第一部 8.遠のく瞳−2
剣技大会が無事に終了し、上位進出を果たした庶民の男たちが近衛兵として召抱えられることが観衆の前で約束されると、庶民が大多数を占める会場は大興奮の渦となった。群集は栄誉に陶酔し、力強い歓声はいつまでも止まず、青く高い空のあちこちから彼らの声が跳ね返ってくるようだ。
中央の席に座を取るゴーティスも、上機嫌でそんな民衆の高揚ぶりを眺めていたが、彼の心の高ぶりは群衆たちのように熱く激しいものとは違い、心地よい程度に温かく平穏で、どこか満たされている。
一昨日にジェニーと離れてから、ゴーティスは彼女のことばかり考えていた。
彼女の顔を心に思い描くと、柔らかでふわふわとした実体のない生き物が、胸の中で大きく膨らんでくるようだ。それは体内から時々飛び立とうともするが、大抵は、体いっぱいに広がって内側からゴーティスの胸や喉を切なく圧迫する。それはとても不安定で、彼をどうしようもなく浮ついた気持ちにさせる。だが、不思議となつかしい。そして、その感覚に襲われるたび、ゴーティスはジェニーを想って、会いたくてたまらなくなる。
その日、ゴーティスは帰城して真っ先にジェニーの顔を見たかったが、何かと忙しくて後宮に足を運ぶ時間がとれなかった。夜は大会への列席者でもあった王族や上流貴族を招いての宴が予定されている。そこで言葉を交わす機会のない来客たちは、その前にゴーティスと接触したがって、彼はこれまでに何人としゃべったかわからない。ゴーティスは意のままにならないそんな状況に苛立ちもしたが、国王としての責任を果たす姿勢をジェニーが評価していたことを思い返すと、ゴーティスの心が、穏やかに治まっていく。
夜の宴への出席者たちは剣技大会の余韻に浸りながら、大いに盛り上がっていた。きらびやかな貴族の女たちも出席し、カトリーヌやオルディエンヌといった彼の美しい愛人たちもそれに華を沿えた。出席者たちの服装も、並べたてられた食事も、全てが豪勢で華やかだ。
それなのに、ゴーティスの目には全ての要素から色が失われているように見える。女たちの中にはゴーティスにまとわりつくような視線を投げかける者もいたが、心動かされることはない。ゴーティスが宴の最中に唯一目を引かれたのは、ジェニーと同じ年格好で、同じ色の髪を持った女だった。しかも、それが一度や二度ではない。ゴーティスは間違えるたびに苦笑させられ、その一方で、胸を暖かく包む優しい感情に、静かに満足する。
空虚さと充足感の相反する二つを同時に経験しながら、ゴーティスは今夜を王として過ごし、明日の朝になったら後宮に足を向けよう、と心の中で決めていた。そして、ジェニーが彼を見て微笑みらしき表情をのぼらせるのを、今度はもう少し、長く見つめていたいと思う。
ゴーティスは前夜にあまり飲酒をしなかったこともあって、次の日は比較的早く目覚めた。前夜遅くまではしゃぎすぎた宴の出席者たちは、今もまだ深い夢の中だろう。
ゴーティスは今日の予定を確認した後に後宮に向かう心づもりでいたが、彼に緊急で相談したい件があるという大臣が既に待機していると知らされた。またもやジェニーと会う機会を先延ばしにされることに、ゴーティスはため息をついた。だが、連日の多忙さのせいか、非常に疲れた様子の侍従長と女官長をさっさと執務室から追いやると、代わりに、隣の控え室にいるその大臣を呼びつけた。
その後の朝食の席には、フィリップとその妻、彼の弟ジェラールが出席する予定だった。朝食の場に出る仕度を整えながら、ゴーティスが中庭に面するサロンを窓から見下ろすと、出入口にいる衛兵の一人が首を背後に向け、サロン内の方に振り返っていた。ジェニーが来たのかとゴーティスが考えた矢先、出入口に茶色の頭がのぞき、衛兵はその女と話しているのだとわかった。その見覚えのある結い髪の持ち主は、ジェニーの侍女だ。ゴーティスは期待をこめてサロンの中に視線をめぐらせてみたが、ジェニーの姿は確認できない。
侍女は、単独でもサロンに何度も出没するのだ。
ゴーティスはうす曇の空をちらりと見上げ、侍女の存在を大して疑問にも思わずに、サロンから目を離した。
