第六話 「そして三人は出会う」
目の前で一体何が起こったのか。
指環が光って、そしたら人形のように綺麗な容姿の……男の子……? ボクって言っていたし、男の子だと思うんだけど、とにかくそれくらい、この世のものとは思えないくらい綺麗な男の子が現れた。
「き、君は……人間じゃない、の……?」
ようやく声に出来たのは、そんな疑問だった。
ピスティと名乗った男の子は少し首を傾げてうーん、と透き通った綺麗な声で唸る。
「……よく、わからないや。ボク自身は、君と同じ人間だと思っているけど、指環から出てきてたら説得力ないものね」
そう言ってピスティは笑った。
僕はと言うと、その仕草一つ一つに緊張してしまって、上手く言葉を交わすことが出来なかった。
そうこうしていると、ピスティが僕の手を両手で包む。
「な、ななな、なに……?」
「アラタ。本当にありがとう。ボクはこれから君のためならなんだってするよ」
「そ、そんな大袈裟だよ。僕は、ただ……」
「いいや、君はボクをこの場所から救ってくれた。ボクは何年も何年もこんな場所に閉じ込められていたんだ……。だから、君はボクの恩人」
水色の髪は彼が動くたびキラキラと輝いた。
見たこともないような美しい金色の瞳が僕を見つめている。
その瞳で見つめられると、体が動かなくなってしまう。
少しずつ距離が近付いてく。
艶やかな唇が滑らかに動いていく。
「君が望むなら……ボクは、なんだって……」
「そ、それはもう、わ、分かったから!」
耐え切れず両手を振り払い距離を置く。
さっきまでとは違った意味で動揺し心臓が煩く鳴っていた。
顔が熱い。
何をやっているんだ僕は……ってそうだ、こんなことをしている場合じゃない。
「そ、そうだ! え、っと。あの……」
「ピスティって呼んで欲しいな、アラタ」
まるで僕の考えがわかっているかのように、ピスティはそう言った。
「ぴ、ピスティ……! お願いがあるんだ。今すぐ僕と一緒に来て……!」
「もちろんだよ、アラタ。これからはいつも一緒だ」
「え、うわ、ちょ、ちょっと……!?」
そう言ってピスティは僕の手を取り、外に向かって走り出した。
いちいち距離の近い人だなぁ。
……ヒト……で、いいよな、もう。
そんなことを考えていられる余裕は、今の僕になかった。
祭壇を駆け下りる。
ピスティに手を引かれるまま、転ばないようになんとか足を動かして付いて行く。
階段を上がったところにある扉に、ピスティが手をかざすと、手の先が蒼く光り、扉が開いた。
「す、すごい……!」
「アラタが持っている力に比べたら、こんなもの。たいしたものじゃないさ」
扉の先には、黒い球体の化け物が、何故か扉を取り囲むようにして待ち構えていた。
ざっと見ても十体以上はいる。
「ひっ、ひぃ……!?」
「早速僕等の力を振るう時がきたみたいだね。さぁ、アラタ。戦おう」
ピスティはこれだけの数を前に、全くひるむ様子はなかった。僕と繋いだ手に強い力が込められている。
「そ、そんなこと言われても、どうしたら……」
「さっきと同じさ、剣を振るだけだよ、アラタ。大丈夫、ボクが傍にいるよ」
赤い目が、何十個も僕らに向けられていた。
何が大丈夫だと言うんだ。
僕が一体どれだけ大変な思いをして、この黒い球体を倒したと思っているんだ。
「で、でも……」
「大丈夫、ボクを信じて」
また、その金色の瞳で見つめられる。
その瞳に見つめられると、なんだか本当に倒せそうな気持ちになってきた。
そうだ、今はもう一人じゃない。
彼らの行動パターンだってもうわかっているじゃないか。
大丈夫だ、倒せる。
勝てる。
勝てるはずだ。
僕は持っていたかもどうかも忘れていた剣を、ピスティと手を繋いでいない左手で構える。
じわりじわりと、黒い球体が距離を詰めてくる。
どうする……?
