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第二部 5.生と死の境界線-2

 ジェニーは未知の物体を見るように、テーブルの上にあるノワ・パイを見つめていた。楕円形の金皿に盛られるには似つかわしくない、素朴な菓子は、ジェニーが子どもの頃から日常的に親しんできた、一枚の葉をかたどった小さな焼き菓子だ。それが人間の命を奪う道具に使われることは、ジェニーのいる日常とは大きくかけはなれている気がする。

 しかも、それは王妃がジェニーに土産としてくれた代物だ。ジェニーの好物として、彼女が取り寄せたもの。親切でひかえめな王妃の像は、殺意という激しい意志に相反し、両者がどうしても結びつかない。

 しかし、召使女はさっき、「コレットのように死んでしまう」と犠牲者の存在を口にした。暗殺の危険に晒されている、と知らされてはいても、他人の口から聞かされる恐怖と死の恐怖を自ら経験するのでは、大違いだ。

 ジェニーが音をたてて息をのむと、王がちらりとジェニーを見た。

「本当なの? コレットは本当に、これを食べて……?」

「はい!」

「そんな、だってあれは――」ジェニーはすっかり混乱し、言葉を喉でつかえさせた。「これに毒が入ってたっていうの……?」

 召使女は泣きそうになりながら、上半身を激しく揺するようにして何回も首を縦に大きく振った。

 ふと、王がジェニーの肩をつかむ。ジェニーが思わず王を見上げると、彼は少しだけ目を細めてジェニーを見返した。ジェニーと比べ、暗殺という行為に身近な王はずいぶんと落ち着いていたが、ジェニーに返す視線には暗い怒りが含まれている。


 顔の見えない暗殺者を思い、ジェニーは焼き菓子を見て、思わず身を震わせた。すると、王がジェニーの額に唇を軽く押し付けた。だがそれは、王がジェニーを安心させようとした行為ではなく、ジェニーが動き出そうとしたのを遮っただけのようだ。彼は召使女を一瞥すると、隣室に続く入口に向かって声をはりあげた。

「アリエル、そこにおるのだろう!」

「……はい!」

 返された女の声にジェニーは驚き、王に振り返った。「今、“アリエル”って言った?」

 王はただ、ジェニーに入口を見るよう、促しただけだ。隣室から性急な足音が近づいてくる。ジェニーは驚きに打たれた胸を押さえ、期待を否定しながら、部屋の入口を見た。

 まさか、あの彼女なはずはない……!

 主人を城から逃がした罪を問われ、城から追放されたアリエルの行く末は期待できるものではなかった。女官長は、彼女の生死すら分からない、罪人に明るい未来があるはずがない、と、ジェニーに彼女の死をほのめかしていた。

 ところが、ジェニーを安心させる、あの低音の落ち着いた声が室内に通る。

「御前に、王」

 ジェニーは入口に現れた女をひと目見て、呆然とした。

「アリエル!」

 入口を通り抜けて来たのは、かつてジェニーの侍女だった、アリエルだ。ジェニーが最後に彼女を見たときと比べると、全体的に痩せ細り、顔色が悪く、艶やかだった茶色の髪は輝きを失っていた。目の下には薄茶色のくまが目立ち、実際より老けた印象を与えたが、知的な瞳は今も変わらない。ただ、今までの生活は楽ではなかったのだろう、王の前で頭を下げた彼女の首の後ろは骨の形がはっきりと分かるほどに痩せていて、ジェニーは胸を締め付けられた。

「あなた、生きていたの……!」

 アリエルは王に向けたその顔をジェニーに移し、それまでの真剣な顔を瞬時にほころばせた。

「はい、お久しぶりでございます。ジェニー様の無事なお姿を拝見できて……感無量でございます」

 ジェニーは感動で声が震えるのを抑えられなかった。

「ああ、アリエル!」

 ジェニーがため息を漏らすと、王がジェニーの肩を放した。ジェニーが見上げると、彼は少し眉をひそめ、無言でジェニーを見返す。

「……彼女を探し出して連れてきたのは、あなたよね?」

 王はジェニーに何の返事もせず、得意そうに微笑みもしなかった。が、これが王の仕業でなくて、何だというのだろう?


