第二部 7.王の帰郷-6
足が一歩前へ踏み出されるたび、ジェニーは、自分と入れ替わりとなって敵の手に落ちたゴーティス王を思う。
今、どこにいるのか。
虐げられてはいないのか。
「王は無事」と言うけれども、あの“マルセル”のことだ、信用できたものではない。
なぜ、王は城を抜け出してしまったんだろう? 彼は、王自らが危険に身を投じることは国を危険に晒すことにもなると、よく知っているはずなのに。
王がとった単独行動の理由。
ジェニーの身を案じたから、という答えだけでは、ジェニーは到底納得しない。
窓越しに見えるのは、真っ暗な空だ。この角度から見える空には、王の瞳をのぞきこんだときに見えるような星の瞬きは確認できない。
ジェニーは兄やアドレーの待つ部屋に入る前に、廊下にある小さな窓から空を見た。
王もどこかで、この空を眺めていてくれるだろうか?
息をひそめて耳をすませてみたけれども、この空は王のもとにも絶対に繋がっているのに、彼の笑い声も匂いも、ジェニーには一切何も届けてくれない。
ジェニーとサンジェルマンが戻った部屋は、思いがけず、和やかな雰囲気に変わっていた。椅子に座ったアリエルの前で、アドレーが床に胡坐をかいて座り、肩を揺らして笑っている。だが、帰ってきた二人を見るなり、ジェニーの兄からは笑い声が消えた。
「ああ、勇敢なジェニー様のお帰りだ!」
アドレーは陽気に声をあげたが、ジェニーは彼の前を通り過ぎ、兄の前に立った。
「ローリー、質問に答えてほしいの」
王の身が心配でたまらないけれども、彼の身を案じてただ祈りを捧げるだけなら、ジェニーでなくてもできるだろう。
ジェニーを盾に王をおびき寄せ、連れ去った一味の真の狙い。行き先。今のジェニーの役目は、それを突き止めること。
兄ローレンが若干寂しそうに微笑んだ。
「内容によるな。ヴィレールの利益になるようなことなら、俺は何も知らないよ」
「そんなはずはない。ローレン、おまえは何かを知っているはずだ」
ジェニーと並んだサンジェルマンが口を挟むと、ローレンはすげなく答えた。
「ヴィレール王の犬に話すことは何もない」
サンジェルマンは無言だったが、怒った様子はない。
「ねえ、ローリー? 彼らを知ってるのに、仲間じゃないのに、どうしてそうやって口をつぐむの? お願いだから私に話して。あの“マルセル”って男は何者なの? レオポルドって誰なの?」
「……俺は商売人だからね、こっちにだって都合があるんだよ、ジェニー」
「つまり、マキシム産岩塩の商売に絡む人間ということか」
サンジェルマンが横やりを入れると、ローレンはじろりと彼をにらんだ。
「だが、ローレン。そういうことなら、気兼ねは無用ではないか。おまえがここに捕らわれた時点で、おまえの商売は既に終わっている。――奴らはマキシムの人間なのか?」
また、沈黙だ。
ジェニーは一歩前に出て、兄の瞳を見上げた。幼い頃から見つめ続けた、ジェニーの大好きな優しい眼差しを。
「ローリー、彼らはユートリア語をしゃべってたわ。彼らは、マキシムの人間なの?」
ローレンが短い吐息をつく。
「ジェニー、なんでそれを知る必要がある? おまえはこうして無事に戻ってきてるんだ、奴らが何者だろうが、放っておけばいいじゃないか」
ジェニーが無事に生還できたのは、彼らの興味が、彼らの前に突如現れた王に移ったからだ。自分の身代わりとなった王を、ジェニーは放っておけるわけがない。
「そうはいかないのよ」
せっかく会えた兄に対しての情を押さえつけると、ジェニーの目には涙がにじみそうになる。
「ローリー、もし私の質問に答えてもらえないんだったら、あなたは――王を拉致した彼らの共犯として、投獄されることになるわ」
「なっ……んだって! シヴィルが拉致されたのか!?」