どうやって倒すのが効率がいいんだ。
考えながら少しずつ扉の方に下がっていく。
「……轟くは業、唸るは大地、我が鮮烈なる雷に焼かれ、己が罪を悔い改めよ」
「え、なに……」
ピスティがぶつぶつと何かを呟いた。
何を言ったのか聞き取れなかったが、何かを言い終えた後、ピスティの全身が金色の光に包まれた。
「さぁ、アラタ。剣を掲げて!」
「え、あ、うん!」
言われるままに、剣を掲げる。
すると、剣先にピスティを包む光が収束していき、やがてそれは巨大な紅い光の球となって、僕を中心に彼らまで飲み込んだ。
「……燃え尽きろ、『テウス・ケラウノス』!!」
ピスティが叫ぶと、光の球が一瞬で激しく明滅し、爆発した。
「う、うわぁ……!?」
猛烈な爆煙と爆発風で吹き飛びそうになる。
ピスティが僕の手をしっかり繋いでいてくれたから、どうにか踏ん張ることが出来た。
一体、今何が起こったんだろう。
煙が引いて、辺りが見えるようになってくると、先ほどまで僕らを囲んでいた黒い球体の化け物は、跡形もなく吹き飛んでいた。
「い、いい今、何したの……?」
「ふふ、凄いでしょう、アラタ。これが、ボクと君の力さ。今のは魔術。まぁ詳しいことは後で説明するよ。さぁ、先を急ぐんでしょう?」
「え、あ、うん……!」
ピスティに手を引かれるまま、僕は遺跡を走った。
――
二人で手を繋いで、遺跡を後にする。
そのまま騎士と出会った森の中へ走っていく。
草木を掻き分けていくと、血の海の上で、横たわる騎士の姿が見えた。
そのまま騎士の下まで駆け寄る。
「い、いた……! ピスティ、あの人を……!!」
「わかっているよ、アラタ。あの人を、助ければいいんだね。任せて」
騎士の様子を伺うと、まだ辛うじて呼吸はしているようだが、かなり弱弱しい。
そしてこの出血量。
胴体付近まで血が広がっている。
一刻を争う状態だというのが一目でわかった。
ピスティが騎士の傍で両手を合わせて祈りを捧げる格好を取る。
周囲の木々が強くざわめき始めた。
ピスティの髪が、風の力とは別に浮き上がり揺れ、体が光る。
すると、木々や草花から小さい蒼い光の粒がピスティに集まり始めた。
「金色に輝くは浄化の光、我が希望となり虹を描け……」
また、ピスティがぶつぶつと呟いた。そしてまた剣を掲げると、今度は剣先に蒼い光の珠が出来た。
「……繰り返される犠牲に慈悲と癒しを……『ピレイン』」
呟きを終えると集まった光が騎士の体に染み込んでいく。
すると少しずつ、騎士の鎧の汚れが落ち、騎士の呼吸が整っていく。
「う、うぅ……」
ピスティが目を開き、祈るのをやめると同時に、騎士が呻き声を上げて、身体を起こした。
凄い、目の前で奇跡を見せられている。
本当に魔法のようだ。
「凄いよピスティ。これが君の力なんだね」
「いいや違うよアラタ。ボクは自分一人の力では力を発揮出来ない。だからこうやって、アラタの身体を借りる必要がある。つまりこの力は、ボクらの力ってことさ」
僕等の力……これが。
この奇跡みたいな、本当のファンタジーみたいな力が……。
「な、何が……起こったんだ……」
頭を振りながら、騎士は自分の状態を確かめている。
「あ、あぁぁああの、大丈夫……ですか?」
僕が声を掛けると、騎士は顔を上げた。
兜の間から見えた目と目が合う。
鋭く、そして綺麗な緋色をした瞳だった。
「君は……一体、何が……。それに、身体がとても軽い……これを、君が……?」
騎士は驚きながら立ち上がる。
僕はええと、だとかあの、という言葉にならない声を上げて慌てていた。
ピスティが僕の様子を見て、ニコニコと笑っていた。
騎士が、兜を外す。
後頭部で雑に束ねられた金色の髪が揺れた。
どうやら女の人のようだ。
が、先ほど目が合った、女性とは思えないほど鋭い緋色の目に気圧され、僕は声が出せなくなっていた。
「あ、ああ……」
「緊張しすぎだよ、アラタ。敵意はないみたいだし、落ち着いて」
「う、うん……」