 アリエルは、側に寄ったジェニーを温かな笑顔で迎えいれ、膝を落としてジェニーに礼を取った。

「女官長は、あなたがもうこの世にいないかもしれないって言ってたわ。ごめんなさい、あなたに迷惑が及ぶなんて……私は何も考えなくて。私のせいで、もう二度とあなたとは会えないんじゃないかと思ってた。でも、よかった。あなたが生きていてくれて、本当によかった……!」

「ジェニー様が謝罪するようなことは何もありませんわ」アリエルは毅然とした態度を見せ、そして、ジェニーを見つめた。「私はこうして無事に生きておりますわ、ジェニー様」

「ええ! こうやってまた会えるなんて、本当に嬉しい!」

「私もでございます」

 アリエルはジェニーに同意すると、目の周りに笑い皴を深く刻み、心から幸せそうに微笑んだ。

「それだけで幸せなことですのに、私は再び、ジェニー様のもとで過ごすことを許されたのです。そのうえ、常日頃から願ってきた、王とご一緒のジェニー様、それにお二人のお子様の姿まで見られるなど……私は本当に幸せ者でございますわ」

 アリエルを見つめるのが恥ずかしくなり、ジェニーはふと王に目を移した。彼はノワ・パイに視線を再び返していた。なにげない、地面に落ちている小石でも眺めるような目だ。その表情からは、ジェニーと顔を見合わせた一瞬に見せた怒りも、戸惑いも失われている。

 だが、王の無表情こそ、彼が「何か」を思案している証拠だ。

 本当なら王は、ジェニーの変わりはてた姿を目にするはずだった。ジェニーが食欲を失っていなければ、王が訪ねてくる前までに、間違いなく、ジェニーはコレットを殺した毒を含んだノワ・パイを口にしていた。ジェニーは王妃が犯人とは信じていなかったが、王妃か他の何者か、ジェニーを快く思わない誰かが、ジェニーが口にする菓子に毒を仕込んだのだ。

 殺意が全身からみなぎっているような人間より、殺意のひとかけらものぞかせない者が、実は自分の命を狙っている方が、はるかに恐ろしい。誰かに武器を突きつけられれば、視覚的な恐ろしさは増すが、心理的には、死への恐怖の度合いは少ないように思う。もちろん、恐怖が消えることはありえないが、誰かから殺意を見せられることで、自分は死ぬかもしれないという、覚悟に似た予感は持てる。

 でも、人生の途中で、自分以外の誰かの意思によって命を終わらせるなんて嫌だ。

 カミーユと、王と永遠に離れるなんて、絶対に嫌だ。


 アリエルが穏やかにジェニーの思考に割って入ってきた。

「私は今回、ジェニー様をお守りするためにお側に参ったのでございます」

 ジェニーと目が合うと、アリエルは唇を結んで、ゆっくりと頷いた。

「じゃあ、これからはずっと側にいてくれるのね?」

「常に」

「私……まだ死にたくない」

「もちろん、そんなことはさせませんわ」

 ジェニーが気丈に微笑むと、アリエルも微笑み返した。

 ジェニーはカミーユの顔を頭に思い浮かべた。娘は無防備でか弱い子どもだ。自分はともかく、彼女が巻き込まれないことを、ジェニーは強く願う。

「嬉しいわ。あなたがいてくれると、私も心強い」

 侍女の一人が護衛の役目を担っているのはジェニーも今は知っているが、誰がジェニーを狙っているか知れないこの状況下では、本当に信頼できる人間が必要だ。暗殺者は、すぐに自分の計画が失敗したことを知るだろう。そうすれば、間髪入れず、第二の魔の手をジェニーに伸ばしてくるに違いない。そうしたとき、ジェニーとともに立ち向かい、ともに戦ってくれる仲間が、友が、いてほしい。