朝食を終えた後、多忙を理由にフィリップたちとの予定を取り消し、ゴーティスははやる心を抑えて後宮へ急いだ。屋上で涙をこらえていたジェニーの、一瞬だけ表情をくずして見せた笑みが、ゴーティスを何度も惹きつけてやまない。
後宮に向かう途中、交差する廊下の奥まったところで、侍従長と女官長が深刻な顔をして何やら相談していた。彼らは会話に集中しているせいで、ゴーティスが少し離れた廊下を通過しても気づかないようだ。
ゴーティスは彼らのせっぱつまったような様子が引っかかりはしたが、女官長は物事を大げさにする傾向があり、侍従長は心配性で、やはり、事を必要以上に深刻に受け止める嫌いがある。
彼らが言い出すまで待つ方が賢明だ。ゴーティスはそこを素通りした。
東館から後宮に伸びる通路入口に達したとき、ゴーティスは最初の違和感に出くわした。
通常はぴったりと閉ざされている入口扉が半開きになって、内側にある後宮の廊下が露見されている。ただし、そこを守る衛兵は扉前にかわらず常駐している。
衛兵たちはめったなことで動揺などの感情を態度に出さないが、ゴーティスが接近するにつれ、二人が何かの理由で、いつにもまして緊張している様子が見てとれた。むしろ、怯えている、と表す方が近いかもしれない。それに、開放された扉をとおして人影は見えないのに、人々のざわめきや足音が普段より大きく響いている。
ゴーティスが後宮に足を踏み入れると、扉の裏側には十人近い数の女たちが並び、ゴーティスに対して一斉に頭を垂れた。その異様な光景に思わず足を止め、ゴーティスは居並ぶ女たちをざっと見たが、馴染みのない面々ばかりだ。彼女たちはなかなか頭をあげようとしなかった。
そのとき廊下の奥から衛兵の声がして、ゴーティスは不審に思って振り返った。姿は見えないが、数名の存在感がある。後宮は基本的に女だけが出入りを許可される場なので、衛兵がうろついている事態とは何か問題があったということだ。
ゴーティスが一歩踏み出して廊下の先をのぞこうとすると、左端に並んでいた女がちょうど顔を上げ、ゴーティスと視線が偶然にぶつかった。すると、女は不自然なほどに驚愕し、彼から視線を素早くそらせた。その顔は青ざめ、首筋が震えている。
「そこの女」
ゴーティスが呼んだとたん、彼女は上半身を大きく一度震わせて、深々と頭を下げた。
「も、申し訳ございません……!」
女の場違いなほどに大きな叫びを聞いて、ゴーティスは面くらった。横に並ぶ女たちの顔に、恐怖に似た歪みが駆け抜ける。
「なにゆえ、謝罪する?」
廊下の先から、衛兵たちの慌ただしい足音が近づいてきた。途切れがちながら、早口でまくしたてる女の声もどこかから聞こえる。
ゴーティスは背後の衛兵に振り返り、彼らが通路の先を見据えて微動だにしない様子を見た。女たちに再び振り返ると、彼女たちは誰ひとりとして、ゴーティスを見ようともしない。不愉快を通り越し、一抹の不安が生まれてくる。
女たちの様子を怪しんでいたゴーティスは、左端の女を再び見て、突然、脱力して膝から滑り落ちそうになった。頭に最初に浮かんだのは、ジェニーの身体のことだった。
「――ジェニーに何かあったか?」
誰もゴーティスに返答しなかった。ただ、さっき謝罪を口にした女が激しく嗚咽して泣き出して、ゴーティスはそれを目にするなり、横に付いて来ていた近衛兵を押しのけ、その場から走り出した。女たちの何人かが悲痛な声でゴーティスを呼び止め、後ろから追いすがる。廊下のずっと奥では数名の召使女たちが足を止め、その手前にいた衛兵二人がゴーティスの出現に驚いて、女たちと同様の恐怖を表情にのぼらせた。それもまた、ゴーティスの不安をあおる。
ジェニーは、ここ最近はずっと体調が安定していた。女官長やサンジェルマンからの報告でもそう聞き、ゴーティスの目にもそう映った。しかし、たとえ今までが順調だったとしても、妊娠している彼女の具合が急変する可能性は常にある。子が流れてしまう可能性もありえる。そしてその場合、彼女はかなりの苦痛を味わい、命を危険にさらすことだってありえるのだ。
ゴーティスは廊下から階段にまわりこみ、数段をとばして駆け上がった。今のこの時までジェニーの元に来られなかったことが悔やまれ、不安に追い立てられる。
生きて……生きておれ、ジェニー……!