ピスティの声を聞いて、なんとか気持ちを落ち着かせる。
それにしてもピスティといいこの騎士といい、瞳の色も髪の色も、様々だ。
ここは外国のどこかなのだろうか。
いや、例え外国だったとしても、先ほどから体験していることは通常なら起こる筈がないものばかりだ。
とすると、ここはやっぱり夢の中。
僕は長い夢を見ているのだろうか。
急に冷静になると、色んな思考が物凄い速度で頭の中を駆け巡っていく。
それを遮るように、騎士が話す。
「……すまない、君は治癒術が使えたんだな。改めて礼を言わせてほしい。ありがとう、助かった」
騎士は僕らに深く頭を下げた。その姿勢にまた慌ててしまう。
「え、っと。あの……! 頭を、あげてください……」
僕がそう言うと、騎士の人はすっ、と頭を上げた。
「本当に助かった。本当に……なんと礼を言えばいいか……。私はエミリア。エミリア・アレクサンダーだ。君の名は?」
「え、あ、その……成宮新……と、言います」
「そうか……この辺じゃ聞かない変わった名だ。どこの国から?」
ピスティはよかったね、といつの間にか少し離れた位置に立って僕を見て笑っていた。
なんで急に離れたんだろう。
「ええっと、日本です……」
「ニホン? ……そこも、聞かない名前だ。それは村の名前か? それとも里? ここはアリステラの西の端ではあるが、この一帯は我が国の傘下だ。とすると別の地方から流れてきたのか。……まぁ、何れにしろこの場所に留まっているわけにもいくまい」
ぶつぶつとエミリアと名乗った騎士が呟いている。
やはり、ここは夢の中。
ファンタジーが好きすぎて、僕がいた場所とは別の世界を夢見てしまっているんだ。
「……とりあえず騎士ってことは強そうだし、この人に付いて行くのはどうかな?」
「そ、そうだね。そうしようか」
「……? 何か言ったか?」
何かを考えていたエミリアが、僕とピスティの呟きに反応する。僕は被りを振って、しどろもどろになりながら、エミリアさんにお願いをする。
「あ、ああああの。……どうやら僕、目覚めてからの記憶があやふやで……一先ず、エミリアさんに一緒に付いて行ってもいいですか? 何処に向かえば帰れるのかも、わからなくて……」
「もちろんそのつもりだ。君をこんなところに置いていくわけにはいかないよ。怪我を治癒してくれた礼もあるしな……おや?」
ピスティが僕の肩を叩く。
エミリアが、自分の腰に手を回す。
どうやら剣がないことに気付いたみたいだ。
僕は慌てて剣を差し出す。
「……あ、ご、ごめんなさい……! 少しお借りていました……!」
「あぁ、そうだったのか。私は剣術を得意としている。その剣があれば、君のことも守れるはずだ、安心してくれ」
エミリアさんに剣を返す。
エミリアさんは鞘に剣を戻した後、腕を組んで手を顎に当てた。
「しかし……丸腰というのも心許ないか……。そうだ、この短刀を持っているといい。基本的には私が君を守るが、万が一、ということもあるからな」
「あ、ありがとう……ございます」
エミリアから短刀を手渡される。
刃渡り三十センチ程度の短刀だった。
鞘から抜くと、刀身が艶やかな銀色をしている。
切れ味がとてもよさそうだ。
間違ってどこかを切ったりしないように気を付けないと……。
「よかったね、アラタ」
「え、あ、あぁ……うん。ピスティも、ありがとう」
「言っただろう。ボクは君のためならなんだってするよ」
ピスティは僕の手を出会った時のように両手で包んだ。
金色の瞳が嬉しそうに微笑んでいる。
「さぁ、それじゃあ行こうか」
「行こう、アラタ」
「は、はい……!」
奇妙な出会いだが、一人よりは大分頼もしい。
疑問ばかりが残るし、いつになったら元いた場所へ戻れるのか、或いは夢から目覚めるのか……。
それは未だわからなかったが、置いていかれるわけにもいかない。ともかく、先に進もう。
僕達は森の奥へと並んで進んでいくことにした。
※2018年6月2日 改稿