 アリエルの視線が揺らぎ、ジェニーは王が近づいたことに気づいた。彼は、手に数個のノワ・パイを載せている。

「ジェニー」

 王はもうここを去る気だ。

 ジェニーは急に寂しさを感じたが、彼が素早く寄せた唇を頬に受け、彼の手の中にある菓子を見つめた。

「それを持っていくの?」

「食べはせぬ。もっとも、誤って口にしたとしても、俺は毒に慣れておるゆえ、少々の量では倒れぬが」

 王はまたジェニーに顔を近づけ、ジェニーの唇に彼の唇をゆっくりとのせた。不安が胸に渦巻いているとき、彼の温もりはジェニーをほっとさせる。

「これは“土産”として城へ持っていく。おまえは俺からの土産を存分に堪能しろ」

 王が意味深に視線を送った先は、アリエルだ。ジェニーはびっくりして、彼を見返した。

「あなたの土産って、アリエルのことだったの?」

「正確にはサンジェルマンの土産だ」

 王は囁き、ジェニーの頭を抱きかかえるようにして、彼の胸に押し付ける。

「俺はむこう一週間、ここには来れぬだろう。だがジェニー、俺のおらぬ間に勝手に倒れでもしてみろ。そのときは、おまえの娘もこの女も、小城におる全員の命も消えると思え。おまえは皆のために毒などに屈するわけにはいかぬのだ。わかっておろうな?」

 素直でない王は面倒そうな口調を装い、「皆のため」と理由づけ、ジェニーの無事を切に願っている。

 ジェニーは、彼に正直に「心配している」と明かしてもらいたいと望みつつも、彼の言葉から、小城で働く者たち全員の命を懸けさせるくらい、自分の身の危険は脅かされているのだと察した。

 怖かった。ジェニーの目に入る王の濃赤色の服が、胸に広がっていく血に見える。

 ジェニーは顔を上げ、恐怖を隠すため、わざと不服そうに王に言った。

「そんなのって横暴だわ」

 ふん、と王は鼻を鳴らし、不満そうにジェニーを見下ろした。そして、「横暴で卑劣なのはおまえを狙う者の方だ」と口走り、ジェニーの前で鼻に皺を寄せながら、目線を上げる。

 ジェニーが王の胸を両手で押してその体から離れると、彼はジェニーに視線を落とした。怒りに支配された鋭い目つきのままで。ジェニーと目が合うと、彼は気まずそうに視線をそらした。

 ジェニーは暗殺の可能性に恐怖を感じてはいたが、王が自分のために感情的になる様を目にできたことは予想外だった。嬉しかった。

「私はそんなに簡単には殺されないわ」

 ジェニーが宣言するように告げると、彼はジェニーを見もせず、わかっておる、と呟いた。彼は、その言葉どおりに事が運ぶとは考えていないのだろう。そして、「されど、何ごとにも油断するな」とジェニーに言った。

 それから王はジェニーの手を放し、アリエルに振り返った。

「おまえは周囲に細心の注意を払え」

 はい、とアリエルは胸に手をあて、王に答える。

 王が室内をぐるりと見渡した。そして彼は、手の中のノワ・パイを忌々しそうに見つめ、それを壊さない程度の力で握り締める。

「絶対に、許しはせぬ」

 怒気を秘めた声で王がつぶやくと、アリエルが彼に声を掛けた。「王、差し出がましいようですが」

 ジェニーが振り向くと、彼女は優しい微笑みでジェニーに応え、そして、王の方に向き直った。

「何だ」

「王のなさることに間違いがないと分かっておりますが、くれぐれも先方を刺激なさらないよう、ご配慮くださいませ」

 王は眉をひそめてアリエルの進言を聞いていたが、彼女が頭を垂れると、低い声で笑った。

「言われずとも、よう心得ておる」




 ゴーティスは晩餐の席に遅れて到着した。最近はほぼ毎日、ゴーティスは妻カサンドラと食事をとることにしているが、この場に来る前にジェニーのもとに寄ったことを、彼女には伝えていない。

