13 転校生と城
俺たちは定刻通りにやってきた特急バスに乗った。ウェブで事前座席指定をできるので、後ろの二席にした。
席を並べると、いかにもデートのつもりですって感じが出ててよくないかもと思ったが、変に離した席にするほうが不自然だよな。だいたい、俺は転校生担当係なのだ。離れていては案内もできない。
「ふう、高校の奴が誰もいなくて、よかった、よかった」
席につくなり、俺は安堵のため息をついた。五百ミリのペットボトルを、前のボトルホルダーに入れる。
「大智って異様に知られるのを気にするよね。全国指名手配を受けてるみたい」
沙月がくすくす笑った。
「全部、沙月のためって言ったら偽善になっちゃうけど、沙月のことも考えて注意してること自体は本当だ。沙月は転校生だから、周囲からの注目が二段階は上なんだよ。それと、転校生ではないけど、噂の被害者の前例はいる」
俺は中学の時に、付き合いだした奴らのことを話した。部活が同じで、よく対外試合をしていた隣町の中学の女子と付き合った奴がいたのだ。
そいつらは当然のように、周囲の視線を浴びまくった。最初はノロケてたようにも見えたけど、だんだん居心地が悪くなっていた。
それが原因というわけではないが、別れてしまった。
「別に注目されたのが原因じゃないならいいんじゃないの?」
「むしろ、問題はそのあとだ」
そいつらは別れてからもさんざん過去に付き合ってた奴という目で見られた。
なにせ、無関係な生徒の保護者まで知ってるんだからな。
「俺はほぼノータッチの立場でいたから、その男子からこんなことを言われた。『ここまでネタとして消費されるって思ってなかった。これで慰謝料すら請求できないとか、クソゲーもいいところだ』って」
「そこまで聞くと笑えないね」
沙月も深くうなずいている。
「別に噂話をしてた奴らの性格がドス黒いわけでもないんだけど、暇な奴が多いんだよ。その暇がろくでもないことをしでかすことがある」
転校生担当係っていうものの業務内容は謎だが、少なくとも転校生の沙月が不快な思いをしないようにするべきではあるだろう。
袿町は田舎も田舎だ。
将来、東京に出ていけるチャンスがあったら、あっさり出ていくかもしれないし、マイルドヤンキーみたいに地元を愛してますと言う気もしない。
だけど、遠くから来た転校生に「最悪の田舎だ」なんて思ってほしくはない。
何年、沙月がこの土地にいるのかまったくわからないが、どうせならいい思い出を作っていってほしい。
でないと、俺の前半生は「最悪の田舎」に住んでた不運な奴ということになってしまう。それはあんまりだ。
もっとも、こんなことまで言葉にして、沙月に言うべきじゃないだろう。きっと考えすぎだと笑われるのがオチだと思うし。
それにしても……沙月の腕、細いな……。
なんか人形みたいな儚い雰囲気がある。触ったら溶けてしまいそうというか。まあ、触らないけどな! 女子の腕を触る局面なんてないけどな!
そういや、昨日、芹香からこんなメッセージがLINEで来た。
『どうしたら滝ノ茶屋さんみたいなスタイルになるのかな~?』
俺が「それは本人に聞けや」と返事をしたら、
『芋煮を食べるのが悪いのかな?』
とまたメッセージが来た。芋煮のせいにするな。芋煮に失礼すぎる。
とはいえ、芹香の二の腕とかもちもちしているので、沙月を見て、質的に違うと思ってもしょうがないのかもしれん。多分だけど、沙月は運動量が足りてない。
やがて、バスが動き出した。バスは駅前こそ、何度か信号に引っかかっていたが、やがて高速道路に入ると、順調に目的地目指して走っていく。
窓際のほうに座っている沙月はやたらと景色を眺めていた。
「高速の景色ってそんなに面白いか?」
「こんなに高速ってすいてるんだね」
「ああ……。都内の高速は混んでるだろうな……」
このへんは車線規制があっても、スムーズに走れたりする次元だ。だからこそ、車社会になっているとも言える。
「それで、着いたらなんだけど、とりあえず城にでも行くか」
行った都市がかつての城下町なら、城に行くというのが自分の観光のルールだった。なんか、その都市に行った気になれると思うのだ。
「うん、いいね。お城って意外と行かないんだよね。小田原城ぐらいしか記憶にないや」
江戸城には行かないのかと思ったが、近場だとかえって行くことがないのかもしれない。
あと、江戸城がある分、東京近辺にはぽこぽこ城下町があったりはしないので、お城に行く機会は少ないのだろう。
だとしたら、ちょうどいい。
遅延もなく、バスは駅前のバスターミナルに到着した。
「へ~、ここはさすがに都会だね」
沙月は周囲を見回していた。県庁所在地の大通りなので、それなりにビルも建ち並んでいる。
「この県で一番発展しているところだからな。これが田舎に見えたら、落ち込むな……」
――と、沙月が俺の手をぐいっと引っ張った。
「え? なんだ、なんだ?」
いきなり、手を握られて、小さなパニックになった。完全に想定外のことだった。
「そこにお城まで四百メートルって看板があったから。あっちだね。さあ、行こう、行こう!」
意図はわかった。駅前だから、観光客用の案内板も多いのだ。ただ……。
「エスコートは俺の役目なんじゃないのか?」
「固いこと言わなくていいじゃん。まずはお城に行くって知ってるわけだし」
今になって、やっぱり城以外に行くとも言えないので、俺は沙月に引っ張られていった。
もし、この光景を誰かが見てたら、絶対にデートしてるって認識するんだろうな……。
いや、デートじゃない。ただの道案内だ。余計なことは考えるな。
途中から、足の遅い俺の手を放して、沙月は前に、前に走っていった。
石垣に囲まれた道を歩く白いスカートの少女。
時代もまったくかけ離れてるのに、やたらと絵になった。
沙月で観光PRのポスターを作ったほうがいいと思う。普通に客を呼べるぞ。