また滝ノ茶屋さんは顔を俺のほうに近づけてきた。



 無意識のうちに俺はのけぞる。そんな女子と接近した経験なんてない。



「うん、いったい何だ……?」



 そう聞き返しながら、俺は自分の中で予想を立てていた。

 女子生徒と友達になる機会を作ってくれだとか、そういったものではないだろうか。



 できなくはないが、なかなか難しい。

 女子生徒の都会恐怖症はけっこう重症だ。この町の中でもとくに極端に思える。おそらく、内気な奴がとくに集中してしまった年度なのだろう。



 で、周囲の奴も内気なら、内気同士でつるめるので積極的になる必要がなくなる。むしろ、いきなり積極的になると浮いてしまって、友達がいなくなる。



 閉鎖された環境だからこその悪循環で、内気な性質がむしろ強化されてしまっている。



 幼馴染の芹香せりかに頼むか。それぐらいしか方法が思いつかない。あいつはきっかけさえあれば、誰とでも仲良くなれる奴だからな。



 だが、滝ノ茶屋さんのお願いは俺の予想とは違うものだった。



「村田君、転校生担当係になってくれない?」



「転校生担当係?」

 謎の単語なので、オウム返しにしてしまった。



「そうそう。この町のこと、私は何も知らないし、誰かに案内してもらえるならちょうどいいから。村田君なら席も隣だし、都合がいいかなって」



 そういうことか。



 彼女にとったら、まさに右も左もわからない土地だし、情報をくれる人間はほしいだろうし、ましてある程度都会のことを認識してる奴のほうが話が早いというのもわかる。



 だが、俺の頭にはすぐに懸念点が浮かんだ。

 俺は男子で、滝ノ茶屋さんは女子だ。男女がよくしゃべっているというのは、この田舎ではとんでもなく目立つことと言っていい……。



「あっ、もしかして、あんまり異性と話してると、目立つのかな……?」

 滝ノ茶屋さんの顔が曇った。おそらく、俺が困惑した顔をしていたのがわかったのだろう。



「率直に言うと、それが大きいな……。ただでさえ、閉鎖的な環境だから……」



 娯楽が少ないところだから、コイバナは鉄板の娯楽なのだ。



 すると、滝ノ茶屋さんの表情がこれまでになく真面目なものになった。

「わかった。もし、村田君に好きな女子がいたりして、都合が悪いって言うんだったら、すぐ引き下がる。そこまで迷惑はかけられないから。自力でなんとかする」



 その滝ノ茶屋さんの態度に俺はこう思った。

 この人はちゃんと相手のことを考えて行動できる。



 それと、今、滝ノ茶屋さんが気楽に話せるのは男女合わせて俺だけなのだ。

 なのに、彼女を放り出すのはひどすぎる。



「何も問題ない。だって、俺には好きな女子なんていないし」



「本当!? 本当に転校生担当係やってくれる?」



 滝ノ茶屋さんの目の色が変わった。

 どこか安堵したようなところがある。



 俺はしっかりとうなずいた。



「ありがとう! じゃあ、これからお願いするね!」

 滝ノ茶屋さんは、右手で俺の手を握った。



 女子生徒に手を握られたとか、いつ以来だろう。幼馴染の奴とかを除くと……初めてかな……?


明日も複数話、更新できればと思っています。お昼頃に一度目の更新予定です。

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