驚きの大声を出したのはアドレーだ。が、ローレンは反応が薄く、あまり驚いていないようにも見える。
「……拉致、か。過去の行いを考えれば自業自得だ。少しくらい痛い目にあって、弱者の気持ちを学んだ方がいいよ。そうすりゃ、謝罪のひとつでも出てくるだろうさ」
「ごめんなさいって言うことだけが謝罪じゃないわ。彼は過去を反省して、王として国に尽くすことで皆に謝罪をしてるのよ」
王の拉致を知ったときより、ローレンが激しく動揺した。
「ジェニー、おまえ、あの王のせいで父も母も……この俺の腕も動かなくなったのを、おまえはまさか忘れちゃいないだろうな? あいつは仇だぞ! それでも、おまえはあの王を愛するのか……!」
もうずっと前から、ジェニーの気持ちは定まっている。
何の迷いもなく、ジェニーはそう答えられる。
「私はこれからもずっと、あの人を愛すると思う」
ローレンは茫然としてジェニーを見ていた。その彼の背中を、アドレーの大きな手がはたく。
「よう、シヴィルを連れてったのはどこのどいつなんだ?」
「ローリー、彼らはどこの何者なの?」
ローレンは言葉に詰まり、やがて、抵抗を諦めたのか、ジェニーに向き直った。
* *
幌馬車はほぼ一定の速度で進み続けていた。馬車の揺れはひどく、幌の隙間から入る風は、疲弊したゴーティスの体に沁みる。
小休憩のときや野宿する場で、ゴーティスは見覚えのある風景や目印を探して周囲を見渡すが、見えるものはいつも同じだ。山脈に続くなだらかな丘と果てしなく伸びる一本道。馬車の向かう先は見当もつかないが、森の木々に針葉樹が混ざり始めたため、彼らは北に進路を取っているように思う。
ゴーティスが横たえていた体を起こすと、見張りの女たちが剣をつかんで身構えた。彼女たちの体には、村娘の衣装にそぐわない、見事な筋肉がたくわえられている。数々の危険な仕事をこなしてきた、経験による自信もみなぎっている。
用足しだ、とゴーティスが言うと、金髪の女が冷淡に笑った。彼女は外の御者席にいる“カイル”に大声で知らせ、それに応えるように馬車は停車する。
カイルとはゴーティスを捕らえた一味の主導者だ。彼と女たち二人が話す言語で、「下界の番人」という意味らしい。幌がめくり上がり、カイルのにやけた顔がのぞいた。
ゴーティスが馬車を降りると、前方の空に雨雲のような暗い群が発達しているのが見えた。このまま進めば、ゴーティスの乗る馬車は雨の中を通り抜けるはめになりそうだ。
それからゴーティスは、下車するたびに繰り返したように、後続の幌馬車を見た。御者の席に男が二人乗っている。行商隊になりすましているカイルたち一味は、交易の品をそこに積んでいるのだ。
「ゴーティス王、早くしろ」
ゴーティスが幌馬車を見つめていると、カイルがゴーティスの肩をつかんで、にやりと笑った。何度見ても虫唾が走る、下品な笑い方。
「心配しなくても、あんたがおかしな行動をとらなけりゃ、彼女はちゃんと無事だ。長い道中、あんたの大事な彼女を退屈させないように、俺の仲間たちも気を使って遊んでやってる」
「おまえ……!」
ゴーティスがカイルの手を捻りあげると、彼は大げさに声をあげて痛がった。
「おまえ、俺が手に入ればジェニーに用はなかろう! 女相手に卑劣なことをしおって!」
「はは、各地に侵略を繰り返した王が俺を卑劣と呼べるのか? あんただって、戦地じゃいい思いをしたんだろ!」
「あの女は、俺が過去にしでかした戦とは何の関係もない! 俺に恨みがあるのなら俺に向ければよいではないか!」
「女なんか!」
カイルが吐き捨てた。
「あんたほどの王が、たかが女ひとりのことでここまで騒ぐなんて、くっだらない! 女なんか、放っておけばいいじゃないか!」
たかが女ひとり。
“たかが”……。
