デブの山田が令和に入ってTSしたから、皆で可愛く魔改造する話
「あーあ、この学校に可愛い女の子が転校して来ねーかな」
「来る訳ネーだろ、ココ男子校だぞ?」
同級生の衣笠から的確なツッコミが入る。
そう、ココは工業高校。一応は共学って話になっているが女子は皆無。
それどころか学園祭とかでも 工業高校=不良 みたいな謎イメージのおかげで女子は殆どやってこない。
更に言うと進学しても理工系、女子とは縁遠いのは確定だ。
「あー、学生のウチに女の子とイチャイチャしたかった」
「言うんじゃネーよ」
屋上で二人、体育の授業をサボりながらコーヒー牛乳を啜る。
十連休ボケが取れない俺達は、優雅なコーヒーブレイクとしゃれ込んでいた。
下界で必死に走る同級生の頑張りをつまみに一杯やるのは堪らない。
校庭を走る生徒達を、衣笠が面白おかしく実況するのがお決まりだ。
「遠藤選手抜け出したー、佐藤選手食らいつく、ああっと山田選手が遅れています、エンジントラブルでしょうか?」
「燃料切れだろ? デブだから」
山田君はドスンドスンと走る音が聞こえて来そうな程のデブ。
愛嬌があるデブでクラスでも人気者、いじられキャラってヤツだな。根は真面目なんだが食欲には勝てないらしいです。
「しっかし、山田のおっぱいスゲーな」
「藤谷さー。流石に男のおっぱいに釘付けってのはヤベーぞ?」
そうは言われても男、藤谷。おっぱいに貴賤無しを標榜する者なり、それが山田のおっぱいであろうともジャッジには一点の曇りもない。
「さぁて? 今日の山田のおっぱいはー?」
「きめぇぇぇ! 笑うでしょ! オイ、止めろよお前と山田の濡れ場とか想像しただけで吐く! コーヒー牛乳戻す!」
キモいキモいと言いながらも衣笠はバカ受けだ。ま、おっぱいマイスターの俺にしたって流石にデブの山田のおっぱいに欲情はないよ?
……ない、ハズなんだが。
「オイィィ! ホントにコーヒー牛乳吹くヤツがあるかよ、草ァ! 汚ぇ!」
「……本物だ」
「・・・え?」
「アレ、本物のおっぱいだ!」
「藤谷お前……とうとう?」
衣笠に頭を心配されながらも、俺は山田のおっぱいから目が離せなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「おっぱい触らせて!」
体育の授業が終わるなり、俺は山田君へ真摯なお願いをした。
「藤谷さん? 俺はドン引きしてるよ?」
衣笠に引かれようが関係無い。俺のおっぱいマイスターとして生涯が掛かっているのだ。
男と女のおっぱいすら区別が付かないというなら、マイスターの称号を返上して一から出直しである。
「いや、なんだよおっぱいマイスターって……」
衣笠のぼやきは無視! 問題の山田は……何時もは冗談でおっぱいを触らせているくせに、今日に限って拒否してくる。
「デュフフ、藤谷殿、それはセクハラが過ぎるデブよ」
そんな事を言いながら体をクネクネ、面白デブの名を欲しいままにしているだけはある。
だが、おっぱいマイスターである俺を謀ろうとは片腹痛い。
「山田ァ! お前、休みの間に女になっただろ!」
「藤谷サン? 男になったなら解るけど、女になったは意味がワカランです」
「衣笠は黙ってろ! 俺は山田ちゃんに聞いている」
「ちゃんww」
衣笠を放置して、真剣な顔で山田を見つめれば、いつもヘラヘラ笑っているのに深刻な顔で俯いている。
「実は……休みの間にチンコがなくなってて」
「本当、なんだな……」
女体化、今どき漫画でもベタな展開だが、本当にあったとは。
「イヤイヤイヤ! ネーだろ! 笑わせんなって」
だが、衣笠は信じていない。普通はそうだろう。だが俺は俺のおっぱい眼を何よりも信じている。
「デュフ! 藤谷殿ぉ? ピュア過ぎデブよ。 拙者の冗談を真に受けるトロロ」
山田はそう言って誤魔化すが……パッドも整形も、デブの寄せ上げも俺の前では全てが無意味と知れ!