 既に到着していたカサンドラは、細長いテーブルの対面に着席していた。結いあげた黒髪が彼女の細い首には重そうだ。

 ゴーティスが席に着くと、給仕たちが料理を黙々と並べ始め、儀礼的で退屈な晩餐が始まりを告げる。

 カサンドラはさっきまでゴーティスが着ていたような濃赤のドレスを着て、胸にたっぷりと付いたひだ飾りを指でもてあそぶように触っている。ゴーティスに挨拶してから、彼をまともに見ることもなく、動きまわる給仕や並べられる皿を気にしている。落ち着きのない様子だが、彼女はたいてい、夫の前ではそんな調子だ。ゴーティスの目には、口数が少なく、明るさの足りない彼女にどこも変わったところは見つけられなかった。


 誰が考案したか知らないが、ある程度声を大きくしなければ対面の相手と会話できない、晩餐用テーブルの長さを決めた者には、感謝したい。そこまで親密ではなく、だが共に食事をする必要がある相手に対し、その長さは絶妙な距離だ。

 だがそれは、ジェニーを感じる距離としては遠すぎ、もどかしい。

 ゴーティスはこれまでに数えるほどにしか、ジェニーと晩餐を一緒にとったことがない。しかし、二人の数少ない食事の場は、ゴーティスとカサンドラが今着席しているように、長いテーブルの端と端で向かい合いはしていない。

 ゴーティスはジェニーの席を隣につくらせた。貴族社会の礼儀に疎い彼女はそれを下品だとは呼ばず、自然に受け入れた。

 ジェニーもそれほど口数が多い方ではないが、二人の会話が多少途切れても、ゴーティスはちっとも苦にならなかった。彼女と間近で視線を合わせ、笑みを交えながら料理を口にするのは、空腹を満たすための日常的な時間を特別な瞬間の連続に変える。

 何を食べるかより、誰とどう食べるか。

 過去に経験したジェニーとの数回の食事は、ゴーティスの晩餐に対する見方を変えた。

 ――それに対し、この時間のなんと無駄なことか。

「後宮で何か変わったことは?」

 ゴーティスは決まりきった科白をカサンドラに義務的に投げかける。彼女は、いいえ特には、と前置きした後、その日の来客や彼女が何をして過ごしたかを、かいつまんで説明するのが常だ。


 カサンドラは、小城にジェニーを訪ねた件を口にしなかった。

 胸にわいた疑いを慎重に抑えこみ、ゴーティスは給仕の一人がテーブルの中央に浅い銀皿を置くのを見守った。銀皿には白い清潔な薄布が敷かれ、茶色の焼き菓子が盛られている。色鮮やかな数々の果物が積まれた皿の隣で、焼き菓子の見た目が地味なだけに逆に目立つ。

 ゴーティスがカサンドラの視線を追うと、彼女はあらたな焼き菓子の登場に気づいて、瞠目した。

「アンヴァリッドから戻った者が、俺の好物と知って、途中で入手してきた郷土菓子だ」

 ゴーティスの説明に、カサンドラは驚いたように息をのんだ。

「まあ、王もそうでしたか……」

「俺“も”?」

 ゴーティスがすかさず問うと、カサンドラの目が不意に不安定に揺れた。ますます疑わしい。

「おまえがその菓子を知っておったとは、初耳だ。それはヴィレールでも一部の地域でしか入手できぬ、地方菓子だ」

 ゴーティスは給仕の男に合図し、銀皿を持ってこさせた。カサンドラは顔色を失くしてゴーティスを見ていたが、ゴーティスが皿の菓子の一山から一つ取っても、何も言わない。その菓子の半分ほどをゴーティスは口に含んだ。

「欲しくば持っていけ。女どもは菓子を好むだろう」

 ゴーティスは菓子を歯で割り、口の中で噛み砕いた。カサンドラはそれを見ながら、テーブルの上で手を握ったり開いたりしている。

 突然、彼女が口を開いた。

「王。実は、先日私は、あの……私は、このノワ・パイを取り寄せたのです。小城にお住まいの、あのお方に差し上げたいと思って……。その、それがあの方の好物だと、うかがったものですから」

