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誰にとって何が大きなものであったか。

それがとても大きなものだった。〈前編〉

作者: 現地住民

 国をより良くする。それが俺たち貴族の役目。

 それを教えてくれたのは、俺が最も尊敬する父であった。

 広大な数箇所の領を立派に治めながら、父はこの国の政務のトップ、宰相という役目までこなしている。

 もちろん、ひとり全ての領を管理することなど難しいことだ。常駐して管理をする人間が必要なため、各領地に代理人として領主をたて、協力しながら治めている。

 だけど、各領地の統計資料を見、時には足を運んでみて、方針を定めるのは父の役割だった。

 父はいつも忙しくしており、俺が父について勉強や視察、多少の手伝いをするようになるまで、ほとんど顔を合わせることができなかった。

 父は俺の誇りだ。そして、そんな尊敬する父のような人になりたい。その一心で、父のような人になるために必要な努力をした。そんな最初の俺の願いの中に、国だとか王だとか、民の存在は片隅に存在するだけのものだった。


 父と行動することが増えて数年経ったころ、王族と謁見が決まった。

 その前の日の夜、父は王族とこの国の未来について俺に話してくれた。


「知っているか? 最初に王を選んだのは、民達なんだよ」


 そんな口上から、父は語り始めた。

 創世の物語などの御伽噺では、王は神に選ばれた特別な存在のように言われている。しかし、それは後の王たちが、王族が神に選ばれた特別なものであると民心に植えつけることで、王たちの地位を確固たるものにしたかったためのものであったという。

実際のところは異なっていて、取り仕切るだけのカリスマ性をもつ者の元に、自然と人が集まっていく。それを繰り返し、規模が膨らみ、長きにわたる歴史を重ねたのち、国という形が誕生し、そして民に支持された王が生まれたと。

 識字率の低さと蔵書の閲覧規制が厳しいため、おそらくほとんどの国民は、自然と手軽に読める御伽噺を真実と思ってしまいやすい。それが今よりもはるか昔の時代のことならなおさらだ。


「私たちが王を選んだ。けれど、時代を重ねるごとに、王族たちは自分たちが特別であるという方便が本物であると思い込むようになっていった。王族は忘れてしまったんだ。なぜ、民たちが始祖王として己たちの祖先を選んだのか。担ぎ上げたのは大勢の民だったけど、民たちが王を選んだのは、王となったものが神話の神のような存在だと思ったからではなかったはずだろう?」


 そうだろう? そう問いかけるような父に俺は神妙に首肯した。

 実のところ、俺は父の話す内容の意味のほとんどを理解できていなかった。けれど、それがとても重要なことなのだということは、父の真剣さに熱のこもった視線で自然に理解できていた。

 父は俺の、少しでも理解しようとする態度に満足したように頷いた。


「今、国が揺らぎ始めている。責任の一端は我ら貴族にあるんだよ」


 俺たち上位貴族のほとんどは、王を選び、そして王が神聖化されていく歴史とともに生きたものたちだという。血筋が王族であるならなおのことだ。

 王を選んだという責任。そして王の神格化、その先に訪れた王族の慢心を止めることができなかった。父は、それは自分たちの罪なのだといった。

 王ばかりが悪いのではないと。

 とある王がその重すぎる地位に苦しみ酒や女に溺れたように。またある王がいつ裏切られるかもしれない、それこそ親兄弟すらまともに信じられぬと孤独に疑心暗鬼になったように。

 王族に生まれたからといって、必ずしもその資質があるといえるだろうか? 祖先が王に選ばれたからといって、その子孫たちが必ずしも同じ資質をもって生まれるわけではない。

 資質がないからといって継承権を放棄した俺たちの祖先も、結局は最後まで本当の意味で王族という地位を放棄することはできなかった。それは、現在の父の微妙な立場からみて明らかな事実だった。


