15 転校生とそば
沙月のチョイスしたのは有名な怪獣映画だった。厳密には怪獣映画のリメイクってことになるんだろうか? そのあたりは俺はマニアじゃないからわからん。
俺の県でもやってるようなメジャーな映画でよかった。大都市の一部の映画館だけでやってるような映画はここだと見れないと思う。
席についてすぐにほかの映画の宣伝が流れた。この時間にしゃべるとマナー違反だから、自然と俺も沙月も黙ることになる。
……隣に女子がいるってだけで、こんなに落ち着かなくなるものなのか。
これまで自分が経験してきた映画館の空気とまったく違う。
今、うそ発見器みたいなのを取り付けたら、確実に反応すると思う。手に変な汗が出ている気がする。
もしかして、カップル割引のことが頭に残ってるのか?
それは安く入るための方便だ。もちろん、沙月も了解している。
だいたい、付き合ってくださいと告白したことだってないのだ。カップルということを気にする時点で間違っている。
今、沙月はどんな顔して映画(のCM)を見ているのだろう?
きっと、いつもどおりの様子で、映画を待ってるだけだ。
それを知れたら、俺も余計なことで心を乱さずにすむ。
ただ、映画館は暗いから表情は見えない。仮に明るくても、前から覗き込むようにしないとダメだろう。
とっとと映画、始まってくれ。そしたら、映画に集中できる。
約二時間後。
俺たちは映画館の外に出ていた。
「いや~、やっぱり迫力あったね。スカッとしたよ!」
「だな。ストレスも解消された気がする」
映画はまずまず面白かった。おかげで、俺と沙月の会話もはずんでいる。
こういう時、映画がつまらなかったら、なかなか悲劇的なことになるからな。つまんないものについて語っているうちに、その映画を一緒に見た奴までつまんないような気持ちになってくる。
いやいや……それはカップルで映画を見た時の問題だ。今回の俺たちには無関係のはず……。
「さてと、そろそろお昼時だね」
沙月がスマホを出して時間を確認する。十二時台になっている。
これが袿町だったら、昼食の選択肢もほぼ存在しないのだが、ここならどうとでもなる。イタリアンでも中華でも好きなものを言ってくれ。
でも、沙月のリクエストは俺の予想からズレてきた。
「せっかくだし、この県で名物の料理が食べたいな。そういうお店ってある?」
「名物……?」
想定外だったせいで、俺は聞き返した。
「うん。せっかく引っ越してきたんだし、ご当地フードみたいなのがあったら、そっちのほうがいいな。なんかある?」
「ご当地フードか。サクランボの漬物……それは昼食じゃないな」
まあ、ここは県庁所在地だし、観光客用にご当地フードを出す店ならあるはず――
「それと、できれば観光客用のお店じゃなくて、地元の人が使うお店のほうがいいかな」
「五月雨式にリクエストを出すのよくないぞ」
また、選択肢が狭まってしまった。
「ごめん、ごめん。だけど、観光客用の店だったら私一人でも探せるじゃん。どうせなら、大智がいないと見つけられないようなお店のほうがいいなって」
それは一理ある。しかし、この県のご当地メシって何になるのか。
「……沙月って、けっこう食べるほうか?」
「うん。ダイエットを気にして食を抜いたりはしないよ」
「それと、たとえば一枚の大皿に載ってるのをシェアするような形式でも大丈夫か?」
「大智も五月雨式に聞いてくるじゃん。ちなみにシェアでも問題ないよ」
そう言って、沙月は笑った。
「しょうがないだろ。これも沙月の要求に合わすためなんだから。……だったら、あれがいいか」
俺はスマホで近場にある店を探す。歩いて三分かからないところに候補があった。
店の前に来た沙月は少し意外な表情になった。
「あれ、ただのおそば屋さんじゃない?」
たしかに見た目は何の変哲もないそばの店だ。ただ、ここなら、名物と呼べるものを提供しているはずだ。
「俺を信じろ。今のところ、沙月の期待をほぼ裏切ってないだろ」
「それもそっか。大智を信じるよ」
たんにエスコートの範囲のことでしかないけど、信じると口で言われると、ちょっとこそばゆかった。
お昼時だから、席は八割がた埋まっていたが、ちょうど座敷の席が空いていた。
もう、注文するものは決めていた。
店員さんがオーダーをとりに来たところで、こう言った。
「板を一枚。二人でシェアします」
店員さんは慣れているのか、「はい、板を一つですね」と言って、去っていった。
「板? 食べ物で板って、板チョコぐらいしか思いつかないけど」
「あんまり食べ物に使う単語じゃないかもな。ちなみに、板チョコとは一切関係ない」
この県では、そばの店でチョコを食べるだなんて、独特の風習はない。
しばらくすると、店員さんが、板みたいに細長い木製の入れ物を持ってきた。
そこにひたすらそばが載っている。
「ああ! これが板なんだ!」
「そう、このへんだと板そばって呼んでる」
沙月の驚いた声を聞けると、エスコート役としてはなかなか楽しいものだ。
まだ数回のことでしかないが、俺の中でも沙月をいろんな場所に連れていくのが娯楽になりつつある。
でも、その理由の大半は、沙月が文句なしに美少女だからなんだろうけど。
これが、男相手なら、面倒を見ることなんて、それこそ面倒くさくてやれなかっただろう。
けど、行動の発端は善意だったはずだ……。だから、やましくはない……。
なお、沙月は板そばを余裕でたいらげていった。
俺と二人で食べたとはいえ、減り方のペースが半端ない。
「あっ……本当によく食べるんだな……」
「何? その幻滅したみたいな表情? 女子でもがつがつ食べてもいいでしょ? 食べ方が汚いわけじゃないし」
少し、沙月がむすっとした顔になる。
「違う、違う! そんな意図はないからな! 純粋に感心したんだよ」
「感心って表情でもない気がしたけどな~」
すぐに沙月が笑ったので、むすっとしたのも演技の一環だったようだ。機嫌を損ねたのじゃなくてよかった。
「追加注文したら、食べられるか?」
「余裕だよ、余裕♪」
俺は肉そばをオーダーした。ちょうど、その店はもう、冷たいのをやってたのでちょうどいい。
しばらくすると、肉そばが来た。
「えっ? 肉って鶏肉なんだ……。しかも、硬い部位が薄くスライスしたものだし……。こんなの、食べたことない!」
「そうらしいな。俺は子供の頃から食べてたから、中学の途中までどこにでもあるものだと思ってた」
そばの店に連れていって、大正解だったようだ。