「ほう?」足元から上がってくる冷えとは異なる、不気味な冷気でゴーティスの胸がひんやりとした。「おまえがジェニーに? おまえたちの間に親交があったとは意外だな」

「いえ、そうではないのです、そうではなくて……手土産がないと、小城に訪ねにくかったものですから……。でも、王がこれを用意なさっていたのでしたら、私は何か別の物を差し上げれば――」

「つまり、おまえはジェニーを訪ねたということか」

 カサンドラが勢いよく顔を上げ、テーブルの向こうからゴーティスを見つめた。ゴーティスが見返すと、彼女は即座に視線をさけ、また俯いた。

「ああ、お許しを! 私は王に何の断りもせず、王がお怒りになると分かっていながら、小城に参ったのでございます! どうしても……どうしても、カロリーヌに会いたかったのです……!」

「カロリーヌだと?」ゴーティスはジェニーの娘が話に出てきたことに驚いた。「おまえがなにゆえ、あの娘に会う必要がある?」

 カサンドラは顔を上げ、一度言いよどんだ。

「……後宮で少し前まで、私は、あの子の母親代わりだったのです。王の血を受け継いだあの子は本当に愛らしくて……かわいくて。ああ、今や、カロリーヌは私の娘同然なのでございます。離れているのが寂しくて、毎日がとても耐えられないのです。あの子の母親は別にいるのだと、分かってはおります! でも……でも……!」

 カサンドラが取り乱すのをどう捉えればよいのだろう。

 彼女を注視しながら、ゴーティスは言った。

「他人の娘より、己の“子”について考えるのが先ではないか?」

 ゴーティスの問いを受け、カサンドラが衝撃に目を見開いた。世継ぎの件で周囲から散々せっつかれている彼女も、夫からは今まで一言も責められたことはない。

 カサンドラが気落ちし、うな垂れた。「……はい……」

「されど、母親がおらねば、おまえは再び娘を育てられよう」

 不思議そうに顔を上げたカサンドラは、ゴーティスの言葉を反芻するように繰り返したあと、首を振った。

「母親からまた引き離されれば、あの子は深く悲しみますわ。そんなこと……とてもできません。あの子は母親と一緒だと、とても……とても幸せそうですもの……」

 そうして、カサンドラは重いため息をつく。

 ゴーティスは妻の暗い顔を眺めながら、二個目のノワ・パイを口に入れた。


 晩餐が終わり、夫婦が別々の方向に歩いていくと、ゴーティスの横にサンジェルマンが追いついた。ゴーティスは足を止めず、彼に小声で告げる。

「あの菓子を妃の侍女どもにくれてやれ」

「はい」

「女官長のところにもだ。残りはおまえが取れ」

「は、私がですか?」

 サンジェルマンが意外そうに問い返すので、ゴーティスは彼に振り返った。

「あの女からの土産だとて、ジェニーはあの菓子をしばらくは見たくもなかろう。おまえが貰うのなら、あの女も文句は言えまい」

 サンジェルマンがわずかに動揺する姿を楽しみながら、ゴーティスはアリエルと会ったときのジェニーの喜び様を思い出した。彼女が心底喜ぶ様子はゴーティスを和ませる。少しずつだが、ジェニーが何をもって喜ぶのか、ゴーティスは理解してきた気がしている。

 本館の入口が見えてきた頃、ゴーティスはサンジェルマンに命じた。

「女たちの反応に注意しろ」

「はい。王妃様は、よろしいのですね?」

「あれは……今のところは、よい」

 カサンドラには、ケインに似た純粋さがある。純粋で、どす黒い感情がその裏に渦巻いていても気づきもしない、鈍感さだ。

 ケイン。

 あの男はまだ息をしているのだろうか? ……だとすれば、今どこで、何をしているのだろう?


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