それから
あれから僕は、教会にいた人達を治療していた貴族様に引き取られることになった。
下男として働いた後は、貴族様の子供達の遊び相手の1人になって欲しいそうだ。
体がある程度回復して引越しの準備をしたら、貴族様の御屋敷の敷地内にある、使用人達用のおうちに暮らすらしい。
今は、僕と母さんが暮らしていたおうちに、貴族様の従者の人と向かっている。
「そう言えば、ろくに挨拶もなく貴方のことを使用人にすると決めてしまいましたね。私のことはヴォルフ・リードと言います。貴方のことは何と言えば良いでしょうか?」
まったく、旦那様も困ったものです と僕がイタズラしたのを見つけた母さん みたいな笑顔を僕に向けた。
多分、僕の名前を知りたいんだろうけど……
「…ごめんなさい、覚えていないんです。」
おうちに行けば僕の名前は見つかると思うんだけど、僕の頭の中からは、僕自身の名前も、母さんの名前も、近所の人たちの顔も覚えていなかった。
それを聞いた従者さん ヴォルフさんは(あれ、こう言う時は家名を呼ばないと行けないんだっけ)何処か怪我をしたみたいに顔をしかめた。
「…そうでしたね、魔紋症は記憶が消えていくことも特徴の1つだと伺っております。それに、髪などの色素が抜けていき、身体のどこかに紋章が現れてくるそうですね。」
それら詳しいことは屋敷で聞きますので、貴方のお家へ行きましょうか。と微笑み、僕を支えて歩き出す。
僕は、何となく母さんが呼んでるような気配を感じながら、僕らのおうちへ入った。
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母さんは、僕が最後に見た時のまま静かに寝ていた。
ヴォルフさんは、母さんの姿を見ると喉の奥から変な音を出して固まった。なんだか、しゃっくりが出そうになって、間違って飲み込んじゃったみたいな音だった。
「母さん、ただいま。僕ね、貴族様のお家で働くことになったんだ。母さんは、貴族様には関わらない方が穏やかに過ごしていけるって言っていたけど、僕は恩返しがしたいんだ。」
だからゴメンね 、母さんは女神様の所に行かせてあげるからね。愛してる。一緒にいられなくてゴメンね。女神の元から生へ送れ出されたら、また会おうね。
母さんに話しかけながら、僕は準備を始める。従者さんに手伝わせるわけには行かないので、悪いけど今は放置した。
家の窓を全て開けて、母さんが作った乾燥させて綺麗なままの花を束ねて、母さんの胸に置く。その上に両手を重ねさせて、僕は、母さんの側に膝をついた。
シスターが、人が動かなくなった時の、別れの言葉を繋ぐ。頭で覚えていた訳ではなかったが、スルリと決められていたかのように、勝手に口が動く。
「今旅立つ、女神の僕よ。使命を果たし、今世の流れより離れる哀れな御魂よ。女神の元へ無垢となりて参らん。
崇拝する女神よ、そちらへ僕が参ります。
リヒトゥ・プロセルピナ ー 」
フワリと母さんの身体を光が包み、空気に溶けるように母さんの身体をごと消えた。光の粒子は開けた窓から風に攫われるように流れて行き、母さんだったものを連れて行く。
(さよなら、母さん)
美しい光景に、母さんとさよならをした後、寝台に目を落とす。
母さんが寝ていた所には、美しいハート形の宝石が残されていた。
それをそっと掌へ握り、家の床下に隠していた箱へと向かう。僕の細い身体の幅の半分くらいの木箱を持って、従者さんの方へ身体を向けた。
「僕に必要なものは、これだけです。母さんも女神の元へ送りましたし、心残りは、もうありません。」
近所の人たちも、流行病で皆んな居なくなってしまったみたいですし。と話しかけると呆けていた彼が、ビクリと動いた。そのままぎこちなく頷き、行きましょうと笑いかけてきた。痛みを堪えるような、辛そうな笑顔だった。
「ヴォルフ・リードさん、怪我をしましたか?」
さっきからずっと痛そうだ。顔色も悪い。
「……いいえ、そうではないのです。……いえ、いいえ…怪我では…」
優しかった顔は、どんどんくしゃくしゃになり、痛そうに辛そうに、それでも我慢するように、声は震える。
「痛くない?なら、手を繋いでも良いですか?身体が痛くないなら、人の暖かさを分けると痛く無くなると母さんが言っていた気がするんです。」
僕は、いま、心が寒いので、手を握って欲しいです
そう言って、箱を片手で支えて、ヴォルフさんへ手を伸ばした。
ヴォルフさんは、迷ったように目を動かし、僕の手を見て 目を見て 箱を見て また目を見て、おずおずと手を握った。
そして、呟くように「ごめんなさい、ごめん…なさ…」と繰り返した。