「私たちは、今、その代償をはらわなくてはいけないのだろう」


 俺はその言葉に、精一杯厳かに頷いた。

 俺はこのときはただ、父が俺自身を認めてくれたからこの話をしてくれているんだと。そのことが嬉しいばかりで。

 貴族であること、王族でもあること、そして父の話す代償がいったいどれほど大きなものになるか。そんなことまで考えることはできなかった。

 慢心した王族の横暴を、そしてその王族の慢心による圧制がどれほど民を苦しめていたかなんてこと、俺は真に理解してはいなかった。





 10歳の誕生日を過ぎてしばらく後に、俺とミルティシアは婚約を結んだ。

 完全な政略結婚。

 父からは事前に説明を受けていた。どうして権力もその意欲もない、中堅貴族の令嬢と婚約するのか。

 俺の家は公爵家だ。しかも、数代前に臣籍降下したばかりであり、現在も父は発言力の高い宰相の地位にいる。

 その立場は非常に微妙なものだと父はいった。

 公爵家の中の王族の血筋と父の有能さから、我が公爵家は貴族の中でも評価が高い。それこそ、父を王に立てようとする一派がいるくらいには。

 当然そんな父や公爵家を、王は快くは思わない。

 もしここで俺が上位貴族と婚約、結婚をすれば、王族からの不信はさらに加速するだろうとも。

 これはそういった経緯から必要な婚約なのだと。

 もしもそんな説明を受けなかったとしても、いつか政略結婚をするんだろうと考えていたので、逆に説明されたことが少し不満でもあったが、ここは父の優しさなのだと自分に言い聞かせ、彼女との対面を果たした。


 伯爵家の夫妻とミルティシアを公爵家に招いての対面は、よく晴れた春の日に行なわれた。

 ショコラの色合いのたっぷりとした髪の毛がゆるく波をうたせ、慎ましく伏せられたヘーゼルの瞳が太陽の明るさを受けて穏やかな色合いを見せていた。

 優しく穏やかそうだが、華美さはまったくない少女。

 ミルティシアは良くも悪くも、典型的な貴族の令嬢だった。

 慎ましく品があって、男性を立てる理想的な貴族夫人となるように育てられた、そんな少女。

 確かに俺は政略結婚を受入れていたが、ほんの少しは恋愛の刺激というものを期待していので、ミルティシアを見て、そういった刺激とは無縁になりそうだとがっかりした。


 あいさつを交わしてしばらく大人を介して会話をしたのち、俺とミルティシアはそれぞれの両親にうながされて庭を散歩をすることになった。

 庭にでる扉まで案内をする。そして先に外へ続く階段を降りると、彼女をエスコートするために、くるりと振り返り手を差し出そうとした。 ……が、その手は彼女の手をとる前に、ピタリと止まる。

 ミルティシアは日傘をさそうとしていたのだ。

 思わず俺はミルティシアと日傘を凝視した。俺の頭の計画には、日傘の存在はなく、ミルティシアの手をとって完璧に庭を案内する手はずになっていたのに。

 俺の視線に気づいたのか、ミルティシアが不思議そうにこちらを見返してきた。彼女は当たり前のように日傘をさしていて、俺の視線の意味に気づく様子はない。

 男は普通、日傘を差さない。それこそ、社交やエスコートの経験も少なく成人もしていない俺は日傘の存在すら気づくことができなかった。

 簡潔に言ってしまおう。俺は日傘をさした女性のエスコートなど知らない。

 もっといってしまえば、女性のエスコート自体、したことがない。馬鹿正直に紳士の心得書や通いの教師の言う内容を丸暗記しただけで、まともに実践したこともない。それでも、教師の教えも心得書も全て暗記している。俺は婚約者を完璧にエスコートできると確信していた。

 イレギュラーにおそわれ、どうすればよいかわからなかった俺は思わず、普段は決してしない行動をとってしまった。


「日傘をさされては婚約者に触れることもできないじゃないか」


 信じられないことに俺は女性に苦情を申し立ててしまったのだ。

 言った後にその失態に気づく。紳士にあるまじき行為だ。心得書でも何度も読み返し、教師からも口を酸っぱくして言われていたというのに。

 しかし、ミルティシアは俺の初めに予想したとおり、優しく穏やかな少女であった。


「まあ、婚約者殿の言うとおりですわ。婚約したのだから、お互い歩み寄らなくてはいけないですね」


 そういって彼女は静かに日傘をたたむと、俺に向かい陽だまりのようにほほえんだ。

 聞くと、彼女はいつも外を歩くときは決まって日傘をさすのだという。習慣であれば最初に気づかなかったのも無理はないのだろう。もしかしたら、日傘をさした淑女のエスコートの方法もあるのかもしれない。