ジェニーはただの女ではない。彼女は、ゴーティスの娘を産んだ人間だ。ゴーティスを個人として愛し、王としてのゴーティスをあるがままに受け入れている。彼女ひとりの存在価値は、ほかの誰にも匹敵しない。ゴーティスが愛し、心の裏側まで信用できる人間は、彼女のほかにはもう、ゴーティスの人生に現れないかもしれない。
「……ジェニーを解放しろ」
ゴーティスがカイルの胸元を掴み上げると、彼は不機嫌そうに目をすがめ、彼の服を掴むゴーティスの手をじろりと見た。
「この手はなんだよ」
ゴーティスは怒鳴り声を必死に抑え、カイルの服を放した。鍛錬を積んだ体を持つ仲間たちと違って、彼は若い割に腹まわりに肉がついており、動きが少し鈍い。
ジェニーさえ彼らの手に渡っていなければ、カイルのような男は、ゴーティスが素手で仕留めてやったというのに。
御者席の男が一人、ジェニーが監禁されている幌内に入っていくのを見とめ、ゴーティスは乾いた唇を噛んだ。胸を焼き尽くすような痛みで目の前が見えなくなる。
カイルと最初に会った館で、開いた扉越しに見えた複数の男たち。彼らは中央のテーブルを囲み、愉快そうに笑っていた。一人の男の膝が見え、ゴーティスは男たちの野蛮な行為をすぐに理解した。
その直後、目を凝らしたゴーティスは男たちの間に見たのだ。王城を出る際にジェニーが着ていた、宝石が散りばめられた、淡い黄色のドレスを。
ジェニーを助け出そうと動いたゴーティスは、二人の女に腹を蹴られ、床に倒れた。ゴーティスはジェニーの名を叫び、なおも立ちあがろうとして、カイルの囁きに絶望的に反抗をあきらめた。ゴーティスの反応ひとつで、彼らのジェニーへの扱いが変わってしまう。
彼は、ゴーティスをある場所に連行することと引き換えに、ジェニーの命は保障する、と一方的な約束をした。そして、その瞬間から、ゴーティスは深く後悔している。
ゴーティスは、ジェニーが死の淵に佇む姿を二度と見たくなかった。心に深い傷を負う姿も見たくなかった。
ジェニーが何と言おうと、ゴーティスはフィリップのもとに彼女を追いやるべきだったのだ。ジェニーに一生恨まれたとしても、彼女がこんな酷い事件に巻き込まれる可能性は徹底的に潰しておけばよかったのだ。
力を込めたゴーティスの歯の下で唇の皮がぷつりと切れ、血の味が舌ににじむ。
あの幌の中で彼女の身に降りかかったことで、ジェニーは人生に悲観しているかもしれない。人生を諦めようとするかもしれない。
でも、生きてさえいるなら、ジェニーは最終的には娘のもとに帰ろうとするはずだ。一人で荒野に放り出されようと。多少の傷を負ってはいても。
「おまえたちの狙いが俺というなら、もうあの女を拘束する必要もないはずだ。城に送り届けろとは言わぬ。この場でいい、あの女を自由にしろ」
カイルはじろじろとゴーティスの顔を見て、不敵に笑う。
「へえ、ほんとだ。あんたが苦痛にあえぐのって、へえ……美しいね」
「カイル!」
ゴーティスに呼ばれると、彼は、ゴーティスが握り締めた拳に目を移した。
「うるさいな。あんた、あの女がそんなにいいのか? そりゃあ、いい度胸をしてるのは認めるけど、所詮、女じゃないか」
ゴーティスは何も答えなかった。
「まあ、でも、頼みは聞けないね。あんたに途中で逃げられても困るから、女は目的地まで解放しない」
カイルは笑い、ゴーティスの顔を下から見上げた。
「ああ、それから、死のうなんてばかな考えは持たないことだ。あんたには無事に目的地に着いてもらわないと、こっちが困るんでね。もし何かの手違いであんたが死んだりしたら、あんたの愛しい人にはそれなりの責任を負ってもらう。拷問をしないって約束も、その時点で反故にさせてもらうよ」
殴られたり、蹴られたりした方がずっとましだ。
彼らは「拷問はしない」と繰り返すが、男たちの慰み者にされることは、ジェニーにとっての拷問でなくて何だというのか?