「お前のおっぱいは女のおっぱいだ、その事実は揺るがねぇ」
「藤谷ィ、ホモでもキチーのにデブ専は友達を続ける自信がねーよ」
「衣笠、俺が一度でも間違った事があるか?」
「ねぇ……ねえけど……」
衣笠から余裕が失われる、そして山田からも。
「いや、今日の藤谷殿は冗談が通じないデブねぇ」
デブである事を示す発汗。それにしても限度を超えている。
そして遂に衣笠が暴挙に出る。
「ンなモン! こうしちまえば解るだろうが!」
突然山田の股間を握る。
衣笠のこういう所、実の所コイツこそホモじゃねーかと思うが、やぶ蛇なので突っ込まない。
とにかく、賽は投げられた。……果たして?
「な、無い!」
「ううう……」
呆然とする二人。俺だけは当たり前の結論にホッと息を吐く。俺の魔眼はまた一つの嘘を見破ってしまったか……
悦に浸って居たのだが、恐ろしい程の静寂が訪れた。
見れば皆が俺達のやり取りを固唾を飲んで見守っていたのだ。
「嘘だろ!!」
クラス中の絶叫が重なった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
どうやら山田は平成から令和を跨ぐ時、チンコを忘れてきたらしい。
いや、医者にはホルモンバランスがーとか言われたらしいが、ココまで急激に女になってしまう例は全く無いとか。
山田は隠し通す気だったらしいが、俺のおっぱい眼を見くびったのが運の尽きだ。俺にだけでも言ってくれればつるし上げる様な真似はしなかったのに。
とにかく、TSしたヤツが居るらしいと噂は学校中を駆け巡った。
そしたら来るわ来るわ、休み時間ごとに見学客が鈴なりであった。
しかし、相手はあのデブの山田。魔眼の一つも無ければ女と見破るのも不可能なただのデブである。一様に、みな肩を落として帰って行く。
「俺の事でもねぇけど、ああも露骨にガッカリされると腹立つな」
衣笠はコチラを覗き込む視線に辟易していた。俺だってそうだ。だが、当の山田は気にする様子も無い。
「拙者は気にしないデブよ。何も変わらんでごわす」
うーん、得意の面白デブ語も、女の子が喋ってると思うと痛々しい。
「山田は取り敢えずデブ語禁止な」
「え? どうしてデブ?」
「面白く無いです!」
「ブゥ……」
山田がしょげかえるが、面白くないのだから仕方が無い。
「オイ! 藤谷! 衣笠! 山田君の事、今する話かよ!」
真面目クンの佐藤に注意されるが納得が行かない。学園祭だかなんだかしらないが、七月のイベントの話を五月の中頃にされたって気持ちが入るワケ無いだろう。
そりゃ、工業高校らしくメカの一つも作るんだったら、今から準備は必要だが、クラスメイトが女体化してるんだぞ? 大事の前の小事じゃねーか! 友達甲斐の無い奴め。
「今する話だよ!」
「何だと!」
だから、売り言葉に買い言葉、適当に言っちゃった。
「山田の体の謎を解明するんだよ!」
「出来る訳無いだろう? 医者もお手上げだってのに」
うーん、確かに。ソコへ衣笠がケタケタと笑いながら手を挙げた。
「あー、だったら『山田美少女化大作戦』ってのはどうだ? 研究発表で」
面白半分の衣笠の提案、普通は通るはずが無い。
しかしここは狂気が宿る場所、工業高校だ。
「ソレだ!」
またも、クラス全員の声が重なった。
「ブゥ?」
いや、ただ一人、当の山田だけは戸惑っていたが。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
学園祭までに山田を美少女に改造する。
一見無茶にも思えるミッションだが、途轍もないドリームチームが結集してしまった。
No.1 栄養士を母に持つ山崎
コメント「任せとけ、俺の作る飯で太るなんて事はあり得ねぇ、プロテインも効果的に使っていくぞ!」
No.2 ボクシング部だけど、減量とかトレーニングの方が趣味の大門
コメント「オッス、有酸素運動を中心にしつつ、加圧トレーニングで基礎代謝も上げて行くぞ!」
