14 転校生と映画館
ここの城はいわゆる平城で、天守も近現代になって作った模造のものすらないので、眺望は望めない。
それでも、沙月はかなりはしゃいでいた。
一言で言って、高校で見る沙月とキャラが違うのではと感じるぐらいだった。
「沙月って行動は子供っぽいな。教室だとミステリアスな感じもあるのに」
「転校生がはしゃぎまくったら、どこの高校でも浮くでしょ。ほどほどにおしとやかにしてたんだよ」
沙月は沙月なりに遠慮していた面もあるらしい。やっぱり、住む場所が変わるというのは、なかなか面倒なものだ。
「あっ、顔ハメ看板だ」
沙月の視線の先には地元ゆかりのお姫様という設定のイラストの顔の部分だけがくりぬかれた板が置いてある。
そこに沙月が後ろから顔を入れた。
「どう? 似合ってる?」
「似合ってるかどうかと問われれば、そんな似合ってない。沙月の顔が小さいから、サイズ感が変なんだ」
「ふうん。まあ、いいや。せっかくだし、大智、撮影して」
こんな写真いるかと思うが、そんなこと言い出すと、この世のほとんどの写真は無価値になってしまう。いちいち斜に構えずに撮影してしまおう。
自分のスマホでかしゃりと一枚。
「やっぱり、あまり似合ってない」
改めて確認してみて、俺はつぶやいた。
「そうかな? こんなもんじゃない?」
もう、沙月が戻ってきていて、俺の横からスマホを覗き込んでくる。
休日だからか、これまでの沙月とは違う香りがした。香水でも使っているんだろうか?
「いいや、そこまでよくはないな。沙月の今の服のほうがきれいだし」
「えっ?」
沙月がすっとんきょうな声を上げた。まさしく、すっとんきょうってこういう声なんだろうなっていうような、高い変な声だった。
「今、きれいって言ってくれた?」
沙月に尋ねられて、はっと気付いた。
もしや、俺、まあまあ踏み込んだ発言をしていたのか……?
「う、うん……。その服、本当に似合ってる。決して派手じゃないのに、沙月のよさが出てるっていうか……」
「あれ、大智、顔が赤くなってるよ。人を褒めるの、下手だよね~」
少し意地悪な声で、沙月が言ってくる。これ、おちょくられてるな……。
ああ! こんな時に逃げ腰になると、かえってネタにされる! ここは一転して攻勢に出るぞ!
「あのな、これはクラスの奴ら全員が思ってることだから、俺が代表して言うけど、沙月が着ればたいていのものは似合うんだよ! 質的に別格なんだよ! だから、制服じゃない外出用の服も似合って当然なんだよ!」
一気にまくしたてるようにカミングアウトした。目の前にいるのはクラス一、いや、間違いなく高校一の美少女だ。ファッションセンスだって、決してずれたりしてない。
それできれいじゃないほうがおかしいだろう。
また、何か言われるかと思ったが、沙月は黙り込んでいた。
それから、その顔がじわじわと赤くなっていった。
「あ、あああ、ありがとう……大智……」
「礼を言われることじゃないぞ……。それにクラスの意見を代表しただけだし……」
「そんな堂々と褒められたことないから変な気持ち……」
「それは謙遜だろ。前の高校でも絶対に褒められてただろ?」
「ないって、ないって。きれい系でもかわいい系でもクラスにもっといい子がたくさんいたしさ」
「なんだよ、そのS級の冒険者しかいない世界みたいな高校……」
そこまでいくと怖いぞ。別に都内の高校だからって、女優やモデルみたいな女子しかいないなんてことはないはずだぞ……。
俺のせいなのかもしれないが、気まずい空気になってしまった。でも、事の発端は沙月だった気もするし、ここは喧嘩両成敗ってことでいいんじゃないか?
「はしゃいでたからかな……。熱くなってきちゃった……」
沙月は左手をうちわみたいにぱたぱた振った。
「あっ、それは単純に気温が高いだけだ」
俺は天気予報アプリで、その日の最高気温を見せた。
「33度? ウソでしょ? まだ五月じゃん? 夏に突入してるよ!」
「ここは典型的な盆地だからな……。フェーン現象の時とか、もっとヤバい時もある。これ以上、炎天下を歩くのはやめたほうがいいかもな」
ただでさえ、まだ体が真夏の暑さに慣れてない時期だ。熱中症のリスクも高い。とくに城は日影が少ない場所だし。
ただ、昼食にはまだ早い時間だった。ここなら俺の地元と違ってチェーンの喫茶店はあるが、そこで時間をつぶすぐらいならもっと有意義な時間の使い方がないか?
ちょうどいい案があった。
「なあ、沙月、見たい映画ないか? 今から入ればちょうど十二時過ぎとかに終わる回に間に合うと思う」
「あ~、それなら――」
沙月がすぐに作品名を出したので、映画で休憩することで決定した。ちょうど俺もそこそこ気になってた映画だったので、それで文句なしだ。
あと、城で妙な雰囲気になったのも、映画で冷却できるだろう。
しかし、映画館に行って、俺はとんでもない事態に直面した。
映画館の発券ブースにこんな看板が置いてあったのだ。
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カップル割引
二人でごらんの皆様、カップルだと伝えていただければ
200円割引いたします!
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俺は硬直していた。
ヤバい。これを狙って、やってきたと思われたら、軽蔑されるぞ……。
横を見たら、沙月もまあまあ硬直していた。そりゃ、気楽に「ラッキー、安くなるね~」というテンションではいられないだろう。
「あの……こんなものがあることまでは知らなかった。偶然のアクシデントだ……」
「うん、わかってる。気にしてないから……」
本当に気にしてないのだろうか。あまりそんな余裕のある声には聞こえないんだが。
付き合ってるわけでもない男子と映画館に来て、いきなりこれで……うれしくはないよな。
「どうする? 別々に切符買っちゃうって手もあるけど……」
「そんなところで200円追加で払うのはばからしいよ。カップルって言えばいいだけでしょ」
沙月は覚悟を決めたのか。
だったら俺はそれに従うのみだ。
俺と沙月は、発券ブースの係員に、「カ、カップルで……」「カップルで……お願いします……」と揃わない声で注文したのだった。