ゴーティスは前方の空を見上げ、暗雲が広がっていく姿を見た。
大きな、激しい嵐に見舞われればいい。男たちが馬車の制御に必死になり、あわよくば、馬車が横転でもしてくれれば、ジェニーを逃がす機会が訪れる。
ゴーティスは慎重に、自分が乗せられている馬車と後続の馬車を見て、一味の人数をあらためて確認した。女たち二人にカイル、後続の御者席に二人、中に一人。最低でも六人はいる。
――だが、その中に、ケインの存在は感じられない。
事件へのケインの関与を疑い、ゴーティスが王という公人の立場を脱ぎ捨て、ただの男に戻ろうとした三日間の期限。
ジェニーを兄弟の確執の間に巻き込みたくなかった。彼女に有無を言わさず巻き込もうとするケインを、今度こそ自分の手で永遠に消してしまいたかった。
けれども、ゴーティスはケインには一度も会っておらず、その気配すら感じとれない。
そうだ、ケインは大それた計画など実行できず、人の殺し合いから可能な限り離れていたい人間だ。そもそも、いくらジェニーを拉致するためだとはいえ、ケインが護衛たちを皆殺しにするようなことはしない。これはケインの手口とは違う。
ケインは、関わっていない。
ケインはたしかに、ジェニーに会う計画を立てていた。ジェニーの今の気持ちなど何も知らず、何も知ろうともせずに。
ゴーティスはふと、過去に愛した女のことを思い出した。今でこそ、彼女が愛したのはゴーティスの身分だったのだと理解しているが、当時は、彼女に愛されていると思いこんでいた。
だから、ケインがおそらくは軽い気持ちで彼女に言い寄り、次期王の地位により近いと噂されていた彼に彼女が傾いたのは、自然な流れだったのだろう。二人は欲望に忠実だったのだ。
当初、ゴーティスの怒りように、ケインは面食らっていた。彼にはゴーティスの怒りの理由が理解できなかった。ケインには、仮にも王子である身分の男が二流貴族の娘に本気で入れ込むなど、ありえなかったのだ。
ケインの目は彼が見たいものしか見ず、彼の耳は聞きたいことしか聞き入れなかった。ケインが女を遊びの対象と見たように、兄ゴーティスもまた同様だとしか考えなかった。兄の気持ちなど知らず、知ろうともせず。
だが、彼はゴーティスの気持ちを知ろうとしない代わりに、傷つけようとする意図もなかったはずだ。今なら、ゴーティスにもそれが理解できる。
なぜならケインは、兄に対してほとんど、興味を抱いていなかったのだから。
王城に残してきた書置きに記した期限、三日間は、とっくに過ぎている。
ゴーティスが逃がした近衛が無事に王城に着いたのなら、王が思わぬ危機に陥ったと知って、サンジェルマンが動き出すだろう。
王の受けるべき責めをジェニーが肩代わりしているのなら、彼女の苦痛を取り除き、敵に報復することは、国の義務であっていい。
◇ ◇
ジェニーへ
妻の伝手で予定より早く国内に戻ったよ。
春の宴の招待状ももう手に入れた。
妻はもとが商家の娘とかで、あちこちに顔がきくんだ。本当に頼りになる人だよ。
これから当分の間、ブルマン地区にある別荘に滞在するつもりだ。
首都の近くで、シエヌ河も望める、美しい場所らしい。
いよいよきみの近くに行けると思うと、今からなんだか落ち着かないよ。
ジェニー、今度きみが私に会うときは、私はパトリス=ロジェ・オルセーという名だ。
どうか覚えていて。
◇ ◇
レオポルドと名のつく男は、マキシム王国に大勢いるそうだ。というのも、彼らの国王に倣い、多くの国民が子どもたちに国王と同じ名を付けたからだ。
ジェニーと王を次々に拉致した男は、塩職人の息子カイルだそうだ。マキシム王国では塩に関わる人々は地位が高く、このカイルも例外ではないという。
ローレンは、カイルの主人も命令内容も知らなかった。ただ、ゴーティス王の行方不明に少しでも関連づけられるものがあるとすれば、マキシム国王だ、と重い口を開く。国王には変わった収集癖があり、毎年「数人」が彼のもとに集められるそうだ。ゴーティス王はその対象になってもおかしくない、と、ローレンは言う。
王を捜し、北へ向かおう。
王のいそうな場所が絞り込めていないのに、ジェニーが立ちあがると、アドレーが同行を申し出た。庶民の彼は剣を使えないが、その圧倒的な存在感と腕力があれば、十分に戦力になる。
ジェニーが自ら捜索に乗り出すことに、アリエルとローレンは猛反対だ。だが、意外なことに、サンジェルマンは反対意見を述べなかった。彼は、捜索範囲をもっと狭めるのが先決だ、とジェニーを諭し、旅に備えて少しでも休むように、と言った。
日付は既に替わり、カミーユは深い眠りに入っていた。娘の安心しきった寝顔を見ると、ジェニーの決心が崩れそうになる。
(私がいなくなってしまったら、この子はどうなってしまうんだろう?)
