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16/18

16 突然の雨

 昼食の後、俺は観光案内所で自転車を借りて、沙月に街を案内した。



 また、自転車かよって話だが(ちなみに沙月にも「また自転車なんだね~」ってきっちりツッコミを入れられた)、徒歩圏内にいくつも観光名所が密集してるわけではないので、しょうがないのだ。



 これは俺の責任ではなくて、県のほうの問題だ。なので、責任はとらん。県はもっと若い奴が来たくなるようなものを駅前に作ってくれ。


 かといって、駅前にテーマパークを誘致するわけにもいかないだろうし、採算がとれるほど人が来るとも思えないので、どうしようもないが……。



 袿町よりははるかに人口が多い県庁所在地だけあって、同世代の奴らとすれ違う時もあった。

 男の俺を見る視線がなんか冷たい。というかやっかみみたいなものを感じた。



 あれは「彼女と休日を楽しみやがって」というものだろう。

 違う。彼女じゃない。だいたい、俺は出会って一か月も経ってない女子とデートできるほど積極的じゃない。そんな性格だったら、これまでに一度ぐらい彼女ができてたはずだ。



 それとその時の俺はリア充オーラなんてまったく出してなかったと思う。

 正直言うと、俺は自転車に乗りながら焦っていた。



 駅前から徒歩圏内のわかりやすい観光地って、城ぐらいしかない! このままでは無茶苦茶時間が余る!



 今日の場合、特急バスの往復代がかかっているので、あまりにもショボいと沙月に申し訳ない。だから、往復の料金分の価値があったと思ってもらわないとダメなのだ。



 言うまでもなく、一日数本しか列車の来ない寂れた駅を見せるなんてのは許されん。ちゃんと観光に徹しないといけない。



 学校の奴に会うリスクも小さいからということで、県庁所在地に来たが、そんなに甘くはなかったな……。



 まず、食後に訪れたのは、駅前から一キロ半ほど離れた宮殿みたいな洋館の博物館。



「あれ、ここ、どこかで見たことがある気がする」

「ああ、漫画が原作の実写の邦画で使われたことがあるから、そのせいかもな」



 博物館というのは選択として地味だと思うが、建物自体が立派だから、どうにかなるだろう。

 あと、炎天下なので、適宜、室内に入らないときついというのもある。

 俺は所詮Tシャツだから汗をかいてもどうってことはないが、沙月は汗だくになることは想定してない服装のはずだ。



 沙月は展示品にもそれなりの興味を示してくれた。うれしいというより、ほっとしたという気持ちのほうが大きい。

 これで最低限の観光のノルマは達成できたと思う。


 あとは地元の果物でも使ったスイーツを出してる喫茶店にでも入ればいい時間になるんじゃないだろうか。



 ただ、沙月は俺が思っているより、はるかにアクティブだった。

 むしろ、アグレッシブという表現のほうが近いかもしれないが。



「そしたら、次はここに行かない? 水が流れてて涼しそうだし」

 博物館内の、観光マップを沙月は指差した。



 また、ここから一キロほどのところに、いわゆる巨大な日本庭園がある。公園扱いらしく、入園も無料だった。



「じゃあ、ついでに寄るか。自転車ならすぐだし」

「うん。当たり前かもだけど、同じ日本の街並みなのに、東京と全然違うね」



 沙月は微笑んでいるから、どうも褒め言葉のつもりらしい。

「こっちは全体的にのびのびしてる。本当を言うと、引っ越したくないって親に抗議してたぐらいなんだけど、今は移ってきてよかったなと思ってる」



「なるほどな。俺も今の言葉を聞いて安心した。やっぱり、引っ越したくなかったんだな」

「へっ? そこで安心するのおかしくない?」



 沙月がよくわからないという顔で首をひねった。両手は腰のところに当てられている。だんだん、沙月のリアクションも大きくなってきてる気がする。



「だって、『田舎が好きです』って言って、転校してくるほうがウソくさいからさ。いかにも公式の発表って感じで、心が入ってない。ほら、テレビで地方の特集が組まれた時に、芸能人が絶対に『田舎はいいですね』って言うだろ」



「そりゃ、テレビだからね。『田舎は最悪です』って言ったら炎上だよね」

「ああいう番組見るたびに思うんだよ。そんなによかったら、人間が引っ越してきて人口が増えるだろって。でも、現実には出ていく奴のほうが多いし、そもそもテレビで田舎を褒めてる奴らは東京から移住したりとかしないし」



 なんか、俺、口数が増えてるな。

 そんなところにムカついてたんだと、自分でも初めて知った。



「だから、沙月が引っ越したくなかったって聞いて、安心したんだ。そのほうが普通だよなって」

「普通だとしても、何もよくないけどね」

 くすくす沙月は笑ってくれた。



「いや、前提がウソなのよりははるかにいい。本当はダメなのに、それが素晴らしいってことになったら、議論すらできないからさ」



 じぃっと、沙月が興味深そうに俺の目を覗き込んでいた。

「大智、すごく真剣だね」



「ああ、悪い、悪い。なんでこんなことでスイッチ入ったのか、自分でもよくわからん」

 多分、地方で生まれた人間として、地方の問題をないことにできないからなんだろう。



「まあ、私はちょっとうれしかったけど」

「うれしい? 何が?」



「私が本音を言ったから、大智も本音話してくれたんでしょ。お互いに本音をさらけ出すって、少しかっこよくない?」

 顔が、かぁっと熱くなった。

 今のやり取り、カップルぽかったかもしれない。



「そうかもな……」



 俺はあわて気味に自転車を駐輪していたほうに向かった。







 でも、沙月と話して、平常心を失い気味だったのがよくなかった。

 周囲に意識を向けるのがおろそかになっていた。


 といっても車とぶつかって事故ったみたいな大きなことじゃないが……少々厄介なことになった。



 空模様が怪しくなってるのに気付かないまま、庭園に行ってしまった。



 これはまずいかもとわかったのは庭園に着いてからで、割とすぐに、ザアザアきつめのにわか雨が降ってきた。



「あっ! ヤバい、ヤバい! 大智、避難しよ!」

「あそこに屋根がある!」



 俺は無意識的に沙月の手を引いて、庭園の中にある東屋あずまやに逃げ込んだ。

 きれいなベンチも完備されてるし、急場はしのげるだろう。



「長くても二十分もしたら、あがる雨だ。しばらく耐えよう」

 俺はベンチに座った。当然、もう沙月の手は放している。



「だね」

 そう言って、沙月もベンチに座った。

 俺のすぐ横に。



 えっ……? 近くないか……?


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