No.3 ネカマの世界で神と呼ばれた山中
コメント「えー、たのしみー、てってー的に仕上げちゃうぞ!」
No.4 皮膚が弱過ぎて乳液とかに拘る内に、あらゆる基礎化粧品を知り尽くした大越
コメント「一ヶ月で山田君の肌をモチモチ艶々に仕上げてみせる!」
No.5 親に工業高校にねじ込まれたけど、実はファッションに自信ニキ衣笠
コメント「仕上がり次第でコーディネートを変えるから、俺は様子見ね」
No.6 おっぱいなら俺に任せろ、世界一のおっぱいマイスター藤谷
コメント「ブラジャー選び? 全てのフィッターを過去にする!」
No.7 実はお姉さんが声優なんだって! クラス委員の佐藤君
コメント「山田って『疾風の摩耶』ってアニメキャラが好きらしいけど、姉さんの声なんだよな、お願いしたらノリノリで一時間も応援メッセージ収録してくれた」
No.8 その他一同
コメント「ダイエットマシーンを制作します、基本はただのエアロバイクなんだけど一定速度で走っている間だけ『疾風の摩耶』の応援メッセージが再生されます、速度を下回ったら最初から、最後まで聞くには一時間運動する必要があります」
以上。
「いやー、存外のメンバーが集結してしまいましたねファッションに自信ニキ衣笠氏」
「おっぱいマイスターの藤谷さんもそう思いますか?」
俺達は、いつもの通り、面白おかしく笑っていた。
まー所詮は山田だと。
しかし、一ヶ月後。学園祭を直前に控え、令和の怪物が俺達の前に立ち塞がるのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「え? 山田……さん?」
とうとうブラジャーを選定する当日。衣笠と共に俺の前に現れた山田は、完全無欠の美少女と化していた。
いや、仕上がってきてるな、とは思ったよ? でも普段はジャージだしノーメークだし。
まー男が女になって、メチャクチャ努力してもこの程度かぁ。
……って甘く見ていたらコレだよ!
「お、オイ! 衣笠! どんな魔法を使った!」
俺は衣笠に詰め寄る。大越君は肌の調整まで、仕上げのメイクは衣笠の担当だったのだ。
しかし、その衣笠もブルブルと震えている。
「や、ヤベーよ大越氏の調整した肌が完璧、化粧のノリがヤバすぎた。そんで、体もな」
「か、からだ……」
山田の方を見て、俺はゴクリと唾を飲み込む。
「いや、服を選ぶ時に軽く見ただけなんだが、筋肉の付き方から何から完璧過ぎる。山崎と大門の仕事が恐い」
「オイオイオイ、俺死ぬわ」
え? だって、だってだってだってだよ? 俺の役割って……
いやいや、取り敢えずソレを考えるのは止めよう。
その前に突っ込みたいのは衣装担当だった衣笠氏の仕事よ?
選ぶのが地味目な白のワンピースに、青いリボンの麦わら帽子ってどうよ? 流石に手抜きじゃない?
「ばっか、もう手を入れる所がネーのよ。黒髪ロング(山田君は元々不潔な感じのロングヘアだった、今は艶々してます)に白のワンピに麦わら帽子。工業高校の女慣れしてない男なんてコレで即死だからね?」
「ハイ……」
俺も今、正に殺されそうです。ちなみに地味に見えてあのワンピ、五万円以上するらしいよ。
しかし、これ以上俺がどうしろと?
「あ、あの? 山田さん?」
「なに?」
小首を傾げて上目遣いにコチラを伺う、麦わら帽子に隠れてイタズラっ気を含んだ片目だけがコチラを見ていた。
グッ! ネカマの神、山中すらも俺は完全に見くびっていた! 神はココに居た!
「え、えっと、僕は何をすれば良いのかなーって」
しどろもどろに問いかける。だってアレだよ? そんな事出来る訳も無い。
だけどだけど、クスクスと笑いながら近づいてきた山田が耳元で囁く。
「選んでくれるんでしょ? ブラジャー」
「は、ハウッ!」
思わず息を飲む、声がで、出ないッ!
ブ、ぶらじゃー? で、出来るかぁぁぁぁぁ!
