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親愛なる異世界へ  作者: 瓜戸たつ
第一章  存在証明
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第十三話 足手まとい





「死ににくいって……」


 どういうこと?

 モニカは眉を寄せ、サキヤノに疑問符を投げた。

 異界人は脆い。その特徴をよく知っている彼女だからこその反応だった。サキヤノは疑惑の色に染まるモニカの瞳を見つめ返した。


「あの、俺の特殊能力ってやつなので……あんまり気になさらず」


 目力に負けて、サキヤノは斜め下に視線を落とす。


 死ににくいのが何になるのか。

 所詮程度は限られている。モニカやディックと違って「サキヤノ」は異物であり、一重に死ににくいと言っても微々たるものだろう。

 だから他人を思いやることの出来る彼女達は、簡単には任せられないのだと思う——特に、保護対象であり自分達より身分(カースト)の低い異界人には。


 どういう答えが返ってくるか見当もつかず、サキヤノは下を向いたまま辛い時間が過ぎるのを待つ。彼に、彼女達の顔色を窺う勇気はなかった。


「……サキ君、神託者に会ってたんだ」


 身構えるサキヤノに、ディックが意外な返答をした。


「本名は——って、なんか聞いた気がするな。あれ、僕ずっと一人で勘違いしてたっぽい?」


 あはは、と頭を掻くディック。そして彼は真顔になり、


 「そっか、じゃあサキ君だけの出来ること、見つかってるじゃん」いつも以上に(ほが)らかな声で、ディックは答えた。「良いと思うよ、君が自分で考えた結果なんでしょ?」


「えっ」


 予想外の答えに、サキヤノは困惑する。

 何故ここまで信じてくれるのか、サキヤノにはディックの気持ちが全く分からない。


「ね、サキ君が参加しても良いよね」


 同意を求められたモニカとゲルトルードは、答えに迷っている様子だった。互いに口を開くのを待つように、二人は何も言わない。

 異界人の意見を尊重するか、生存確率の高い室内待機を任せるか、二人は葛藤しているように見える。当事者のサキヤノでさえ、まだ呑み込まずにいる状況だから仕方ないだろう。

 ゲルトルードが「どうして」と言った気がした。彼女を見るが口は動いていない。またもや、気のせいだった。

 しばらく誰も声を上げなかったため「じゃあ——」とディックが沈黙を破った時だった。


「待って」


 一際高い声を、カスカータが被せた。部屋の奥を振り向いたサキヤノの前に、彼女は立ち塞がった。サキヤノより背の高いカスカータを見上げ、怜悧(れいり)な表情を熟視(じゅくし)した。


「足手まといはいらないの。死にたがりは、早くここから去りなさい」


 昨日のサキヤノなら、このタイミングで謝っていただろう。だがサキヤノは、カスカータが心配を悪態で返してくることを今までのやりとりで察した。

 この冷たい言い草は、優しさの裏返しだと確信できる。


「カスカータさん」


「黙りなさい。出しゃばりを守る人手はここにはないのよ」


 凍てつく視線に、正論に、息が詰まる。


 確かに、全て彼女の言う通り。格好良く決意したと言っても、所詮は自己満足に変わりない。

 だけど、何故か引けなかった。引けば危険を回避できるのに、サキヤノはそうしなかった——何故、と聞かれても答えられない。

 それは自分でも、よく分からない。


 瞬きしないカスカータの冷たい瞳に射抜かれ、堪らずサキヤノは目を逸らした。すると「あは」と頭上から低い笑いが聞こえた。


「ほら、また目を逸らした。自分に自信がないクセに……偉そうに喋らないで。何が役に立ちたいよ、せいぜい部屋に閉じこもってなさい」


「……!」


 駄目だ、図星だ。

 自分に自信がないから、自分の選択が正答だとは思わない。だからこんなに否定されると——どうしても、言い返せないのだ。


 「おいカスカータ」ディックの言葉遣いから怒りが漏れているのが分かる。「いい加減にして」


「『役に立ちたい』のと『役に立つ』のは別物だ。サキ君はサキ君なりに考えて、何をすべきか言っただけじゃないか」


「それでも身を弁えるべきでしょ。『役に立つ』かどうかは、上の者が決めるの。『役に立ちたい』だなんて、弱虫が言う方便だワ。私は、身の程を弁えていつも発言してるからこういうことが言えるの」