数年前に宗教を拒絶して以降初めて、ゴーティスは神の名を繰り返し、ジェニーの無事を強く祈った。
ジェニーの命がまだ続いていることを切望しながら、彼女の部屋がある二階に一気に行き着く。ゴーティスは、予想に反してひと気のない通路を見て疑問に感じた。慌ただしく行き交う召使や侍医の助手がそこにいることを想像していたのだが、廊下はひっそりとして誰もいない。
ゴーティスはジェニーの部屋までの廊下をたどり、角を曲がった。彼女の部屋の扉は開け放たれ、その前に衛兵が立っている。
衛兵には極度の緊張と動揺が見てとれた。走る速度を落としながら、ゴーティスは、ジェニーの体を心配するのとは別の不安が徐々に生まれ出てくるのを感じる。
「お、王、あの――」衛兵が行く手を阻むかのようにわずかに足の位置をずらしたが、ゴーティスは彼の前を難なく通過し、室内にすべり入った。
寝室に続く小さな部屋には二人の女の他には誰もおらず、静まりかえっていた。忙しく動く侍医や看病にあたる召使の姿はない。
うつむいていた彼女たちがゴーティスの登場にやっと気がついて顔をあげ、ゴーティスは片方の女が泣いた後のような赤い目をしているのを見つけた。彼女たちはゴーティスを見て、死人でも見たかのように、一瞬にして表情を凍りつかせた。
何か――とんでもない事態が起きている。
彼女たちに状況を確認する気など起こらなかった。ゴーティスは再び足を早めて部屋を突っ切り、寝室への扉の取っ手をつかむ。
扉を勢いよく開いたゴーティスの前に、そこにありえない者の存在が現われた。王以外の男がいるはずのないジェニーの寝室、テーブルの前に、衛兵が一人立っている。
怒りより先に混乱が勝ち、ゴーティスは無表情を保とうとしている衛兵を愕然として見つめた。それから寝台にジェニーがいないのを確認し、状況が読めないことにますます混乱して、衛兵の胸ぐらを力まかせに掴んだ。
「おまえは……ここで何をしておる!?」
彼の回答を得るより早く、寝台の向こう側から走り寄ってきた女がゴーティスの横に立った。ジェニーの侍女だ。目の下に薄茶色のくまが目立ち、皆とかわらず緊張感を漂わせていたが、他の者の態度と比べるとずいぶんとまともだった。
「王!」
「おまえの主人はどこだ!」
ゴーティスは彼女に尋ねながらその背後を見て、天蓋のカーテンの向こうに隠れた者の存在を察知した。直感でそれがジェニーではないと判断すると、漠然とした不安がゴーティスにのしかかってくる。
「申し訳ございません! これには――」
「どけ」
彼女を押しやって、ゴーティスはそこへ向かう。ジェニーに関する問題を誰もが彼から隠そうとしていたことに気づき、腹が立って仕方がない。侍女がゴーティスを追いかけながら、謝罪の言葉を繰り返す。それにも、うんざりだ。
「謝罪などいらぬ! いったい、俺の知らぬところで何が起きて――」
不意に目に飛び込んできた光景に、ゴーティスはぴたりと歩みを止めた。急に立ち止まったゴーティスの背中に、侍女がまともにぶつかる。侍女はまた謝罪を口にしたが、ゴーティスはそんなことは気にも掛けなかった。ゴーティスの視線の先にある石の床に、黒い穴がぽっかりと出現していた。
「これは、何だ……?」
黒い穴から下に伸びる石階段、壁の前にたたずむ顔色の悪い女、ジェニーの侍女を順繰りに見て、ゴーティスは誰に問うでもなく、つぶやいた。四角い穴には黒い木扉が付けられ、それが後宮にいくつか存在する抜け道の入口だとはゴーティスにもわかった。ただし、ゴーティスはこの部屋にも入口が存在することは知らなかった。
