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18 転校生の寝落ち

 ヤバい、ヤバい!

 思いっきり、俺の肩にもたれてきた沙月の体温が届いている。



 これはとっとと起こしたほうがいいのだろうか?

 でも、こうもすぐにバスで寝落ちするぐらい疲れてはいるわけだし、倒れてこられて迷惑ですって態度を出すのも失礼ではないだろうか? 赤の他人ではないわけだしな……。



 そうしているうちに、バスが大きく向きを変えた。高速道路に合流するために大きなカーブに入ったらしい。


 そのせいで、さらに沙月の頭が傾いて、俺の肩から胸にズレた。



 どうしよう。さらに起こしづらくなった。ここまで完璧にもたれられている状態だと、指摘された沙月も恥ずかしいだろう。できれば、寝ている間にポジションを元のところまで戻してしまいたい。



 沙月の髪が俺の腕に当たる。髪ってこんなしなやかなものなんだろうか。もっと、ごわごわしたものだと思っていた。それとも沙月が特別なだけか?



 髪が腕に触れるせいで、全然、建設的な考えが浮かばない。

 むしろ、これで理性的でいろというほうが無理な注文じゃないだろうか。ゼロ距離のところに無防備の美少女がいるのだ。……いや、無防備っていうのはおかしいだろ。防備があろうがなかろうが、関係ない。



「すぅ……すぅ……」

 これは沙月の寝息か。

 こうも近いところで女子の寝息を聞くなんて人生でなかった……。あんまり見たこともないからわからないが……ASMR動画ってこういうものなのだろうか。



 いい・悪いの判断は諸事情で控えせてもらうけど、ASMR動画が好きな奴がいるのはなんとなくわかった。



 さて、どうしよう。

 ここは逆転の発想でいくか。




 つまり――俺も寝る!




 俺も寝落ちしていたということになって沙月のほうが先に目覚めれば、俺が起こすも何もなくなる。沙月も自分が寝落ちして、俺のほうに倒れていたんだなと気付くだろう。



 かなりの妙案だと思う。早速目を閉じる。

 眠れ、眠れ。寝落ちしろ。今日の俺はよく頑張った。疲れもたまっているはずだ。いくらでも寝られる。



「すぅ……すぅ……」

 目を閉じたせいか、沙月の寝息がさっきよりはっきりと聞こえた。



 気にするな。人間は目を閉じて横になっているだけでも、体力が回復するらしい。だから、知らないうちにまどろんでしま――


「すぅ……すぅ……」



 俺は諦めて目を開いた。

 無理だ。沙月の寝息が気になって寝付けるわけがない。



 自分の背筋を伸ばして、胸を張る。

 そうやって、少しずつ沙月を押し返す。



 最も楽なのは手を使って沙月のポジションを戻すことだが、俺が沙月を押している時に目覚められると、最悪、俺が何かしようとしていたように捉えられかねない。



 そしたら、不名誉なだけじゃなく、沙月との関係も何もかもなくなる。リスクが高すぎてできない。だから、どうにか手を使わずにやるしかないのだ。



 しかし、沙月を元のポジションに戻す前に大きな変化が起きた。

「うぅん……? あれ、私、寝てた……?」



 沙月の目が覚めた。顔は位置的に見えないが。

 そりゃ、高速バスのシートでの眠りなんだから、眠りそのものが浅い。ちょっとしたことで起きる。



「ああ。慣れない移動ってけっこう疲れがたまるからな」



「ごめん、私、大智のほうに倒れてたんだね」



 沙月も自分が倒れていたことはすぐにわかったらしい。これで大きな問題はなくなった。



 ただ、俺の考えていたようには物事は動かなかった。



「ねえ、大智……もう少しこのままでいいかな?」

 そう沙月はつぶやくように言うと、また俺の腕にもたれかかってきた。

 まだ俺は何も返事してないのだが……。



 もっとも、これでダメだって言うのは、人間として小さい気がする。



「まあ、枕代わりってことか。好きに使ってくれ」

 そんなふうに答えるのがやっとだった。



「うん、ありがと、大智」

 沙月が微笑んでくれているのがわかった。



 それにしても、彼女ができる前に、クラスメイトの女子に枕代わりにされるって、どんな特殊な人生なんだろう。








 バスは日が暮れかかったうちき駅前に到着した。

 休日で日暮れ時だからか、いつも以上に駅前は閑散としている。



 そんな静かな駅をバックに、俺たちは自転車で家路に着く。



「今日は一日ありがとうね、大智」

 沙月の声も明るいけれど、多少疲れがあるようにも思えた。それだけ一日を満喫した証拠だ。



「転校生担当係として合格点だったらうれしいな」

「うん、文句なしに合格点だよ」



 だったら、俺には何の悔いもない。今日の計画は大成功だ。



「だから今後とも転校生担当係をお願いするね」



「いいけど、ずっとこっちにいたら、そのうち転校生って言葉もおかしくなってくるぞ」

 六か月目の転校生とか日本語として変だ。せいぜい、最初の二か月ぐらいじゃないだろうか。



「そしたら、その時は、滝ノ茶屋沙月担当係ってことにして」

「なんか、お前の面倒ごと全部俺がやらないといけないみたいに聞こえるな……」



「そんなに間違ってないかも」

 いたずらっぽい声で沙月が笑う。



「どうする? やってくれる?」

 俺はわざとらしくため息をついた。


 これも俺が沙月に声をかけたのが悪いのだ。責任は背負ってやる。



「わかった。やってやるよ」



 今年の休日の中でも、今日はやたらと密度の濃い一日になったと思った。


今回で最終回です! 今まで読んでくださり、ありがとうございました! また、何かラブコメのネタを思いついたらやっていきたいと思います!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 甘酸っぱくて、とてもヨキ。 表現やシチュエーションに無理がない [気になる点] 続きが気になる [一言] 続編に期待。 18話は、もったいなく感じるとてもよい長さ
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