「……それでも」


「それでも?……何?『役に立つ』人が偉いのは当然でしょ?私はそういう世界で生きてきたもの!役立たない人なんて……っ、そんな人の気持ち……考えたことないわよ」


 段々声を荒げ、ディックの一言一言に反論するカスカータ。ディックもまた苛立ちを隠せず、カスカータを見る目は軽蔑に近かった。


「…………天才には凡人の気持ちが分からない、だっけ?」


 止めの一撃、と言わんばかりにディックは溜めに溜めて呟いた。サキヤノとカスカータを見比べ、ディックは「天才だっけ」と繰り返し、再度見たカスカータを睨む。


 カスカータの表情が強張った。

 今度は、カスカータがディックから目を逸らした。


「……アナタ、って、本当性格悪いワ」


 そう言ったカスカータの唇は震えている。

 (つや)やかな青髪を耳に掛け「もう、好きにして」と一言放ち、カスカータは外へ飛び出した。

 「ディック!」モニカがようやく口を開いた。「言い過ぎだよ……!」


「僕はただサキ君の意見を尊重するまで。喧嘩腰だったのは彼女だよね?」


「……それは」


 ——空気が非常に重い。


 自分の出しゃばりのせいで、みんながバラバラになってしまった。何か現状を変えることを言わないと、話が進みそうにない。この状態で叛逆軍に会っても、きっとモニカ達が考えているような立ち回りができなくなってしまう。

 サキヤノが周囲を探っていると、ゲルトルードと目が合った。ゲルトルードは吸い込まれそうな程爛々とした翡翠の瞳を細め「任せて」と口だけ動かした。

 彼女は自分の胸と額を人差し指で二回ずつ叩き、口元に指を当てる。それから「モニカさん、ディックさん」と名前を呼んだ。


「私、早く作戦を立てた方が良いと思います。喧嘩なんて、時間がもったいないだけです」


 少しも包み隠さず、彼女は自分の気持ちを言った。


 そんなきっぱり言ったら、とサキヤノは二人が更に激昂することを心配するが——。


「……そうね、その通りね」


「……作戦という程立派なものは無理だけどね。とりあえず、僕達が何をできるかだけでも話し合おっか」


 二人は喧嘩なんてなかったかのように、柔和な表情で話し始めた。

 開いた口が塞がらないサキヤノに、ゲルトルードは「私の魔法です」と得意げに片目を閉じて見せる。


 ——万能だなぁ。


 感心するサキヤノの肩を誰かが叩いた。


「サキ君」


「はい」


 「地図、覚えようか」地図をサキヤノに渡し、ディックは含み笑いを浮かべた。「君がすることは、もう決まっている」


 サキヤノが何か言う前に、ディックは早口でまくし立てる。


「まずサキ君は歩き回ろう。聖都中をぐるっと一周。方向音痴じゃないよね?うん、なら良し。俺は一人でいる、ってことを叛逆軍に証明してから西へ向かってほしいんだ」


「ん、おぉ……西ですか?」


 何も答えてないが、話は急速に進んだ。サキヤノは聞き漏らさないように最低限の質問だけ、足りない頭で考えて、それから口にした。

 

「西側は住んでる人も街を歩く人も少ないから、叛逆軍(かれら)からしたら……会うにはうってつけの場所だよね。まぁ、叛逆軍がサキ君の交友関係をどう考えているかだよね。サキ君に仲間がいると思われているなら、人のいないところはむしろ警戒するかもしれない。もしかしたら……上手くいかない可能性もある」


 徐々に声が小さくなり、独り言のように呟くディック。煩悶はんもんするディックに申し訳なさを感じ、サキヤノも腕を組んだ。


 いきなり襲われることはないと願いたい。迎えに来ると言っていたくらいだから、ケイシーと直接会うと考えるべきだろう。そのあとどうやって、いや、どんな話をするのだろう。


「って感じかな——確認だけど、サキ君大丈夫?地図読める?」


「あっ……の。もう一度お願いします……」


 しまった。聞き漏らした。サキヤノは反射的に唇を噛む。

 しかしディックは嫌な顔一つせず「うん」と答え、地図に指を置いた。

 「ここ。僕らが昔使ってたアジトなんだけど」ディックは赤いペンで円を描く。「この辺りの立地は僕もモニカも、もちろんカスカータも詳しい。叛逆軍よりは有利に立ち回れるはず」