 なんとか気を取り直して庭を歩き始める。なるべく日陰を歩けるようにエスコートをする。


「……ミルティシア嬢のご趣味は?」


 どうにか会話をしようとしてひねり出した質問は、とてもお粗末なものだった。ああ、こんなはずではなかったのに。初めに躓いたからなのだろうか。

 そんなことを考えていたが、ミルティシアは気にした様子もなく真剣に考え込み、刺繍や散歩が好きですと答えてくれた。そしてそのまま彼女も俺の趣味を問い返してくる。


「……趣味……」


 さらにお粗末な事実だが、俺は趣味らしい趣味をもってはいなかった。日々、公爵家を継ぐべく勉学に剣術にと忙しくしており、それに不満もない。乗馬の腕を褒められることはあったが、あれは趣味と呼べるだろうか……。

 少し考えてから他に思いつかなかったので、乗馬が趣味だと伝えると、ミルティシアはそうなんですか、と煮え切らない返事を返してきた。



 彼女と過ごす時間は、信じられないほど穏やかなものだった。

 父はわかっていたんだろうか。

 たとえ好きでやっていたとしても、公爵家の嫡男として勉学にばかり励む俺が、穏やかな気性のミルティシアと同じ時間をすごすことは、それだけで心が安らぐことだった。

 ミルティシアは俺が話すくだらないことも小難しいことも、おっとりとして聞いていてくれた。

 女性が好むだろう華やかな話もできない俺に嫌な顔ひとつしたことはない。

 あとは、日傘がないのもよかったのだと思う。日傘がないだけで、ミルティシアがずっと近い存在に感じられるように思うのだ。そんなことを思ったから、結局俺は日傘をさした女性のエスコートをずっと調べなかった。


 そうなんですか。けれどそれはハーウェル様は大変なのではないですか?

 ハーウェル様はたまに今までにない革新的な考えをおっしゃるので、とても楽しいです。

 お役目は苦ではないのでしょうが、身はひとつ。どうかそれを忘れずご自愛なさってくださいね。

 お父君を本当に尊敬なさっているんですね。ハーウェル様はいつも一生懸命ですもの。きっとご父君のようなすばらしい公爵様になれます。


 いつも穏やかな彼女が俺にはっきりとした物言いをしたのは一度だけ。それは俺が父の手伝いや勉学にのめりこんで倒れたりしたときで、彼女はいつもの柔らかな表情を悲しそうにゆがめ瞳を潤ませていうのだ。


「ご自愛くださいとお願いしたではありませんか。ハーウェル様が倒れられたと聞いて、ご両親や……私が、どれほど心配したと思いますか?」


 そういって泣かれてからというもの、俺はなるべく体調管理にも気遣いつつ、勉学などに励むようになった。すぐに完璧にすることはできなかったので、何度かそうして泣かれてしまった。

 もう泣かせたくはなかった。彼女にはいつでも俺のとなりで優しく笑っていてほしかったのだ。



 そのように、いつもは穏やかな彼女だが、ただひとつだけ、しつこいくらいしきりに気にしていることがあった。



「ハーウェル様。ただ上手なことは趣味ではなく、特技というのですよ」

「……君もしつこいな。いつもいっているだろう。乗馬は俺の趣味なんだと」

「……そうですか?」

「ああ。……そうだ、それでは今度の週末は遠乗りに出かけよう。俺の趣味なんだから。いいな?」

「……わかりました。楽しみにしていますね」


 彼女はどうしてか趣味が乗馬であるといったことを、ずっと疑っているのだ。……確かに俺自身、趣味が思いつかなくてやや適当に答えたのだが。そんなに疑うこともないだろうにと少し不満に思いつつ、毎回このやり取りをすると、こうして彼女を遠乗りに誘うことになるのだ。




 そんな穏やかな日々はお互いが15歳になる春に変化を始めた。

 わが国では、15歳になった貴族のすべての子息女たちに王立学園の入学が義務づけられている。

 学園は寮に入らなくてはならず、学園で多少会う時間はあっても、以前のようにあまりゆっくりとふたりで散歩をしたり、時間をとることができなくなっていった。お互いに学業や社交など忙しかったのだ。

 以前は週に一度はゆっくりと過ごす時間をとっていたのに、学園に入学すると多くて月に2回程度。しかも、1回の時間はお茶を1~2杯飲む程度しか時間を作れない。


 ユリエと知り合ったのはそんな時期だった。

 学園内で迷子になっているところを俺が助けたのが最初だった。

 彼女は、喜怒哀楽の豊かな女性だった。

後編はまだ着手もしてないです。

すみません…。

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