ジェニーの侍女がゴーティスの隣に来ると、女が、彼女にきびしい視線を走らせる。ゴーティスが彼女の理知的な黒い瞳を見ると、彼女は苦しそうに瞳を細め、ゴーティスに言った。
「王、実はジェニー様のお姿が――ずっと見えないのです。私がついていながらこんな事態になり、謝罪の言葉もございません。なにぶん好奇心の強いお方ですから、ここから地下へ入られ、入り組んだ通路を探索されているうちに帰り道がわからなくなってしまわれたのではないかと……。衛兵たちも後宮の者たちも、昨日より総出で行方を捜しておりますが、いまだに――」
「――昨日、だと?」
ゴーティスは地下への扉を一瞥し、たった今聞いた報告を憎々しく思って、彼女をにらみつけた。
「戯けたことを!」ゴーティスは怒鳴った。「既に丸一日が経っておるではないか! 一日をかけて今もって見つけられぬなど、おお、ようも、どの口でこの俺に言えたものぞ! なにゆえ俺に黙っておるなど――俺がここに来なければ、いつまでも隠し通すつもりだったか!? あの女は、普通の身体では……!」
ゴーティスはジェニーの事情を知らない女が側にいることを思い出し、そこで口をつぐんだ。ジェニーの身を案じ、ゴーティスの体が勝手に硬直する。侍女が悲痛な表情をして再度頭を下げたが、怒りが治まるはずもない。
ゴーティスが言葉を失って地下の入口を見ると、黒い闇だった空間が、奥の方からだんだんと明るくなってきた。ゴーティスは慌てて出入口にひざまずき、中を覗きこんでジェニーの名を呼ぼうとした。しかし、光とともに乱雑な靴音が近づいてくるのを耳にして、彼の心は急速に冷めた。
ほどなく、明かりを手にした一人の衛兵の顔が地下からのぞき、彼はゴーティスと遭遇して歩みを止めた。淡い光の中に、男の背後に続く狭い地下通路が浮かびあがって見える。地の底にまで続いているような、寂しい道だ。
それを目にし、不意につきあがってきた疑念を胸に、ゴーティスは無言で床より立ち上がった。
ゴーティスは、屋上でのジェニーの顔を思い出した。ジェニーはゴーティスの唇を拒まず、彼が唇を離して目を開けたとき、彼女のまぶたはまだ閉じていた。そしてそれが開くと、ジェニーは涙で濡れた瞳でゴーティスを見つめ、彼が笑うと、ほんの微かだったが笑い返したように見えた。彼女の行動の裏に、あさましい計算があるとは思えなかった。
「王、どうか……。私どもが全力でジェニー様を捜し出しますゆえ」
「当然だ」
ジェニーは彼女の侍女を信頼していた。悲しそうに深く頷く彼女を、ジェニーが裏切るとは思えなかった。
けれども、ジェニーの正直さを信じたい思いと逃亡を疑う心の間に、ジェニーの不在という鉄壁の現実が横たわっている。
もし、ジェニーが侍女を裏切ることができたとすれば、そのときは――ジェニーは、ゴーティスなど、いとも簡単に欺いてしまうだろう。
隣の部屋を誰かがばたばたと走る足音がし、次に寝室の扉が乱暴に開け放たれた。転がりこむように入ってきたのは、女官長とライアンだ。非常時ということで、女官長が特別にライアンを後宮に連れてきたらしい。
ゴーティスは、ジェニーが引き起こした騒動に後宮だけでなく近衛隊までもが振り回され、そして、自らが最も動揺した状況に笑い出したくなった。
なんと滑稽で、ぶざまなのだろう!
