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親愛なる異世界へ  作者: 瓜戸たつ
第二章 無知者の価値
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第二十三話 天性の格差





「情けねえだろ」


「え?」


 サキヤノはアンティークを見上げる。

 彼は膝を曲げ、座り込むサキヤノと同じ目線でもう一度言った。


「情けねえだろ、何も出来ない自分は」


 アンティークは真紅の瞳でサキヤノを見据える。

 

「身体、動かなかっただろ?」


「……はい」


 サキヤノは目を伏せることなく、視線を交わしたまま頷いた。

 アンティークの言う通り、サキヤノの身体は全く動かなかった。死を受け入れるように抵抗はなく、本能から魔物に屈していた自分の姿は、さぞ惨めに見えただろう。アンティークの考えを勝手に想像し、悲観しながらサキヤノは拳を握る。汗が滲んだ拳は震えており、不甲斐なさが自尊心を引き裂いた。

 全く成長していない。

 こんなので、異世界を生きられるわけがない。


「サキヤノさん」


 後ろ向きな思考に陥るサキヤノにゲルトルードは声を掛けるが、アンティークはそれを制止する。


「貴方、邪魔しないで」


 ゲルトルードの怒りの籠った声に動じず、アンティークは立ち上がった。


「立て」


「はい?」


「立て、サクラバ」


 初めて本名を呼んだアンティークは、サキヤノを見下ろす。

 何故、今名前を。

 何か裏のありそうなアンティークに震え(おのの)くサキヤノだったが、とやかく言っている時間はなさそうだった。

 動かない魔物を落とすアルカナの商人達を横目に、サキヤノはゆっくりと立ち上がる。アンティークはそのサキヤノの肩に手を置き「歯ぁ食い縛れ」と小声で囁いた。


「は……ぐっ!?」


 次の瞬間、アンティークの拳がサキヤノの腹に突き刺さる。

 サキヤノは呻き、膝から崩れ落ちた。


「————サキヤノさんッ」


 ゲルトルードが息を呑み、サキヤノの傍らに駆け寄る。

 まず今何が起きたのか整理しようと思うサキヤノだったが、頭が真っ白で上手く働かない。サキヤノは襲ってくる激痛に苦しみ悶え、身体を丸める。

 殴られた、と自覚したのは違和感が痛みに変わってからだった。以前殴られた記憶よりもずっと痛く、ようやく頭が冴え始める。

 何故殴られたのか、きっと理由はあるはず。アンティークの気分というなら、もっと早く手を出していたはずだ。

 自身の現状を理解したサキヤノは理由を探した。

 地面に伏せながら、アンティークに視線を這わせる。

 「起きろ、サク」目が合ったアンティークはサキヤノを見下ろし、冷たい表情で言い放った。「起きねえと置いてくぞ」

 まだ理由は見つかりそうにない。しかし、言われた通りに動くのが懸命だろう。

 両腕に力を入れると殴られた箇所が痛み、顔を上げることも出来ずにサキヤノは地面に顔を擦りつけた。腹部を押さえながらどうにか四つん這いになるも、アンティークに背中を踏まれてまた地面に伏せる。


 周りからざわめきが聞こえた。

 きっと商人だろう。商人を守る立場の人間が最前線で道を塞いでいるのだから、邪魔で仕方がないのだ。

 とうとうゲルトルードが間に割って入った。


「彼は異界人です。貴方とは身体の作りも力も、何もかもが違うんです。こんなのは、一方的な虐めです」


「違う。オレはこいつを同じ人間として見ているだけだ」


 アンティークは眉間に皺を刻み、ゲルトルードに顔を寄せる。


「お前、今『異界人だから』っつったよな」


「ええ、それが何か」


 突き放すように睨むゲルトルード。


「オレはなぁ『丸々だから』とか『丸々なら』とか決めつけが大っ嫌いなんだよ。ただでさえ弱者っつーレッテルが貼られ、他より恵まれていないっつー固定概念がある……ってのに、言葉にしたらこいつらはますます自分に甘えるだろ」


「甘えちゃ悪いんですか」


「悪い。周りにかける迷惑も考えるべきだろ」


「……私も決めつけは嫌いですが、それが自分の身を守る手段にもなります。特にサキヤノさん達の場合は、周りが守ってこそじゃないですか?」


 ゲルトルードの口調が強まるに連れ、髪色が濃くなっていることに気付く。

 ウォンとの対峙で髪色が変わったのは見間違えではなかったのか。もしかしたら彼女が魔法を使うと起こる変化なのかもしれない。こんなところで魔法はまずいと、サキヤノはゲルトルードのスカートの裾を引っ張る。


