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暑い陽射しのなかに

何も知らない蝉たちが

僕らのことなど見向きもしないで

延々と鳴き続けています


流れる汗を拭きもしないで

僕は縁側に座り

雑草の覆い茂る庭を見ています

何をする気も起きません


何もかもが

なくなっていっているのです

どうして

芳乃はいなくなったのでしょう


満果までどこかに消えてしまいました

僕はまるで取り残された子供のようで

光り輝くあの青空は

とてもとても……遠くに感じます


ああーー

僕は手を伸ばして

あの光と青さを掴めないかと試してみます

もちろん できるわけがありません


何してるの?ーー

と 背後から声が聞こえました

振り返ると そこには琴音が立っていました

ひとつ違いの妹です


足音も立てず

琴音は僕の隣に来て 縁側に座ります

こんなに小さかっただろうかと

僕は琴音を見つめました


みんないなくなっちゃうねーー

寂しそうに 琴音がつぶやきます

僕は 何も言えませんでした

ただうつむいているしか できませんでした


ねえ 海に行きたいなーー

小さな声が聞こえました

それはまるで

自分に言い聞かせているかのような


そんな 寂しいつぶやきでした

行ってみようーー

少しは 元気な声が出せたでしょうか

小さな僕の声は どこまで響いたでしょう


琴音はかすかに笑いました

僕もつられて笑いました

静かに兄妹ふたりで

途方に暮れながら……


そうして 僕らは海と砂浜まで

その広さと突き刺すような日差しに圧倒されながら

二人で肩を寄せ合い

誰もいない海岸を歩きました


どれくらい歩いたでしょう

どこにも人の影はありません

まるで暑さのなかに溶けてしまったかのように

どこにも動く生き物が見当たりません


ただ 蝉の声がはるか遠くにしています

暑いよーー

琴音が 悲しそうに小さな声を出します

彼女の顔は今にも泣き出しそうで


僕まで 泣きたくなってくるのでした

孤独なのです

この 蒸れてめいっぱい膨れ上がった空気

そのなかをせわしなく動き回る見えない気配


まるで僕らは

言葉も何も通じない小人たちの国に紛れ込んだ

あわれな人間兄妹のようです

全てが異質で 全てが未知のもの


何かが僕らの頬に触れては離れ

そして背中を叩かれたり

足をもつれさせられたり……

とうとう 琴音が泣き出してしまいました


どうして どうして意地悪されないといけないのーー

見えない気配は一瞬遠ざかりましたが

またすぐに戻ってきて

僕らの周りをぐるぐる動き回ります


もういや どこかに行こう

どこか もっと静かで暗いところにーー

そこからは もう必死です

僕らは惨めに逃げ惑い


暗い洞窟を見つけました

奥がぜんぜん見えません

入り口に立つと

水の流れる音が聞こえてきます


ここがいい ここで休もうーー

琴音が僕の腕を掴んで懇願してきます

本当に かわいそうな琴音

僕は彼女を抱きしめます


ですが 僕は洞窟になど入りたくなかったのです

嫌な予感しかしません

この奥でいったい僕らはどうなってしまうでしょう

もう 嫌です


これ以上何かを失いたくなどありません

ですが洞窟は黒々と大きな口を開けて

琴音を誘惑しているのです

そして彼女は ほとんど裸のような格好で


僕を強く強く引っ張るのでした

だめだ と思ったのは一瞬だったような気がします

次の瞬間には何かが軽くなり

僕は琴音に連れられて


洞窟のなかに入ったのでした

まだ外からの光が届くぎりぎりのところで

僕らは腰を下ろします

しかし 寒気が止まりません


体が震えるのです

琴音ーー

その名前を恐る恐る呼びました

するとゆっくり彼女の手が伸びてきて


僕の頬に触れました

そして次の瞬間

何か柔らかいものが唇に触れたかと思うと

すぐ顔の前で甘い香りがしたのです


だめだ

僕はもう一度そう思いましたが

琴音の動きを制止することができません

彼女の手は次々と僕の服を奪っていきます


だめだーー

今度はしっかり声に出してそう言いました

しかし琴音は止まりません

とうとう僕の下半身に触れて


そこに顔を埋めるのでした

小さな 卑猥な声がします

洞窟のなかに反響して

僕はここがどこだか分からなくなってきました


視界が歪んでいき

何も考えられません

ああ 琴音……僕らはたったふたり

たったふたりで この世界を生きていけるだろうか


琴音……

その 小さな腰を掴んで

僕は力いっぱい彼女を後ろから突き上げました

大きな声が 痛いくらいに響きます


頭がぐらぐらして

彼女の声に酔い

ふっと 力が抜けて……

僕の視界は 本当の真っ暗になったのでした


気が付くと

洞窟の入り口近くで 僕は横になっていました

ああ 僕はどこにも行けなかった

そして 酷く全てが悲しくなってくるのでした


琴音ーー

名前を呼びます すると

いるよーー

と声が返ってきました


どこにもいかないでくれーー

そう言うと 琴音はわずかに笑い声を立てて

うんーー

と答えてくれたのでした


しかしその答えが

嬉しいはずのその返事が

僕にはとても恐ろしいもののように思え

もう 泣かずにはいられませんでした


大丈夫と そう言ってもらいたかったのかもしれません

ですが琴音はもう何も喋らず

すっと近付いてきて

ただ僕を抱きしめてくれるだけです


彼女を押し倒そうとすると

抵抗されて 僕はひとり倒れました

琴音ーー

しかし今度は 返事がありません


急に強い陽射しが差し込んできて

僕は手で影を作ります

風が吹いてきて

潮の香りがしました


琴音が 立ち上がり

歩き出しました

どうして……どうして……ーー

琴音はもう 止まりません


どこに行くというのでしょう

この暑い世界に裸のまま飛び出して

それは死にに行くようなものです

どうして 琴音は戻ってこないのか


いったい何がいけなかったのでしょう

彼女は生きようとしていた

生きたいと願っていたはずです

何が彼女を変えてしまったのでしょう


小さな絶望でしょうか

僕らはもうどこにも行くところがないという

そんな現実に追い詰められたのでしょうか

ならどうして 彼女は僕を求めたのか


琴音ーー

もう一度呼ぶと 彼女は立ち止まって

ゆっくりと 振り返ってくれました

その顔は笑っていて


どもどこか泣いていて……

そして少しずつ……少しずつ

あの遠い青さと光のなかへと

消えていくのでした

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