ジェニーは好奇心旺盛かもしれないが……戻る方法を考えないほど、頭が悪いわけではない。
「よいところに来た、ライアン」
女官長が話し出そうとするのをとめてゴーティスが言うと、ライアンはゴーティスを見て少し驚いたように眉を上げた。
「事情は聞いておるな。おまえには、ジェニーを捜し出してもらう」
「ははっ。心得ております」
ゴーティスは押しあがってきた嘲笑を隠すことなく、続けて言った。
「王城だけでなく、敷地内の召使棟も隈なく捜せ。城から外に出る者は全員の顔を確認し、大きな荷があれば中身を全て調べろ。あの女の逃亡に手を貸した者がおれば、容赦なく、殺せ」
ライアンも女官長もゴーティスの命令に驚きを表したが、ジェニーの侍女がひときわ目を大きく丸くしていた。信頼していた侍女の目を欺くなど、なんとあっぱれな娘だ。
「何をそう驚く? おまえ、ジェニーがまことに道に迷うと思うのか? ……あの娘はそれほど愚かではあるまい、逃げ道をあらかじめ把握しておったはずだ。これは――計画的な逃亡だ」
「まさか、そのような! そんな素振りなど、少しもありませんでしたのに!」
ゴーティスは彼女の思い込みを鼻で笑い、胸の内で自分の愚かさを呪った。ついさっきまで身を切らすほどジェニーの身を案じていた自分が情けなく、彼女を想って幸福感に浸っていた二日間が猛烈にむなしかった。
「それが、こちらを油断させるジェニーの狙いであったろう」
「そんなお方では――」
「ジェニーはここより逃亡したのだ! 既に王城の外におるやもしれぬ!」
侍女が衝撃を受けたように黙った。一瞬にして発火したかのように、ゴーティスの胸は燃えるように熱かった。胸に受けた悲しみの倍だけ、ジェニーへの憎しみが募った。
ゴーティスはライアンに向き直る。
「ライアン、おまえの名誉にかけて、ジェニーを何としても捜し出せ!! 小娘の分際でこのヴィレール王を謀ろうとは――よくぞ、俺をここまで愚弄しおって・・・・・・! ライアン、ジェニーを見つけたら必ずや生け捕りにしろ! 多少痛めつけてもかまわぬ、息の根がまだあるうちに、あの娘を俺の前に引きずりだせ! 俺がこの手で……あの娘の首の骨をへし折ってくれる! 」
ライアンが最敬礼して、ゴーティスの命令を遂行するために急いで退室していった。室内は恐怖で冷え切った空気が充満し、誰もかれもが暗い顔をして口をつぐんでいる。
ジェニーの侍女が、思いつめたような顔をして床面を見つめていた。ゴーティスが侍女の顎をつかんで引き上げると、彼女は初めて心細そうな顔色を見せた。ゴーティスは、それが自分への恐怖ではなく、ジェニーに対する落胆の類だろうと想像をつける。
「主人の逃亡を許したおまえを、本来なら、このまま生かしはせぬが、ジェニーが俺の前に連行されるまでの間、おまえには猶予を与えてやる。あの女に自分が犯した罪の大きさを認識させるために、おまえは彼女の目の前で処刑されることとなろう。おまえの処遇を恨めしく思うなら……おまえの主人を恨むことだ」
「ジェニー様はそんな――」
侍女が言いかけた言葉を最後まで聞かず、ゴーティスは女の顎を突き放した。
主人ジェニーに似て強情な彼女が、いまいましかった。