「大丈夫」


 自分が思うよりも声はしゃがれたが、ゲルトルードが怒りを抑えるには充分な声量だった。

 彼女は目を泳がせた後、小さく頷く。


「ご本人がそうおっしゃるなら……」


「オレが大丈夫じゃねえ」


 張り詰めた空気はまだ緩まず、アンティークが口を開く。


「こいつは聖都の異界人保護部隊の一員で、騎士団員兼勅使っつーとんでもねぇ肩書きを持ってんだぞ」


「……それで」


「だが殴っただけで動けなくなるんだ。こんなのが代表なんてみっともなくて他国に見せらんねぇ」


「……貴方、それ以上言うと許さないわよ」


「なんだ、やる気か?言っとくが、オレは子供だろうが女だろうが手は抜かねぇ」


 挑発に乗りかけたゲルトルードに「頼むから気にしないでくれ」と伝え、サキヤノは身体を起こした。

 どうしてゲルトルードはこんなにも怒ってくれるのだろう。嬉しいには嬉しいが、疑問が残る。しかし気軽に聞いて良いかも分からない。相談する相手もいない。

 頭の中がいろんな疑問で満杯になるも、今考え込んでいる暇はなさそうだった。

 サキヤノはアンティークを見遣る。


「立てるよな?」


 彼は圧力を掛けるように言うが、立たない訳にはいかない。サキヤノは黙って首肯し、足を踏ん張って起き上がった。


「……はい。もう、大丈夫です」


 深く息を吸う。もう既に、痛みはほとんど引いていた。


「すみません、お待たせしました」


「遅ぇよ」


 だって、とサキヤノではなくゲルトルードが言いかけた。サキヤノは彼女を制止して「俺は大丈夫だから」と笑顔を返してみる。


 ——大丈夫。俺が我慢すれば、喧嘩は起きないんだ。


 確信し、前を向くサキヤノ。

 アンティークは肩を竦め、元いた馬車に戻ろうとした。腕を組むシンシアにすれ違いざま、


「ストレージ。やるなら、無事ライノスに着いてからにしてくれないかしら。正直言って時間の無駄遣い……まだ坑道は続くのよ」


 と、早口で注意されてから彼は荷台に戻る。


 「それから」シンシアはサキヤノに笑顔を向けた。それからゲルトルードには一瞥を。「気まずいでしょ、こっちにいらっしゃい」


 サキヤノとゲルトルードは待たせていた商人に謝罪をし、シンシアの後に続く。

 馬車列の後ろの方で待機していた鉄の馬車に、シンシアは案内をしてくれた。彼女は荷台の鍵を開け、重苦しい音を放つ扉にサキヤノを誘導する。


「貴方、弱いのね」


 こそ、と耳打ちをされたサキヤノは肩を揺らした。


「すみません、見苦しいところを見せてしまって」


「別に良いわ、仕方ない」


「……でも」


 「それなら今出来ることを考えなさい?」シンシアは親指を立て、荷台の中を指し示す。時間が迫っていることを思い出し、サキヤノは慌てて荷台に乗り込んだ。

 聖都の馬車と違い、光沢をもつ長椅子が両端に備え付けられた——来賓用みたく、豪華な馬車である。こんな良い場所に座って良いのかとシンシアに助けを求めるが、彼女は顎をしゃくるだけで乗るように促す。

 おずおず馬車の段差に足を掛けたサキヤノの後ろで、


「……弱くない異界人が異常なだけだもの」


 と『弱くない異界人』に心当たりがあるのか、シンシアが遠くを見つめて呟いた。

 もちろんサキヤノは聞き逃さなかった。


 異界人が弱くない——?


 散々笑い者にされて、蔑まれている人間が弱くないと、彼女は確かに言った。まさか自分と同じ出身の人がいるのか。一瞬期待するも、ローノラの『世界は無数にある』発言を思い出して唸る。


 ——でも会いたい。同じ境遇の人に会いたい。


 サキヤノは真っ先に同士を求めた。機会があるなら、もし近くにいるなら是非会わせてほしい。

 シンシアの名を呼ぶ。

 しかし彼女はサキヤノの声に応えなかった。揺れる瞳をゲルトルードに向けて、


「それより……」


 引き攣った不自然な笑みのシンシアは、何かを言いかけて視線を落とす。数秒俯き「なんでもない」と、やはり取ってつけたような笑顔でシンシアは二人の背を押し、扉を閉めた。


「あ、ちょっ」


 ばたん、と重厚な扉の音がサキヤノの声をかき消す。

 サキヤノは歯痒い気持ちに襲われながら、長椅子ではなく地べたに座った。ゲルトルードも続けてサキヤノの横に座る。


「ゲルトルードは座りなよ」


 「いえ?」ライトに照らされたゲルトルードは、変わらぬ柔らかな笑顔を浮かべる。「私はサキヤノさんと一緒が良いだけです。お気になさらず」


「遠慮なんかするなよ?」


「遠慮なんかしてません」


 声が重なり、二人で笑い合った。


 ——間もなくして、サキヤノはまた眠りにつく。




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