その絶叫を、俺は寸での所で飲み込んだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
しかし、しかし、俺はおっぱいマイスター。自分の仕事には絶対の自信がある。
ランジェリーコーナーは友達さ、マネキンを見てるだけでも楽しいからね。
ココで俺がチョイスしたのは青いブラジャー。
「オイオイ、水色のが透明感があって良いんじゃ無いか?」
衣笠のツッコミ。確かに透明感のある美少女に青のブラジャーはキツい感じに見える。
だが、このブラジャーの真価は透けて見させる事にある。
「どう言う事だ?」
「それはな……」
学園祭の発表、その場で当然、例の山田マシン(声優の声が流れるエアロバイク)を山田が実演するだろう。
一時間もエアロバイクを漕いだらどうなるか?
「汗だくだな……ああっ!」
「気が付いたか、そう白いワンピは透ける!」
そこでハッキリと見えてしまう水色のブラジャー。
いや、実は青いブラジャーなのだが水色のブラジャーだと思うとメチャクチャ透けている様に錯覚する。
だから、ココはデザインだけが小さいリボンとかをあしらった少女趣味のモノで、色だけがドぎついブルーのブラジャーをチョイス。
「お前、悪魔だな」
「俺は、おっぱいの為なら悪魔に魂を売る」
決意を新たにサイズを確認、ディ・モールト! 完璧なサイズがある!
「本当に、測らなくて良いのか?」
「俺の魔眼に不可能は無い」
寧ろ、触った事なんて殆ど無いからね。姉のブラジャーとかを触ったぐらいだよ。
後は……まぁエロビデオとかグラビアとかでレベルを上げただけ。
「ソレでその自信はドコから来るのか」
衣笠は呆れているがおっぱいは俺を裏切らないし、俺はおっぱいを裏切らない。
「コレだ! 山田さんコレを付けてみてくれないか」
俺が至高の一着を差し出すと、しかし究極の美少女は思い詰めた顔で俯くのみ。
……なにを? と思った矢先、山田さんは俺の手を引いて、向かうのはランジェリーコーナーの端。
……まさか!
――シャッ!
カーテンが閉められる音。
「や、山田さん?」
更衣室の中、二人っきり! 美少女と! 見れば山田さんも顔が真っ赤!
俺が渡したブラジャーを手にプルプルと震えている。
え? コレ何? あ、逢い引き? え?
「ふ……」
「ふ?」
俺はゴクリと唾を飲み込む、視線は胸に釘付けだ!
「藤谷殿ぉ! 拙者ブラジャーの付け方などワカランですよ!」
あっ! コレ山田だ! そう言えば山田だった、スッカリ忘れていた。
だけど、見た目は完璧に美少女で……俺はどうすれば?
「いや、俺も付け方は……」
「藤谷殿ソレはないですぞ!」
涙目の美少女の顔がアップで迫る。うぐぅ!
「山田さん、その口調は……」
「あっ……山中君に怒られちゃう」
そう言って口調を戻すと、改めて美少女でしかない。
「で、でも店員さんも居るし……」
俺がそう言うと、山田さんは首を振った。
「あの、一度だけで良いの。皆でココまで来たんだから、藤谷君に付けて貰いたいデブ……なって」
そうか、俺は皆の意思を背負ってココに居る。逃げる事は、許されない……のか?
「あんまり、見ないでね」
そう言って、山田は右肩からワンピースの肩紐をゆっくりと外していく。
その顔はメチャクチャに赤くて、俺の顔もきっと赤くて。
「あの……どうかな? おかしくない? 変だよね? 私、少し前まで男だったから」
そう言って露わになった双丘は……それは、ソレこそが。
俺が長年追い求めて究極のおっぱい!!
完璧だ! サイズ、ハリ、弾力、乳輪、乳首。その全てがケチのつけようも無い! 究極の美がソコにはあった!
理想郷はココにあったのだ!
「ふ、藤谷君?」
「なんだい?」
「どうしたの? 急にキリッとして」
俺はエデンに辿り付いたのだ、夢を叶えた少年は男になった。
って言うか、コレ夢だろ? 俺は一ヶ月以上にも渡る長い長い夢を見ているんだ、山田が女の子になって理想のおっぱいをひっさげて戻ってくるなんてあり得ない。
ああああああああああああああああああああああああああああ
「あっ、ンッ! や、やっぱり藤谷君って上手いね」
「当然だろぅ?」
壊れながらも、殆ど無意識に俺は任務をやり遂げたみたいです。
ちなみに、メチャクチャ柔らかくて気持ちよかったことは報告しておきます。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ピッピピピピ
目覚まし時計がけたたましく朝を知らせる。
バンッ!
