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 すぐ横に沙月がいる。

 前に駅に並んで座ったこともあるが、あの時とは事情が違う。スペースがある中で、沙月は俺の横を選んだわけだ。



「あのさ……沙月、向かいにもベンチある――」

 俺の言葉は言いかけた途中で途切れた。



 二十代の社会人らしきカップルが駆け込んできて、向かい側のベンチに座った。

 こうなると、俺たちもこのベンチを二人で使うしかない。



 あと、ベンチの向かいがカップルというのが、どうしても気になる!

 なんていうか、その対になってるベンチに座ってる俺たちもカップルであるような感じがしてくるというか……。


 沙月は嫌な気分になってないだろうな? これは不可抗力だからやむをえないんだが。



 雨粒が打ちつける音がはっきり聞こえる。傘の用意もないし、しばらくは待機するしかない。



 こんな時、何か言ったほうがいいだろうか。無言でじっと待つのはおかしいだろう。そういうのはガチのカップルなら、ロマンティックな空気が出るかもしれないが、俺たちには適用できない。単純にぎこちなくなるだけだ。



「――ロマンティックだね」

 俺に顔を向けて、たしかに、沙月はそう言った。



 どういうことだ……? こうやって二人で黙って座ってるのがいいってことか……?

 それが事実なら、沙月は俺に好意を抱いているってことになら……なくもないような……。



「ほら、雨に打たれてる庭園もよくない?」

 庭園の池に雨が降り注いでいる。石についている苔の緑も鮮やかになっているように見える。



 それで、沙月が俺に視線を向けたんじゃなくて、ベンチの後ろの庭園を見ているのだとわかった。



 ああ、そういうことか。

 危ない、危ない。先走って壮大な自爆をするところだった……。

 冷や汗をかいた。もう、雨に濡れたせいか、汗かわからないな。



「俺はそういう感性がないからわからないけど、沙月の感性は肯定する」

「何それ~? そこは普通に『そうだね』って言えばいいのに」



 声をたてて沙月は笑った。

 よほど面白かったのか、ぱんぱんと俺の肩を叩いたぐらいだ。



「大智、損な性格だと思うよ。そこ、答え方次第で、いいムードになったかもしれないのに」

「しょうがないだろ。あとさ、そんなことを考えて発言を選ぶような奴だったら……沙月もついてこないだろ」



 少し間が空いた。

「それって、どういうこと……?」



 聞き返された。あれ? 俺、そんな妙な返答をしただろうか?


 もしや――「お前は飾らない俺のことが好きだからついてきたんだろ」って意味だと受け止められたのか……?



 待て。それはあまりにも考えすぎだ。しかも、キザにもほどがある。そんな意味で言葉を口にした日には、謎のぶつぶつが全身にできる自信がある。



「ほら、そうやってムードを気にして発言する男って女子を狙ってる奴だろ。そんな奴と遠出する気なんて、沙月もしないはずだ」



「あっ、ああ……なるほどね。そっか、そっか。そういうことか……」

 沙月の言葉は歯切れが悪い。

 俺の言葉も説明臭かったし、しょうがないよな。それだけのことだよな……。



 知らず知らずうつむいていたら、向かいから声が聞こえてきた。

「あの高校生二人、すっごく初々しいね」

「青春物の映画のシーンぽい」



 おい、好き勝手に言うな! あと、聞こえるように言うな!

 こっちはただのクラスメイトだ。それ以上でも以下でもないんだ。



 やることもないので、俺は雨に濡れる庭園を眺めていた。だんだんそのよさもわかってきた気がする。有名な茶道の先生とかなら、気の利いたことも言うのだろうか。

 沙月もやることがないのは同じなので、庭園に目をやった。



「大智、こういう雨もさ、たまには悪くないなって思わない? ほら、何事も体験っていうか」



「だな。雨でテンション下げまくっても、何も解決しないしな。雨を楽しんだほうが人生得だよな」



 そこで、沙月はため息をついた。

「なんで、それで人生得みたいな言葉になるかな。言葉のチョイスがダメなんだよね」



「いや、そこでダメ出しされる理由がわからん。お前は俺の何かの教師か?」



「教師ではないけど、観察はしてるかな」

 いたずらっぽい目で沙月は微笑んだ。



 学校では見ない、小悪魔っぽい表情で……また違ったかわいさがあると思った。



 沙月の彼氏になった男はこんな表情を見られるのだろうか。それ、男としては腹が立つな。そういうリア充には不幸なことが起こってほしい。











 思ったとおり、にわか雨は短時間で上がり、また晴れ間が覗いた。

 俺たちはペダルとサドルを拭いて、再び駅前に戻った。



 もう、自転車は返却して、帰りのバスの時間までチェーンの喫茶店に入った。



「沙月は、何の変哲もない店だと思ってるだろ。袿町には一切存在しない店だから、ものすごく貴重だ」

「そんなところで、特別感を覚えてるんだ……」

「チェーンの県内一号店ができると、たいてい地元紙のニュースになるからな……」



 そんな話をして、俺たちは帰りのバスに乗った。

 あとは袿町まで一時間ちょっと揺られるだけだ。長い一日だった。






 ずいぶんたくさん話したし、話題も尽きてきた。帰り、話題が持つかなと思ったが、それは杞憂だった。

 疲れが出たのか、バスの発車早々、沙月は眠りに落ちてしまった。

 頭が前に倒れて、かくかく動いている。



 往復で二時間以上バスに乗るって、そんなにないかもしれないし、疲れもするか。



 だけど、バスがカーブに入ったところで問題が起きた。



 沙月の体が俺の肩にもたれかかってきた。



 柑橘系のいい香りがした。


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