 地図は大雑把なもので、位置関係を把握していないサキヤノには場所の見当がつかなかった。

 だからこそ、短時間で位置を覚える必要がある。


 「正直、不安ではありますが……」どんなことを言えば、少しでも安心してもらえるか。「……あんなにも強気に言ったんです。俺がやらないと」


 ——これじゃ駄目だ。

 サキヤノの言葉は、どうしても説得力がない。

 奥歯を噛み締めていると、真顔で自分を眺めるディックが視界に入った。


「が、頑張りますから」


 サキヤノの絞り出した「頑張ります」を流し、ディックは一言。


「……気負(きお)い過ぎないようにね」






*****






 聖都は思ったよりも狭い。

 それが、今日聖都を探索して思ったことだ。


 聖都はある一つの建物を中心に、放射状に家や道が延びており整然たる美しさを放っていた。また一部を除いて、赤褐色の煉瓦が地面や壁に敷き詰められており、上品で落ち着いた雰囲気も感じられる。

 サキヤノは一番大きな建物を勝手に城と名付けた。

 放射状の基点で、長い階段の先にある一際豪華な建物には、聖王と呼ばれる存在がいるのだろう——建物を行き来する人々の重厚感、厳重な警備がそれを裏付けている。

 

「城、良いなぁ」


 自分みたいなちっぽけな存在には、遠い世界だ。


 ——でも、勅使だったら、もしかしたら。


 一人妄想を膨らませ、再び歩き始めた。

 聖都を行き交う人々は、多種多様な服装である。それこそサキヤノが紛れていても、気付かれないくらいの人の多さ。

 そして—— 。


「本日は珍しい竜の鱗が売ってるよ!」


「野菜はどうだい?採れたてで美味しいよー!」


 東に行く程、街が賑わっている。

 人通りも多くなり、サキヤノは目移りしながら西へ西へと歩いた。

 「きっと、声を掛けられるなら人がいないところに決まっている」と、ディックは言っていたが確かにその通りだと思う。



 サキヤノの振られた役割は、聖都内に怪しい人物がいないか確認すること。それから目的地に叛逆軍を連れて行くこと。モニカ達の待機する砦まで敵を誘導できれば、サキヤノの任務は完了だ。

 何度も旧アジトと大通りを往復した。出来る限りの下準備はした。


 ——あとは、ゲルトルードに懸けるのみ。

 去り際に、ゲルトルードはサキヤノに「カスカータは任せて」と言った。モニカいわく、戦略面では彼女がいないと厳しいとのこと。

 当たって砕けそう、と心の中で自嘲したのは誰にも言ってない。


 早足で路地を駆け抜け、縮み上がる心臓に負荷をかける。これは緊張じゃなくて、疲れて息が上がっているだけだ——と自分に言い聞かせた。






 大通りから三つ目の路地裏を抜けたところで、


「サキヤノか?」


 と、聞き覚えのある声が、サキヤノを呼び止める。


 ——来た。


「……ケイシーさん」


 サキヤノは足を止め、顔を合わせないように視線だけ声の主に向けた。

 フードを目深に被り、服装も見えないが、骨太のシルエットは間違いなくケイシーだ。


「昨日も言ったが、話したいことがある。一緒に来てくれないか」


 大丈夫。

 ここまでは、計画通り。


「……はぁ、はい。も、もちろんです」


 どもるな、俺。息を整えろ……大丈夫。

 怪しまれたら終わりだ。


 サキヤノはケイシーに向き直り、彼の口元を観察した。表情が読めない以上、ケイシーが言ったことをしっかり咀嚼しないといけない。


「じゃあ、ついてきてくれ」


 特に怪しむ様子もなく、ケイシーは路地裏の闇に消えた。「俺は出来る、俺は出来る」と深呼吸をしてから、サキヤノは深い闇に足を踏み入れた。






 プロローグから第十二話まで、修正致しました。今回の話も明日明後日に、また修正、付け足し致します。

 読んでいただきありがとうございました!!

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