1 五月の転校生は都会のJK
新連載はじめました! 現代もののラブコメです! よろしくお願いいたします!
「はじめまして、滝ノ茶屋沙月と言います。まだこの町でのことも全然わかってないので、いろいろ教えてもらえるとうれしいです」
俺にとって高二のゴールデンウィークがとくに何もなく終わった直後。
その女子生徒はこの高校にやってきた。
名前は滝ノ茶屋沙月。
わずかに茶色くて、肩にすらっとかかる長い髪。スタイルがいいせいか、実際の身長より少し高く見える。顔だちも現役のアイドルが来たみたいに整っている。
まさに文句なしの美少女と言っていいだろう。
そういえば、五月って、まさに昔の読み方だと「さつき」だから、タイミングとしては正しいと言える。
俺の隣の男子生徒も前の女子生徒も、軽くあっけにとられていた。
いや、転校生を紹介した担任の教師でさえも、うろたえているぐらいだった。
それは袿町に唯一の高校である、この袿中央高校の二年一組にとてつもない衝撃を与えた事件だった。
ただ、この俺、村田大智は内心で思っていた。
転校生が来たことで、まずいことになるかもしれない……と。
もちろんただの思い過ごしの可能性もある。
それなら、それでいい。まずいことなど起きないほうがいいのだ。
だいたい俺は男子。女子の転校生の問題は女子の側で解決してくれればいい。
まずは、最初の数日、様子を見ればいいか。
ちなみに、その滝ノ茶屋という転校生は空いていた俺の隣の席に座った。
「これからよろしくね」
転校生は座る時、律儀に俺にもあいさつをしてきた。
「ああ、うん、よろしく」
俺もそっけない返事をした。
●
一週間後。
俺の不安は的中した。
休み時間、転校生の滝ノ茶屋沙月は自分の机でつまらなさそうにしていた。実際につまらないだろう。
やっぱり、こうなってしまったか……。
ただ、別に滝ノ茶屋という転校生に罪はない。
罪があるとしたら、環境だ。
この袿町は地方のさらに山間の小さな町だ。
それこそ、県庁所在地の人間に「袿町って内気な人しか住んでないんでしょ」と、もはや何万回言われたかわからないようなネタにされ続けているうらいである。
ちなみに、そのネタは基本的に当たっている。とても積極的なコミュニケーションが得意な奴が多い町ではない。
で、それは地元の高校生が集まってくるこの高校でも同じだ。生徒の人数も知れているから、大半の生徒は小学校も中学校も顔見知りと言っていい。
そんな中に、間違いなく美少女のカテゴリーに入る転校生が突如やってきたのだ。
完全に女子生徒たちは浮足立ってしまった。
その結果、滝ノ茶屋という生徒が「おはよう!」とあいさつしても、「あ、うん…………お、おはよう」と陰キャ要素全開の反応をして、逃げていく有様だった。
ちなみに我がクラス最大の陽キャ女子のはずだった生徒すら、「ご、ごめんなさい……」となぜかあいさつに対して謝罪をするというていたらくだった。
そう、みんなガチの都会から来た美少女の扱い方がわからずに逃げ続け、その結果、転校生は孤立することになったわけだ。
まあ、そりゃそうなるよな……。
この袿町は県庁所在地に出るのにすら車で二時間以上かかる。地方の県の中でも有数の田舎だ。県庁所在地から転校生が来ても、生徒はおどおどするだろう。
タピオカミルクティーだって本当に存在するものか疑っている生徒がいるぐらいだ。
それがいきなり大都会の空気をそのまままとったような転校生が来たら、一種のパニックが発生する。
ある意味、積極的に転校生を排除する方向に動きが出なかっただけマシと言えようか。
多分、現実は転校生を排除するとか、マジで罰でも当たるのではないかと恐れて、とてもできないぐらいみんなチキンだったというのが実情だろうが……。
ちなみに俺は親戚が東京都の松戸(あれ、東京都じゃなかったっけ……? まあ、似たようなものだ)と大阪府の西宮(あれ、大阪府じゃなくて兵庫県だったか? まあ、大差はない)に親戚が住んでいるので、ほんの少し人口が多い場所の価値観がわかる。
松戸の駅前もこの町と比べると、とてつもない大都会だ。むしろ、比べるのが失礼にあたる。
世の中には袿町のように朝八時の列車の次は昼の十三時までしかないところばかりではなく、十分待てば必ず次の列車が来るような土地もあるのだ。
目の前で列車が出ていったのを見て絶望していたら、数分後に次のやつが来た時は本当に衝撃を受けた。
おそらくだが、このクラスで一番都会に詳しいのは俺だ。
ここは、俺が都会を知っている者代表として、話しかけるべきではないだろうか?
無論、問題は多い。男子が女子に話しかけるとか、こんな田舎の町の高校でやれば翌日には全校生徒に知れ渡りかねない。それでかえって転校生が居づらくなってしまったら、事態は悪化するだけだ。
だが、困っている人間を見て放っておくわけにはいかないだろう。
それに一か月後だともっと話しかけづらくなる。今なら、まだ転校直後の延長線上の時間ということになる。
その日の放課後。
教室の生徒たちがぞろぞろ去っていくなかで、転校生の美少女は居残りを命じられたように、机に突っ伏していた。
そして、校則では一応禁止になっているスマホをさっと取り出して、何か打ち込みはじめた。おそらく、都会の友人とSNSでやりとりでもしているのだろう。
「はあ……なんか上手くいかないや」
その転校生の独白に俺は、さっと口をはさんだ。
「悪い。君のせいじゃない。ここは冗談抜きで内気な奴が多いんだ」
びっくりしたような顔で、転校生がこちらを振り向いた。
まさか、ほかに残っている生徒がいるとは思っていなかったのだろう。
「ごめん。隣の席でつらそうにしているから、気になってた。おせっかいだったらそう言ってほしい」
「ああ、君は……ええと、村田君だっけ」
少し自信なさそうに、転校生は俺の名を呼んだ。
「名前覚えてくれてたんだ。ちょっと、光栄だ」
正直、男子なんて一人も顔と名前が一致してないと思っていた。
「私もクラスに溶け込もうとして、それなりに努力したからね」
転校生は一瞬だけドヤ顔になって、それから、また疲れた顔に変わった。
「だけど、ここまで避けられるとは思わなかった。そんな孤立するタイプじゃないって思ってたんだけどな……。人生でぼっちの経験なんてなかったし」
「それは滝ノ茶屋さんの責任じゃない。それは本当だ。転校生にも、都会人にも慣れてないんだ。町民代表として謝罪する」
俺は頭を下げた。もちろん謝罪会見じゃないし、なかばギャグだ。
幸い、滝ノ茶屋さんはくすくす笑ってくれた。
「何それ? なんで村田君が謝るわけ?」
その笑顔は自分がこの目で見た女子高生の中で、間違いなく一番かわいかった。
いや……見惚れるな。
別に俺は下心で声をかけたわけじゃない。
「さっきも言ったけど、滝ノ茶屋さんは何も悪くない。ただ、相性が悪いんだ。説明させてほしい」
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