死ぬのは怖くない。
でも、カミーユをあとに残して死ぬのは……嫌だ。
ジェニーが留守の間に、王がカミーユに会いに来たそうだ。彼はカミーユをあやし、月の女神にジェニーの無事を一緒に祈っていたそうだ。それがあったからなのか、カミーユはもう、王を“オオ”とは呼ばなくなっている。
王を“パパ”と慕うカミーユに、“パパ”として彼女に応えてくれた王。カミーユに、”パパ”である王をまた会わせてあげたい。
(待っててね。ママはパパを助けに行ってくるわ)
カミーユの寝顔に引き止められないうちに、ジェニーはやっとの思いで彼女から目をそらす。
自室に上がり、ジェニーは王の剣を鞘から抜いてみる。
彼の剣を引き抜くのは、これが三度目だ。心身ともに疲労が濃いせいか、剣はジェニーの腕にずっしりと重い。
――今度こそ、本物の剣を使う機会が来てしまうかもしれない。
でも、ジェニーの不安感は予想したより弱かった。王の剣は重かったが、ジェニーの手になじみ、王の手に添えられている安心感があるからだ。
――王を見つけるまで、泣きはしない。
ジェニーは剣を鞘に戻し、何気なく隣の箪笥を見た。いちばん下の引き出しが、ほんのわずかに開いている。その中にはラニス公の手紙を入れてある。それから、同封されていたケインからの手紙も。
おそるおそる引き出しを引くと、中にあった二通の手紙が、握りつぶされたかのように丸められていた。
夜が明けると、今度はローレンが捜索への同行を表明した。彼の場合は、王の捜索というより、ジェニーを外敵から守りたいという想いからだ。
そして数時間後には、一度帰城したライアン、王城にやって来たユーゴが加わった。ライアンはローレンの存在に顔を引きつらせたが、彼が旅先案内人になると知ると、ジェニーのために目をつぶってくれた。
だが、サンジェルマンは、ジェニーの隊に加わるとは言い出さなかった。彼は近衛隊隊長たちと本館に引きこもり、一日中、ジェニーとは顔をあわさない。
だが、その日夕方遅くなって、サンジェルマンが小城に集まっているジェニーたちのもとにやって来た。
「カラントでカイルに似た男のいる行商隊が目撃された」
カラントとは、首都からまっすぐ北上したところにある小都市だ。具体的な地域が出たことに、一同がどよめく。
「すぐに向かおう」
皆をたきつけるサンジェルマンにアドレーが問う。
「あんたも同行するのか?」
サンジェルマンは不思議そうに彼を見返す。
「当然だ、なぜそんなことを訊く?」
サンジェルマンにとって、王の捜索はわざわざ言い出すまでもなく、当然に行うものなのだ。
本作品を読んでくださって、どうもありがとうございました。
当初の予定では4月末の完結でしたが、5月のGW中になりそうです。
あと残りわずか、楽しんでよんでもらえると、嬉しいです。
*4/21 一部内容を修正・追加しました。