俺はソレを景気づけにぶっ叩いて黙らせる。朝の恒例行事だ。
ぜーんぶ夢、山田が女体化なんてあり得ないし、俺がそのブラジャーを選ぶなんてもっとあり得ない。
今日は学園祭当日、日曜日だ。
……目覚まし時計に掛かっているのは青いブラジャー。
そう、青いブラジャー、あのブラジャーだ、消える事は無い。
やっぱり夢、じゃないよなぁ……
俺は結局、山田が買ったブラジャーと同じモノを後から買ってしまった。
使い道なんて当然無い。あの日の事を鮮明に思い出す為だけに買ってしまった。
「今日、学校に行ったら全部夢オチって無いかね?」
いまだに信じられないが、信じられるモノが一つだけあった。
「俺はおっぱいマイスター! おっぱい眼を武器に、いざ参る!」
俺は青いブラジャーをはちまき代わりに、意気揚々と家を飛び出した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「え? 山田さんが来てない?」
学校に到着した俺を待っていたのは悲報であった。
「ヤベーんだよ、三日前から風邪だってよ」
流石の衣笠にも焦りの色が隠せない。
「ってか、藤谷。その頭のブラジャーなんだよ?」
「いや、山田さんとお揃いだと思って」
「斬新なセクハラやめろ!」
などとガヤガヤやっていると、フラフラの山田が飛び込んで来た……のだが。
「ううう、着いたでござるぅ」
「え?」
空気が固まった。やって来たのは山田だった。山田さんじゃなくて山田だった。
数日見ない内に体重がかなり戻っている。髪もボサボサだし、肌だって荒れている。
「風邪引いて、体力付けようとお粥を食べまくったらリバウンドしたでござるよ」
「台無しじゃねーか!」
衣笠が叫ぶ、だがそんな事はどうでも良いのだ。
風邪を引いて体型が崩れるなど、モデルさんだって良くある事。
だけど、良くあるワケが無い事が一つ。
「山田さん、いや山田ァ! お前男になったな!」
「藤谷サン? 女になったなら解るけど、男になったは意味がワカランです」
「衣笠、現実を受け止めろ。俺が一度でも間違った事があるか?」
「ねぇ……ねえけど……」
衣笠から余裕が失われる、そして山田からも。
「チンコ生えたでござる!」
「嘘だろ!!」
クラス中の絶叫が重なった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
……で、俺達に日常が戻ったのだが。
「遠藤選手抜け出したー、佐藤選手食らいつく、ああっと山田選手が遅れています、エンジントラブルでしょうか?」
「普通に足が遅いみたいですね」
変わらぬ日常。今日も俺達は屋上でサボっていた。衣笠の実況もいつも通り。
アレはクラス全員が見た集団幻覚だったのか?
いや、一つだけ変わったことがある。
「しっかし、山田はブラジャーつけてるのな」
「肉が擦れないから痛く無いんだと」
そうなのだ、山田は多少リバウンドしたが以前ほどのデブでは無い。だけどおっぱいだけは以前のサイズのままで、ブラジャーを愛用している。
運動しても痛く無いと大好評だよ! チクショウ!
だが、だが、あのおっぱいはおっぱいじゃない! ただの脂肪だ! 俺のおっぱい眼だけは欺けない!
「いや、知らんがな」
「俺は、このおっぱい眼が憎い」
全てを見破ってしまうおっぱい眼が、こんなに悲しい結果を生むとは……
「俺の理想のおっぱいはあの日の中にある!」
俺はポケットからブラジャーを取り出した。あの日の青いブラジャーである。
それをハチマキ代わりにギュッっと絞めると、あの日の記憶が鮮明に思い出せるのだ。
俺は目を瞑り瞑想を始める。
「藤谷サン?」
「なんだ! 衣笠! 俺は今、忙しい」
「いや、そのブラジャー、今日の山田とお揃いだと思ってさ」
「チクショー!」
絶叫と共に、俺はブラジャーをむしり取って投げ捨てた。
夏風に乗って、ブラジャーはフワフワと飛んでいった。
あの日の思い出を乗せて。
実は工業高校を知らないで書いている。